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1.狩りには速さを、尋問には恐怖を

「天使様……置いて行かないでほしいの」


 歩き出した私を呼び止めたのは、澄んだ魂をもつ人間の少女だった。本当は忘れていたのだが、それは言わない方がよいのだろう。神でさえ、沈黙をもって答えとなしたことがあるのだから。


「案ずるな。火の回りが遅い巣穴を消火しようと思っただけだ」


「巣穴……?」


 少女は一瞬怪訝な表情を作り、こちらをまっすぐに見て言った。


「これは家なの」


「そうか」


 確かに人間は、巣穴のことをそう呼んでいた。


 私は、ならば家の消火をしようと答えて、炎に向かって手をかざした。


 木製の家屋は、隣家から燃え移った炎によって右半分が焼け落ちていた。私は猛る炎を静め、消し去った。それを見た少女が「魔法なの……」と言って怯えた表情になった。


 私はこの星で起きる事象を、ある程度操るくらいの力を与えられている。魔力も似たような作用を持つようだが、あのような穢れた力と一緒にしないでほしいものだ。


 すでに私を天使と呼んでいた少女に対し、神から授かった清い力であることを説明して安心させたのち、私たちは民家に侵入した。少女が腹を空かせていたので、目的は食料だ。


「ねえ、天使様。これって泥棒?」


 寸でのところで消火が間に合い、どうにか焼け残った民家の台所にて発見した、程よく焼けた塩漬け肉をほおばりながら少女が問いかけてきた。


 泥棒というのは、誰かの所有物を所有者の許可なく持ち出した者またはその行為そのものを指すのだったか。とすれば、この世界に存在するすべては、神の所有物であると考えれば、この行為は確かに泥棒と言えよう。


 私もかつて、神に同じようなことを尋ねたことがある。神の所有物である動物や植物を獲って食べる行為は窃盗と呼ぶべきものかと。


 動物と魚しかいなかった世界では、罪という概念が存在しなかった。


 人間が地上に降ろされて、社会を形成していく過程で生まれた罪と罰というものについて、よく問答を交わしたものだ。


「汝は、どう思うのだ」


 私はかつて神と交わした問答を思い出し、苦笑しながら問いを返した。


「え? シャイナは……う~ん、やっぱり泥棒?」


 自らの名をシャイナと呼んだ少女は、きまり悪そうに眉をしかめて言ったが、肉は離さなかった。


「この星に今、神はいない。そして家の主人は死んだ。たまたま落ちていた持ち主がいない肉を食したとしても、泥棒とは言われまい」


「はいなの」

 

 わかったのかわからないのか、とにかく笑顔で頷いたシャイナは再び塩漬け肉をほおばり、幸せそうに咀嚼を始めた。


 他の家屋はいまだに燃え続けており、その炎に照らされて、彼女の金髪が紅に近い色に染まっていた。背中まで伸びた真っ直ぐであった髪はところどころ縮れている。私が転生者を殺している間に、彼女ができるかぎり民家の消火を試みた結果だ。


 白い肌にも、うっすらとだが火傷を負った箇所が複数あり、湖のような青をたたえた瞳を持つ彼女の目の周囲は、何度もこすったのか煤で汚れていた。

 

 私が最初に転生者を殺したのち、私は彼らの荷物を見つけた。そしてその側にシャイナはいた。正確には、縛られて転がされていたのだ。彼女は転生者が連れてきた奴隷だった。荷物の側で一部始終を見ていたシャイナは、翼をもっていた私を「天使様」と呼んだ。


 私が殺した転生者は、この町に滞在して布教という名の弾圧を行っていた。あの転生者たちは、シャイナをエサに魔物を狩っていたのだと彼女は教えてくれた。


「転生者様は、シャイナが逃げないようにって、いつも縛っておくの」と彼女は言った。さらに「でもシャイナは魔物を呼び寄せちゃうから、縛られていると危ないの」と続け、「だけどギリギリのところで、転生者様は助けてくれるの。そういうゲームなんだって」と結んだ。


 まったく理解できない転生者の行動だった。この星でも、かつて奴隷と呼ばれる身分が存在し、労働力や性欲のはけ口として売買されていた。断じて魔物のエサなどではない。


 しかし、同種の尊厳を貶めることの愚かさを学んだ人間の社会において、奴隷制度は廃止されていた。


 かつて転生者たちの生い立ちと彼らの世界の話を聞かされたこともあるが、少なくとも奴隷制度などとっくに廃れているくらいの成熟度はあったように思われる。


 異世界からやって来た害獣の分際で、神の創造物たる無垢な魂をもつ人間を隷属させるなど、許される行為ではない。


 シャイナを奴隷扱いしていた転生者は殺したが、この見た目は十六~十八歳くらいに見えるが、少々中身が幼すぎる印象の少女を、どこかの町にでも送り届けてやる必要があると、私は考えていた。


 彼女は魔物を呼び寄せる体質があると言うので、なおさら一人にはしておけないだろう。


 しかし、私がシャイナを連れて手近の村――現在地に着いた時には、そこは炎と血で赤く染まっていた。


 私は、中央の広場に死体を積み上げていた巨躯の転生者をまず殺し、もう一人も殺した。物陰に隠れていたもう一人は敢えて逃がした。村へ向かう道すがら、転生者を皆殺しにするためには、どうすればよいのかと考えていた私は、『開祖』と呼ばれる転生者を見つけようと思っていた。


 彼らが信仰する宗教を開いた人物であり、転生者たちから崇められている存在を探して殺すと表明すれば、それを阻止しようと転生者が勝手に集まって来るだろう。それを漏らさず殺していけば、いつか害獣どももこの星から消えてなくなるはずだ。


 無論、新たな転生者が現れればそれも殺す。彼らの子子孫孫に至るまで、そのすべてを狩るまで私は止まるつもりはない。長く観察者であった私は、久方ぶりに能動的に動くと決めたためか、少なからず気分が高揚していた。


「天使様、怖い顔なの……」


「む?」


 私は、自分の表情というものを見たことがない。かつては地上に降りて生き物を愛でることもあったが、転生者共が現れてからの私の表情は、きっと苦しみに歪んでいただろう。


 そして、害獣とはいえ躊躇なく命を狩りとり、彼らの殲滅を夢想する私の表情は、少女から見ると恐怖の対象であったようだ。


 シャイナの表情に脅えが見えたが、どうということもない。私が行っている行為は、ただの殺戮だ。そういう点においては転生者と変わりはない。それは自覚しているし、そのようなことを行う者は恐れられるものだ。


 神が戻られた暁には、私は罰を受けることになるだろうか。


 だが私は、私の罪をごまかさない。


 正当化もしない。


 許しも求めない。


 長く、危険な旅になろう。私は、いまだに肉をちびちびと舐めつつ、少々脅えが混じった視線を向けてくる少女の名を呼んだ。


「シャイナ」


「は、はいなの」


 彼女はびくりと反応して、肉を落としてしまった。気にすることはない。肉はまだある。私は干し肉の入った袋を彼女へ放ってやり、訊ねた。


「汝の生まれた場所はどこだ」


「え? シャイナは……えっと、ベルの町の……馬小屋なの」


「なんだと?」


 もじもじと細い肢体を動かしながら、シャイナは視線を落としていった。


「ええと、シャイナのお母さんも奴隷で、馬小屋でシャイナを産んだの。転生者様がそう教えてくれたの」


「……そうか」


 シャイナの生い立ちは、転生者に引けを取らない不幸なもののようだった。

 当面は、転生者殺し(リバースキリング)の名を広めるためにゆっくりと移動する必要がある。しかし、神の子であるシャイナを見捨てることはできない。どこか落ち着ける村なり町まで、連れて行ってやらねばなるまい。


「シャイナ、井戸で水を汲み、身体を清めなさい。そしてこの家から着るものと履物をもらってくるのだ」


「え? あ、はいなの」


 シャイナが焼け跡へ入って行ったのとほぼ同時に、私の目は顔面に向かって飛んでくる一本の矢を捉えていた。


 先ほど殺した転生者が使用していた銃という武器は、非常に殺傷能力が高いものだ。金属の弾丸を人間の目では視認できないであろう速さで打ち出し、魔力も込められたそれに被弾すれば、大型の魔物でさえ無事では済まない。


 私の顔面に向かって飛んでくる矢は、速度は銃に劣るものの、それ以上の破壊力を秘めているようだった。矢の先端に、球状に凝縮された魔力が宿っているのが見え、その密度は先ほどの弾丸の比ではなかった。


 私は、それを避けた。


 後方の地面に魔力の塊が接触し、爆ぜた。轟音と、振動、土煙が盛大に上がったが、私にとってはそこから放出された魔力の匂いの方が不快だった。きっと、私の身体が人間と同程度の強度しかなかったら、爆発の余波で死んでいたのだろう。


 爆風によって、ただでさえ半壊していた家屋の壁が吹きとばされ、私はシャイナの身を案じたが、幸いにもこの家には地下に続く扉があった。


 中にいたシャイナが悲鳴とともに飛び出してきたのを確認して、私は安堵していた。


 矢を避けたせいで、清い魂が失われるのは忍びないことだからな。


「天使様、何があったの!?」


「転生者のようだ。地下があるならそこに隠れていなさい」


「は、はいなの!」


 シャイナは転生者と聞いて顔色を変え、素直に引っ込んだ。


 私は、今や家屋のほとんどが燃えてしまい、煙も少なくなって見通しが良くなった村というよりは焼け野原を見渡した。


 矢が飛んできた方向から、複数の人影が走って来るのが見えた。魔力によって身体を強化しているのだろう。遠目に見ても、全身に魔力を纏わせているのが見えた。


 全身から妖しい光を放つ転生者の数は三匹。剣を携えた男と、見た覚えのない何かを担いでいる男と、弓を持った女だった。


「ヒイラギ! あいつだ!」


 よく見れば、剣を携えた男は、さきほど見逃しておいた男だった。どうやら仲間を連れて戻って来てくれたようだ。


「まじか? あんな、ひょろいやつにミツオミがやられたっての?」


「あたしの矢を避けるなんて……本当に化けもんだわ」


 三者三様に、耳障りな声を発する害獣共にうんざりしながらも、私の心は新たな獲物が現れたことで高揚していた。それは、本来ならば嫌悪すべき感情であろう。


 以前の私は、殺意など抱いたことはないし、それで興奮することもなかったはずだ。しかし、転生者を死滅させると決意した今の私には、必要な変化だ。


「よお、お兄さんが、転生者殺し(リバースキリング)?」


 ヒイラギと呼ばれた男が、肩に担いでいた物体を降ろして、私に話しかけてきた。


「そうだ。そしてお前たちの開祖を探し出して、殺す」


 私は質問に答えつつ、当面の目的を簡潔に伝えた。尋問は面倒だ。害獣共を痛めつけることには何の呵責も感じないが、彼らが発する悲鳴や怒号は、聞くに堪えない不快な雑音でしかない。できれば私にそういったことはさせないでほしいと願いを込めて、私は答えを返した。


「ああ、そう」


 それだけ言うと、ヒイラギは地面に立てていた物体をこちらに向けた。黒く磨き上げられた金属の筒は、先ほど殺した人間が持っていた銃を長く引き伸ばしたかのような形状で、途中に木製の把手のようなものが付いている。


 持ち手部分は木製で、それを脇に抱えるようにして持って、彼は私に狙いを定めたようだ。


 それを見て、女が矢をつがえた。


 もう一人の男も剣を構え、身体に纏う魔力が高まっていくのが見て取れた。


「一応聞くけどさ、なんで殺すわけ?」


 銃らしき物体に魔力が満ちていく。実に気色の悪い光景を見せつけながら、ヒイラギが訊ねてきた。


「お前たちが、害獣だからだ」


「害獣って……俺ら、神様に呼ばれて来たんだけど?」


「それは、この世界の神ではない」


「あ、そうなの?」


 間の抜けた声を上げたヒイラギであったが、得物に満ちていく魔力の量はかなりのものだった。


「まあ、俺としては、あんなやつ死んでもらっても構わねえんだけど。でも……俺らも殺すんだろ?」


「当然だ」


「じゃあ、しょうがねえ、か」


 言い終わるか終らないかというタイミングで、ヒイラギの獲物が火を噴いた。大量の魔力を帯びた弾丸が、連続で発射されている。その数は、私ですら一瞬では把握できないほどだった。


 私の動線を阻む目的もあるのだろう。弾丸は一直線ではなく、放射線状にばら撒かれていた。回り込んで避けるには少々範囲が広いようだった。加えて上空からは、先ほどよりも大きな魔力塊を先端に纏わせた矢が大量に迫っていた。翼があればまだしも、跳躍しただけでは避けられそうもない。


 そして、剣を構えていた男が大上段に構え直し、そこに込められた魔力を一気に解き放とうとしていた。


 弾丸で水平方向、矢で垂直方向の回避を不可能とし、被弾してダメージを負ったところに大出力の魔力を叩きこんで止めを刺そうということか。


 人間の常識を超えた速度で動く私の戦いを見た上で、今回の戦術を行使できる仲間を連れて戻ってきたのだろう。転生者は、殺戮するということにかけては知恵が回るらしい。


 だが、三匹の害獣にとっては本当に残念なことだが、私はすでに迫る弾丸のカーペットを飛び越してヒイラギの背後に立っているのだ。


 もうすぐ彼の視界からは消えるのだろうが、私の残像に向かって弾丸を放つこの男が、私が消えたと認識するころには、その首は胴体から離れていた。


 直後、矢を放ち終えて魔力を消費したせいか肩で息をし始めた女も同じ運命を辿った。


 そして、剣を大上段に構えたまま瞬時に二人の仲間の首が飛んだのを目の当たりにして、せっかく練り上げた魔力を霧散させて呆然としている男の前に、私は立っていた。


 私の背後で、女が放った矢が地面に着弾し、豪快に爆発していた。


 シャイナは無事だろうか……。


「そんな……嘘だろ……」


 剣の切っ先を地面に落として、呆けた顔で男が呟いた。


「嘘ではない」


 私は切断した女の首を、男に向かって放った。


「うわ、ひいっ」


 ついに剣を取り落とし、首を避けた男は足をもつれさせて転んだ。


「開祖はどこだ」


 異臭に鼻を覆いながら、股間を濡らしてしまった男に尋ねた。鼻を摘まんだまま話すと妙な声が出たことに驚き、私は笑っていた。


「あわわわ、あううぁ……」


 何やら言葉にならない声を出しながら、じりじりと後退していく男に、私は近づいて行った。どうやら痛みよりも、恐怖心を煽ってやった方が、静かに尋問できるようだ。


「開祖はどこだ」


 私はまた女の首を拾い上げて、男に突き付けて質問した。


「あう、し、知らない。ほほ、本当だ」


「……」


 男の目に嘘はないようだった。私はとても有効な尋問方法を開発したというのに、成果が得られず残念な気持ちになった。


 私は男から視線を逸らし、後ろを振り返った。


 このままこいつを見逃して、また手勢を集めてもらえば、効率よく転生者を狩れるだろう。


 シャイナの身も心配だ。地下室が土砂に埋もれでもしたら、助からないかもしれない。


「あ……? 見逃してくれんのか……?」


 私はそれには答えず、シャイナが隠れている民家の跡に向かって歩き始めた。奇跡的に、家屋の残骸に矢は直撃していないようだった。


 私は安堵するとともに、ある考えがよぎり、男の方を振り返った。


 男はこちらに背を向け、よろめきながらも剣を杖替わりにしてどうにか逃走を始めていた。


 私は遠ざかる背中に向かって、持ったままだった女の首を投げた。


 それこそ弾丸のような勢いでそれは男の背中に接触して爆ぜた。衝撃を受けた男が吹っ飛んで倒れた。しばらく見ていたが、男が立ち上がることはなかった。




「ケホッ! ケホン! 天使様……シャイナ、とても怖かったの……」


 地下室は完全にではないがやはり崩れていて、出入り口を開くと大量の土埃が充満していた。シャイナは無事だったが、全身土まみれとなっていた。それを井戸の水で洗い流してやり、民家に残っていた黒を基調とした服を着せた。上半身と膝の上くらいまでを覆う形状の衣服を見たシャイナが、「メイド服なのー!」と言ってはしゃいでいた。


 考えてみれば、あまりたくさん手勢を連れて来られると、私の身はともかく、シャイナが危ない。どこか安全なところに身請けしてもらうまでは、できるだけ彼女が死なないように配慮しなくてはならないだろう。


「シャイナ」


「はいなの!」


 元気よく返事をしたシャイナを見つめ、膝立ちになって私は尋ねた。


「ここからどの方角へ行けば、転生者がいない村か、町があるかわかるか?」


「わからないの!」


「……」


「あう、ごめんなさいなの……シャイナは、縛られて馬車に放り込まれて移動していたから、外の様子はわからないの……」


「……そうか」


 シャイナの安全にはできる限り配慮するが、宛もなく彷徨うわけにもいかない。


 私は天から世界を見てはいたが、細かい地理まで把握しているわけではないし、人間が名付けた地名などは知らない。堕ちた場所がどこかもわからないので、やみくもに移動するくらいなら、彼らがやって来た方向に向かえば村か町はあるだろうと考えた。


 私は立ちあがり、とりあえず転生者たちが走って来た方向へ向かうことにした。




Kill:0000007


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