3.竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)襲来 後編※R15※
※R15※
少々残酷な描写が含まれます。閲覧にはご注意ください。
ダイチ視点です。
秋山大地。
それが、俺の名前だ。
俺は中二で死亡するまで、身体的には大きな問題なく成長した。
小学四年に上がった春のこと。初めて一緒のクラスになった男子の一言で、他の家に比べて、うちの両親がやたらと若い理由を知った。
「できちゃった奴」
これが、おれの代名詞となった。
今どきそんなこと当たり前とは言わないが、よくある話だろう。しかし「○○しちゃった」とは、あまり肯定的な表現とは言えない。
まるで失敗作か、俺が生まれたこと自体が失策であったかのような言われ様に、当時の俺は悩んだ。
小学四年ともなれば、コウノトリが運んで来るだとか、キャベツを剥いていくと赤ちゃんが出て来るなどという与太話を、本気で信じている奴はいない。おのずと、俺の出自については遠慮のない思索が展開された。その結果、「お前んちの父ちゃんと母ちゃんはエッチ」などと言われるわけだ。
当時の俺は、小学校で言われていることを、両親には言えなかった。告げ口したとさらに責められるのも怖かったし、ただでさえ打ちひしがれていた両親を、余計に悲しませるわけにはいかないと感じていた。
両親は、いい人だったと思う。
父親の両親はすでに他界していたためか、母親の家に婿入りし、立派な二代目にならんと額に汗して働く父親はかっこよかったし、それを支えつつ、若くてきれいな母親は俺の自慢だった。商店街のみんなに笑顔で弁当と総菜を提供する『出来立ての店 秋山亭』は、俺の誇りだった。
だが、どんな世界にも悪人はいる。
銀行強盗や放火魔みたいに、警察に捕まえられて、法で裁いてもらえるような、犯罪者以外にも、悪人はいると思う。
父親が婿入りしたことによって、精力的な働き手を得た秋山亭は、あるパートさんに辞めてもらった。七十に迫る女性で、安岡とかいうオバハンだった。もともと遅刻が多かったり、つまみ食いや食材の消費期限等の管理が雑だったこともあっての決断であった。パート相手に、ご丁寧に退職金まで用意したのだが、これが裏目に出てしまった。
「あの店は、消費期限切れの食材を平気で使っている。あたしはそれを知って辞めさせられた」
これがまず、安岡が流布した秋山亭の噂である。せまい町内に瞬く間に広がっていき、すぐさまそれは秋山亭主人、すなわち俺の祖父の耳にも入ったが「バカ言っちゃぁ、いけねえ」と高らかに笑い、「お客さんは、そんなこと信じるわけがねえ。正直に商売やってりゃ、大丈夫だ」そう言って元気に店に立つ祖父もまた、俺の誇りであった。
だが、精いっぱいの心遣いで用意した退職金の存在が明るみに出て、お客さんが激減した。
安岡は「あたしは辞めさせられるとき、金を渡された。これは口止めだ」と言い始めたのだ。
売れ残った弁当を晩御飯に食べたあと、祖父母と両親の話し合いは続いていた。お客さんが以前の二割に減ってしまった状況が、すでに二か月続いていた。父親は新しい就職口を探すことになり、母は近所でパートの仕事を探し始めた。
秋山亭は、わずかに残ったお客さんのために、早朝開店して、商店街に人が溢れる昼前には店を閉めるようになった。
小学校が終わって実家に戻ると、いつも惣菜のいい匂いがしていた秋山亭で「おかえり大地!」の声と、惣菜をいくつか小皿に入れて、楊枝を添えて出してくれた祖父母や母の代わりに、青いシャッターが出迎えるようになった。
そんな状態が一か月ほど続いたある日の夜のことだった。毎夜お通夜のような雰囲気になった夕食の席で、母が泣いた。
安岡の嫌がらせは終わっていなかったのだ。
「秋山の娘は、パートの口を探す振りをして、あちこちの店の店長をたぶらかして金をもらっている」
「あの女はとんでもないあばずれだ。できちゃった婚なのも頷ける」
人の噂も七十五日。これは嘘。
他人の不幸は蜜の味。安岡にしてみれば、自分が流した噂話が広がっていき、秋山の家が打撃を受けていく様は実に面白かったのだろう。いちいち裏付けをもって流された醜聞によって、狭い町内から注がれる視線に耐えきれず、母は精神を病んだ。
祖父母は懸命に世話をしたが、母親の状態は悪化していった。毎日五種類くらいの薬を飲み、起きているんだか寝ているんだかわからない状態だった。希死念慮というそうだが、すぐに自殺しそうになるので、常に祖父母か父親が診ていないといけなかった。
父親は、就職先が隣の市であったため、母親の世話は祖父母が担当していた。そんな状態で弁当屋が開けられるはずもなく、秋山亭の青いシャッターは下ろされたまま、じわじわと錆びていった。
ちなみに、小学校五年に上がった俺の状況も、悪くなる一方だったが、幸い見えるところに傷はできず、入浴が独り立ちしていたことと、狭いながらも個室を与えられていたおかげで、どうにか家族に余計な負担をかけずに済んでいた。
しかし秋山家は、家族という枠組みは保たれていたものの、その中身は崩壊寸前だった。
そんなタイミングを見計らったかのように、またあの女が現れた。
安岡である。
「秋山の婿の帰りが遅いのは、他に女がいるからだ」
どこかで聞きつけたのか、彼女の創作だったのかはわからない。この噂話は、ギリギリで決壊を免れていた秋山家を囲む心のダムに、止めを刺すには十分な効果を発揮した。
祖父母でさえ信じてしまったその噂話の件で、父親は責め立てられた。もちろんそんなことは絶対にないと言い切っていたし、娘の看病と閉店の失意で疲れ果てていただけの祖父母は、すぐに落ち着きを取り戻して父親に謝罪した。
だが、精神を病んでいた母親は、そうはいかなかった。
母親が、祖父母に付き添われながらの散歩中、近所の川に身を投げ、それを助けようとした祖父と共に溺死した。
祖母は強い人だった。
悲嘆に暮れる父親を励まし、どうにか仕事を続けさせ、秋山家は生きながらえていた。俺は中学に上がった。もちろん、同級生たちも。
多感な時期をいじめられて過ごすと精神衛生上よろしくない。
俺はこの頃、自分の中に湧き上がってくる怒りを抑えきれず、残り少ない家族に当たり散らしていた。それまで余計な負担をかけまいと抑圧してきた感情は、思春期という若いエネルギーによって妙な方向に捻じ曲げられ、学校で発散できないそれは、家族に向けられた。さすがに暴力には発展しなかったものの、感情を爆発させて怒鳴り散らす俺に、祖母は完全に手を焼いていた。
孫可愛さなどという範疇を越えて、母親を失った俺に一生懸命手を差し伸べてくれたのだが、当時の俺はそれに素直に応えることができなかった。
そんな自分も含めて、周りの全てが歪んで見えていたある日、中学校に転校してきた生徒がいた。
彼女の名前は一条明日香。
天然の茶髪を左右に結ってツインテールにし、知らない中学校の制服に身を包んだ彼女が、俺のクラスに挨拶にやってきた。
一目ぼれである。
そしてなぜか、そういう雰囲気に敏感にできていた男子たちは、彼女の前でことさら俺を弄るようになった。
そんな日々が続き、中学生活における重要イベントランキングで必ず上位に入って来るであろう、修学旅行の一週間前。すなわち集金日の前日。
「大地……修学旅行には行かないのかい?」
仏壇の横に置かれたままの集金袋を見て、祖母が聞いてきた。
「ああ? 行かねえよそんなもん!!」
「そうかい……」
残念そうに言った祖母の感情をくみ取ることもできず、俺の中に理不尽な怒りが湧き上がった。
「なんだよ!? 旅行にでも行ってくれりゃ、俺がいなくていいのにってか!?」
本当は行きたい。絶対にそんなことにはならないと分かっていても、憧れのあの子となんちゃらかんちゃらと夢想するのは、男の性だろう。しかし、秋山家の経済事情は知っている。父親のスーツなんて学生だった頃から着ているものだし、祖母の服装も小学校の頃から変わっていない。
俺は、どんなに心が不健康でも成長してしまうため、すぐに服やら靴やらが必要になる。修学旅行費だってタダではないのだ。それを見透かされたくない俺は、こんな言い方しかできなかった。
「そんなことは思ってないよ。お金のことはいいから、大地が行きたいなら、行っておいで」
「ああ、そうかよ! 行ってやるよ! 行ってやるから金出せよ!!」
「……」
黙って封筒を手渡した祖母の顔を、俺は一生忘れられないだろう。
そして修学旅行初日。
俺は死んだ。
京都に向かう高速バスの運転手が起こした事故のおかげで、クラスの大半が死んだ。
一条明日香も犠牲者の一人であった。
衝撃と痛みが去ったあと、俺は真っ暗な空間を漂っていた。
しばらくすると、眩しい光が現れて「転生して人生をやり直さないか」ときたもんだ。異世界に転生して、魔物を退治して星を救えなどという、三文小説もかくやという話に、俺は飛びついた。
そりゃあそうだろう。なぜかバスの事故に巻き込まれて、安岡のばばあも死んだらしく、すでに超絶美女に転生したと聞いては、魔物の前にそいつからぶっ殺してやらなきゃ気が済まない。
俺はそのために強力な力と、生前の見た目とは完璧に異なる身体を神に要求してみた。神を名乗る光が瞬き「好きにしろ。だがどんなことにも、代償が伴う」と言った。楽しげな笑い声と光に包まれて、俺は異世界に生まれ変わった。
魔力の存在が当たり前となっていた世界で、俺は成長し、レザイアという都市の魔法学校に入学した。
そこにはヤスオカを名乗るボディコンスーツの鬼教官が勤めており、クラスメイト達が生前の姿そのままで通っていたのは、神の思し召しかイタズラか。
神のイタズラと言えば、俺は強い身体と魔力を得た引き換えに、白髪オッドアイという特徴がありすぎる見た目と、なぜか放射に歯止めがかからない殺気というおまけを頂戴していた。異世界で俺を生んだ第二の母親はたいそう気味悪がっていたが、おかげでクラスメイトたちは、ダイチと俺が名乗っても、秋山大地であるとは気付かなかった。
訓練中の事故を装ってクラスメイトたちを殺害した。一人一人にきちんと俺の本名を伝え、たっぷりと苦しんでから死んでもらった。
その後、なぜか教官とペアでダンジョンに潜るというイベントが発生し、俺はヤスオカと潜ることになった。
白髪にオッドアイの俺が、生前は秋山大地という名前であり、弁当屋の息子だったことを告げると、ヤスオカは顔面蒼白になって襲い掛かってきた。
神に愛されたと言っていいのかわからないが、俺の力はその辺の転生者とは比較にならない。俺の誇りだった家を、間接的にとはいえ破壊し、母を自殺に追い込んだ外道を始末するのに、何のためらいも感じなかった。
四肢を吹き飛ばし、いちいちそれを止血してやり、達磨のようになった状態でしばらく放っておいた。
泣いて謝る声が五月蠅かったので、頬を横から打ち抜いて黙らせた。
三日に亘り、俺はきっちりとヤスオカに恨みを伝えた。
四日目、死を望み始めたヤスオカを、治癒しては的にするのにも飽きてきた。
五日目、虚ろな目で何も言わなくなったので、軍隊アリに似た魔物を捕まえてきてけしかけた。やっぱり悲鳴が五月蠅かったので、アリごと下半身を吹き飛ばした。再生魔法が間に合わなければ、殺してしまうところだった。
六日目。今度はヤスオカが俺に恨み言を言うようになった。さすがにこれには耐えきれず、ヤスオカという存在を消し飛ばした。もう一度生まれ変わったら、また俺の前に現れてくれることを神に祈った。
ダンジョンに潜った目的は、訓練中に行方不明になった女子生徒を探すことだった。それを思い出した俺は、クエストを再開した。
最下層に、一条明日香は囚われていた。
明日香を捕らえていた魔獣を屠った俺が、ダイチと名乗ると目を見開き「秋山君!?」と言った。彼女は、俺を覚えていてくれたのだ。
それから俺たちは、共に行動するようになった。
お互いの力を高め、魔物を倒し、古代の遺跡に潜ってレアな武器を手に入れたりしているうちに、この世界では最強クラスの魔物であるドラゴン族に対抗できるほどの実力を身に付けた。
俺が竜を狩る者を名乗ると、アスカは赤面した。
そんなある日、百老と呼ばれる転生者が、俺たちに接触してきた。
なんと、この星に転生してきた最初の人間の生き残りだという皺だらけの爺さんが、実は王都を陰で操っていたのだ。まあ、魔力という力は基本的に何でもありだから、長生きという範疇を大きく飛び出して生きてきた奴がいても、あっさりと受け入れられた。
問題は、百老の爺さんがもつ迫力だった。身体も小さいし、四肢の細さもやばい。転んだだけで体中の骨がイッてしまいそうな見た目なのだが、その身体に流れる魔力の総量には、俺とアスカを足しても届かないと思われた。
百老の爺さんは、俺たちを『特級』扱いすると言った。
どうやらこの星の力ある転生者は、ギルドにその存在を登録し、時たま現れる超強力な魔物を狩ったり、大規模な天災などの有事に備えるべしという決まりがあるそうだ。特級は、ギルドにおける転生者の最高ランクだそうだ。
それまでギルドになんて興味がなく、アスカと二人の気ままな旅を楽しんでいた俺は、渋面を作ったが、有事の呼び出しに参じれば、あとは自由に暮らして構わないというし、特級クラスが受けられる恩恵は多かったので、俺たちはさらに快適になった星で、ドラゴン狩りを楽しんでいた。
それから五年経って、竜を狩る者の名前も売れてきた。アスカは嫌そうだったが、俺はほくほくしていた。
火山のダンジョンを根城にしている伝説級のドラゴン族をぶっ殺したある日、ついにレザイアから緊急魔鳥が届いた。
魔王出現なんていかにもファンタジーな展開に、俺たちは少々緊張しつつも、レザイア招集に応じるため、北へ向かって走った。
本来、森の中に存在する湖を大きく迂回する形で造られた街道を進むよりも、森を抜けた方が早い。しかしまあ、一応走りはしたものの、そこまで急いでいたわけでもなく、アスカが森の中で雑魚と遭遇するのも面倒だと言うので、街道を進むことにした。
壊滅した村や町を通る中で、もしかしてこの道を魔王とやらも進んだのではと思ったが、まさかレザイアよりもかなり手前で遭遇することになるとは思っていなかった。
さすが魔王と言うべきか、やたらとセクシーな魔物を連れていた。一応気配は隠していたようだが、特級転生者を舐めてもらっては困る。人垣の向こうに魔物を発見し、俺はそれをブッ飛ばした。
仲間が攻撃されても超然とした態度だった魔王に少々驚いたが、これもさすが魔王の供回りと言うべきか、かなり本気で殴ったにも関わらず、魔物にダメージはなかった。しかも猫耳だった。
俺は久々に血が騒いだ。
生前の俺からは考えられないが、魔力をもって転生し、人間を殺害した俺の内面は、少々変わってしまったらしい。
魔王とタイマン張って、勝てれば俺の名前はもっと有名になる。アスカに格好いいところも見せたかった。
結果的には一対一では時間がかかりそうだったし、回りくどいことが嫌いなアスカから、さっさと倒そうという意思を感じた俺は、いつものコンビネーションで魔王を倒すことにした。
悪魔の閃光と名付けた俺の魔力大砲は、思惑通り魔王の顔面にクリーンヒットした。首から上が消し飛んで、魔王が倒れる未来を想像していた俺だったが、爆煙の向こうから現れたのは、バイク事故にでも遭ったくらいの外傷を負った魔王だった。
とんでもなくカタい魔王の装甲には驚いたが、俺とアスカのコンビネーションなら問題なく倒せると判断した。
いざとなったら、アスカの足黒蛭がある。あれは、昔の転生者が創った反則武器だ。こういうのが星の遺跡にはまだ眠っているらしいが、遺跡の場所自体が秘密なのでなかなか探せない。
そんなわけで勝利を確信していた俺たちは、失礼なことを言ってきた猫耳の魔物を捉える係りと、その間魔王を足止めする係りに分かれた。
意外なことに、魔王は猫耳をぶん投げて逃がした。実は大事にしているのかもしれない。であれば、とっ捕まえて、魔王の前で嬲り殺すのがいいだろう。
同じ考えだったらしいアスカに生け捕りを指示されて、俺は猫耳を追って走った。
魔王の横を通るとき、念のため構えたが、魔王は何もしてこなかった。大方、一対一の状況を歓迎したのだろう。アスカは、俺のサポート役もこなしてくれるが、単体での攻撃力は俺より上だ。足黒蛭もあるし、アスカの敗北は考えられない。
俺は、魔力を流すことで空を飛ぶ、パラグライダーに似た魔道具を取り出した。折り畳み式なので、畳んで大砲と一緒に背中の筒に入れておける特注品だ。
魔王にぶん投げられて空を飛んでいく猫耳が、自分で翼を出して飛び始めた。なかなかのスピードだった。
空のレースをしばらく続けていると、ルッツの村の上空が明るくなった。
そこには巨大な、火の玉と呼ぶには熱量が違いすぎる、白熱した球体があった。直径十メートルはあろうかというそれを、しばらく呆然と眺めていると、それは地上に向かって急降下していった。
そこには当然、アスカと魔王がいるはずだった。
球体に目を奪われていた隙をついて、猫耳が魔王の元に向かって飛んで行った。
それを追ってきた俺は、信じられない光景を目の当たりにした。
「魔王様!? ご無事ですか!?」
翼を消した猫耳が、魔王の元へ駆け寄った。俺は着地し、魔王の眼前に広がる光景を見て焦っていた。ぶすぶすと音を立て、地面が焼け焦げている。落ちている拳大の石などは真っ赤になっていて、ここがあの球体の着弾地点であることと、それがやはりとんでもない熱量を持っていたことを示していた。
直径十メートルくらいの焦土の中心に、黒い焦げ跡があり、異臭を放っていた。その脇に、やはり真っ赤になってはいるが、見覚えのある小刀が落ちていた。足黒蛭に間違いない。
問題は、その持ち主がどこに行ったのかということだった。
「魔王……アスカをどうした?」
猫耳にまとわりつかれて、うるさそうにしていた魔王は、声をかけられて初めて俺に気が付いたというように、少しだけ目を大きくしてこっちを見た。顔面の損傷は治癒していた。
「……」
魔王は俺の問いに、地面を指さして応えた。魔王の右腕には猫耳がまとわりついて豊満な胸を押し付けているので、使われたのは左手だ。その人差指の先は、地面の丸い焦げ跡を指していた。
まさか、この焦げ跡がアスカだとでも言いたいのか。
「お前がアスカと呼んでいた害獣は、焼け焦げ、死んだ」
魔王が、まるでゴミでも見るような目で言った。身長が俺より高いせいもあるが、俺は足の力が抜けて、赤熱化した地面に膝を付いてしまっていたので、完全に見下ろされている状態だ。少々熱いが、どうにか魔力で身体を強化するくらいの冷静さは、まだ保っていた。
アスカは、魔王によって消し炭にされた。
これは間違いないらしい。
どうしてこんなことに。
魔王とアスカの実力にそれほど差があったようには思えない。足黒蛭を抜いたアスカは最強だ。使い方さえうまくやれば、百老だって倒せると思っていたのに。
徐々に、悲しみが俺の心に満ちていった。
不幸だったとしか言えない俺の人生は、転生してやり直すことで、ちょいと人間離れしてしまったが、とても満ち足りたものだった。だがそれは、アスカと出会えたからだ。俺一人では、ただの復讐鬼になっていただろう。
「アスカ……」
俺は名前を呼んでみた。
真っ黒な煤に向かって。
もちろん答えはない。
俺はその煤を、熱い土ごと右手に握り込んだ。魔力で強化された俺の手に、彼女の感じた熱さの万分の一でも伝わればと思った。
俺が、慢心せずにきっちりと二人で戦っていれば、結果は変わっていただろう。
ギリギリと奥歯が音を立てた。
俺は、握りしめた右手に全力で魔力を込めて、魔王を睨みつけた。
俺の大事な人を奪った男は、相変わらず冷めた目をして俺を見ていた。
俺は立ち上がり、右手を魔王に向けた。実は大砲が無くても、悪魔の閃光は撃てる。
大砲なしで放つと、少々狙いが甘くなるが、この距離なら関係ない。それに、一撃で殺すつもりなんてない。アスカが味わった苦しみを、お前にも味わわせてやる――。
「喰らいやがれ!悪魔――」
俺が言いよどんだのは、改めて見た魔王の顔に、笑みが浮かんでいたからだ。左の口角がわずかに吊り上がっただけの、嘲笑とも取れる微笑みだった。
その直後、俺は頭上に迫る巨大な光に気付き、それに呑み込まれた。右手に魔力を集中していたおかげで、熱さを感じる暇もなく、全てが光の中に消えた。意識が途切れる直前、脳裏に浮かんだのは、悲しげな祖母の顔であった。
Kill:0000325




