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2.竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)襲来 中編※R15※

※R15※

少々残酷な描写が含まれます。閲覧にはご注意ください。

 宙に浮いた私の身体は、弧を描いて飛んでいく。


 追撃の銃弾が当たって火花を散らすが、防御に全力を注いでいる私の外殻が傷つくことはない。


 ダイチの巨大な砲口から放たれたのは、魔力の塊だった。敵を粉砕することに特化した攻撃なのだろう。それは爆発もせず、ただただ強力の一語に尽きる衝撃が私の顔面に放たれた。首がもげこそしなかったものの、顔面を形成する骨が一部折れたようだ。


「……ぐうっ」


 落下しながら首をひねると激しい痛みを感じ、うめき声が漏れた。とっさに顔を逸らそうとした結果、横から衝撃を受けたおかげで奥歯も折れたらしい。着地すると同時に、口中からそれを血とともに吐きだした。


「マジかよ……全力で撃ったんだぜ……?」


 ダイチが右手に持った小型の大砲のような武器を担ぎ上げて言った。その砲口からは、いまだに魔力の残滓が漏れ出ていた。


「でも、ダメージはあった」


 ポンポンと、アスカがダイチの肩を叩いている。慰めているようだが、そんな必要はない。魔力大砲とでも言うのだろうか、ダイチの攻撃の威力は絶大だ。


「俺は、魔王の顔が消し飛ぶ未来以外想像できなかった。どんだけ硬いんだよ……」


「……私がまた動きを止める。ダイチは、とどめを刺す」


 私は、自身の判断の甘さを呪った。


 二匹の竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)の戦法は、ダイチがけん制し、アスカが人外の膂力で振るう戦斧による攻撃を主体とすると考えたのだが、それは間違いだったようだ。


 まず、ダイチは銃による攻撃と防御すらもそれで行うことで、大砲の存在を隠していた。


 そしてアスカが、見た目にも十分に主力だと感じさせる大戦斧を振るい、その攻撃を補助するかのように射撃を行うことで、私の注意を大戦斧に向け、自身の攻撃は飛んでくる弾丸のみであるかのように錯覚させた。


 大戦斧の衝撃をまともに受けて、一瞬停止した私にさらに弾丸を放つことで、それを回避することと、大戦斧の追撃に集中していた私は、ダイチが急接近していたことに気付かなかった。そして至近距離から膨大な量の魔力塊を放ったのだ。


 銃弾ならば、最悪当たっても問題ないと慢心していたことも否定できない。


 私がダイチ本体の動きにも注意を払っていれば、避けられない攻撃ではなかったはずだ。


「魔王様! 血が!!」


 レミアが駆け寄ってきて、私の顔を見て目を剥いた。


転生者(ゴミクズ)ども! よくも!」


「なあ、あの猫耳は、なんで俺たちをゴミクズって言うんだろうな」


「……知らない。けど、ムカつく」


 ダイチとアスカの殺気が膨れ上がった。


 転生者に向かっていこうとするレミアの首根を掴んで引き戻し、私は再び外殻を強化した。


 速さだけならまだこちらに理がある。戦法が分かった以上、対応できるはずだ。


「魔王様……血の」


「それはいらんと言っただろう」


「しかし……!」


「レミア、案ずるな。私はまだ闘える」


「いえ、そこに関してはまったく心配などしておりませんが……その、どうも標的がボクになったみたいでして……」


 じりじりと、レミアが後退する。


「アスカ、魔王の足止めを頼む」


 ダイチが外套を翻して、大砲のような武器を背中に括り付けられた筒状の物体に収納し、レミアを見据えて足を踏み出した。


「……わかった。けど、魔物は生け捕りで」


 アスカが大戦斧を構えて、同じように一歩踏み出しながら言うと、ダイチは「あいよ」と答えて不敵に笑った。


「レミア」


「はいっ!」


「飛んで逃げろ。そして、少々耐えろ」


「魔王様?それはどういう…っきゃあああああ!!」


 私はレミアの首根を再び掴み、思い切り放り投げた。光弾もかくやという速度で、あっという間にレミアは夜空に消えていった。


「なっ!?なにやってんだこいつ!?」


「……ダイチ! 追って!」


 口をあんぐりと開けて停止していたダイチは、アスカの指示で我に返ったようだ。


「すぐ戻る!」


 私の横を走り抜けて行ったが、もちろん私は止めない。


「……なぜ、止めないの」


「……」


 私はアスカの質問に口角を上げて答え、一気に害獣との距離を詰めた。


「!!」


 とっさに大戦斧で身体を守ったアスカであったが、私はそのまま後ろに回り込んだ。アスカもすぐさま反応し、振り返りざまに戦斧を叩きつけるように振り下ろしてくる。私はそれを左手で受け、掴んだ。


「害獣ごときが、一対一で魔王を倒せると思ったか」


 驚愕の表情を浮かべたアスカの鳩尾に、私の右拳がめり込んだ。


「ぐふぉはっ!!」


 アスカが胃液を吐いた。胴を貫くつもりで打ち込んだ一撃であったが、それはかなわなかった。アスカの身体の耐久力も見上げたものである。


「ぐっ、離せ!」


 私は掴んだままだった戦斧から手を離した。このまま掴んでいて、また重くされても困る。先ほど、アスカが「質量増加(マス・ブースト)」と唱えた時は、明らかに戦斧の物性を無視した重量が魔力によって負荷されていた。どうやら重量を自在にコントロールできるようだ。もし私が支えられないほどの重量を一気に負荷されでもしたら、叩き潰されないまでも、体勢は崩れよう。


 アスカは、わずかによろめきはしたものの、すぐに体勢を立て直して、戦斧を振り上げて跳びかかってきた。


 上段から振り下ろされる巨大な塊を左に避けると、それを追うように戦斧の軌道が変わった。敵ながら信じがたい膂力である。私はそれを、左前腕を強化して防いだ。同時に周囲に光弾を二十個生み出し、アスカを威嚇するように、私の周囲を旋回させた。


 それを見たアスカは、素早く後方に飛び退いた。


 そして、アスカが大戦斧を後方に投げ捨てた。それは地面に落下し、轟音とともに砂煙を上げた。


「……軽い武器にする」


 そう言うと、腰に下げていた鞘から刃渡りの短い小刀を抜いた。


Exhaust(吸い尽くせ)――足黒蛭」


 小刀の銘なのか、アスカが唱えると、右手の小刀の刀身が震えたように見えた。アスカの身体を覆う魔力が小刀に吸い込まれるように流れを変え、刀身が赤黒く染まっていく。まるで刀身そのものが殺気を放っているように感じられた。


 二十もの光弾を見て、戦斧を盾のように使うよりも、重い武器を捨てて身軽になる方を選択したということは、アスカも速さには自信があるのだろう。


 問題は、赤黒い波動を放つ小刀の性能と能力が不明である点だ。わざわざ銘を唱えて魔力を流し込んでいる以上、何かの付加効果があると見て間違いあるまい。


 切れ味などは、どうせ汚らわしい魔力で強化されているのだろう。それが私の外殻で防げるかどうかは、試してみなければわからない。試した結果として刃が通った場合、いかなる付加効果が降りかかるかわからないのだから、試してみる気にもならないが。


 どのみち、このまま睨み合っていてもらちが明かない。私はまず、一発の光弾をアスカに向かって放った。


「――!!」


 アスカは光弾を避けるのを早々に諦めた。避けても追尾し、回り込み、私が視認できる範囲にいる限り絶対にその運動を止めない光弾に、アスカが小刀を叩きつけた。


 刀身に触れた光弾は、一瞬でそれに吸い込まれるように消滅した。その際に、液体を嚥下する様なくぐもった音が、刀身から聞こえた。




「……成功」


 残る十九個の光弾は、一発だけ背中に命中したものの、残りはすべて小刀―足黒蛭に飲み込まれた。


 アスカがニヤリと笑って、私の方へ向き直った。


 その表情には余裕すらうかがえる。


 確かに、足黒蛭は恐ろしい武器だ。魔力を吸収していくということは、同じ転生者同士で戦うことがあれば非常にやっかいであろう。


 身体や武器、防具の強化に魔力を使用している以上、足黒蛭に触れれば、それは吸収されてしまう、すなわち無効化されてしまうのだ。


 刀身だけでなく、柄にも同様の効果があるのか、使用者の魔力も例外ではなく吸収されているのだろう。アスカの身体を覆う魔力の流れは、常に足黒蛭に向かって流れている。


 そう大きいものでなかったとはいえ、私の光弾を一瞬で飲み込んだのだ。並の転生者では、すぐに魔力を吸い尽くされて、ただの人間になってしまうのだろう。しかしアスカは、それを平然と使っていることから察するに、転生者の中でも魔力の総量というものが、尋常のものではないことが分かる。


 これほどの武器を持っていながら、私と戦闘になった当初から使用していなかったということは、吸収されてしまう魔力量自体は少なくないのだろう。つまり、あれはそう長い時間使用することはできないと思われる。


 アスカは不敵な笑みを崩さず、ゆっくりと近づいて来た。


 大方、私の力の根源は未知であっても、足黒蛭に飲み込ませることができるのだから、防御の上からでも切り裂くことが可能であり、攻撃も何もかも無効化できると考えているのだろう。


 確かに、その考えは大筋では間違っていない。


 この場にダイチがいて今も銃口を私に向けていたら、あるいは砲口から魔力を放たんと準備を整えていたならば、私は逃走を考えたかもしれない。


「……足黒蛭の能力(チカラ)が分かったでしょう。お前は、もう終わり」


 アスカが、私まであと十歩のところで立ち止まった。


「…さっきの魔族も、ダイチがもうすぐ連れて来る。さんざん嬲ってから、殺してあげる」


 アスカは楽しげに笑っていたが、私はその様子を見て、笑いがこみあげて来るのを止められなかった。


「くくく……」


「……何がおかしいの?」


 私は堪え切れず、勝ち誇った態度でいるアスカの、浅墓(あさはか)きわまりない様を見て笑ってしまった。


 これで、少し警戒心を持たせてしまったかもしれない。今更この害獣がどのように警戒し、迫る攻撃に備えようと手遅れなのだが。


 私はアスカの問いには答えず、黙って上を指さした。


「……?」


 戦いのさなか、敵から視線を外して上を見上げるなど、本来ありえないが、自分の優位性を疑わない故の油断か、アスカは私の指さす先を見上げた。


 三日月は、少し位置を変えて、中天にさしかかろうかというところであった。その横に、瞬く星が一つ。


 それは徐々にというにはいささか速すぎる速度で巨大化し、直視することすらままならぬ光を放つ、膨大な熱量をもった大光弾である。それは、瞬く間にアスカの頭上へと落下した。


「こんな……ば……か……な」


 離脱することも不可能と判断したのか、足黒蛭で吸収可能と考えたのか。アスカは驚愕の表情を浮かべながらも、足黒蛭を掲げた。その切っ先に光弾が触れるやいなや、すさまじい勢いで光弾は飲み込まれていく。


 しかし触れてもいないのに地面が赤く焼け、数秒もかからずに焦土と化してゆくほどの熱量をその身に受けて、無事でいられるはずもない。


「あああ、熱い……あつ……」


 足黒蛭のおかげで、耐久力がどんどん低下していくのだろう。衣服は燃え始め、露わになった全身の皮膚はあっという間に発赤し、大小の水泡が多数出現した。

 

 声を発した喉が焼けて、血の泡が噴き出したがすぐに焦げていった。


 その目はすでに白く濁り、白煙が上がり始めていた。


 先ほど私は、少量ずつ光弾を放ち、足黒蛭がそれを飲み込む様を観察していた。


 アスカは光弾を薙ぎ払う、あるいは切り裂くという動作をしなかった。ただ、光弾に叩きつけるように当てて、それが飲み込まれて消えるまでそこから刃を動かさなかった。


 そのおかげで次の動作に一瞬ではあるが遅れが生じるために、一発だけは被弾してしまったのだ。


 柄を握って直接魔力を吸われている使用者は別として、足黒蛭は、刃を当てて力を吸い込んでいる間は動かせない。


 こう考えた私は、アスカが小光弾と戯れている間に、遥か上空に巨大な光弾を生成していた。たっぷりと時間をかけて。


 今それは、半分も吸収されてしまったろうか。


 足黒蛭を掲げた姿勢のまま、炭化した筋肉が骨から剥がれて崩れ落ち、腹壁が欠損した腹からは、溶解した内臓がこぼれ出し、それもすぐに燃え、ぶすぶすと音を立てて焦げていく。


 文字通り崩れ落ちた転生者の残骸に、光弾はさらに接近して、その存在をこの星から焼失させていく。


 足黒蛭が光弾を吸い尽くした後、赤熱した地面にわずかな焦げ跡を残して、アスカは消えていた。


 私は、焦げ跡の中心に落ちた足黒蛭を観察した。


 光弾を吸い尽くし、アスカの魔力供給も無くなったおかげか、赤黒い光を放ってはいないものの、地面と同じく赤熱している刃物など触れる気にはならない。しかし、あれだけの熱量をもってしても、刃はともかくどう見ても木製に見える柄まで無事とは、いったいこの小刀はいかなる製法によって作られたものなのだろうか。


 思索していると上空から涙声が降ってきたので、私は立ちあがり、空を見た。


 そこには必死に飛び回って逃げるレミアの姿と、珍妙な道具に掴まって飛翔するダイチの姿があった。


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