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1.竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)襲来 前編

 私は久々に全力で移動した。人間や馬にしてみれば、まさにあっという間という時間であろうが、村が視認できる地点までたどり着いたときには、すでに日が傾いていた。


 街道と森が唐突に途切れ、そこから先は草原が広がっていた。見渡す限りというほどの広さではないが、少なくとも草原の終わりにそびえる山までにたくさんの田畑が存在し、柵で囲われた敷地では牛や羊が草を食んでいるのが見えた。田畑と牧草地が同時に存在できるほどの広さをもつ草原の真中央に、家屋が密集して建っている。


 恐らくあれが、ルッツの村なのだろう。


 私は草原に踏み込み、しゃがんで土を少し掘り返して、その匂いを嗅いだ。どうやらここは、数少ない魔力汚染が無い土地のようだ。


 だが、ベルの町と魔法都市レザイアの間に在って、なぜこの土地が汚染されていないのか。レザイアには大量の転生者が住んでいて、魔力はそこから垂れ流されているはずだ。


 転生者の魔力は、基本的には大地に浸み込み、地下水の流れに乗って各地へと広がっていく。転生者が長く住む場所は大気にも濃く魔力が混じるため、それが体に合わない原住民は目や鼻、肺を病んでしまう。


 田園風景の向こうにそびえる山を見て、私はこれだなと思い至った。


 魔力は大気も汚染するとはいっても、雲が発生するほどの高さには至らない。すなわち魔力は、空気より重いのだ。それゆえに、大地に浸み込んで行くのだが、あの山が土地の魔力汚染を阻んでいるのだろう。山に降る雨は、川となって魔力を押し流し、海へ注ぎ込む。恐らく魔法都市側の汚染は酷いものになっているだろうが、こちら側は守られているのだ。


 私は、大きく息を吸い込んだ。私の身体に肺があるかは分からないが、少なくとも私の中に清浄な空気が満ちていき、呼気とともにこれまでに吸い込んでしまった淀みが排出されるような爽快感が得られ、私は草原に寝転んで、しばし呼吸を繰り返した。


「魔王様……」


 出会った当初よりも、心なしか頬がこけたように見えるレミア・フェレスが現れるまでは。


「早かったな。レミア・フェレス」


「ボクのことはレミアと呼んで頂いて結構です。いや、そんなことよりも魔王様! 酷いじゃありませんか!? これから血どころか魂の盟約を結ばんとする、いわば……いわばその……は、伴侶とも言うべきボクを置いて、走り去るなんてぇ!!」


 レミアは激高したり、身をくねらせて赤くなってみたりと忙しい様子だ。


 そんなレミアを見て微笑ましいなどと思ってしまうくらい、清浄な空気を存分に楽しんだ私は、自分でも珍しいと思うが、実に爽快な気分だった。


「さすが魔王様……なんて邪悪な微笑みなんだ……」


「……」


 かつてシャイナも、私が我知らず笑っていた時に脅えていたが、私が笑うとそんなにも恐ろしい顔になるのだろうか。


 私はせっかくの気分を壊されたような気がして、小さな光弾をレミアにぶつけて立ち上がった。顔を青ざめさせていた魔物は街道の方へ吹き飛び、グスグスと泣きながらも無傷で歩いて戻ってきた。


「さて……行くか」


 なるべく原住民の目に触れないように、村や田畑を大きく迂回するため東に進路を取ろうとすると、レミアが声をかけてきた。


「魔王様、村には入らないのですか?」


「私はすでに多くの転生者を殺した。それが村に伝わっていれば、混乱を生むだろう。汝も明らかに見た目は魔物だ。村に寄ったところで、忌避されるだけのことではないか」


「ああ、なるほどです。ただ大変申し上げにくいのですが、魔王様と違ってボクはごはんを食べないと死んでしまうのですが」


「では、私は先に進む。あとからついて来ればいい」


「もぅ……」


 私の答えをきいたレミアは、小首を傾げてしばらく思案気な表情をしていたが、やがて何か思いついたように手をポンと叩いて言った。


「では魔王様! 変装、というのはいかがでしょうか!?」


「……変装?」


「はいっ!」


 レミアがにこやかに頷き、数分後に私たちは村へ入った。




「小さな村ですが、宿屋があってよかったですねえ」


 秘め事(ごはん)と湯あみを済ませたレミアが部屋に戻り、ベッドに寝転んで伸びをした。村に入る際に掻き消えた猫の耳と尾は、今は復活している。どういう原理かわからないが「翼と同じですよぅ」と言ってレミアは笑うだけだった。


 それにしても、と私は改めて食事を終えたレミアを見て思った。


「レミア……まさか、殺してはいないだろうな」


 レミアは、人間の生気を吸う類の魔物だと、以前転生者の死体に向かって告白していた。今の彼女は、単に食事をしただけとは思えないほど、色艶がよくなったように見えた。生きるためとはいえ、原住民の命が散るのは好ましくない。


「魔王様ったら……想像しちゃったんですかぁ?」


 レミアが平行に並べられたベッドの片方に座る私の膝元ににじり寄ってきた。


「魔王様……?レミア・フェレスは、いつでも血の盟約を結ぶ心の準備はできております」


「それは断ると言ったであろう」


「……ちぇっ」


 レミアが唇を尖らせ、自分のベッドに戻った。彼女も私も睡眠を必要としないし、食料を調達するだけなら宿を取らなくてもよいのだが、レミアは「お風呂に入りたいです!」と、かなり強硬に主張した。私が金など持っていないことを告げると「そこは、ボクがなんとかします」と言って、畑仕事をしていた男性と納屋へ消えていった。数分後、ホクホクとした顔で戻ってきた彼女は、今夜の宿代というには多すぎる通貨を持って、村へ入ったのだった。


「心配なさらなくても、魔王様が想像する様なエッチなことはしていませんよ? 普通の食事をしただけです。ボクは、そういう女じゃありませんからね!」


「私が――」


 いったい何を想像したと言うのだと思ったが、窓の外が急に騒がしくなったので、会話を中断して外を見た。村の街道側に向かって、村人たちが駆けていくのが見えた。口ぐちに「転生者様が来たって?」「竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)のお二人らしいぞ!」などと言っているのが聞こえた。


「……レミア」


「ふぁい?」


 外の喧騒になど興味がないといった風情で、睡眠を必要としない癖に欠伸などしていたレミアに声をかけた。


「転生者が来たようだ」


「えっ!!」


 レミアは耳と尾を隠し、私はローブのフードを目深に被って宿を出た。群集に紛れ、村の街道側へと向かった。




 村に入ってきたのは、二匹の転生者だった。


 群衆に紛れてもそれがよく見えたのは、彼らが村に足を踏み入れた瞬間、二匹を中心にして、まるで海を割ったように群衆が二つに分かれたからだ。村人たちは「あれが竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)……噂通りだ」「なんという殺気!」「ダメだわ……とても直視できない……」などと言って顔を引きつらせていた。


 きれいに分かれた群集の向こうで、がっくりと項垂れた一匹の肩を、もう一匹が撫でていた。


「なんだかすごく……不快な気配ですね……うう」


 レミアが呻いたその時だった。


 肩を撫でていた方の転生者がこちらを指さした直後、レミアの背後に、これまで感じたことのない強烈な殺気が急接近してきた。


「レミア――」


 どけと言おうとした時には、気配の主はレミアの背後に立っていた。


「!!」


 背後に立たれるまで接近に気付かなかったレミアが振り返ると同時に、強烈な魔力の放射とともに、少年の拳が彼女の胴を薙ぎ、レミアは群集を跳び来えて近くの家屋をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。


 それを合図に、村人たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「さすが魔王だな。連れてる魔物も上玉だ」


 群集が逃げまどう姿を見て、若干表情を曇らせた少年が口を開いた。その背後から少女の声が聞こえた。


「……ダイチのエッチ」


「いや、俺は純粋に見た目の感想を漏らしただけで、イケるとかどうとかの判断を下したわけじゃ……それに、魔物だ殺せって言って俺をけしかけたのはお前だろ!?」


 白に近い灰色の髪を揺らし、赤と青の左右非対称の瞳が背後を振り返った。ダイチと呼ばれた少年はその特徴的な見た目よりも、周囲の空気までもが歪んで見えるほど、魔力の放射量が尋常ではないことと、そこに込められた殺気によって、その存在を禍々しいものに見せていた。


 そして、ダイチの背後から剣呑な表情で現れたのは、茶色の髪を左右に分けて結い、まるで頭の左右に尾でも生やしたかのような奇妙な髪形をした、黒目の少女だった。


 少女は少女で、その体躯には明らかに不釣合いな巨大な戦斧を肩に担いでいた。少年ほどの魔力放射はないものの、殺気だけなら引けは取るまい。


「……これが魔王?」


 少女が私を指さして言った。


「報告書に書かれていた見た目とは、一致してるけどな。白髪なんて俺くらいかと思っていたよ。なあ、お前が魔王か?」


 ダイチが私に向き直り、問いかけてきた。


「お前たちからは、そう呼ばれている」


 私が答えると、ダイチはまた少女を振り返った。


「だそうだ」


「……殺す?」


「そうだな。だが魔王を殺すと、魔物もいなくなるのがセオリーだが、それじゃ仕事が無くなっちまうな」


「魔物いなくなると……ダイチ困る?」


「いや、そんなことはない。そうしたら、元の世界に帰る方法を探すだけさ。アスカは、ここに残りたいか?」


「私は……ダイチと居たいだけ」


「アスカ……」


「ダイチ……」


「「……」」


 よくわからない会話が成された後、二匹の転生者は指を絡めて見つめ合い、身体を寄せ合って頬を上気させている。ただし、殺気だけは保ったままだ。


「痛てて……いきなり殴るなんて、無礼な奴だなあ」


 ガサガサと家屋の残骸をかき分けながら、レミアが戻ってきた。衝撃のためか、耳と尾が再び顕現していた。


「お? 生きてた……てか猫耳!!」


「……ダイチ、嬉しそう」


「そんなことはない! 断じて!」


 身体を離し、アスカと呼ばれた少女が再び剣呑な目でダイチを睨むと、彼はやたらと狼狽した様子で否定した。そして取り繕うように、私に視線を戻してまくしたてた。


「まあ、レザイアに集結する前に魔王に会えてよかったよ。ビットもベルも壊滅していて、街道沿いにまだ新しい焼死体があったからな。もしかしたらと思って馬鹿正直に街道を進んで正解だったわけだ。特級の連中と獲物の取りあいなんかするより、さっさと倒しちまった方がいい」


「……百老に黙って殺って、大丈夫?」


「うっ! 確かに、妖怪じじいどもは、やっかいだな……」


 ダイチは顔をしかめたが、すぐに思い直したようだ。


「だが、眼前に敵を放置して、何が竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)!? って格言もあるし!」


「……そんなの知らない。そしてこれは、ドラゴンじゃない」


「ぐぬう」


 再び謎の会話を始めた転生者を、私とレミアは時折顔を見合わせながら観察していた。レミアが小声で「よくしゃべる転生者(ゴミクズ)だなぁ……」と呟いたのを耳ざとく聞きつけたらしいダイチの殺気が膨れ上がった。


「あんだと!?」


「一つ、いいだろうか」


 左右非対称の目を吊り上げてレミアに迫ろうとするダイチの前に割り込んで、私は転生者に話しかけた。


「お前たちは転生者で、ルドルフという男の呼びかけに応えた者たちか?」


「ルドルフって誰だ?」


「……報告書」

 

 私の代わりに、アスカが助け舟を出した。


「ああ、筆者(あれ)か」


 逆に質問を返されたが、その答えは彼らが導き出してくれた。


「まあ、この先他の特級に出会うわけじゃないんだし、お前がそれを知っても意味ねえよ」


「それはどういう意味だ」


「バカか? ここで、お前は俺に殺されるってことだよ!!」


 ダイチの殺気が、魔力の放射とともにさらに膨れ上がった。


「がああああああああ!!!!」


 咆哮とともに、さらに膨大な魔力が噴出した。それは巨大な魔力の柱となって天を突く高さまで上昇し、夜空を照らした。


 私とレミアは後方に跳び退り、それに巻き込まれるのを避けた。ダイチの力は、これまで遭遇した転生者たちとは規格が違うことは、十分に理解できた。


「レミア、下がっていろ」


「魔王様!? ボクだって……!」


「お前は、頑強で素早いだけで、闘う力はないのだろう?」


「だからそれは、血の盟約をして頂ければすぐにでも…」


「今はそんな暇はなかろう」


「じゃあ……すぐ済ませますからぁ♡」


「だめだ」


「ええ~」


 緊張感に欠けるレミアを見て苦笑し、私は、いまだに魔力の大放出を続けるダイチに近づいて行った。私とダイチの距離があと十歩というところで、天に向かっていた魔力の全てが大地の身体に収束した。


 不気味なほど静まりかえった村の入り付近にあった家屋は、ダイチの魔力放射の風圧によってなぎ倒されていた。


「さあ、やろうか、魔王さんよ」


 そう言うとダイチは地を蹴り、上空へ飛び上がった。三日月を背負うダイチの左手には重厚な造りの銃が一丁握られていた。そこから射出された銃弾に込められた魔力量が異常であることは、それを避けた私の背後で起きた大爆発でもって伺い知れた。


 しかし、そんなことよりも私を驚かせたのは、銃弾を避けて飛びあがり首を狙って放った私の手刀を、左手の銃でもってダイチに防がれたことだ。


「「なっ!?」」


 二人同時に驚きの声を上げ、私とダイチは交錯し、地に降りた。


「とんでもなく速いってのも、報告書通りだな」


「……手伝う?」


「もうちょい待て」


 アスカに答えたダイチに向かって、私は光弾を放った。


「おっとぉ!?」


 ダイチは素早く反応し、銃弾でそれを相殺した。私はさらに連続して光弾を放つ。それらを撃ち落とすのに手一杯なのか、ダイチをくぎ付けにすることには成功したものの、それを見ても動こうとしない背後の少女の存在が気になり、私は攻勢に出られないでいた。


「……手伝う?」


「頼む!」


 再び、ポツリと問いかけたアスカに、ダイチが答えた。私を挟んで街道側に立っていたアスカは無言で頷くと、担いでいた巨大な戦斧を正面に構えた。その動きだけで風が生まれ、私の髪を撫でていった。


「……行くぜ、竜を狩る者(ドラゴンキラーズ)


「……それ、恥ずかしいからやめて」


 ダイチが銃を構え、アスカが身を低くして私に迫る。


 私はアスカに向き直った。銃弾が発射され、それをわずかに横に動いて避けると同時に私もアスカに向かって駆ける。


「!?」


 アスカは私とは逆に飛んで銃弾を避けた。そして虚空を蹴って方向転換し、一気に私との距離を詰めた。同時に振りかぶった大戦斧が私の頭上から振り下ろされる。すでに銃弾より速く動いているのだ。受け止めるか避けるかを考えている余裕はなかった。


 私は左手に発生させた光刃でもって、大戦斧を受けた。その衝撃は予想を大きく上回り、それを薙ぎ払うことはかなわなかった。私とアスカの間に火花が散り、周囲に衝撃の余波が飛んだ。それによって巻き上がった砂煙の向こうから、再び銃弾が私に迫ってきた。


質量増加(マス・ブースト)


「ぐっ!!」


 アスカがそうつぶやくと同時、左腕にかかる負荷が一気に増大した。私はそれを下方に受け流すとともに、右へ跳んだが、一瞬回避が遅れたために避けそこなった一発の銃弾が私の脇腹を掠めた。


 外殻の強化に全力を注いでいなかったために、わずかながら痛みを感じたが、出血する様な傷は追わなかった。


「……ばけもん」


 轟音とともに、その刃部の全てを地面にめり込ませた大戦斧を引き抜いて、アスカが呟いた。それは私のセリフだと思ったが、次の攻撃に備えて私は外殻を最大限に強化した。


「いやまったくだ」


 アスカの呟きに答えたダイチの声が左の耳元で聞こえ、驚愕してそちらを振り向いた私の眼前には、暗く、巨大な砲口が在った。


「吹っ飛べ」


 閃光を感じたと思った直後、激しい衝撃を顔面に受け、私の身体は宙に浮いた。




タイトルにルビが振れないだと…?

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