〖閑話 魔物と魔族と転生者(語り手:レミア・フェレス)〗
ボクの名前はレミア・フェレス。
誇り高き純血の魔族さ。
ボクは、生まれた時からルシアス様にお仕えするのが責務だった。
ルシアス様は仲間とともに、できるだけ人間を避けてひっそりと暮らしていた。昔はたくさんいた魔族の仲間たちも転生者どもにやられて、今ではすっかり数を減らしてしまったし、長い研究の結果、ボクら魔族は人間を食料にしなくても生きていけるとわかったからね。
でもルシアス様は、この星の魔力汚染に頭を悩ましておいでだった。人間の生気を吸ったりしない代わりに、彼らの真似をして作物を作ったり、家畜を育てて食料にしていたんだけど、汚染された大地で育ったものは、ボクらには毒でしかなかったんだ。
転生者どもは、精神的にゴミな奴が多いけど力は強かった。その上精力旺盛な奴が多くて、あっという間に増える。
名誉のために言っておくけど、魔族だって決して弱くはない。だけど多勢に無勢ってものがある。ルシアス様と僕も含めて、魔族の仲間はたったの二十人。とてもじゃないけど、戦争にでもなったら勝ち目はない。
仕方なくボクらは、清浄な土地を求めて旅をしていたんだ。
だけど七日前、どうやって嗅ぎ付けたのか突然やってきた転生者どもに、仲間は皆殺しにされてしまった。ボクは最後まで戦う覚悟だったけど、ルシアス様から最後の頼みとリリア様を託されて、どうにか脱出した。
だけど、追ってきた転生者に捕まってしまい、リリア様が手籠めにされそうになってしまった。そのとき魔王を名乗るお方が現れて、ボクの命は救われた。
残念ながらリリア様は殺されてしまったけど、ボクら魔族は死んだ後は星の気に還っていつかは甦るらしいから、そこんところは割り切るしかない。
そんなわけで、天涯孤独の身となったボクとしては、魔王すなわち魔族、魔物の王様を自称するお方を新たな主と定め、旅のお供に加えてほしいのだけれど……。
ん? 魔族って何か? 魔物と魔族は何が違うのかって?
それを説明するのには、ちょっと昔話を聞いてもらわなきゃならない。
ほんとは、ボクのことを虫けらでも見るような、冷めた目でしか見てくれない魔王様にもぜひ聞いてほしいんだけど、何を言っても泣いてもほとんど無視されるから、だんだん辛くなってきた。それでボクは、キミに話しかけているんだ。
ちなみにある時から、人間や転生者と関わりを避けて生きてきたボクら純血の魔族は、かつてこの星の食物連鎖の頂点に君臨して、たまに人間をかどわかして遊んでいた魔族の子孫なんだよ。
サキュバスとかインキュバスなんて言われて、一部の人間たちには人気があったらしい。キミは知っている? サキュバス。
おかげでボクはそれなりに胸だって大きいし、自分で言うのは恥ずかしいけどエッチな見た目をしている。顔だって不細工じゃない。猫っぽい耳とか尻尾までついている。人間の男はそういうのが好きなんだろ? 誰だってボクを見たら……その、興奮して襲い掛かってくるはずなんだよ? 魔王様は、見た目は人間の男なのに、そこら辺の感情が欠落しているみたいなんだ。
ボクとしては襲われたいわけじゃないから、それはそれでいいんだけど。
もしかしたら、魔王様は御髪が真っ白だから、実はめちゃくちゃ年寄りで、男性的に枯れているのかもしれない。もちろんそんなことを言ったら、あの光る玉で追い回された挙句に、肉塊になるまで打たれそうだから、口が裂けたって言わないけどね。
ああ、魔物と魔族の昔話ね。
もう、せっかちだなキミは……焦らなくても……ちゃぁんと、し・て・あ・げ・る♡
……はっ! 違うんだ! ご先祖様の血のせいで、ときどきこういうのが出ちゃうだけなんだ! ボク、はそういう女じゃないからね!
まったく。キミもボクの胸の谷間ばかり見てないで、ちゃんと話を聞きなよ。
大昔、まだ星が気の塊だった頃、神は澄んだ気と濁った気を使って色々やったらしいけど、星の底に溜まった濃い気は使われずに核の周りに残ったんだって。
やがて核の力に岩が押し上げられて、海の表面に大地ができた。濃い気はその下を巡ってたゆたっていたんだ。
やがて人間というすごく弱いけど、賢しい生き物が地上に現れた。
これまで地上の生き物は、食われるか、寿命で死ぬか、病気や災害で死んでいた。人間共も、最初は自然の流れに従って生きていたんだけど、そのうち人間同士で殺し合うようになったんだ。
他の生き物だって、縄張り争いやボスの座を巡って殺し合いになったり、食べ物に困って共食いする生き物はたまにいた。けど同種のくせにやたらと優劣を競って殺し合うなんて、ボクらからすると全然理解できない。
とにかくそうやって人間たちは、ちょくちょく大規模な争いを起こしてたくさん死ぬくせに、なんでか数だけは増えていった。
ただ、やっぱりよくない死に方をした魂は、成仏できなかったんだな。他の動物たちにはほとんど見られなかった『悪意』とか、『恨み』とかいう思いを抱えて死んだ人間の魂は大地に浸み込んで、いつしか濃い気にたどり着いた。
神が命を生み出すのにも、気の上澄みだけでよかったのに、何十億年もかけて溜まった濃ゆ~い気に触れた人間の悪意は、一気に地上へ上って形をなした。思いが形になったそれが、魔物の紀元なんだって。
悪い感情の赴くままに、人間を襲っていた魔物と、悪戦苦闘しながら人間もよく戦ったんだ。魔物、動物、人間で、地上はけっこうバランスが取れていた。
だけどあるとき、この星全体が水没しかねない大洪水が起きて、かなりの量の大地が押し流された。人間と動物が減り、少しパワーバランスが崩れてしまったんだ。
この頃、ボクらの先祖である意志をもった魔物が、暴れ回る魔物を抑えて、人間と動物が減りすぎないように尽力したんだ。
なんでそんなことしたかって?
ボクらだって生きている以上は、食べ物がなきゃ死んじゃうだろ? 人間は複雑な感情を持っているから、飼育して増やすなんてできないし、数が少なくなっても戦争はするもんだから、さらに数が減る。そこへもって魔物まで暴れ回ったら、ご飯がなくなっちゃうじゃないか。
当時はまだ、作物を作ろうなんて発想自体がなかったし、どうにか食物連鎖の頂点に立つものの責務を果たそうと、ご先祖様は頑張っていた。
そして、魔物の動きをある程度統率した強い意志と力を持った魔物たちが集まって、子孫を育んでいったのが、魔族の起こりだと言われている。
簡単に言ってしまえば、魔族とは、進化した魔物だよ。根っこのところは魔物と同じだけど、ちょっと人間に近い部分もあるかもね。
魔族が星のバランスを取るようになってしばらくたったある日、他の星から魂だけやってきて、この星の人間に入り込んだ化け物ども。そう、転生者ってやつが出没し始めた。
奴らは魔力というこの星にはなかった力を振るって、いきなり魔物狩りを始めたんだ。ご先祖さまだって必死に戦ったけど、どんどん数を減らされて、純血の魔族は今やボク一人さ。
さっきも魔力汚染の話をしたけど、魔力の汚染が及んだのは、なにも土地や水だけに限った話じゃない。星に浸み込んだ魔力は、なんと新たに生まれてくる魔物にまで影響を与え始めたんだ。
総じて魔力を得た魔物たちは強くなっていた。
だけど、狂ってもいたんだ。
ボクら魔族の説得なんて聞く耳持たない。
ただ力を振るうだけの、化け物になってしまった。
問題なのは、ボクら魔族の中にも、魔力に侵されて狂っていく者が出てしまったことだ。
魔物の本質と言われてしまうと、返す言葉がないんだけど、強さを求めるタイプの魔族もけっこういてね。転生者どもに対抗するために、魔力による汚染を身体に受け入れたんだ。もちろん、それは毒なんだから、生きてるうちにそんなことしたら死んじゃうよ。
でもどんなものにも例外はある。
もともと強い耐性を持っていた一族なんかは、結構魔力を喰らっても生きながらえたんだ。ドラゴン系の連中は、生存率が高かったみたいだね。
そうして出来上がったのが魔力を持った新しい魔族さ。
ボクらのようにそれを拒み続けた一族が、純血の魔族ってわけ。
どう? わかった?
……ありゃ、もう死んじゃったみたいだね……転生者のキミが死んだって、少しも悲しくないけど。
「レミア・フェレス……? 死体を相手に何を語っているのだ」
「魔王様、聞いていらしたんですか??」
久方ぶりに、魔王様が声をかけてくれた!
ボクはパッと転生者の死体を放り投げて、魔王様に笑いかけた。
「私が止めを刺そうとするのを必死で止めて、何を始めるかと思えば昔話など……正気を失ったか」
とんでもございません。魔王様がボクの話を聞いてくださらないので、転生者に語る振りをしただけのことですわ。
などと言えば、光の玉を放たれかねないからね。ボクは慎重に言葉を選んだ。
「いや、この転生者が、ぜひともボクの生い立ちを聞きたいと訴えておりましたのでつい……」
「その害獣が訴えていたのは、苦痛からの解放であったように思うが?」
魔王様。ボクの話はまったく聞こうとなさらないのに、こんな転生者が「ちくしょう、はやく殺してくれ……」なんて泣き言をほざくのはしっかり聞いてらしたんですね!?
などと言えば、ときどき見せる光の刃でみじん切りにされかねないので、ボクはわざとらしくならないようにシナを作って、斜め下から魔王様を見上げた。
「魔王様……? もうこの転生者のことはよいではありませんか? それよりも、ボクと血の盟約を……」
「断ると言ったはずだ」
「どうしてですか!? ボクじゃ魅力が足りないからですかぁ!? うう……これじゃご先祖様に顔向けできない……グスッ、ヒック」
血の盟約って言うのは、ボクら魔族の習慣でね。主と定めた相手と、その、た、体液を交換するんだ! やり方なんて聞くなよ!? まったく、野暮なやつだなあキミは!!
「すでに死んだ転生者は燃やす。そのままそこにいると巻き込まれるぞ」
ボクが羞恥に耐え切れずに転生者を蹴りつけていると、魔王様の冷徹なお声が背中に投げかけられた。
ちょっと魔王様? もうすでに眼前に光の玉が迫ってますけど!?
「よいしょぉーっ!」
すさまじい閃光と熱量を避けて、ボクは全力でその場を離脱した。こういう時、空を飛べるというのはとても便利だよね。
「……ちっ」
魔王様が、転生者の死体が燃え尽きたのを確認して、街道を進んでいく。なんか、舌打ちが聞こえたみたいだけど、気のせいだよね。
燃やされた五人は、ベルの町に向かう調査隊だったんだって。彼らも「白い髪!? 魔王か!? なんで歩いて!?」とか「報告は本当だったらしいな! 原住民が言うほどの強さではあるまい! 魔王! 覚悟!」とか色々言っていたから、このお方が魔王様というのは間違いないみたいだ。
ボクら魔族と、もちろん転生者ともちょっと違う力だけど、その戦闘力には圧倒的な開きがあることは、ボクにもよくわかった。
魔王様は決め台詞なのか「転生者は全員殺す。例外はない」とおっしゃっていたから、魔族にとっては救世主だ! ボクも魔族の生き残りとして、ぜひお手伝いがしたい。ルシウス様やリリア様の仇も取りたい。
ただ、ボクの本当の力を解放するためには、血の盟約がひつようなんだ。これをしないと魔王様のお役に立てないんだよなあ……。
「あれ、またおいて行かれちゃったよ……」
ふと見ると、魔王様はもうずいぶん先を歩いていた。
命を救っていただいた日から三日。食事も睡眠も取らず、ひたすら街道を歩いている。ボクはさすがにお腹が空いてきたから、この先のルッツの村でごはんくらい手に入れたいんだけど、あの方は絶対、置いてきぼりにするだろうな。
さて、どうしたものかと考えながら、ボクは魔王様の後を追った。
「魔王様、いつもながら見事な放置ですが、ボクは諦めませんからね!?」
ボクが魔王様の隣に降りて、半歩下がった位置取りで歩き出すと、珍しくボクの目を覗き込むようにして、言葉をかけてくれた。
「先ほどの、汝の話だが……」
「血の盟約ですかっ!?」
そんな魔王様、下げてから上げるなんて高等テクをいきなり! レミアにも準備ってものが……それにまだお昼ですよ? そしてお外で、天下の往来ですよ魔王様!?
「そうではない。過去に大地を押し流したという洪水の話だ」
ボクは不敬にもバシンバシンと魔王様の肩を叩いてしまったことに気付いて、すわ、首を刈られるっ! と竦んでいたけど、しばらく何も起きなかった。ボクがそっと目を開けると魔王様が憐れむような、困ったような表情を浮かべていらした。
「……すまなかったな」
「え?」
魔王様はボソッと言った後、急に光の玉をたくさん出して、ご自分の周りをガードするように旋回させ始めた。
魔王様は出会った当初から、ずっとこれをやっている。多分練習しているんだ。その成果は素晴らしいもので、三日前とは光の玉の大きさも数も桁違いだ。
ただ、そのおかげで全然近くに寄ることができない。
「魔王様、それをその……少しだけお休みになってはいかがでしょうか?」
「……」
魔王様は答えてくれない。
ボクは半歩どころか十歩下がって、おっかなびっくり着いて行くしかなかった。
Kill:0000323
これにて第一章 堕ちた天使 終了となります。
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