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〖第一章プロローグ~絶望天使~〗

 足の下に、青年の顔がある。


 月が青白く辺りを照らしていたが、すでに村全体が燃えているために、広場は昼間のように明るかった。

 

 私が踏んでいる青年――転生者という害獣の頭部は、もとは鍛え上げられた太い首と一緒に、その屈強な身体とつながっていたものだ。

 

 頭部を失った身体が、ゆっくりと前のめりに倒れた。首がちぎれた部分から出血はない。代わりにぶすぶすと音を立てて黒煙が上がっており、周囲に不快な臭気が立ち込めているが、穢れた魔力が宿る血がこちらへ飛んでくるよりはましだろう。

 

 私は踏んでいたそれを、倒れた身体の向こうに立っているもう一匹の害獣に向かって蹴り飛ばした。慌ててそれを避けて、そいつは狼狽した様子で耳障りな声を発した。


「な……なんであんた、こんな」


「「ことをする? 俺たちが何をしたって言うんだ!」」


「……!?」


 私がもう一匹の転生者――こちらは少年のようだったが、その思考を読んだかのようにほぼ同時に言葉を紡いでみせると、少年は驚愕の表情を浮かべた。


読心術(マインドリーディング)……だと? いったい何者なんだ!?」


 少年は驚いた表情から一変して敵意をむき出しにし、腰の得物を抜いた。たちまちそれが妖しく輝き、炎の色を帯びた。汚らわしい魔力がそこから噴出しているのが見て取れ、私はさらに不快な気分になった。


「私は……」


 そこでふと、神に名付けられた名前など、神が去り天から堕ちた今となっては必要無いのだと思った。


 そこで、異世界からやってきた害獣どもを打ち倒すものとして、彼らの世界の言葉を拝借することにした。


「リバースキリング――転生者殺し」


「はああん!? 脳みそ腐ってんのかてめえは!!」


 叫ぶやいなや少年が後ろへ跳び、得物の引き金を引いた。その先端から金属でできているらしい球体が、赤い魔力を帯びて私へ向かって連続で射出された。正確に私の頭部、左胸部に向かって三発ずつだった。


 少年が手にしているのは、この世界には存在しなかった武器で、名前は銃とかいうのだったか。まあ、そんなことはどうでもいいことだ。


 私は迫ってくる弾丸を回り込んで避け、そのまま移動して少年の背後に立った。


 時間を止めたわけではない。それだけ速く移動しただけのことだが、少年にしてみれば突然私が消えたように見えたのだろう。「え?」と間の抜けた声を出した瞬間、私が背後から声をかけた。


「私はここだ」


「いっ!? ぐあああああ!!」


 慌てて振り返った少年が、人としてはあり得ない速度で銃を構えて至近距離から射撃を行おうとした。彼が引き金を引く前に、その右手を私の左手でが銃ごと握りつぶした。


 手の中で少々爆発が起こったが、それで私の外殻が傷つくこともない。それよりも穢れた肉や骨片、血液がこの手に付着したことの方が問題だと思われた。


「あああ、ちくしょう! 俺の手が……!」

 

 苦痛に美麗な顔を歪めながら、少年は残った左手に魔力を込めて右手の傷を癒しにかかったようだ。赤い果実が弾けたようだった右手が、あっという間に再生されていく様は、本当に不気味だった。

 

 この個体のように魔力を肉体の回復にも使用できるものは、少々の身体の欠損ぐらいは簡単に回復できるようだ。これから私は、ある人物を探すためにこの害獣を尋問しなければならないが、傷つけるたびにこれをやられては不愉快極まりない。しかし、魔力を行使することすら不可能なほどに痛めつけてしまっては、そもそも尋問することができなくなるのだ。地に堕ちたばかりの私は、力の加減がうまくいかない。

 

 ちなみに心を読むということはできない。ただ私は、彼らより圧倒的に速く動くことができる。それだけのことだ。


「はあ、はあ……くそっ」


 右手が治癒していくに従って、荒かった少年の呼吸も落ち着き始めた。しかしそれを黙って見ている必要はない。私は、尋問を始めることにした。


「開祖はどこだ」


「あがあっ!? ぎゃあああああ!!」


 私は質問して、少年の左腕を肩口から引きちぎった。少年は大きな口を開けて叫び声を上げた。しかしそれは、私の質問に対する答えになっていなかったで、私は座り込んでいる少年の前に座り、尋問を続けた。


「開祖はどこだ」


「うぐうううう……う! おっがああああ!!」


 私は質問を繰り返して、少年の右目を突いた。


「開祖は」


「知らねえ! 知らねえんだ!!」


 私が少年の胴に拳を当てて三度目の質問をしようとすると、ようやくまともな言葉が聞こえた。


「そうか」


 私はほんの少し拳に力を溜めて、放出した。


 少年の身体は上下に分かれて遠くへ飛んでいった。断末魔の叫びなど聞かなくて本当によかった。せめて最期に歌でも唄わせればよかったか。彼らのもつもので、唯一存在を許せるのは、それぐらいだからな。


 何者かが駆け出した物音がした。実はもう一人、物陰に隠れていた個体がいたのだが、それは敢えて見逃した。


 私は立ち上がって次の町を目指して歩き出し、ゆっくりと進む。


 転生者共がこの町での出来事を知り、恐怖に震える時間を稼ぐために。







 私の名はセイタン。


 六十億年ほど前に、神様によって最初に創造されたものだが、生き物とは違う存在だそうだ。


 私は創られた当初からこの姿だった。他の星で幾多の生物が滅びていくのを観察する間、私は歳をとることもなく、神様とともに在り続けた。そして、神様がある星をお創りなるのを手伝うように命じられた。


 私は星がようやく形を成して、まだ気の塊だった頃からそれを見てきた。星の核を囲むように存在していた気は、やがて層を成していった。


 神様は、核からもっとも離れた清浄な気から、人間という種を生み出された。


 その下の少し濁った気から、雲をお造りになって雨を降らせ、星の核を水で覆った。溜まった水は海と名付けられた。


 すると雨とともに降り注いだ濁った気が、水の底に溜まって硬い岩となって核の周りを固めた。


 核に込められた大きな力が硬い岩を押し上げて、星の表面に大陸や島を成した。


 私は神様に命令されて、そこに植物の種を蒔いた。やがて大地と島は、豊かな緑に覆われて、色とりどりの花が咲き乱れるようになった。


 そうしている間に神様は、動物と魚を創造なさった。魚は海と、雨水が溜まった川に放たれ、動物たちは地上で暮らすことになった。


 私はそれらをとても可愛いと思っていた。ときどき地上に降りては、それらと戯れるのが私の楽しみの一つとなった。


 長い時間をかけて、動物や魚、植物は様々な形に進化していった。神様が、そのようにお創りになったそうだ。多様に変化し、隆盛を極める生き物もあれば、滅びていくものもたくさんあった。


 私は、滅びゆく生き物の種をこっそりと収集した。もちろんそれを神様はご存知だったが、お咎めにはならなかった。


 星に暮らす生き物の種類が爆発的に増えてきたところで、神様は星を移動させて、太陽の周りを周回するように命じた。そして星そのものも、一定のスピードで回転させたところ、星は昼と夜が入れ替わるようになり、四季がおとずれるようになった。


 さらに月という小さな、白い岩の塊を創造なさった後、月に星の周囲を回るように命じられた。夜になると、月は太陽の光を反射して星を照らし、世界が闇で覆われないようになさったのだ。


 さらに、月の引力によって海には満ち引きが生まれた。


 寒暖の差によって風が生まれ、波と海流が生まれた。


 雲の形も様々に変化していった。それは時に巨大な渦を巻き、局地的に暴風を起こして大量の雨を降らせた。その勢いはすさまじく、洪水によって生物が押し流されたり、長い雨によって山が崩れて、地形そのものが変化することもあった。


 私が見かねて一部の雲を打ち消してしまったとき、初めて神様が私の行動をお咎めになった。


 命は守るだけでは淀み、腐っていくのだと強く仰せになり、私は打ち消した雲をもとに戻した。


 生き物たちは厳しい環境から逃れて暮らすものが多かったが、驚いたことに荒れた砂漠や北の永久凍土に留まるものも少なからずいたのだ。そうした環境で暮らす生き物の姿は、私の心に大きな感動をもたらした。


 私と神様は、星に暮らす生き物たちの命の輝きを眺めて暮らしていた。


 ある時神様は、星が一回転する時間を一日と名付け、それが七回過ぎたら一週とお決めになった。三十日を一か月として、十二回月が経過したところで一年と呼ぶようにお定めになった。十二か月は、ちょうど星が太陽の周りを一周する時間だった。


 こうして時間というものにあれこれ名前を付けられてから、神様はようやく地上に人間を下ろした。


 神様によれば、星を創られてから五十八億年ほどが経ったとのことだ。これは、私にはあっという間だったが、人間という種の寿命からすると、途方もなく長い時間だそうだ。


 なぜ人間という種を今まで地上に下ろさなかったのかを尋ねる私に、神様は笑って首を振るばかりで、答えてはくれなかった。


 私は、その疑問を忘れることにした。


 人間はとても脆弱な生き物だった。力も弱く、走るのも遅い。水中では呼吸できない上に泳ぎもうまくなかった。暑さにも寒さにも弱かった。繁殖力も強くなく、生きていくのにたくさんの食べ物が必要だった。


 見かねた私が、人間に少しだけ力を与えようとするのを、神様は許されなかった。


 人間は、力がない代わりに知恵を使うのだと仰せになり、私と神様は人間の生活を見守っていた。


 人間はやがて大地に作物を造り、家畜を飼うようになった。巣穴も立派なものを建てるようになった。様々な道具を発明して、力がなくても効率よく繁殖し、生きていくようになった。少々他の生き物を殺し過ぎるし、やたらと大地を掘り返してしまうのが、私としては気に食わなかったが、神様が黙って見ておられたので、私もそれに倣った。


 さらに増えた人間は、よりよい住処や作物を手に入れようとして争うようになった。さすがに見かねた神様は一つの大地では足りなかろうと、人間を何種類かに分けて、互いに近づかないように言葉を乱して別の大地へ住まわせた。


 一時はそれで落ち着いていたのだが、すぐに互いの土地を欲して争うようになってしまった。


 その一方で、たくさんの色を使って絵を描いたり、音楽という心地のよい音を創ったりと、美しい姿も見せてくれる人間という種が、私は決して嫌いではなかった。きっとそのようなことができるのは、神様が澄んだ気から人間を生み出されたおかげだと思われた。


 どんどん増えていく人間という種は、地上における絶対者となっていった。個体としては貧弱極まりなかったが、様々な道具の発明によってその差を覆していた。


 星はまさに、人間の時代を迎えていた。


 そうして一億年も経った頃、人間の時代に変化がおとずれた。人間が地上で暮らすようになる前は、この星にはなかったものがある。悪意と呼ばれるそれは、少しずつ星に満ちていって、ある時形を成したのだ。


 人間に近い形のものや、異形の動物の姿をしたそれは、人間を襲うようになった。人はそれを魔物と呼んで恐れたが、懸命に戦い、種を守っていた。


 私は星に溢れる魔物と人間の戦いを見ながら、ふと神様のお姿がないことに気が付いた。いつも私の隣にいらしたのに、いつの間にか消えてしまったのだ。


 一日で星の全てを見て回ったが、神様は見当たらなかった。


 それからどのくらい待っただろうか。始めの何年かは覚えていたのだが、数万年も経つ頃には数えることもやめた。星を観察することもやめて、私は毎日泣き暮らした。私の涙は地上に降り注ぎ、大洪水を起こしていたが、それで地上の生物が滅びたとしても知ったことではなかった。


 そのうちに涙も枯れ果てて、ただじっと待つ日々が続いた。


 そして、私の我慢がもう少しで限界に達すると感じたとき、神様が戻られた。見知らぬ神々しい光を纏う方と共に。


 神様と共にいらした方は、神様よりも偉い神様だそうだ。その方がこの星にいらした目的は、幾人かの人間の魂を星の人間のそれと交換することだった。


 偉い神様が創造なさった星で、とても不幸な生を送った挙句に不幸な死に方をしたその人間たちを、別の星に転生させることで、新しい生を歩ませようと仰せになり、神様がそれをお受けになったとのことだ。


 神様は地上をご覧になり、私が起こした洪水のせいで人の数がやや減っていたことと、魔物が逆に増加したことを嘆いておいでだったので、私は罰の悪い思いだったが、偉い神様はご満悦だった。


 転生させる人間の魂に強い力を与え、この星を魔物から救う役目を持たせようと仰せになり、強い光とともにご自身がお持ちになった魂を地上に放たれたのだ。大変に満足した様子で、代わりに上って来た魂を回収し、再び神様と偉い神様はどこかへ消えてしまった。


 消えてしまう直前、神様が私に彼らを見守るようにと仰せになったので、仕方なく彼らを見ていることにした。


 転生者は、前世の記憶を持っていた。


 さらに、偉い神様から自分に授けられた力の存在を知っていて、それをいかんなく発揮して、周囲の人間を驚かせていた。


 ある者は、この世界にはない武器や道具を創造する、小さな神様とでも言うべき能力を持って産まれ、魔物退治はもちろん、人間同士の戦争にも加担していた。


 ある者は、人間の身に余る膂力を持っていた。


 彼らの力はすべて、この世界にはない魔力という力をもとに構成されていた。やがて彼らは火や風を生むようになり、魔力を持たない澄んだ魂をもつ人間から恐れられた。


 他にもたくさんの転生者がいて、第二の生を謳歌していたが、問題は彼らが子孫を残し始めたことであった。


 転生者の力を引き継いだ個体が増えていき、神様がお創りになった人々は少なくなっていった。魔力というものはとても強い力ではあったが、やたらと放出されたそれは星の空気を汚し、魔物がその影響を受けてしまっていた。

 

 簡単に言えば、より強く、悪しき魂を持った魔物が星に溢れかえり、人々はそれを打ち倒すために魔力を使い、新たに強力な魔物を生み出してしまうという悪循環を繰り返していた。


 大気は汚れ、川や海は濁り、もはやかつての美しい星の様相は戻ってこないのではと思われた。


 星がそんな状態になっても、神様は戻って来なかった。


 私は命じられた通り、続々と現れる転生者とその血族を見守っていた。


 そんなある日、私は信じられない光景をみた。魔力を持たない澄んだ魂をもつ人間が暮らす村が、転生者の血族に襲われたのだ。逃げ惑う彼らを、まるで狩りをするかのように殺して回る転生者たちの顔は、狂気に歪んでいた。その表情は、魔物と何ら変わりがないもののように見えた。


 長い時を経て、転生者は宗教というものを創っていた。自分たちの祖先を転生させた偉い神様を崇めるのは結構なことだが、それをこの星の人に強要し始めたのだ。


 従わない者は、虐殺された。


 星を汚すだけでは飽き足らず、神様が創った人間をも蹂躙する転生者たちを、私は嫌悪していった。


 それでも、私は耐えたのだ。

 

 いつか神様がお戻りになり、この穢れた星をお救いになると。

 

 ただ待った。ひたすらに、泣くことも忘れて。


 だが、神様は戻って来なかった。


 毎日のように繰り返される、転生者による人間の虐殺を見続け、私の中で何かが壊れた。


 気が付くと私は、地上に倒れていた。


 不浄な魔力の匂いが充満する大気を吸い込んでしまい、吐き気を催した。


 私はすぐに帰ろうとしたが、そこで気が付いた。


 私の背中には、翼がなかった。


 代わりに私には、激しい苦痛が与えられた。


「ひゃははは!! めっちゃ痛がってんじゃん! かわいそー」


 私の翼は消失したのではなく、刈り取られたようだった。それを教えてくれたのは、二匹の転生者であった。一目でそれとわかる。汚らわしい魔力がその身体からにじみ出ていた。


 私の血で両手を赤く染めて、同じく血染めのナイフを弄んでいる男と、傍らに座り込み、翼から羽を一本ずつ千切っては投げている女だった。


「好き――嫌い――好き――はあ~、これ全然終わんないし!」


「ケイコぉ、それちゃんとむしっとけって! あとで布団にでもすっからさあ! こいつめっちゃ硬かったんだぜ? 苦労して切り取ったんだからよお」


「ばかでしょ。いいからやっちゃいなよ、でもそいつ、顔だけはきれいだから後であたしの性奴隷にしてもいいけどね!」


「そりゃあ、聞き捨てならねえわ。おい化けもん、死んどけ」


 ナイフを持っていない方の手が私に向けられ、そこから魔力の波動が放たれた。それからのことはよく覚えていない。


 気付けば私は、切り取られた翼を抱いて立っていた。


 足元には、肉片になるまで粉砕された転生者の残骸が散らばっていた。

 

 私は堕ちてしまったのだ。


 天に戻るための翼も失って、神からも見捨てられたこの星に堕ちてしまった。穢れた魂をもつ者とはいえ、この手を血に染めてしまった。


 私の中に、それまで抱いたことの感情が渦巻いていた。


 私は誓った。

 

 神が創ったこの世界を蹂躙する悪しき者共。私はお前たちを殲滅する。


 たとえそれが、神に背くことであろうとも。




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