プロローグ
01/25:ストーリーを変更しました。
内容が変わっています。
昔の話だ。
孤児院の傍にある、小さな庭園。
そこに七歳程の男の子と、同い年くらいの女の子がいる。
『約束するよ』
男の子が彼女に言って、立てた小指を差し出した。
女の子も小指を立てて、男の子の指に指を絡める。
『約束だよ』
『うん、約束』
そうして二人は笑った。
――――もう、昔の話だ。
◇◇◇
テントへと差し込む朝日が、ひどく眩しかった。
小鳥の囀りも、木々のざわめきも『此処』では一切しない。
「ナナイさーん、ご飯にしましょー」
「ほいほい。ちょっと待ってろ」
呼ばれたナナイは身を起き上がらせると、キャミソールを脱いでからホルターネックのインナーに着替え、ズボンに足を通す。
銃を片手に天幕の方へ向かうと、既にシャルルが携帯コンロでレトルトのレーションを茹でている所だった。
「珍しく寝坊しましたねー、どうしました?」
「さぁ……まだ五日目だし、疲れるにはまだ早いと思うんだけど」
ナナイは組み立てられた椅子に腰掛け、テーブルの上で頬杖をつく。
「仕方ないですよ。やっぱり野宿じゃ、体も休まりませんから」
そろそろ街の宿で休みたいですね、とシャルルはホログラムの地図を見る。
年恰好は十四。長い銀髪を高い位置で左右に結い分け、ツインテールにしている。パッチリとした丸い目は碧色で、全体的に小造りな可愛らしい顔だ。
彼女は体のラインを浮き彫りにした、白と薄緑のボディスーツに身を包んでいた。分離式のそれは手足はきちんと覆っているが、胴体部分は胸と腰以外が透明な素材で出来ているので、鎖骨や背中、腹部を露出しているように見える。
水着と同等かそれ以上に目のやり場に困るような衣装だが、シャルルは小柄で肉つきの薄いコンパクトな体型なので色気は感じない。
「ナ~ナ~イ~さ~ん? 今、失礼なこと考えませんでした?」
「気のせい気のせい」
ナナイは涼しい顔で首を振る。だが内心ではちょっと焦った。
シャルルはしばし猫のように唸ったが、気を取り直し地図へと向き直る。
その間にナナイは食器を取り出してテーブルに並べ、茹で上がったレトルトのコーンスープを皿に移して乾パンの袋を開ける。
「さて、いただきます」
「あっ! 待って下さいよー!!」
ナナイがそう言って食べ始めたので、シャルルは慌てて操作を中断し皿とスプーンを手に取る。
「いただきます! ……んー、美味しいですね」
「まぁレーションだけどね」
「レーションでも、ちゃんとご飯が食べられるのは良いことですよ」
「それもそうか」
こんな所だし……と、ナナイは風景に目をやる。
そこは拓かれた荒れ野だった。荒れ野、といっても草木が縦横無尽に生い茂っているわけではない。むしろ此処には植物らしい植物がなかった。
乾いた地面と無骨な岩という、砂漠の一歩手前といった有様の大地。その上から情け容赦なく地面を照らす陽光。
今はまだ朝なのでマシだが、もう少しすれば「炎天下」という言葉通りの暑さになる。
「昨日はいくつ、死体と白骨を見たっけ」
「白骨化してないものは十四人、白骨済みのものは六人……でしたよ。確か」
「お前、数えてたんだ」
「何かを計測したり演算しちゃうのは、わたしたちHCにインプットされた習性ですからー」
もぐもぐと乾パンを噛み砕きながらシャルルは答える。
彼女の故郷であるユグドラシルが生み出した頭脳特化型の人造人間、ヒューマン・コンピュータ。通称『HC』。
人の頭脳は本来、電子計算機よりも優れているという考えを元に発明された彼らは身体能力は人と同じ程度だが、その計算能力は凄まじい。
他の国々でもユグドラシルを真似てHCを作り出そうとしているが、劣化品や失敗作ばかりで、マトモなHCを生み出せる国は今だ一つだけだ。
国外から彼らを求める者は多いが、その際はかなりの高額で吹っかけ、それでも相手は了承して雇用するのだという。
それだけ高性能であるということだ……が、こうして無邪気に食事をしている姿はどこにでもいるような普通の女の子にしか見えない。
「……いや」
普通の子は国家の中枢サーバーのパスワードをハッキングして侵入したりは出来ないか、とナナイは先ほど思ったことを訂正する。
そうして食事を終えて片付けようとした時、電子音が鳴り響いた。
「? はい、もしもし?」
シャルルは通信の回線を開き、応答する。
『あ、もしもしー。私だよ、分かるー?』
「え、この声……えっ!? せ、声紋確認!!」
若い女の声が、フレンドリーに喋りかけてくる。シャルルはその声に驚き、白猫のアバターを出して本人であるかどうか確認し始めた。
【声紋確認……完了! 九十八%の確率で本人であると認証しましたにゃ!】
『……だって。もう、いきなり疑うなんてビックリだよー』
「あわわわわわ……っ! も、申し訳ありませんエコー様!!」
拗ねた口調の声の主、エコーにシャルルは深く頭を下げた。
まぁ疑ったのは仕方ないだろう。エコーといえばユグドラシルを統一している者の一人で、国の脳であるマザーの次に重要なHCだ。
自国の№2が通信を寄越すなど、普通に考えれば信じられないことである。
『まぁ叱るつもりはないから落ち着いてよ。今回は、ナナちゃんに依頼したいことがあって、通信繋げたの』
「僕に、頼みたいこと?」
『あっ。シャルちゃん、ナナちゃんと代わってもらっていい?』
「は、はいっ」
シャルルは通信機をナナイに渡した。
「もしもし、聞こえます?」
『お、ナナちゃん! やっほー、元気?』
「まぁ、それなりに。それで依頼って何です?」
『んー、依頼主は私じゃないんだけどね。ちょっと最近グラナードで殺人事件勃発でさ、ギンシュに行って調査して欲しいの。出来るなら犯人抹殺して』
「……捕らえるでなく、殺すんですか?」
『生かすだけ無駄だからね。のさばらせて置いたら害悪だよ。まぁ詳しい話は向こうでしてもらえるから、そっちで聞いてね。あ、あと……』
物々しい発言のあと、思い出したようにエコーは続ける。
『ナナちゃん、レダルテ・スパニッシュって子……知ってる?』
「レダルテ……?」
ナナイは唇に指を当てて考え込む。なんだろう、どこかで聞いた覚えがあるような気が……。
「エンジニアさんですよ。機械工学専門の」
「ああ、あれか」
シャルルに言われ、思い出す。
十五という若さでメトロニクス技術認定試験に合格し、現在は研究所の開発部で活躍しているという期待のルーキー。確か、そう聞いている。
『シャルちゃん説明ありがと! で、そのレダルテくんがですねー、誘拐されちゃいました』
「え?」
『誘拐犯は敗戦国のレジスタンスみたい。こいつの命が惜しければ……なーんて、テンプレな脅迫状を送りつけててさっ。とゆーわけで、助けてあげて』
ひどく軽い口調で、彼女は笑いながら依頼してくる。ユグドラシルの№2の言葉は、どこまでも自由奔放だ。
国のトップの一人が、こんなので良いのだろうかと思う。何度も。
思うが、結構な報酬を支払ってくれるビップなので断れない。そうでなくとも断るのは自殺行為なので無理。敵に回すと非常に危険なのだ、彼女は。
だからナナイは、いつもと同じ返答をする。
「……分かりました。報酬はどれくらいで?」
『予想だけど、ナナちゃんにもシャルちゃんにも結構な無茶させちゃう可能性高いからなー……五十万でどう?』
「それは二人合わせてですか?」
「んーん。一人ずつ。あ、レダルテくんの救出分は十万で良い?」
「OK! 報酬の用意楽しみにしておきます」
「あははっ、言ってくれると思った!」
現金極まりないナナイの返事に、エコーは笑い声を再び上げる。
「あ、そうそう。彼、今は二人が今要るとこから南東にある廃棄街にいるっぽいよ。二十人くらいいるけど、総合評価Dの雑魚だね」
「なるほど。情報ありがとうございます」
『どーいたしまして。そんじゃ二人とも、頑張ってちょー』
それだけ言うと、彼女からの通信が切れる。
ナナイは通信機を返すと、テキパキと片付けに取り掛かった。
「依頼が同時に入るとは……一つ目は、ちゃちゃっと手早く終わらせて本命の方に向かわないとね。急ぐよ、シャルル!」
「あ、ちょ、待ってくださいよナナイさーん!」
荷物をバイクに載せるナナイに、シャルルは慌てながら自分の荷を纏める。
そして忌々しいほどの快晴の下を、バイクが荒々しく駆けていく。
拙い所ありますでしょうが、宜しくお願いします。