終章 物語の終わりと始まり
1
目の前にそびえるのは南大陸の象徴である『大樹アトラス』。そのふもとに私たち候補生を含めたレイアクール支部のジーニアス・ホルダーの面々がアイシャ支部長を先頭に集合していた。
『ジーニアス』と呼ばれる才能を授ける精霊と契約したとき、この樹には花が咲く。それは同じものなど何一つとして無い、唯一無二の花。そして、契約した人間が死ねば、花も散ってしまう。私たちが生まれるずっと前から定められているシステムの上に、この世界は成り立っていた。
私は隣に並び立つ赤髪のパートナーが持ち前の放浪系男子っぷりを発揮しないように、いつでも注意できるように構える。しかし、そんな心配は杞憂だろうか。まず、フレイは私から十メートル以上離れることができない。万が一離れたら機能停止に陥る。それに、今は二日前の『北』の襲撃によって命を落とした人々を弔うための儀式の最中だ。フレイにもこれが大切なことである自覚があるらしく、真剣な眼差しで前を見ていた。
意外と言うのは失礼かもしれないが、これまでのフレイからすれば大きな変化に思える。彼と初めて会ったときは、喧嘩は強いが軽率な印象を覚えた。
要するにただのチンピラだった。
「あん? 何見てんだよ」
高圧的なフレイと目が合い、私は思わず視線を逸らす。
「な、何でもないです」
本当に変わったんだよね?
話を戻すが、今は『北』の襲撃を受けてからちょうど二日目の夕方だ。
事件の首謀者と思われるマルセルさんは私たち『南』の人間の心臓を奪うためにジーニアス・ホルダーへスパイとして潜入し、着々と準備を進めていた、と言うのが状況から推測された結論である。そして彼を含めた『北』からの襲撃者、合計五人は全員撃破されたが、彼らが残した爪痕は大きかった。
レイアクールより北西の都市で発生した大規模火災の対処にあたっていたジーニアス・ホルダーの皆さんには、アイシャ支部長と重症のはずがいつの間にか癒えていた『花見』機関のルーシー副局長とが直接出来事の概要を説明された後、休む暇なくレイアクール支部の状況確認を含めた事後処理に入った。そしてその時、私たちは医務室で手当てを受けてから休んでいたため、翌日にその報告を聞かされた。
それは耳を塞ぎたくなるような言葉だった。私とフレイを含めた五十人の候補生のうち、三十五人が心臓を抜き取られ、亡くなっていたのだ。レイアクール支部に努めていた事務員さんやラルフ支部長補佐、マルセルさんが間接的に引き起こした大規模火災の被害者を含めると、その数は相当なものだろう。
あまりにもあっけなさすぎる。あまりにも軽すぎる。数字でしか確認できない被害者の数に、感覚が麻痺してしまいそうだった。
でも、知らないじゃ済まされない。生き残った私たちは、彼らの命の上に立っているのだ。
それに悲劇ばかりではない。なぜなら、あれだけ激しい戦いを一晩のうちに繰り返したフレイにほとんど目立った外傷がなかったからだ。彼がいきなり倒れた時は私も取り乱したがそれは寝ていただけだったし、翌日の昼過ぎにはもう目を覚まして肉をバクバク食べていた。
エレクさんやトーリ、もちろん私もその姿を見て最初は驚きを隠せずに思わず食事中のフレイを取り押さえて医務室へ連行し、出来ることなら数日地下牢にぶち込んで絶対安静状態を強制しようとしたが、どうやら本当に大丈夫らしいのだ。
ただ単にフレイが頑丈なのか、それとも彼の『ジーニアスである部分』が影響しているのか、その原因は分からない。でも、考えてもしょうがないと割り切ることにする。今、彼が無事だという事実だけで充分だ。
その時、前に立つアイシャが凛々しい声を上げた。
「これより扉を開く。その後、私に続け」
(え、扉?)
扉なんてどこにあるのだろう。私は不思議に思って周囲を見渡すがそのようなものはどこにもない。フレイも疑問に思ったのか、彼もまたキョロキョロしている。
直後、ガガガッ!! という音がアイシャの背後で起こった。私は目を凝らして音源を見る。
それは『大樹アトラス』の幹の一部が割れた音だった。信じられないものを見たのは他の候補生たちも同じなのか、周囲にざわめきが起こる。フレイに至っては目を見開いてあんぐりと口を開けていた。そして彼の右前にいるエレクさんもまたフレイとまったく同じ表情をしていた。薄々は気づいていたが、考え方や振る舞い方は違えど、似た者同士なんだと改めて思う。
ちなみに、ライカは案の定持参したビデオカメラで撮影しているし、トーリはフレイの右斜め後ろから彼の服を引っ張って「そのだらしない口を今すぐ閉じなさい」と、文句を言っている。戦いの後フレイが死んだように眠りこけてる間、何度もフレイのお見舞いに来て花を置いて行ってくれたからてっきり仲良くなったのかと思っていたけど、気のせいだったのだろうか。でも、ベッドで眠るフレイの顔を見た瞬間、顔を赤くして逃げるように去っていたから、きっと怒っていたのだろう。
そんな他愛もないこと考えながら、私は急に動き出した列に押され、思わずこけそうになる。が、フレイが私の両脇を支えてくれたから間一髪のところで態勢を立て直すことができた。
『大樹アトラス』の幹にできた裂け目をくぐると、そこには真っ暗な階段が続いていた。ちらほらと明かりを作り出すことができる『才能』を持っている人の軌跡を追うと、それは一直線に深く続いていた。私とフレイもまた指から炎を出し、足元を照らして階段を下りていく。
暗くて分からなかったが、階段は意外に広く、およそ二メートルの幅があった。私はフレイとはぐれないようにできるだけ身を寄せるようにしていると、彼の反対側にはちょうどトーリがすぐそばで歩いていた。彼女もまたフレイ明かりの恩恵を受けたいのだろう。
どれくらい降りただろうか。階段を下ると言うことはある程度前方に進ことになる。それはまるで大樹の真下を目指しているようだった。しかも誰もが無言であるから余計に緊張が走る。
私はその時、視線の先に青白く光るものを捉える。まだ小さい光だったが、私はそれから目を離せなくなった。フレイも同じことを思っているのか、彼もまた同じところを見ている。
ただ、トーリだけはフレイを見ていた。
その光は一歩進むごとにどんどん近づいてきて、いよいよ私たちの目前にまで迫ってきた。入口は階段の幅に対して狭く、人が二人通り抜けられるかどうかと言ったところだろう。私はそのままフレイと一緒に穴をくぐり、光の中に抜ける。同時にフレイの隣で何かが壁にドンとぶつかるような音がした。
「わッ! トーリさん大丈夫ですか!?」
ふと背後を振り返るとそこには鼻を抑えたトーリがうずくまっていた。
「あなた正妻気取りですのッ!? 見かけによらず恐ろしい子ッ! 傲慢ですわッ!」
「まぁまぁトーリ。私の胸で泣けよ」
そこに、後から追いついてきたライカがそっとトーリの肩を抱く。
「うるさいッ! 私が泣く理由なんて何一つとしてないわ。変な勘違い起こさないでッ!」
私はトーリが怪我をしていないか心配に思ったが、ライカが先に行ってと促してきたのでフレイと一緒に奥へ進むことにした。
「きれい‥‥‥」
私の口から思わずこぼれた言葉だった。
「まさか、アトラスの地下にこんなものがあったなんてな」
私たちの前に広がっていたのはエメラルドグリーンの光を放つ大きな湖だった。また、この空間自体がドーム状になっており、その天井や側面には『大樹アトラス』の根らしきものが見えている。それは思わず息が漏れてしまうほどの、幻想的な空間だった。
「それでは、棺を前に」
全員が揃ったところでアイシャの言葉を合図に隊列が裂け、できた道を次々と船のようなものに乗せられた黒い棺が運ばれていく。それらはエメラルドグリーンの湖の手前でずらりと並べられ、その一つ一つに代表者が一人ずつ付き添う。アイシャはそこまで見届けると、私たちに背を向けて湖の方を向いた。
「志半ばで果てた者がいるだろう。無念の死をとげた者もいるだろう。しかし、汝らの血肉はこの南大陸を形作る大地の一部として生き続ける――」
「嘆きを残して息絶えた者がいるだろう。使命のもとに殉じた者もいるだろう。しかし汝らの魂は我々の中で生き続け、南の大地を照らす光となるのだ」
「大樹に導かれし同胞たちの永久の栄光を願って、ここに散華の儀を執り行う」
アイシャがそこまで言ったところで、棺の後ろに控えていた人たちが一斉に棺を湖に向かって押し出した。押し出された棺は湖の水流に従い、穏やかな軌跡を描きながらドームの側面に空いている大きな穴に吸い込まれるように私たちから離れていく。
ああそうか。
この湖はきっと、南大陸の隅々にまで行きわたる神秘の源流なのだ。
この人たちはこれから大陸と一つになる。そう言われても、この光景は言葉では言い表せない喪失感を私の心にもたらした。大切なものが手から零れ落ちていくような、とても切なく儚い情景だ。
胸が締め付けられるような感情に目をつぶろうとしたとき、私の右手に暖かいものが触れた。ふと下を見下ろすと、それはフレイの手だった。フレイが、私の手を握っていた。
「なぁリナリア。外に出てから大事な話がある」
2
外はすっかり日が落ち、辺りを照らす松明の炎がベンチに座る俺とリナリアの頬を撫でる。どれくらいの時が経っただろうか。散華の儀の後、リナリアと一緒に『大樹アトラス』の地下から出た俺には未だに迷いがあった。一度は決心を固めたはずなのに、これをリナリアに伝えることで彼女が苦しむであろうことを考えると、喉がつかえてしまう。
(あーもう、なんだってんだよ。くそッ!)
俺はいつからこんなに脆くなった?
少し前までは、こんなくだらないことで悩むなんてことはなかったと言うのに。
「あ、あのよォ。なんか人が増えてきてねェか?」
この気まずい沈黙を何とかするため、口を衝いて出た言葉だった。しかし、実際に目の前を通る人の数が目に見えて増えてきているのも事実なのである。
「フレイは知らなかったんですか? 今日はジーニアスと契約を結ぶ儀式の日でもあったんですよ。ほら、子どもたちがあんなにたくさんいます」
(やべェ、地雷を踏んじまったかッ!?)
フレイティアは契約の時に見たリナリアの記憶を思い出し、焦る。リナリアにとって契約の儀式はトラウマそのもの。初めて会ったころに比べてかなり前向きな性格になってきているは思うが、傷口を抉られていい気分なはずがない。
(やっちまったァァァァァァ!!)
俺は頭を抱えて勢いよく俯いた。
「いきなりどうしたんですか? つわりですか?」
「んなわけあるかッ! 何考えてんだッ!」
「フレイのこと考えてます」
「なッ!? おま‥‥‥よくもそんな恥ずかしいことを」
たまにスラっととんでもないことを言い出すからこの女は油断できない。息を荒げる俺を見てリナリアはクスリとほほ笑む。
「これじゃあ俺が馬鹿みてェじゃねェかよ‥‥‥」
「ごめんなさい。フレイが変に深刻な顔をしてたからついからかってしまいました。謝りますからその手を引っ込めてください痛いです痛いです」
「ったくよォ――」
俺はリナリアの頭を掴んでいる手を放す。リナリアは痛がったという言動を見せながらも笑っていたため、俺は心底拍子抜けする。そして、息を整えて落ち着きを取り戻したリナリアはこう言った。
「フレイ、少し歩きませんか?」
2
さて、ますます言うタイミングが分からなくなってきた。隣を歩くリナリアをチラ見しながら、俺は溜息を吐く。リナリアが言うには今日は年に五回あるジーニアスと契約を結ぶ儀式の日らしい。開始時刻が迫ってきているせいか、徐々に『大樹アトラス』周囲の人口が増え始め、それにあやかる出店が看板を上げ始めていた。そろそろ小腹がすいてきた俺の鼻を、香ばしい匂いがくすぐる。
(おおっとヤバイ)
顔を左右に振って誘惑を遮断した。
「ねぇフレイ。初めて私たちが会った日のこと、覚えていますか?」
リナリアが唐突に、且つ前を向いたまま俺に問いかける。
「またその話か? だから別にお前が負い目を感じる必要はねェって何度も――」
「違う。違うんです」
俺の言葉を遮り、リナリアが強く言い放つ。
「確かにフレイ、最初はあなたには一生かかっても返しきれない恩を感じていて。それは今でも変わらないんですけど、でも違うんです」
「‥‥‥何が違うんだよ?」
どこか釈然としない言い方のリナリアに追求する。
「ええと、その。上手く言えないんですけど。フレイは、『運命』って信じてますか?」
「‥‥‥何言ってんだこいつ」
背筋がむず痒くなるような言葉に、俺は少し吹き出す。
「笑うなんてひどいッ! 私は真面目なのにッ! これだから言いたくなかったんですよッ!」
顔を真っ赤にしたリナリアは俺のほうを向いて息を荒げる。その拳にはメラメラと炎が点火する兆しがみられ、俺はあわてて彼女をなだめすかせた。
「分かったッ! 分かったから。まぁ言ってみなさいよ」
すると強張った肩から力が抜け、拳を解いたリナリアが再び俺から目線を逸らせるように前を向く。
「なんというか、その‥‥‥ですね? 文字通り、『命』を『運ぶ』と書いて運命と言います。フレイが私にしてくれたことと、全く同じだなぁって思って」
(何言ってんだこいつ)
俺はとりあえず無言でリナリアの話に耳を傾けることにした。本人が言いたいと言うのだから、いくら脳内お花畑に思える内容でも、それを止めるのはやぶさかではない。
「でもですよ。それだけじゃないんです。むしろその先が重要。ここ試験に出ますからね?」
「お、おう‥‥‥」
たまにキャラが変わるんだよな。
「フレイも知ってると思いますが、私はずっと教会に籠りっきりでした。確かに、外に出てうっかり誰かに触ってしまい、その人の『才能』を奪ってしまっては大変なので、それが正解だったと思います。でも、そんな狭い世界に、私は満足していたんです。どうせ私は誰とも触れ合うことができない。そう諦めてしまって、それが当たり前になってしまって。私の身体の性質と向き合わず、ただ自分の殻の中に閉じこもり、世界から逃げることで自己完結してしまっていたんです」
そんなことをしても、何も解決しないんですけどね。そう言って自嘲ぎみに笑う。
その横顔を見た俺は、心が締め付けられる思いだった。だってリナリアの身体は、別にリナリアが悪くてこうなってしまったわけでもないのに。生まれる前からこうなるように仕組まれていただけなのに。
そんなこと、考えて解決するようなことでもないのに。
それなのに、どうしてこの少女はそこまで強くいられるのか。
知らないことは、決して罪ではない。逆に、知らないからこそ救いがある場合もある。彼女の場合は確実にそれだ。もしも、マルセルが最後に俺に教えた通り、本当に実験のために生まれてきたのだと知ったら、どう思うだろうか。
俺は、音が出るほど強く歯を噛みしめる。
「それが問題だったんですよ。せっかくフレイが外の世界に連れ出してくれたのに、私ときたら『自己完結した世界』に閉じこもってしまって、なかなか本当の意味で踏み出せなかったんです。本当に情けないです」
そんなことないと言ってやりたい。俺は契約の時、リナリアの記憶の一部を垣間見た。同時に感情も共有した。だから分かるんだ。
自己完結で止まってしまったとしてもしょうがない。そうでもしないと、完全に心が壊れてしまっていたのだから。これは自己防衛本能と言ってもいいだろう。それに抗うことに何の意味がある。
「でも、私はフレイと一緒に生活するうちに、自分でも気づかないレベルで少しずつ変わっていきました。いつの間にか私の周りには大切な人ができていたんです。最初はやっぱり私を知る人たちとは溝がありましたけど、それでもなんとか仲良くなりたいと思えたんです。それに、フレイとの生活は本当に新鮮なことばかりで‥‥‥そりゃあ少しは困ったこともありましたけど、でも教会にいた時には考えもしなかった現実が、いつの間にか当たり前になっていて、その『当たり前』に気付けたとき、ものすごく幸福を感じました」
俺の隣で、ひたすら口を動かす黒髪の小柄な少女。こんな小さな体のどこにそんな力があると言うのか。俺が少し力を入れればポッキリと折れてしまいそうな腕や足、傷一つない白くてきれいな肌。初めて会った時から、何も変わっていない。
ただ、リナリアが最初から強かっただけだ。
「きっと私は、フレイじゃなかったら本当の意味で『生きる』ことができなかったと思います。だから、命を救ってくれた以上に、私に生の実感を教えてくれたことに、私は感謝しているんです」
「お前は何か勘違いしている」
それは、俺を必要と言ってくれたリナリアを否定する言葉だ。それでも、どうしても。俺は言わざるを得なかった。
「リナリアは勘違いしている。お前も知ってんだろ? 俺はそんな大層な存在じゃない」
俺がこの少女にしてあげたことなんて、一つもない。
いや、むしろ俺の方が。ずっと一人で生きてきた俺の方がリナリアに依存していた。何があっても俺からは離れられない、そんな偶然生まれた関係の上に胡坐をかいて好き勝手やっていたんだ。そんな俺のどこに感謝すると言うのだ。
それに――
「それによォ、俺、自分のことすら分からないんだ。俺はどこで生まれて、どんな『才能』を持っていて‥‥‥そんな当たり前のことが何も分からない。リナリアは分かるか? ただ炎を撒き散らすだけの俺の『才能』の本質が。『才能』を持っていたとしても、その意味や使い方が分からねェなら持っていても意味がない。俺はそんな空っぽな存在なんだ。人間でも精霊でもない、出来そこないの空っぽなだ。そんな俺が、お前に何をしてやれるってんだッ!」
つい大声を上げてしまった。これは単なる自分への怒り。怒りに任せて振る舞う俺は、やはり何も変わってはいない。
俺の大声に驚いたのか、リナリアは両目を大きく見開き、強く握りしめる両手は小刻みな振動を刻んでいた。
「やっぱり、フレイは何も分かってなかったんですね」
「ああそうだ」
そうきっぱり告げると、リナリアの潤んだ瞳が揺れる。
「フレイ。あなたの『才能』が一般的にどういうものかなんて、正直のところ私はどうでもいいんです。それを言うなら、あなたの『才能』を共有している私の存在も意味がなくなってしまうじゃないですか。せっかくあなたが私に生きる意味をくれたのに」
リナリアは俺の目を見据え、一度深呼吸をしたかと思うと優しい声で言った。
「フレイは、なんていうかその‥‥‥いつも私が進むべき道を照らしてくれます。それは他の誰とも替えがきかない、世界にたった一つの炎なんです。強いて言えば、それがフレイの『才能』じゃないでしょうか。フレイティアと言う名の『才能』です。それに、フレイがいてくれるから、私は強くなれる。強くなりたいと思える。だって私は――」
熱い。
リナリアの中で絶えず動き続ける俺の心臓が、ありえないくらいの速さで鼓動を刻んでいるのが分かる。今にもはち切れそうな心臓は、熱い血液を体の隅々まで送り、心地よい痺れをもたらす。
これが今、リナリアが感じている熱。それを生む、炎。
「だって私は、フレイが大好きだから」
そうだ。迷うことなんて最初からなかった。
リナリアの強さは俺が一番よく分かっている。それを信じられなかったのは、俺の弱さだ。
リナリアが世界と向き合うならば、俺もまた彼女と真正面から向き合わなくてはならない。
3
言ってしまった。
言ってしまってから、とんでもないことを言ってしまったと気付いた。
フレイが自分のことをあまりに卑下するようなことを言うものだから、私もついむきになってしまったのだ。
だってそうだろう。いつも己の力で危機を乗り越えてきたフレイが、自分は『才能』の意味がないから空っぽだなんて、そんなこと言うとは夢にも思っていなかったのだ。
でもそれは、私がフレイのことを深く理解していなかったということかもしれない。フレイは見た目よりも繊細で、物事を良く考えていて、だけど不器用で。本当に私がいないと他の人とすぐケンカになってしまうような人なのだ。
こんなことを言うと、まるで私が独占欲の強い女だと思われてしまうかもしれないが、そうではない。
フレイはやはり、私にとっての光なのだ。そして、光以上の何かを見出すことができる大切な存在でもある。私はこうして思いのたけをぶちまけてしまったが、フレイにとって私はどのような存在なのだろう。徐々に頭が冷えてくるにつれて、不安になってくる。
「なぁリナリア。大事な話があるって言ったの覚えてるか?」
「ひゃいッ!? おおお覚えてますよもちろんッ!」
「そうか」
頭が冷えてきたと言うのは嘘だ。私の頭は未だ煮えたぎっていた。そのせいで舌を噛んでしまい、本当に穴があったら埋めてもらいたいほどの衝動に駆られる。
次の瞬間、フレイティアは重い口をゆっくりと開き、私の脳をフリーズさせた。
「あのさぁ、リナリア。俺を、お前の両親に会わせてくれねェか?」
「‥‥‥‥‥‥?」
「いや、もちろんお前も一緒だぜ。むしろそうでないと意味がない」
フレイの言葉で、私は頭が真っ白になった。この目の前にいる赤髪の青年は今、何と言った?
「リナリア、聞いてるか? やっぱりキツかったか? 悪い。お前にとって両親との思い出は確かにいいものではなかったもんな。謝る」
「そ、そそそそそそそれは‥‥‥ええとですね? つまりそれはええと? 何でしたっけ?」
フレイの頭上に浮かぶクエスチョンマークなど私には見えておらず、ただフレイの言葉が表す意味を類推する。
割と付き合いの深い男女がいる。
男が女の両親に会わせてほしいと言う。
どこかで聞いたことのある、女の子なら誰しもが一度は思い描いたことがあるような甘ったるい妄想に、私は息を詰まらせた。
「フレイはつまり、私にプロポ――」
「あの時、マルセルは死に際に俺に言ったんだ。リナリアの身体の性質、俺との契約で効力が抑制された、触れた者のジーニアスを消し飛ばす性質だ。その真実が知りたければ、お前の母親に会えってな」
「‥‥‥あ、そうですか。分かりました。良いですよ」
「それに場合によっては、俺たちは『北』に行く必要があるかもしれねェ‥‥‥って、なんか反応薄くねェか? お前がずっと悩んできたことの理由が分かるかもしれねェんだぞッ!」
本当に、フレイは何も分かっていない。しかし、私だけが勘違いをしたままでは悔しい。フレイには自分が言ったことの意味を理解する必要があろう。
「で、でも、私の家って少し複雑ですよ? その、本当のお父さんは私が生まれる前に死んでしまったらしくて、今のお父さんはお母さんの再婚相手らしいし」
「マルセルはリナリアの母親に会えと言っていた。だったら、父親は別に関係ないんじゃね?」
「そういう言い方をしますか! 本当に無神経ですね。馬にでも蹴られてしまえ」
「よく分かんねェけど、冷静に言われるとけっこうキツいぜ?」
「それにしても、私の身体の秘密ですか。なんかいやらしいですね」
「あれ、そういう話の流れだった? 俺、すっげーシリアスに話したのによォ! つーか、俺の好みはもっとこう出るとこが出て‥‥‥っ痛てェ!」
私は無言でフレイティアの足を踏み抜いた。確かに私は発育が少し遅れているかもしれないけど、でもまだ十三歳だ。まだまだ成長の余地を残している。
フレイは本当に分かっていない。
バカで不器用で、どこまでもまっすぐな私の大好きな人。
「な、何だよその顔。このタイミングでそんな笑顔されると怖いぜ?」
「本当にフレイは何も分かってませんね」
これは、私が世界と溶け合う物語。
ジーニアスという神秘にあふれた広大な南大陸。そこで私はフレイティアという大切なパートナーを得て、かつて私を追放した世界と再び一つになる。
私の名前はリナリア。
花言葉は『私の恋を知ってください』