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裏路地魔具店 やまだ屋  作者: ななし
7/7

ソロバン

ソロバンの使い方についてはヤマダ式という事でつじつまが合わなかった場合もご容赦いただきたく思います。




 魔石がねーよ! と嘆いて週が一周している間に店主は手持ちの魔石で使用予定のなかったいくつかを加工し鍛冶屋へ渡したが、それはやはり予定している数よりもだいぶ少なかった。魔法ビンは現在作業中断である。最悪ある数だけで我慢してあとはストーブをどうにか運べよと妥協案も出し、店主は暇を持て余していた。

 店主が祈式の研究をして十数年、新しい祈式の研究も魔石がなければどうにもならない。

 魔石と祈式の研究を最大の娯楽としていた店主はぼんやりと窓から外を見ながら「暇だ……」と贅沢な事を呟く。さほど大きな街ではないので図書館の設備がなく、定期公演をしている劇場もなく、あるのは小さな娼館という街での住民の楽しみは買い物であるが、生憎店主は風俗の類いがひどく苦手であったし買い物もいらぬ用事を言いつけられる場合が多いので好きではなかった。基本的にはこの居住区にある己の城に引き込もっているのが店主である。


「ひーまーだーなー」


 魔石というのは未だ人の手で量産は出来ず、天然物を発掘するか未踏地にいる店主にはよくわからない生物から剥ぎ取りをしないと手にはいらない。魔石の量産に成功すれば莫大な金になるからとどの国も熱心に研究しているが難しいようで、魔石を入手するにはとにもかくにも貴重な天然物の入荷をまつしかない。隣国のトイレ女神が買い占めている今、店主はとにかく暇を持て余していた。

 何か手慰みがないかとカウンターの工具箱をごそごそと探っていた店主は、結局何も見付からず工具箱に入っていた木工用ナイフと廃材の木片を取り出した。

 店主はナイフでおもむろに木片を削り出す。像の類いを作っているようには見えず、店主は木片から小さな丸いものをいくつもいくつも削り出していた。

 いくつも並ぶ形の少し不揃いなその丸い木片の中心にはキリで穴があけられ、雑貨屋が見たならウッドビーズとしてアクセサリーにでもしそうな代物だ。店主はさらに長細い木に等間隔で穴を開けた棒を二本、同じ長さでそれより薄くやはり等間隔で穴の開いた板を一枚、短い木の棒を二本、楊枝よりは太く長いがとにかく細い棒を十五本用意し、削り出したウッドビーズをその細い棒に四つ通し、薄い板を通しさらに一つウッドビーズを通してそれを組み上げていく。仕上げに細長い棒と短い棒で木枠を作り、先程作ったウッドビーズと薄い板をそれにはめる。ウッドビーズが規則的に飾られた長方形のそれ。


「ヤマダ式なんちゃってソロバン~」


 チャラララッチャラーと口で音を鳴らした店主はマラカスのようにそれを振ってしゃらしゃら鳴らしつつ、ソロバンってこんな感じだったっけ? と自ら作ったそれを疑問たっぷりに眺めた。


「実はやり方よくわからないんだよな」


 何せ存在を知っていてもほとんど使わなかったのである。なんとなく、四つに連なる玉が一を表し上にある一つの玉が五となる筈だと確認するように一つ一つ確かめながら数えていると、店の扉にある木製のドアベルがカラカラと鳴った。


「ちーす! 御用利きにまいりやしたー」

「三河屋か」

「雑貨屋っす」


 毎回店主が言うまったく己に関係ないどこかの店の名前を律儀に訂正するウサギは、雑貨屋を営むラビット人種の若者であった。

 若者のジジイは行商人をしており、ジジイの息子である若者の親父は旅に嫌気がさしてこの街に腰を落ち着けた。若者は実家の店を手伝いつつ居住区にある変わった魔具店によく配達がてら遊びにきているのである。

 そもそも店主は雑貨屋よりも行商人であるジジイの方と懇意にしていたが、いつの間にか顔を見るのはジジイより若者の方が多くなった。


「御入り用はありますかねー?」

「魔石」

「雑貨屋は魔石を販売しちゃあいけないっす」

「いやお前のジジイが行商人だからさ、ツテとかねーの?」

「じい様は今海の上じゃないっすかねー」

「うわついに航海に出たのかよ」

「店主さんがくれた羅針盤とかいうのがあるから怖くねーっつって飛び出して半年っすよ」

「元気なじい様だね」

「じい様っすから。で、魔石以外の御入り用はありやすか?」

「俺なんか魔石なかったらなんもできねぇっての……食材欲しい」

「食材は肉屋か八百屋か魚屋っす」

「雑貨屋って何売ってんの」

「怒るっすよまじで。日用品で御入り用!」

「トイレットペーパー」

「うぃ。次回持ってくるっすね」


 冗談のような気のぬける喧嘩のようなやり取りをしてようやく店主が言った用事をメモした雑貨屋の若者は、長く天に向かって伸びる耳をぴこぴこ揺らしつつ、店主の手の中にあるソロバンもどきを興味深げにじっと見だした。逆三角についているピンク色の鼻がひくひくと揺れる。


「また変なもの作ったっすか店主サン」

「またって何さ」

「アンタの作るもんはキテレツなもんばっかりじゃあないすか」

「納得いかねぇなぁ」


 基本は便利である事を考えてモノを作る店主であるが、初見でそれが何かをわかる人物は少ない為に街の住人からは変人の烙印を押されている。

今店主の手にあるものがなんなのか、若い雑貨屋のウサギにはさっぱりとわからなかった。


「今ァ魔石が入ってこなくてなぁ。暇なんだよ」

「ああ、なんか隣の国が戦争するんじゃねぇかってぇあれですかい?」

「戦争にゃならんよ」


 げんなりした顔の店主に不思議な顔をした雑貨屋は、続きを聞こうか迷ったもののそれよりも好奇心がまさって店主の持っているものに手をのばした。


「で、魔石がないから作ったんすか?」

「そう。それ木だけあれば出来るから」

「はぁ。不思議な形をしてますねぇ。楽器?」


 それを振ってカシャカシャ音を立てた雑貨屋はやりながら楽しくなってきたのか、くねくねと妙な踊りをしながら店主に向かって首をかしげた。


「そりゃソロバンだ。算術するのに使うもんだ」

「へあ?」

「いいからその変な踊りやめろよ」

「こんなもんどう算術に使うんで?」


 踊りを止めたウサギは長い耳をぴこぴこと動かし、やはりソロバンをカシャカシャ振って不思議そうな顔をやめなかった。店主は面倒くさくなりながらも雑貨屋を招きよせ、カウンターにソロバンをおいて使い方を説明してやる。


「えーと、珠が五つ、下に四、上に一並んでるだろ」

「ふんふん」

「で、上の珠は上に寄せて下の珠を下に寄せる。右端の下、四つの珠を一つ上げると一、四つ上がって五になる時、上の珠を下に寄せる。上の珠を下に寄せたら上げた四つの珠を下に下げる。するとただの五になって、下げた珠をまた一つ上げると六を表す。隣の珠は位が上がった時に使う。十を表したいなら右端の珠を下は下に上は上に戻して、隣下の珠を一つ上げると十となる」

「は? え?」


 説明すると雑貨屋はわけがわからないという顔をしたので、店主は実際に数を数えながら珠を動かす事にした。


「見てろ。これが一、二三四五六七八九十。十一は隣を使ってまた十一、十二。こう数える」

「はわぁ」

「慣れると配列を見ただけで数字がわかるようになる」

「で、これでどう算術をやるんで?」


 店主は面倒くせぇなと口に出しながら、暇だしなと紙を取り出して適当な数字をかきつけた。


「今から雑貨屋に問題を出します」

「は?」

「銀のコップが一つ千二百バナルで五つ売れ、木のコップが一つ二百七十バナルで八十九売れました。全部でいくらでしょうか?」

「えっえっ」

「はい五、四、三……」

「ま、待って待って待って!」


 カウントダウンしながら店主はソロバンをパチパチと弾いて答えを出しつつ、慌てる雑貨屋に「零~」とのんびり告げた。


「時間切れー。答えは合計で三万三十バナルでした」

「そんなに早く計算できない!」

「ところがどっこいこのソロバンならできるんだなぁ」

「そんなまさか」

「じゃあお前、適当な数字言ってみ。お前が答えをわかってるやつな」

「えと、えーとちょっと待つっす!」


 ウサギはあわあわと紙に数字をかきつけて手を使って唸りながら計算をしている。これで雑貨屋を継げるのだろうかと心配になりつつ、カウンターの下から茶器を取り出して茶を入れる。ずずっと入れた茶を飲みながら待っていたら、雑貨屋が満足げな表情を浮かべ紙から顔を上げた。


「いくっす!」

「はいはい」


 店主はソロバン珠の位置を戻してどうぞと、耳をせわしなく動かす若いウサギに目をやる。


「木のスプーンセットが一つ百二十七バナルで五十六売れ、ナゲルシの実が一袋五百三十バナルで二十五袋売れました! 全部で幾らでしょうか」

「木のスプーンセットが七千百十二、ナゲルシの実が一万三千二百五十、合計二万三百六十二」

「せ、正解っす……早いっすねぇ」

「弾き間違わなきゃさっさと計算できるのがソロバンの良い所だなぁ。俺は木工からっきしだから使い憎いが、細工師のドワーフに頼めば相当使い易いもんができるだろ」

「便利っすねぇ……」


 しきりに感心する若い雑貨屋はしばらく放心したようにソロバンを眺めたが、急に決意の顔で店主の手をガシッと握りしめた。


「あ?」

「お願いっす! ソロバンを伝授して欲しいんです!」

「えっ」

「それがあれば店の決算も店頭計算も間違わない! しかも魔石すらいらないとは御見逸れしました! お願いっす! ソロバンを、ソロバンを教えて欲しいっすーッ」

「えっ」


 もふりとした手にぎゅっと手を握られた店主は内心「また面倒な事をやらかしてしまった」と冷や汗を流しながら、どう断ろうかを必死に考えてみたが、結局若い雑貨屋の必死さには叶わずに開店休業中のみと限定してソロバン教室を開くはめになったのであった。

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