まほうビン2
カーンカーンとリズミカルに響く鉄を鍛える音を背景に、鍛冶屋のドワーフは年中景気が悪そうな顔をしている魔具屋の店主と顔を付き合わせて設計図を睨み付けていた。季節はまだ肌寒いくらいだが、工場と続きになっている店舗は店主には暑いようで、店舗はうっすらと額に汗をかいている。
「適度な大きさと重さが重要だな」
「湯は沸かせばいいから持ち運びを考えればそんなに要らねーんじゃねぇか?」
「雪山にしか使わない訳じゃないだろ」
店主が考えた魔法ビンとやらは、ドワーフの鍛冶屋にわかりやすく説明すると温度を保つ水袋だった。わざわざ鉄で作る意味が鍛冶屋にはわからないが、店主に言わせると「熱伝導と様式美」らしい。もっと言えば丈夫で壊れ難く、中身がこぼれない事から鉄の筒が適切なのだとか。
「蓋はコップにもなるようにすりゃコップを持ち歩かなくてもいいし、鉄なら直接火にかけてもいいだろ。本体は火にかけたらまずいがな」
「ほう、多機能だな」
「持ち物は少なくした方が便利だろ? 作業中にも飲めるし、懐に入れてりゃあったかい」
「なんてこったい」
鍛冶屋はあまりに便利なその魔具に感動を覚えて両手を上げた。まいったとばかりに狭い額を太い指でベチンと叩く。
「こいつぁ便利だ」
「氷山に限らず、旅のお供にぴったりだろう」
「そうと決まりゃ量産の準備だな!」
「まてまてまてまて!」
よっしゃあ! と気合いを入れて工場に引っ込もうとしたドワーフを店主は髪を掴んで引き留めた。よくも悪くもこの鍛冶屋は気前がいいので、何の算段もついてないのにどっさりとモノを作るのだ。
「器ばっかりあっても魔石がねーよ!」
落ち着け! と店主が叫べば鍛冶屋は顔のパーツをすべて中央に寄せ唇を尖らせて拗ねたようにちぇーと椅子変わりにしている丸太に座った。
もじゃもじゃしたいかついドワーフに唇を尖らせられた店主はげんなりとした顔でテーブルに広げた設計図になつく。
「お前さん魔石大量に保有してるんじゃねーのかよー」
「そんなアホみたいな金持ちだったらこんな街のあんな場所で地味な商売してねっつの」
「金持ちになろうと思えばなれるくせにな」
鼻を荒く鳴らした鍛冶屋は苦笑を浮かべた。十数年前、家賃の高くないひっそりした一角にいつの間にか出来ていた不思議な看板を持つ魔具屋の店主が開発した魔具は定期的な流行を産む。その事を同じ街に住む鍛冶屋はよく知っていたが、どういう訳かこの魔具屋はあまり金に執着がないようで、ヤマダ屋に置いてある魔具の殆んどに設計費用は含まれていないのだ。
通常魔具というものは高価である。それは材料となる魔石がそもそも高価である事も要因だが、その魔石に施す祈式は魔具師が研究開発したものばかりで、店によって祈式にも特徴がありその開発費も上乗せされているのである。
魔具の値段の内訳として一番高いのがこの祈式である。祈式は魔具師に入る純利益と言い換えてもいい。
ヤマダ屋の特徴はとにかくこの祈式につける値段が安い事にあった。爆発的に商品が売れても、ヤマダ屋が街で豪遊してる様子を鍛冶屋は見たことがない。無欲な男だとドワーフは思うが、その無欲さは嫌いじゃない。何よりヤマダ屋の仕事はなかなか面白かった。
「で、肝心の魔石どうすんだよ」
「魔石屋に問い合わせたらなんか今隣国が買い占めてるみたいでなー。在庫が薄いんだとよ」
「なんじゃあ? 戦争でも起こすのかよ」
隣国ときな臭い話はここ数十年聞かないがなとドワーフがもじゃもじゃの頭をかけば、店主はどこか遠い目をして「トイレの女神が産まれたんだろう」とよくわからない事を呟いた。
「まぁとにかく今の時点で作れるのは精々十かそこらだろ」
「弟子の発掘隊がそれより多いぞ」
「一人一個以上持たせる気かよ。気前いいなおっさん」
「一個はワシのだもん」
「アンタ氷山いかねーだろうが!」
とにもかくにも魔石を手にいれないと話にならないと、二人は溜め息を吐いた。一回魔石に書いた祈式というのは書き換えが効かないので、ヤマダ屋にある売れないガラクタから魔石を取り出して流用するという訳にもいかない。
発掘隊が出発するのは夏の前だと言うから時間もない。
どうしたものかと、設計図を前にした二人の中年の溜め息が途切れる事はなかったのである。