まほうビン1
この世界には魔法がない。いや、ないと断言するにはあまりにも不思議な世界ではあるが、この方魔法というモノを見たことがない店主にとっては「魔法なんてファンタジー(空想)」と変わらないのだ。
魔石なんてちょっと不思議な石は電池だし、祈式と呼ばれる魔石加工の術式は電子回路のようなものである、と店主は自分を納得させていた。
世界の物理法則は、何もないところからいきなり火や水や氷や雷は出せないし、手をかざすだけで地面や海は割れない。当然で当たり前の事である。
だからちょっと憧れがあるのかもしれないと、店主は作ったものを見てしみじみと自分を考察してみた。
魔法ビン。それはいつまでも液体の温度を保つ魔法のビン。
「まぁただの保温ビンな訳だが」
店主は思った。やっぱり魔法というものは、ないものをいきなり産み出すようなものでないと魔法という実感がわかないな、と。
そもそも材料からして適当に作ってしまったがこれはこれで便利だからいいかと、店主は御得意様である雑貨屋にもらったお茶をその魔法ビンに入れて飲んだ。
名称は魔法ビンだがメインの素材は漆加工をした木材である。熱伝導を考えたら鉄製品がよかったのだろうが、近くにあった蓋付きの筒はこれしかなかったのだ。
底に温度を保つ祈式を施した魔石を沈めただけの簡単設計だが、魔石の効果が切れない限りはずっと温度を保つ。
暖かいものは暖かく冷たいものは冷たいまま。
火を起こして湯をわかす手間を惜しむならば魔法ビンより電子ケトルのようなものの方が便利だろうかとぼんやりしていたら、木のドアベルより騒々しく店の戸がバァァンと開いた。
「ヤマダ屋ァァア!」
ダミ声で叫ばれ、店主は口に含んでいた茶をブフッと少し吹き出した。ドスンドスンと床を慣らしながら店の棚をぬって現れたのは、ガッチリした体躯に丸太のような手足、もじゃりとした髪と毛を持つドワーフの男であった。
「ゲハッ、ごふごふ」
「おうおうおう、風邪か?」
ちげーよクソ鍛冶屋と店主が胸中で思ったかは定かではないが、座ってやっと目線が合うこの鍛冶屋の男と店主はいわゆる職人仲間であった。
「ゲフッゲフッ……なんの用だよ鍛冶屋」
「おう、ちょいと相談にな! 困った時はヤマダ屋だろ」
うちは便利屋じゃねーぞとぶつくさ呟いた店主は、鍛冶屋が座っても脚が折れない椅子を出してついでに木のカップへと魔法ビンの中身を注いで差し出した。一回口を付けてしまっていたが、どうせこの鍛冶屋は気にもしないだろう。
「おう、わりぃな! 頂く……あちぃ!」
「いちいち大声出さなくても聞こえてるから」
「あ? 大声なんか出してねーだろ! しかし茶が熱くて飲めねーよ!」
「冷ませよ」
鍛冶屋の声に耳を塞ぎたくなりながら店主は備品の製氷器で作った氷を茶に一粒入れてやり、ふぅふぅと背を丸めて茶を冷ますドワーフを面倒そうにみやる。
「だめだあちぃわ。でよヤマダ屋、ものは相談なんだけどよ!」
「あんだよ」
「今度弟子が氷山に鉄掘りに行くんだがよ、氷山ちゅったら寒いだろ」
「氷山だからね」
「おう! でな、鍛冶屋は年中炉を相手にしてっから暑さにゃ強いが寒さはどうにもダメだ!」
「そうなん?」
「少なくともワシャ嫌いだね」
そんな個人的な感想を言った鍛冶屋のドワーフは、ようやく冷めた茶をすすって「うまいな!」と叫ぶように言いながらいっきに中身を飲み干した。どうでもいいが、寒いのが嫌いで猫舌なのはどういった訳かと店主は考えつつ、やかましく叫ぶ鍛冶屋の話を聞き続ける。
「で、だ。弟子が凍えねぇよなもんがないもんかと思ってな!」
「ストーブとか?」
「ありゃあ氷山に持ってくにはデケェだろ」
「ホッカイロみたいなやつとか?」
「ホッカイロ?」
嘘か誠か店主はしらないが、とある軍隊がとある大国の軍隊と雪中演習をした際に猛烈な吹雪に襲われたが、とある軍隊はホッカイロを装備していた故に雪合戦をして遊べる程度に余裕をもった演習をしたらしい。ちなみにとある大国の軍隊はその吹雪にみまわれた演習で死者が出たとか出ないとかの大惨事で散々だったようだ。
「用は持ってりゃあったかい袋だな」
「そんなもんがあるんかい」
「まぁ作ろうと思えば作れる」
詳しい原理は知らないが、この世には魔石という不思議で便利な物体があるので祈式さえ組めれば製作は可能だろう。
「他にもなんかいいもんはねーか」
「他にもねぇ?」
店主はあと何か防寒にいいものはあったかなと思考を巡らせつつ、ぐびりと魔法ビンから茶を飲んで「あ……」と声を漏らした。
「なんでぇ、なんか思い付いたかよ、ヤマダ屋」
「……時に鍛冶屋のおやじよ」
「あんだよ」
「久々に業務提携しないかね?」
そう店主が告げると、鍛冶屋のドワーフは髭を震わせて店主の背をバッシバッシ叩きながら嬉しそうに了承した。