せんすいトイレ4
結論から言うと私は失敗した。情熱と誠意で口説いていた店主は、我が家の新しいトイレを物質にして頑なに「おうち帰る!」と首を縦には振らなかったのである。
「だが俺も鬼ではない」
何やら凛々しい表情をした店主が私に残したのは、すっかり要領を得た我が国の職人と、なんと魔石の設計図であった。
「これあげるからあとは自分で頑張れ☆」
と、やけに爽やかな声で私の顔面に設計図を叩き付けた店主は工事が終ると施工費を握り逃げる ように国へと帰っていった。
魔具師の命とも言える設計図を受け取ってしまった私は、感動とも衝撃ともしれない感情に支配されながら信仰を捧げる太陽の神へ祈る。
「神よ、我が使命を見つけました……!」
ド田舎の地方貴族の次女として産まれ、手頃な結婚相手にも恵まれなかった私は王城の女官として生きるべく、今まで勉強をし、仕事をしてきたがそれはきっとこの為だったのだ。
このせんすいトイレを普及させ、清潔で健やかな暮らしをあまねく民にもたらす為に私は産まれたに違いない。
「ならば私は、内務省など蹴散らしてくれるぞ」
拳を太陽に向かって突き上げる。あぁ、なんて充実した気持ちだろうか!
太陽の神に感謝を捧げ私はさっそくと計画を立てる。まずはせんすいトイレの素晴らしさを王に伝えねばならない。この素晴らしさがわかれば王とて城下に公衆トイレを設置することを許してくださるだろう。しかしせんすいトイレの素晴らしさは書面ではきっと伝わらない。
「ふむ……初手は簡単な方がいいな」
私はさっそくと騎士団に勤める次男の兄へ手紙を書く。次兄とは同じ城下暮らし──兄は王城壁の内部で私は貴族街という違いはあるが──だから領地を継いだ長兄や他国へお嫁に行った長姉と違い頻繁に手紙のやり取りをしている。
以前次兄は騎士団の宿舎が汚くて泣けると私に手紙を寄越してきた。宿舎が汚いのだからトイレなどもっと汚いだろう。
王都の騎士団は当然王直属であり、他の部署よりは融通も効く。宿舎をちょいと改造するくらいなら煩くは言われまい。
しかも評判が広がれば王の耳にも届きやすかろう。
「完璧な計画だな」
ふふふと口から漏れる笑いをそのままに手紙を書き連ねる。口元で弧を描く私を執事が気味悪そうに眺めたが、私は気にせず長い手紙を次兄に綴った。
ちなみに我が家に新しく出来たトイレを私の次に気に入ったのはこの執事である。
毎日嬉々として使い掃除してる姿を見ると、私もつい掃除をしたくなるものだ。
我が国にこのせんすいトイレが広まるのはこれより三年後であるが、それは別の話になるので私の話はここまでとする。