せんすいトイレ3
屋敷の一角で工事が始まった。家の設計図を見ながら相談した結果北側の一角がトイレとして生まれかわる事になる。店主達は王都の大工も幾人か借りだし、床材を剥がしたあとひたすら地面を掘る作業をしている。一部のものは便器を粘土のようなもので作っていて「それはどう作るのだ」と聞けば、陶器を作る要領で炉で焼けば完成するのだという。便座は木製にするらしい。
私は二ヶ月後の完成を今から楽しみにしつつ、今日は内務省での会議へと出陣した。
「衛生の観点から考えて王都に公衆トイレを設置する事は有益かと思います」
「しかし排泄物の一部は肥料に使われているし何より突発的な予算は出せない」
「毎回集めた排泄物に火をかける方が総合的に見て予算を少なく出来るのでは?」
「そうだとして農民が使う肥料をどうする気だ」
「家畜を増やし、家畜のフンを肥料にすればいいと思いますが」
「その増やした家畜の餌はどうするのだ? 我が国は只でさえ他国から食糧を輸入しているのだ」
「しかし!」
「陛下には報告書を上げてみるが、あまり期待はせぬようにな」
次の議題がつまっていると内務省から追い出された私は、わなわなと震える手を押さえながら悔しさに唇をかんだ。
ワガママも大概にしろと内務官が目で雄弁に語るのを、私は確かに読み取っていた。こうして舐められるのはいつもの事だが、私が田舎出身でさえなければもう少し取り合ってもらえたのだろうか? もしくは王都に根付く大貴族の出身だったなら結果は違ったのか?
たかがトイレ、されどトイレ。
どいつもこいつも使った事がないからあのトイレの素晴らしさがわからないのだ。我が家の工事が終われば、店主はきっと即座に自国へと帰ってしまうだろうに。
「ひとまず我が家の次は私の領土へと引き込むか?」
正しくは跡を継いだ兄の領土であるが、まぁ実家であるからそれくらいの表現はいいだろう。
なんとかしてあの店主を我が国へと引き込みたいものだが、店主はしきりに「家に帰りたい」ともらして早くも郷愁心を覚えているようだし、色々とままならない。
「あーくそ! 私に馬鹿にされない地位と領地か誰も口を挟めぬ権力があれば!」
もどかしさにはがみしつつ、私は城内を抜け貴族街へと足を向けた。
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「は? 嫌に決まってんだろ」
私は屋敷に帰って魔石の加工をしている店主に向かって「私の(実家の)領地へ行き公衆トイレの工事をして欲しい」と告げてみたら、考える間もないと即座にそう答えを返され、せめて「考えてくれないか!」とすがってみたが店主はただ面倒そうに鼻を鳴らした。
「嫌だ。ただでさえ遠出してんのが嫌なのに帰るのが遅くなるとか冗談じゃないですよ」
「そこをなんとか!」
「やーだー。俺はのんべんだらりと店でぐったりしてたいのー」
「色々不健全ではないか店主。報酬は出すぞ!」
「ふっ……金さえ出せばすべての人間が動くと思うか? 甘いよ、砂糖よりも甘いな! 俺は自分の食いぶちと酒代さえ稼げれば、あとは金より怠惰に生きたい人間なの」
「なんというか、それは物凄い駄目な人間だと言ってるような」
「そうだよ?」
しれっと言ってのけた店主は淀みなく魔石に祈式を刻みつつ調整を行っている。私はなんだか気力をすべて持っていかれたような気分になりながら、もしかしてこの店主をここまで引っ張りだしたのは奇跡に近いかもしれないと店主をどんよりとした目で見た。
「もっとこう、金銭に貪欲になるとか仕事に熱くなるとか」
「そういう人間を期待したいならそういう人間にレシピ売ってやるからやらせたら?」
「魔具のレシピをほいほいと売る魔具師など初めて聞いたぞ」
「初体験おめでとう」
のらりくらりと会話がかわされる。透明なものに向かって必死に剣撃を繰り出しているようだ。商売をする人間はもっと貪欲なものだと思っていたが、この店主は違うらしい。
「店主はどうしたら釣れるのだ」
「さぁねー」
どんなエサを用意すれば良いのか検討もつかぬままに、私は「まぁいいさ」と腕を組んでとにかく焦るのは得策ではないかと腹をすえた。
つまりは、この店主が我が国にきた経緯を踏襲すればいいのだ。
「諦めた方が早いよ」
「なに、工事が終わるまでまだ時間はあるさ」
私がそう言うと、店主は失敗して炭化した料理を食べたような顔をして私から目をそらした。