(8) 狩人
「狩人さま、ありがとうございます」
母とシシタカが同時に声をあげた。
「いいえ、礼には及びませぬ。礼ならこのジロウに申されるがよいでしょう」
シシタカがジロウを見やると、ジロウは恥ずかしそうに言った。
「おら、おめえらが去ったあとにさ、この狩人さんが村に来たのを見つけてさ。助太刀してくれって頼んだんだ」
「そうだったのか。ありがとうジロウ」
「なんとか間に合ってよかったぜ、へへっ。しかし、サーにぃがこんなに強いなんてなあ、びっくりだ」
「サーにぃ?」
「ああ、このひとの名前、やたらと長いだろ。サーヘルなんちゃらとかいって。長いからサーにぃだ」
「そっか。サーにぃ、あらためてありがとう」
「ほんと、狩人さま、助かりました。どうぞ我が家へ。ご案内いたします」
宿へと向かう道すがら、ジロウが聞いてくる。
「シシタカ、おまえがその行李をもって逃げてたってことは、倭寇のおっちゃんはやっぱり、その・・・・・・」
「うん・・・・・・ おっちゃんは死んじゃったよ。でも海賊たちにやられたわけじゃない。僕たちが戻ったときはすでに亡くなってたんだ」
「そうか。なら、おらがあのとき一緒に戻ってももう手遅れだったんだな・・・・・・」
宿は海賊に打ち壊され、荒れ果てていた。
シシタカとジロウはあまりの惨状に言葉を失ったが、母親は部屋に灯をともしたのち、火をたき始めた。
「さあさあ、いまから白湯をいれますゆえ、どうぞおあがりください」
狩人がシシタカに向かって言った。
「家がこのようになったのに、顔色ひとつかえず、母上殿はたいしたおかただな」
シシタカは応えずに、狩人の様子を見やった。外では暗くてよくわからなかったのだが、灯のもとで狩人を見ると見慣れない格好をしている。
鎧のようなものをまとっているが、武士がつける甲冑とは違うようだ。赤子の手のひらぐらいの木のようにも鉄製にも見える断片を、幾折も紐で結わえあわせたものを身につけている。
頭は兜ではなく、獣の皮でつくられたもので耳から首まで覆っている。
弓と見えたものはこのあたりの武士が持っているような長いものではなく、一段こぶりであり、木製の弓の周りを獣の皮や木の皮などをはりあわせてつくられている。それになんといっても形がへんだ。弓なりになっておらず、上下にまっすぐ伸びた弓の真ん中に湾曲した小さな半円がある。
不思議そうにシシタカが見つめていると
「これか。これはコンボウと言ってな。われら狩人が使う弓だ。武士が使う弓に威力は劣るが、早撃ちはこちらのほうが上だ。なんといっても小ぶりなので持ち運びに便利なのだ。我らは山々を移り住むのでな」
「へー、コンボウかあ。初めて見たよ。ところで、あの馬みたいなのは、なんなの?」
狩人が乗っていた馬は、武士が乗る馬よりこぶりで足が短い。大きさとしてはロバ程度だ。毛は長く、とくにあごの周りはふさふさでとても馬には見えない。そしてなんといっても短い角があったのだ。
「なんか・・・ 馬って、角がはえてたっけ?」
ジロウがにやにやしている。
「わはは。おらと同じこと聞いてやんの。あれは、ウマかもな」
「ウマかもってことは、やっぱウマじゃないのか」
「だからウマかもだって」
さらににやにやしだした。
「なんだよ、ジロウ、教えろよ」
「いやいや、ウマかもって言ったらウマかもだよ」
「こら、ジロウ、そちもさっき知ったばかりではないか。からかうでない。シシタカどの、あれはな、ウマカモという種類の動物じゃ」
「シシタカでいいよ、どのはいらないや。って、ウマカモ?」
「うむ、ウマとカモシカをかけあわせてつくったものじゃ。我ら狩人のみが乗りこなす」
「はあ・・・・・・ ウマとカモシカでウマカモって!」
シシタカは吹き出してしまった。
「ところで、どういうわけで海賊に襲われることになったのだ」
「あれ? サーにぃ、知らなかったの?」
「そんなこと説明してる暇がなかったのさ」ジロウが答えた。
シシタカは、片腕の男との経緯を語った。