(7) 逃走
母は外に追い出された際にしたたか腰をうちつけたためか、歩みが遅い。シシタカも行李を抱えて歩くのに精一杯で手助けすることもできない。
宿から声が聞こえてきた。
「ない! どこにもないぞ!」
「ぬぅぅ、あの小僧どもはどこにいった。持って逃げたか」
「あの女、どこにもいませんぜ!」
「くそっ、逃げられたか。追え! 見つけて絞り出してやる」
宿から男どもが松明を手に飛び出してくるのが見えた。
「おっかあ、やばいよ!早く」
2人はようやくハマの村向かいの川にたどり着いた。
川には橋はかかっていない。粗末な木の板が岩岩の間にかかっているだけだ。2人は木の板を渡り始めたが、薄明かりで足下が頼りない。
あ! 母は足を踏み外し、川にはまってしまった。
「おっかあ、大丈夫か!」
シシタカが手を差し伸べ、なんとか引き上げる。
「いた!あそこだ!2人いるぞ!」
海賊どもにみつかった。
「逃すな!村にたどり着く前に捕まえろ!」
海賊たちは水に足を踏み入れ川を渡り始めた。
「おっかあ!早く!」
「もうダメです。シシタカ、あなたは行李をもって先にいきなさい!」
海賊の1人が素早く木の板をつたってきた。松明に照らされたシシタカたちの姿が川面に浮かび上がる。
「あきらめろ。その荷物をおとなしくこちらへ渡せ」
そう海賊が叫んだとき
「シシタカー!!」
叫び声が聞こえた。
村のほうから、ドドッドドッ、なにか駆けてくる音が聞こえる。
ヒューン! 矢が放たれた音が聞こえたと同時に「ぎゃっ!」シシタカたちに迫っていた海賊が声をあげ、松明が手から落ちた。
バシャバシャっ 馬が川を駆る音が聞こえ、シシタカたちのそばまできた。
馬には2人乗っているようだが誰なのか暗くてよくわからない。
「シシタカ!おらだ!」
「ジロウ、か?」
「た、助けにきたぞ」
「こ、この人は誰だい?」
「はなしは後だ。おぬしらは早く川を渡るがよい」
馬上の武者は声を発しながら、弓のようなものをかまえ射はじめた。
「うわっ」声が聞こえ、対岸や川面に浮かぶ松明の火は次々と落ちていく。
「松明を捨てろ!格好の的になっておる!」
海賊の1人が叫び、みな慌てて松明を消した。
あたりは暗く沈み、シシタカたちには海賊たちの姿が見えなくなった。
「そのようなあがきは無用のこと。悪いことはいわぬ、去れ」
武者はそう言うとまた矢を射始めた。
するとどうしたことか闇の向こうから「うぎゃっ」っと声がする。
「あ、あいつ、うってきますぜ」
「ど、どうしたことか。わしらの場所がわかるのか」
「ず、ずらかろう」
おそれをなした海賊どもは松明を拾い上げ一斉に逃げ始めた。
「や、やった。あいつら逃げてったぜ」
ジロウが馬から飛び降り、シシタカたちに駆け寄った。
「すげえや、1人でやっつけちゃった」
ジロウが馬上の武者に話しかけるが、武者は弓を構えたままである。
「そなた、逃げぬのか」
武者が闇に向かって語りかける。
誰も答えない。
ジロウも口を閉じ、周りに耳をかたむける。静寂があたりをつつんだ。
「無駄だ。そなたの動き、わたしには見えておる。右手につかんだ短剣は放すがよい」
「ぬぅう。この闇夜でなぜわかる」
あの男だ! 眼帯の男の声が聞こえた。
「わたしには見えるのだ。無駄なことはやめ、立ち去ることだ」
「そ、そうはいってもな、こっちは何人も仲間がやられた。おめおめと逃げるわけにはいかん」
「安心せよ、わたしが射たのは、みな手か腕だ。だれも命には別状ない。そなた以外はみな去ったぞ」
「な、なんだと…… おぬし、何者だ」
「わたしの名はサーヘルモウニシャクニム。狩人だ」
「な…… 狩人だと…… くそっ」
またあたりを静寂がつつんだ。
どうやら眼帯の男は去ったようだ。馬上の武者も弓をおろした。
「もう大丈夫です。やつらは去りました」