(5) 頼み
男の顔が険しくなった。
「あれはな…… 裏切者への最後通牒や。裏切者はどっちやっちゅうねんな……」
「サイゴツーチョー?」
「ああ…… わしは…… 殺される」
「なんだって?」
「そうや…… もともとはわしを殺すつもりはなかったやろけどな。わしを殺したら宝の在りかもわからんくなるし…… じゃが、逃げる途中で追っ手を何人かやってしまったからな。やつらの堪忍も限界ということじゃろ…… 札の裏をみてみぃ」
黒札を受け取り覗き込むと、裏には血判がいくつもおされていた。
「それだけの者がわしを殺すことに同意しているっちゅうこっちゃ。黒札に血判を押したが最後、やつらは命がけでわしの命を奪いにくる」
「そ、そんな……」
「ふー、わしの話しもそろそろ限界や。やつらは、今宵、くる」
「今晩?」
「ごのじの野郎め、最後にそれだけ言い置きよったわ」
「ど、どうすんだよ、やべぇよ」
ジロウが震え始めた。
「わしは、この体じゃ、どうしょうもない…… おかみさん、あの行李の中に、けっこうな銭がはいっております。それと…… 財宝の在りかを記した地図があります。銭と地図をもって逃げてくだされ。地図をどうするか、財宝をどうするかすべておまかせいたします。 ただ、地図を絶対にやつらに渡さないでいただきたいのです!財宝は絶対にやつらに!」
ゲフッ 男は血を吐いた。
「ざ、ざいほうは、けっして……」
白目をむき、二度、三度けいれんしたかと思うと、目を閉じてしまった。
「お、おっちゃん!」
「水主どの!」
母は慌てて脈をとった。
「気を失われてしまったようです……」
3人はしばらく呆然と男や行李を見つめていたが、ジロウが口を開いた。
「ど、ど、どうすんだよ! 海賊がくるんだろ。や、やばいよ、に、にげようよ」
「水主どのを置いて逃げるわけにはいかないでしょう」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないって!」
「おっかあ……」
「では、村へいって、助けを求めましょう」
こうして3人は大急ぎでハマの村へ向かった。
網元の家に村の者が集まり、母は、海賊が男を襲いにくること、しかし男は病で動けないこと、助けが必要なことを語った。
「悪いことはいわん。その男には関わらんことじゃ」「宿に戻るのは危険じゃから、村に泊まっていけ」みな同情してくれるものの、一緒に宿にいこうと申し出る者はいなかった。
「なんだよ!誰も助けてくれねぇのかよ」
シシタカは涙ながらに叫んだがみな目を伏せ、返事はするものはいない。
「わかりました。では我らだけで宿に戻ります」
母が立ち上がると、網元が叫んだ。
「なんてことを言うんだ、しのさん! ここに残ってくれ。戻ってあんたにもしものことがあったらわしは…… なあ、しのさん、頼むよ」
しのと呼ばれた母は笑みを浮かべながら網元を見すえた。
「たしかに命の危険を冒してまで意地をとおす必要はないかもしれません。ですが、宿はわが家であり、わが城でございます。賊に襲われるのをほうっておくことはできません。網元様のお気持ちはありがたくちょうだいしておきます」
シシタカも母とともに立ち上げるがジロウは座り込んだままだ。
「ジロウ…… 来て…… くれるよね」
「シ、シシタカ…… おら、おら……」
そう言ったきりジロウはうつむいてしまい、べそをかき始めた。
こうして母と息子は宿へ戻っていった。
月明かりがほとんどない夜だった。