(3) 眼帯の男
その日、ジロウとシシタカはなにをするでもなく、男の部屋でたむろしていた。
「ううう…… 寒い…… ぼん、熱燗をくれぬか」
「おっちゃん、最近冷えてきたけど、その寒がりかたはおかしいよ。酒はひかえたほうがいいんじゃ」
「ええんや。わしももう長くないかもしれん。最後ぐらい好きにさせてくれ」
シシタカがジロウを見やると、ジロウは仕方ねぇなといわんばかりに肩をすくめた。
シシタカは「熱燗ね、とりあえず火をたかないとな」などと独りごちながら、薪をとりにいくため外にでた。
カサッ あ!
戸陰に何者かが潜んでいたことに気づいたと同時に、シシタカは後ろから組み付かれ、口を手でふさがれた。
「小僧、暴れるなよ。おとなしく言うことをきけ」
低い音色の男の声が聞こえた。
「ここに片腕のない男がきておるな。どうだ、正直に言え」
シシタカは必死に首をふる。
「ウソをいうな、正直にいわんと痛い目にあうぞ」
賊はそう言いながらシシタカをきつく締め上げ始めた。
シシタカは逃れようと賊の右足をおもいきり踏みつけた。ところがどうしたことか賊はまったく動じず、さらに締め上げる力を強めてくる。あらんかぎりの力で暴れると、肘が相手のみぞおちに入ったようだ。口をふさいでいた手の力がゆるんだ。
「おっちゃん! 逃げろ!」
シシタカが叫ぶと、賊はシシタカを突き飛ばし、宿の中に駆け込んだ。
「さんのじ! でてこい!」
手当たり次第、障子をあけていく。
「やめろー!」
賊をとめようとシシタカが起き上がると、奥の部屋から片腕の男がジロウとともにでてきた。短剣を手にしている。
男を目にした途端、賊の動きがぴたりととまった。
「ついに見つけたぞ」
賊は左目を眼帯でおおっており、右目で片腕の男を睨みつけている。
「おっちゃん逃げなよ」
男の陰に隠れていたジロウが小さな声でささやいた。
「いや、わしもこの体だ。とうてい逃げられまい」
片腕の男は落ち着いた声で眼帯の男に話しかける。
「ひさしぶりだな、ごのじ。して、どないするつもりや」
眼帯の男は、相手の短剣に視線を落とし、ジロウ、そしてシシタカへと視線をはしらせたのち、静かに言った。
「話しをする必要があるようだな」
「よかろう。ぼん、しばし客間をかりるぞ。心配せんでもよい。わしは大丈夫や」
男たちは客間に入っていった。
客間といってもなんのことはない。障子は穴だらけであり、シシタカとジロウはこっそり中を覗き込んだ。
男たちはあぐらをかいて静かに向き合っている。
片腕の男は苦しいのか、息が荒い。
長い沈黙のあと、眼帯の男が口を開いた。
「おぬし、病に侵されておるな」
「ふー…… わしももう長くあるまいて」
「そうやったか…… しかし、これを渡さねばならん」
片腕の男ははっとした顔を向けたが、眼帯の男はそれにはこたえず、懐からおもむろに黒い札をとりだし、前におしやった。
片腕の男は右手を差し出し、黒札を拾い上げようとするが、どうしたことか手が小刻みに震えている。やっとのことで黒札を手にした男は札をとくと見つめた。
するとどうしたことか、顔はみるみるうちに血の気がひき、額にはあぶら汗がにじみあふれ、全身がガタガタ震え始めたではないか。
震える様子を見やりながら、眼帯の男は二言、三言、ことばを発したが、シシタカたちには聞き取れなかった。
眼帯の男は立ち上がり、障子を開けた。
「わしはこれで失礼するぞ。小僧、さきほどはすまんかったの。じゃが、これ以上あの男に味方するとさらに痛い目にあうぞ。そうなりなくなかったら、手を引くことだ」
そう言い捨てて立ち去った。
「おっちゃん大丈夫か!」
シシタカとジロウは客間に駆け込んだが、黒札を手にして固まったままの男は声をあげることもできない。
「どうしたんだい。なにがあったんだ」
「と、とにかく、部屋へ連れていこう」
息も絶え絶えの男は、ジロウとシシタカに両脇を支えられようやく部屋にたどり着いた途端、倒れこんでしまった。




