(9) 朝か夜か
「シゲム様、ほんとにどうにもなりませぬのでしょうか」
老婆が引き下がった後、シシタカは武者に問うた。
「ばあさまの言うとおりじゃ。我らはずっとこの村にいて村人を守ることはできん。ゆえに助太刀はできんが……」
武者はしばし思案している。
「やはり戦うことになろう」
武者は狩人の視線をとらえ、うなずき合った。
「助太刀はできないが、戦わざるを得ずとはこれ如何に」
棒使いが問うた。どうも武者と狩人以外は合点がいかぬようだ。
「ふむ、山賊の性だな。そのあたりはサーヘル殿のほうが詳しいであろう」
武者が狩人に水を向ける。
「はい、わたしも、山賊どもと一戦交えざるを得ないと心得ます。こういうことです。
まず、山賊の生業は脅し取ることです。脅すだけ脅して、そうそう相手に手はだしません。相手を殺してしまったり痛めつけてしまうとそれ以上その者から年貢などとれなくなりますからな。実際にこの村も娘がさらわれるまではひどい目にあったものはいなかったとのこと」
「ふむ、それで?」
「では、実際に痛めつけることなくいかに相手を従わせるか。それは相手に恐怖をいだかせることです。抵抗しても絶対にかなわないと」
「それがヤクザ者の手よの。実際は対して強くないものをな」
「はい。また、やつらは悪評を喜びます。たいして強くないという評判がたってしまうと誰も従わなくなりますからな。噂や評判をとにかく気にします」
「なるほどのぉ。ようやく合点がいった。拙者に原因があるのだな」
棒使いがひとりごちた。
「ふふっ、雲海どののあまりの強者ぶりですな。1人が3人を打ち負かしてしまった。それも一太刀も浴びせずに。この評判が広まったらあやつら面目なしです。やつらが去り際に『多勢に無勢。卑怯者』と叫んだのもまあそれなりに意味があるのでしょう。だが真実は隠し通せないないもの。いずれ噂が広がるのは必定。おまけに我ら一行に子どもがおることもわかっているわけです」
「へ?おらたちがなにか関係あるのか」
ジロウを武者が睨みつける。
「子どもは自慢したがるからな。ジロウ、おまえさっそくばあさまに雲海と山賊のなりゆきを話してしまったではないか。ばあさまは明日、村の衆にそのことを告げるだろう。やつらは雲海ひとりに追い払われた、実は弱いのだ、恐れるなかれ、とな。噂とはおもしろいものよ。そなたは雲海が何人撃退したかは言わなかった。人数はあえて言わずに我々は強いということを伝えたかったのだろう。しかしばあさまは30人全員を撃退したと言うかもしれんぞ」
「ひ、ひえー! おらのせいで戦が始まるってのかよ」
「まあまあ、シゲム様、そう脅しなさるな。いやジロウ、そうではない。やつらには実際にわたしたちがしゃべったかどうかはわからない。しかしやつらは噂を広められることをおそれて口封じにくるだろう。わたしたちを屠りにくるに違いない」
「な、なんだよ、そっちのほうが怖いじゃねえか。おらたちが狙われるのか」
「そういうことだな。ゆえに我々は戦わざるを得ないのだ」
「い、いつ山賊は来るんだい」
ジロウはがたがた震えだした。
「そう、怖がらずともよい。やつらは明朝くる」
武者が応じた。
「な、なんでそんなことわかるんだい。も、もうすぐ来るかもしれないじゃないか」
「そちもちょっとは頭を働かせて考えてみよ。シシタカはわかるか。これまでの我らの行動、先ほどまでの会話の中に手がかりがあるぞ」
シシタカは考えてみた。
(山賊の習性、噂、山狩り……)
「うーん、山賊はほんとは、すぐにでも僕たちに仕返しをしたかったはずだよね。3人ではかなわないから仲間を呼びに行ったけど、すぐに追いかけることはできなかった。仲間が近くにいなかったのかな。どっちにしても取り逃がしたと。明日になったら噂が広がって、村人が山狩りにくるかもしれないから、その前に僕らをやっつけにくると。こんなところかなあ」
「ふむ、なかなかよいぞ」
「だけどシシタカ、おらだったら仲間が揃いしだい襲いに来るぜ。朝まで待つ必要ないじゃないか」
「だよね…… うーん」
「なぜ夜の間にこないか。こういうことはよく整理して考えねばならん。では問うが、山賊は村の皆々が武装していることは知っているであろうか」
武者は案外話し好きなようで、楽しげに問いを発してくる。
「それは知ってるんじゃないかな。娘さんをさらったんだもん。取り戻しにくる可能性はあるわけだし」
「うむ、やつら、村になにか動きがあればすぐに対応できるよう必ず村を見張っていることだろう。ではさきほど、我らが村に入ってきたときどうなった」
「竹槍をもった村人にすぐ囲まれちゃったね」
「だな。あのようにいきりたった村人の前にのこのこでていくほど山賊もばかではない。竹槍しかもたない村人とはいえ、本気で抵抗されたら2人や3人は討ち取られるだろう。我々だけを襲いにきたのに村人に見つかって激しく抵抗されては元も子もないからな。つまりやつらは」
「村人には見つからないように忍んで来る。奇襲ってやつか!」
ジロウが口を挟んだ。
「そうだ。先ほどの我らのように松明をかかげてのこのこでてくるような真似はせんわけだ」
武者の口調も熱を帯びてきた。
「奇襲と呼ばれる夜討ち、朝駆けは相手が油断しているからこそ効果があがる。襲いかかる前に相手に見つかってしまっては意味がない。逆に準備整った相手に迎え撃たれ、損害が大きくなる可能性が高いのだ。であるから、夜であれば月明かりを頼りに、朝であれば薄明かりを頼りに、明かりを消して気づかれぬよう押し寄せるのだ。シシタカ、我らはここにくるとき松明をたいてきたな。なぜだ」
「月明かりもなく真っ暗だったからです」
「そうなのだ。今宵やつらには月明かりもなく松明を使うこともできぬ。夜は動けないのだ。薄明かりが差した朝にくるぞ」
武者はひとしきり問答を終えたことに満足したのか、あらたまって告げた。
「さ、おぬしらはもう寝るがよい。朝までは来ぬゆえ安心して眠るがよいぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。朝までこないのはわかったけど、相手は30人だろ。いったいどうするんだい。勝てるのかい」
「うむ。さすがに6人では分が悪い」
シシタカもジロウも自分たちを人数にいれてくれているのを嬉しく思い、同時に不安にもなった。
(おらたちも戦うのか……)
「な、なあ、村の人に声をかけようよ。い、一緒に戦ってもらうんだ」
「はっはっは、ジロウよ、さきほどは逆に手助けすると申しておったではないか。村人に助けを求めるなどもってのほか。これは我らの戦いでもある」
「まあ安心せよ。分が悪いと言ったのは、真正面からぶつかった場合じゃ。しかと準備して戦術を練っておれば形勢を逆転できる。ささ、我らはこれから相談するがおぬしらは戦いに備えて寝よ。明日は早いぞ」
シシタカもジロウも戦術談義に加わりたかったが、眠気には勝てず、おとなしく従った。




