(7) 雲海と相乗
一行は山道を進んでいた。
大人どもは口数少なくほとんど言葉を交わすことがないがシシタカとジロウは見慣れない山々に心を躍らせあれこれ話しながら歩いている。ジロウにいたってはしきりと大人どもにあれこれ話しかけている。どうやら相乗とは気が合うようで、無口な相乗もポツリポツリと応じている。
「相乗さんとなんの話しをしてたんだい」
「うん、雲海さんとどっちが強いのか聞いたのよ。力では雲海さんに及ばないけど、俊敏さでは相乗さんのが上って感じらしい。ほぼ互角ってことだ。昨日は、雲海さんに打ち付けられて倒れたと思ったら、いつの間にか相乗さんに縛り上げられてたんだ。目にもとまらぬ早業ってのはあれのことだな。で、相乗さんはこうも言ってくれたよ。狩人がおらたち2人の面倒をみるのはたいへんだろうから、いざというときはおらのことは相乗さんが守ってくれるってさ。きつく縛り上げられたときは腹がたったけど、ほんとはいい人らしいなあ」
そんな話しをしているうちに小さな峠にさしかかった。
峠には男が3人ほどたむろしているのが見えた。シゲムらはだいぶ手前から男どもに気づいていたが、そのまま真っ直ぐ峠に向かっている。
姿がはっきり見えてきた。身なりは粗雑でいずれも武器を携えているようだ。一体なんだろう、シシタカは不安になり、そっと狩人の背中に隠れた。一行は素知らぬふりをして峠を通り過ぎようとしたが、案の定、男どもは行く手に並んで立ちふさがった。
「やいやい、おめぇら旅の者だな。いったい誰の許しを得てこの道を通っている。ここを通りたきゃ通行料を置いていきな」
あまりにも古めかした言いぶりにシゲムらは苦笑している。
「なに笑ってやがる。なめた態度とられちゃあ、タダではおかねぇぞ」
「これは失礼つかまつった。驚いたものですまぬ。しかし、通行料とはどういうことか。ここは中の国の道と心得る。そなたたちは中の国に仕えるものであるか。そうであれば通行料をお納めいたすが」
雲海が落ち着き払って答えた。
「この山はオレたちゃ山賊の縄張りよ、中の国の役人も恐れて山に入ってこないわ。痛い目にあいたくなかったらさっさとその包みをおいていきな」
山賊は馬の荷鞍を見やりながら息巻いている。
「ふむう、どうやらタダでは通してくれぬらしいな。拙者が押し通ると申すなら、そなたたちどうする」
「しれたことよ、力づくで奪うまでさ」
山賊どもは武器をふりまわしながらニヤニヤしている。
「しかたあるまい。お相手しもそう」
雲海は棒を静かに下段に構えた。
シシタカは狩人の後ろから成り行きを見守っていたが、どうしたことか、相乗もシゲムも刀を抜こうともしない。一歩さがったところで腕をくんだままだ。
「おうおう、やるってのかい。だがやる気になってるのはてめぇさんだけのようだな。他のやつらはびびって刀すら抜かねぇじゃねぇか」
「おぬしたちなど拙者一人で十分。いざ参れ」
「なにぃ!」
ニヤけ顔だった山賊も怒ったのか、一斉に武器を構えた。構え方はてんでばらばらである。
「ふんっ!」
刹那、雲海が大声を発した。さきほどまでの涼しい顔もどこへやら、顔は真っ赤に燃え上がりさながら鬼の形相である。すさまじい殺気がみなぎりはじめた。
雲海の殺気を感じたのか、鳥や虫どもも音をたてるのをやめ静寂があたりを包む。
4人は静かに睨み合った。
ジリジリっ 4人は少しずつ右へ左に動く。
山賊の額には脂汗がにじみでてきた。
「アニキ、やつはどうもおかしいですぜ。3人相手にびくともしない」
「な、なにを言うか、はったりだはったり」
山賊どもは、目は雲海から離さずなにやら小声でしゃべっている。
「そいやっ」
突如、雲海は前に踏み込み棒を突き出した。
すると山賊どもは飛び上がり道脇の草むらに転がり込んだ。
「に、逃げろ!」
なんと山賊は慌てて山の斜面をかけあがりだした。
「オレたちゃびびったわけじぇねえぞ!多勢に無勢だ、おめぇら卑怯だぞ」
などと言い捨てて一目散に逃げていった。
「相手は拙者ひとりであるに、多勢に無勢とは面妖なり」
雲海が真面目づらして独りごちる様子がおかしく、一行は声をあげて笑った。
「雲海さんすごい!一人で撃退しちゃった。すごい殺気だったよ」
「ふむ、シシタカどのよく聞きなされ。拙者、無駄な殺生はせぬぞ。殺生を行う気がないからこそ殺気を発するのだ」
殺すつもりがないから殺気を発する? 禅問答のような答えにシシタカの頭はこんがらがった。
「わからぬか。まあよい、そなたにもそのうちわかるときがこよう」
日暮れが近づいてきた頃、山賊の山も終わりに近づき遠くに里が見えてきた。
「日も暮れてきたことじゃ、今宵はあの村で宿をとることとしよう」
シゲムの言葉を聞き、丸一日歩きづめで疲れ果てていたシシタカはほっとした。




