(6) 国境
シシタカ、狩人、武者、棒使い、弓衆の一行は、三頭の馬とウマカモを連れ、誰にも見送られることなくひっそりと屋敷をあとにした。幕府の隠密に悟られることを恐れたのだ。
一行は言葉をかわすこともなく黙々と進み、はやくも国境の峠にさしかかった。
「あれに見えるが国境の峠ぞ。越えたが最後、なにが起こるやわからぬ。皆の者ゆめゆめ油断めされぬな」
シゲムが緊張した面持ちで言った。
「来たぞ」
国境を過ぎて半刻もたった頃であろうか。狩人がつぶやいた。
「どういたしたサーヘルどの。なにが来るというのか」
「わたしどもが国境を過ぎてからつけてくる者がおる。距離がどんどん縮まり、いよいよ近くに迫ってきたのだ」
「なんとサーヘルどのにはそのようなことがわかるのか。狩人は千里先の針が落ちる音も聞き分けるとは聞くがこれは驚いた。してその者はあとどのくらいでこちらに追いつくか」
狩人は地面に耳を押し当てた。
「そう時間はかかりますまい。追っ手は一人です」
「さては幕府の隠密か。よし、待ち伏せしよう。あの角の茂みに隠れるのじゃ」
一行は茂みに身をひそめた。
追っ手を待つ間、シシタカの心臓はばくばく音をたてている。(いったいどうなるんだろう。斬り合いになるのかな)ほんのわずかな時間がシシタカには一刻にも感じられた。
ザッザッザッ
近付いてきた! シシタカにも追っ手が落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。
10間、5間、2間、1間・・・
「くせものめ!」
雲海と相乗が茂みから同時に飛び出した。
「ひいぃぃ!」
曲者が驚き、声をあげた。
バシッ、ドカッ
打ちつけられ、倒れる音が聞こえる。茂みのなかのシシタカには見えない。どうなったんだ? どちらがやられた?
「い、いってえ! あ! な、なにすんだよ!」
「だまれ小僧、そなたわれらをつけてきたな。なにが目的じゃ。白状せよ。さもなくば棒をまた打ちつけるぞ」
「ひ、ひぃい、なにとぞご勘弁くださいませー」
声の主はなんとジロウではないか。シシタカはあわてて茂みを抜け出た。
後ろ手を縛られたジロウが雲海と相乗に取り囲まれ地面に座っていた。この短い時間に縛り上げるとはなんたる早業であろうか。
「ちょっと待ってください。これはジロウといって、僕の親友です。怪しい者じゃありません」
「あ、シシタカ! こいつらやっぱりおまえの連れか! やい縄をほどきやがれ」
「ほう、こやつが先ほど申しておったジロウとやらか」
いつの間にかシゲムも茂みから出てきていた。
「そのほう、なにゆえ我らをつけてきた」
「そんなのきまってらい! おらも宝探しに行くんだ。先回りして国境でおめえらが来るのを待ち伏せしようとしていたのよ。ところがすでに通り過ぎたっぽいから慌てて追いかけてきたのさ」
「むうぅ、シシタカよ、やはりおぬし、財宝のことをしゃべったのだな」
「え、あ、い、いや、そうじゃなくて」
シシタカは嘘をついていたのがばれて、言葉がでてこない。
「シゲム様、この者どういたしましょう。国へ送り返しましょうか」
相乗が聞いた。
「斬る」
「は?」
「財宝の秘密を知った者はほうっておけん。この者を斬る」
相乗、雲海もさすがに驚いたようだ。お互い顔を見合っている。ジロウに至ってはわけがわからないという顔でポカンとしている。
「待って下さいシゲム様! 僕の親友なんです! どうか命だけはお助けください!」
シシタカは土下座して必死に懇願した。
「わたしからもお願いいたします」狩人も膝をついた。
「誤解がござります。この者、シゲム殿よりも前に財宝のことを知っておったのです。こういうことでございます」
狩人はことの子細を語った。
「というわけで、このジロウがいなければ財宝の地図は海賊どもに奪われていたでしょう。つまりジロウがおらなければそもそもこの旅もなかったことになります。」
そう言うと狩人はシゲムの目をじっと見つめた。
(ふむぅ、そういうことであったか。これは困ったことになった。財宝の在りかのことを知っている者は生かしてはおけん。しかし、話しが真実だとするとジロウは宝の取り分を得てもよい立場だ。財宝探しに連れて行けというのも当然といえば当然。しかし……)
「シゲム殿、どうでしょう、この者も旅に連れていっては。わたしが面倒を見ますがゆえに」
狩人が言った。
(ふむ、そういえば父上はおっしゃっていたな。「秘密を知る者はすべて巻き込むのじゃ」と。いたしかたなし。連れて行くしかあるまい)
「やむなし」
シゲムは先ほどまでの冷え切った表情をやわらげて、ジロウをみつめた。
「ジロウとやら、そちも連れて行こう。しかし約束してくれよ。この旅の目的は誰にも話すことなかれ。しゃべったが最後我ら皆の立場が危うくなる。この旅は我ら一心同体である。覚悟してついてまいれ」
「や、やったー!」
ジロウとシシタカは抱き合って喜んだ。
「よかったなジロウ!」
「おうよ! 宝探しだ宝探し! たんまりお宝みつけてやるぞー!」
「こらこら声が大きいぞジロウ」
「いっけねー」
ジロウがペロッと舌をだした様子がおかしく、笑い声が山々に響いた。




