(4) 狩人の掟
ハマの村に帰り着くと、いやに村がちっぽけに見えた。どうやらシシタカの気持ちが大きくなっているようだ。網元の家を訪ねると母とジロウは宿を整理しに行っているという。シシタカは急ぎ宿に向かったが、打ち壊された宿が目に入ってくると、急におっかあが心配になってきた。
 
「おっかあ! 帰ってきたよ! 無事かい?」
宿に駆け込むと、母親とジロウは忙しく打ち壊された部屋を片付けているところだった。
「やあやあ、シシタカ帰ってきたのかい。シシタカこそ無事でなによりだよ。わたしはこのとおり元気ですよ。シシタカがいない間はジロウがよく面倒みてくれました」
「おら、おめえが助けてくれと言ったときに、助けてやれなかった。だから、せめておかあの面倒はしっかりみようと思って」
ジロウが恥ずかしそうに言った。
 
「なにいってんだよ。僕だって、ジロウの立場だったら逃げ出してかもしれない。それにジロウはサーにぃを連れてきてくれたじゃないか。お陰で助かったんだよ」
「そうかい。はは、そうさなあ。おら、サーにぃに頼んだときは必死だったよ。ははは」
先ほどまでの気恥ずかしげな表情もどこへやら、ジロウたちは顔を見合わせて笑った。
 
つかの間の談笑のあと、シシタカは神妙な顔をして言った。
「お話しがあります。ご領主様は息子さまのシゲム様を宝探しの旅に差し向けることとなり、サーにぃと僕も連れていってくれることになりました。お母様、しばしお暇をいただき行かせてください」
「そうかい…… あんたは行きたいと言うと思ってたよ。そうさね、あんたももう立派な男子だ。それに狩人様とシゲム様も一緒なら安心だね。わたしのことは心配しないで大丈夫ですよ。寂しくなるけどねえ、うん、宝を探しておいで」
「ありがとう、おっかあ。ジロウにも頼みがあるんだ。引き続きおっかあの面倒みて欲しいんだ」
「ちょっと待てよシシタカ、宝探しおらも行きてぇぞ。おらも連れてってくれよ」
「うん、ジロウが一緒に行ってくれるなら、楽しくなるな」
「だろ?」
「でも…… やっぱり無理だ。ご領主様が許さない。連れて行く人は随分厳選したみたいなんだ。えらい長いこと話し合ってたんだ。だから……」
「なんでだよ。おらもいきてぇよ。頼むよ」
シシタカは、領主様の屋敷で自分が宝探しに行けることに興奮して、ジロウのことを話すのを忘れてしまったことをいまさらながら後悔した。
「ジロウ、すまない。僕にはどうしようもないよ」
「そんな……」
ジロウはうわっと泣き出してしまった。
 
 
狩人も深き山のなかで父母に別れを告げていた。
「父上、母上、こたびは旅の途中でひょんなことにあいなり、財宝探しの旅にでることとなりました。しばしお暇をこいたいのです」
「いったいこれはどうしたことですか、子細を教えてたもれ」
狩人の父親は寡黙な人で滅多に口を開かない。話しをするのは専ら母親の役割であるようだ。
 
「はい。こたびの旅の途中で子供が海賊に襲われているところを助けたのです。財宝の在りかを記した地図を手に入れたところ、それを聞きつけた海賊から襲われている由。それで当地の領主に地図を届けたところ、領主のご子息が船をしたてて財宝探しに行くこととなりました。旅にはその子供も同行するため、その子供を守るためにも一緒に来てくれとのことなのです」
 
「なんと、なりませぬぞ。我ら狩人の一族は里の者どもと必要以上に交わらぬのが掟。我らは深き山の中で、里の者には与せずにいることにより、幕府や領主たちの支配を受けることなく、我ら独自の掟で生活することができるのです。里のものどもは私たちと違い、同じ仲間どうしで奪い合い、殺し合います。いったん誰かに与したが最後、他の者から恨みをかうことにあいなります。なりませぬぞ」
 
「母上様の仰せはごもっともでございます。しかしながら約束してしまったのです。財宝のために行くのではなく、シシタカを守るためにと」
「我が子、モウニシャクニムや。名誉のために行くと言うのですね。そなたのおっしゃることはわかります。しかしなりませぬ、掟をやぶることは許されませぬ」
 
ここで今まで黙っていた父親が口を開いた。
「いまシシタカと言ったな。どこの国の者であるか」
「はっ、武の国でございます」
「なんと、武の国と?」
父、母は驚きを顔に浮かべ、お互いの顔を見合っている。
「して、領主の名はなんという」
「はっ、領主どのの名は聞いておりませぬが、ご子息はシゲムと申されます」
「むぅぅ、シゲムとな」
 
それっきり父も母も押し黙ってしまった。
沈黙をやぶったのは眉間にしわを寄せ思案していた父であった。
「武の国の者は、そなたがその子供、シシタカを守れと言うのだな」
「はっ」
「よかろう。行くがよい。一族にはわしから話しておこう。」
「ははっ、ありがとうございます。わたくしのわがままをどうかお許しください」
「うむ、覚悟はしておけ、そなたは掟を破った者として、帰ってくる場所はないやもしれぬ。しかしその子供を狩人の名誉にかけて守ってみせるがよい。それもまた運命であろう」
「ははっ」
 
こうして狩人は出立することが許された。しかし
(どうも解せぬ。あれだけ反対していたのに。武の国と聞いたとたん態度がかわり召されたの。そしてシゲムという名にも反応された。これは一体どういうことであろうか……)
 
 
 
出立の日となり、シシタカは迎えにきた狩人とともに母親に別れを告げていた。
「おっかあ、行ってくるよ。おっかあもたっしゃでな」
「はいはい。わたしなら大丈夫ですよ。狩人様、なにとぞシシタカのことをよろしくお願いします」
「かしこまりました。狩人の名誉にかけてシシタカどのをお守りし、母上殿のお手元に必ず無事お届けいたします」
「おっかあもサーにぃもなに言ってんだよぉ。僕はもう子供じゃないよ。大丈夫さ」
「それもそうじゃ。おぬしももう立派な男子だね、狩人様やシゲム様にご迷惑をかけるんじゃないよ」
「あったりめぇよ」
シシタカがむきになって鼻をふくらませるものだから、母親と狩人は声をあげて笑い会った。
「ではいざ出向こう。母上殿、しばしの間さらば」
 




