(3) 領主様
客間ではシシタカが気をもみながら待っていた。
「サーにぃ、領主様らは長いこと話し込んでるね、なに話してるのかなあ。宝探しには行ってくれるのかなあ。僕も宝探しに行きたいんだけどなあ」
「ふぅむ、たしかに長い。だが案ずることなかれ、わたしからもそなたのこと頼んでみよう」
ようやく奥の扉が開いた。
領主様は愉快なことでもあったのか、笑みを浮かべながらゆっくり歩いてくる。若武者はシシタカたちと目をあわせようとはしない。
「シシタカよ、よく聞け。いまこれと談じ、我が息子シゲムが財宝を探しに行くこととなった。財宝の取り分はもちろんシシタカにもあろう。財宝を手に入れた暁には、そちにも相応の取り分をとらせよう」
「宝探しに行かれますか! ご領主様、僕も連れていってください。母ちゃんが命はって守ってくれた財宝のありかをぜひ自分の手で見つけたいんです。お願いいたします」
「ふむぅ、しかしの、シシタカよ、道中は必ず危険が伴うぞ。連れていってやりたいのは山々じゃが、さすがにそち一人ではの」
「わたくしからもお願いいたします。シシタカを連れて行ってやってください」
「おお、狩人サ-ヘルモウニシャクニムよ、そなたも一緒に行ってくれるか」
「いや、わたくしは行くとは」
「ほうほう、そなたがシシタカを守ってくれるなら安心じゃ。うむうむ、よろしく頼むぞ。シシタカは我が国の将来を担う大切な領民じゃ。領民を大事にするのは我が勤め。わしになりかわってシシタカを守り、連れて帰ってきてくれ。もちろん無事帰還した暁には相応の取り分をとらせようぞ」
領主様は狩人の言葉を遮り、どんどん話しを進めてしまった。
シシタカが狩人の顔をのぞきこむと悩んでいるようだ。小声で言った。
「サーにぃ、頼むよ、頼む」
「うむむ…… わかり申した。シシタカを助けたのも何かの縁でしょう。行きましょう。しかし、誇り高き狩人の名誉にかけて誤解されることなかれ。わたくしが行くのは財宝のためではございません。シシタカを守るために行くのです」
「うむ、よくぞ申した狩人サ-ヘルモウニシャクニムよ。我が領民を守り必ず生きて帰ってこい。頼むぞ」
シシタカは天にも昇る気持ちだ。
(やった!宝探しだ。サーにぃもいってくれるし。くー、わくわくするなあ)
「ご領主様、いつ出発しますか。船はどうするのですか」
「そう急くではない。先ずはそちの母上に別れを告げるのが先であろうの」
(そうだ、おっかあを置いていかないといけないんだ)シシタカは高揚した気持ちもどこへやら悄然とした。
「ほっほっほ。シシタカよ、母上の身を案じているのだな。そちはどうやら母親思いのようじゃ。感心なことである。安心せよ、母上の身はわしが面倒を見るゆえに心配することはない」
「ありがとうございます」
「うむうむ、さて、旅についてだが、船をしたてなければならん。大洋を行くのだがら船頭、水主も雇わねばならんだろう。大湊に行くがよい。大湊で船をつくるのじゃ」
大湊! シシタカも聞いたことがある。イセの国の大きな港で、そこには日本中から商人、漁師、船頭や水主、船づくり職人達が集まり、海への一大拠点として大いに栄えているという。
「ご領主様、大湊とはイセの国にある港のことでございますか」
「ほう、シシタカよ、そちはなかなか物知りじゃのお。そうじゃ、大湊じゃ。かのまちの繁栄ぶりは大層なものじゃそうじゃ。その人口は20万とも30万とも言うぞ。自治都市の特権を与えられており、幕府の統制も及ばぬゆえ、全国から倭寇、海賊、ヤクザ者、盗人どもの類いも集まり、まちの猥雑ぶりも相当なものとのことだ」
なんと、シシタカの住む国の何倍もの人がひとつのまちに集まっているという。どのような混雑ぶりなのかシシタカにはまったく想像もつかない。
「大湊には、わしが長らく懇意にしておる商人の長久という者がおる。書状をもたせるゆえに彼の者を頼っていくがよい。シゲムよ、長久はあくが強い商人ではあるが、信頼に足るものゆえ、船や船頭の手配も頼むがよい」
「ははっ」
「うむ。シシタカ、サ-ヘルモウニシャクニムよ、よく聞いてくれ。そちたちも聞いたことがあるかもしれぬが、我が国は幕府から目の敵にされておる。そちらが我が国をでたが最後、幕府の追っ手が迫ってくるやも知れぬ。財宝のこと、くれぐれも内密に頼むぞ。そうじゃな、そちらは我が国からのシナへの友好の使者ということにしよう。我が国はかつては南宋とも交流し繁栄を誇っておった。その誼みをあたためるということであればそれほどの疑いも抱かれないであろう。くれぐれも旅の真の目的は秘密にな」
「承知いたしましたご領主様。シシタカ、天に誓って誰にもこのこと申しません」
「うむ、よいよい、そちは賢い子じゃの。では出立日など子細はシゲムと詰めるがよい」
こうして旅支度のため猶予を与えられ、シシタカと狩人は故郷へと帰っていった。




