私立聖エアリス女学院 2年B組は風紀ゼロ!
初夏の陽気が差し込む、私立聖エアリス女学院・2年B組の教室。
そこは男の目が一切存在しない、少女たちだけの「聖域」——と言えば聞こえはいいが、実際のところは男がいないことをいいことに、タガが外れきった無法地帯であった。
「あー、マジ無理……今日暑すぎない? クーラー全然効いてないんだけど」
パタパタと胸元を煽りながら、ギャルの冴島渚がスカートの裾を大胆にパタつかせている。太ももが惜しげもなく露わになっているが、誰も咎めようとしない。
「ちょっと、渚! 破廉恥です! もう少し淑女たる自覚を持ちなさい!」
そう声を張り上げたのは、学級委員長の桐生凛花だ。眉をひそめ、眼鏡の奥の瞳を釣り上げているものの、その顔はどことなく赤みがしている。
「えー? 凛花こそ、そんなカチッとした制服着てるから暑いんだよ? ほら、ちょっと緩めなよ〜」
「ひゃあっ!? な、何をするのですか、胸元を引っ張らないで……っ!」
「うわ、凛花ってば下着まで白の清楚系? ウブすぎて可愛〜!」
「い、言わせないでくださいバカっ!」
からかわれて顔を真っ赤にする凛花の横では、運動部勢がさらに無防備な光景を広げていた。
「ふはぁ〜……部活終わりのアイス最高……」
水泳部の橘ほのか(たちばな ほのか)が、汗でじんわりと肌に張り付いたブラウスのボタンを上から二つほど外したまま、ポカリとアイスを口に咥えている。あまりの密着度合いに、薄っすらと下着のラインが透けてしまっていた。
「ほのか、透けてる。透けてるってば」
「え? 葵ちゃん、女子しかいないんだから減るもんじゃないし、平気平気〜」
隣の陸上部・坂本葵が苦笑しながら指摘するが、ほのかはどこ吹く風。当の葵も「暑い〜」と言って体操服の裾を持ち上げ、お腹を丸出しにして風をあてている。
教室の隅では、文学少女の秘黙まひろ(ひむら まひろ)が、メガネを光らせながら恐ろしい速度でシャープペンシルを走らせていた。
(……委員長とギャルの禁断のスキンシップ……そして運動部女子たちの汗ばむ肌の交わり……くっ、最高のシチュエーション……妄想が止まらない……!)
「まひろちゃん、また怪しいノート書いてるの〜?」
「ひぃっ!? む、むぎちゃん!?」
居眠りから覚めたばかりの羊原むぎ(ひつじはら むぎ)が、肩紐を片方落としたゆるゆるの制服姿で覗き込んできて、まひろはあわててノートを伏せた。
女子校の日常。
それは、危険なほどに無防備で、無自覚なフェロモンが充満する密室。
「みんなー! 科学部の神崎さんから『絶対に汗をかかなくなる特製ローション』もらったから試してみない〜!?」
サブカル女子の小早川恋奈が、怪しげなピンク色のビンを掲げて教室に飛び込んできた。
この小さな事件が、2年B組のさらに理性を狂わせる「長い一日」の始まりになるとは、この時の凛花たちは知る由もなかった——。
「ちょっ、恋奈! どこから持ってきたんですかその怪しい液体は!?」
飛び込んできた恋奈の手元を見て、委員長の凛花はすぐさま叫んだ。しかし、時すでに遅し。
「えー、だって『塗るだけでスーッとして、汗も引いてお肌モチモチになる』って神崎さんが……きゃっ!?」
恋奈が瓶の蓋を開けた瞬間、つるりと手から滑り落ちた。
ピンク色の液体は床にぶちまけられ、一瞬にして甘く芳醇な、どこかクラクラするような香りが教室中に広がっていく。
「うわっ、なにこれ……なんか、すごく甘い匂い……」
「ん……っ、なんだか、急に体が熱くなってきちゃったかも……」
渚が喉元をさすりながら、とろんとした目で息を吐く。
それもそのはず。科学部の神崎が作ったのは「汗を抑えるローション」などではなく、「皮膚から吸収されると理性を麻痺させ、スキンシップへの抵抗感を無くす特製フェロモネクター」だったのだ。
「あ、あわわわ……神崎さんの嘘つきー!」
「れ、恋奈……あなた責任取りなさいっ……って、きゃあ!?」
怒ろうとした凛花だったが、後ろからガシッと抱きつかれた。
見返すと、いつもはクールな渚が、上気した顔で凛花の首筋に顔をうずめている。
「ちょっと渚!? なにやって……っ、んんっ、耳元で息かけないで……っ!」
「だってぇ……凛花、なんかすっごい良い匂いするし、肌スベスベなんだもん……ちょっと触らせてよ〜」
「ダメです! 離れ……あ、そこはっ、敏感だからダメぇ……!」
厳格な委員長の悲鳴(?)が教室に響き渡る。
しかし、パニックに陥ったのは彼女たちだけではなかった。
「ほ、ほのかちゃん……? なんでそんなに寄ってくるの……?」
「あおいちゃん……なんか、すごくドキドキする……抱きしめてもいい……?」
水泳部のほのかが、汗で濡れたブラウス姿のまま陸上部の葵にのしかかる。
豊満な胸元がダイレクトに押し付けられ、葵は真っ赤になりながら「あ、ダメ、そこ当たってるからっ!」と必死に抵抗するが、力が抜け始めて押し切られてしまう。
「ひやあぁぁぁっ! 最高のロケーション! 妄想が現実に……っ!」
教室の隅では、まひろが鼻血を拭いながら猛烈な勢いでノートにペンを走らせていた。が、そのまひろにも魔の手が迫る。
「まひろちゃ〜ん……むぎ、なんだかフワフワする〜……おひざ貸してぇ……」
「む、むむむむぎちゃん!? スカートめくれてる! めくれてるからぁっ!」
ゆるゆるの制服をはだけさせたむぎが膝上に倒れ込んできて、まひろの脳内キャパシティは限界を迎えて崩壊した。
さらに教室のドアが勢いよく開く。
「な、何事ですか! 教室から破廉恥な匂いが充満して……って、な、なんですこの状況はー!?」
飛び込んできた風紀委員の茜だったが、床に溜まった液体を踏んで盛大に転倒。
運悪く、そこに居合わせた演劇部の「王子様」こと薫の胸の中に飛び込む形になってしまった。
「おっと……危ないよ、子猫ちゃん」
「ひゃああっ!? か、薫様……っ!?(顔が近い顔が近い顔が近いっ!)」
「ふふ、そんなに赤くなって……可愛いね。でも、僕の腕の中でそんな顔をされたら、理性が保てなくなってしまうな」
「〜〜〜〜っ!??(風紀委員失格です!!)」
教室のあちこちで巻き起こる、無自覚と誘惑の乱闘劇。
ドアの隙間からは、スマホを構えた桃井ちかがニヤニヤしながら撮影を始めていた。
「いや〜、今日の『2Bカップリング相関図』は神回確定だねぇ……♪」
「み、みんな正気を保ちなさい!! 風紀を、クラスの風紀を守るのですーっ!!」
凛花の叫び声も虚しく、甘い香りに包まれた2年B組の「ちょっとえっちでカオスな一日」は、まだ始まったばかりだった——。
「――ふぅ、ふぅ……っ、渚、いい加減にしなさい! これ以上はっ……ほんとに風紀が死にますっ!」
凛花は真っ赤な顔で必死に渚の頭を押し返すが、フェロモンローションの毒気に当てられた渚は「えー、凛花のおっぱい柔らかくて気持ちいいのに〜」と全く退く気配がない。どころか、すりすりと首筋に頬を寄せてくる。
「っひぁ!? ほ、ほらっ、科学部の神崎さんを探して解毒剤を作らせないと!! 誰か動ける人はいませんかー!?」
絶叫する委員長の叫びに、辛うじて正気を保っていた(?)二人が反応した。
「解毒剤……! そうだ、神崎特製の怪しい液体なら、科学部室に『無効化スプレー』みたいなのがあるはず……っ!」
「あ、葵ちゃん……行っちゃうの……? 一緒にいようよぉ……」
「待ってほのか、しがみつかないで! 股ぐらにしがみつかないでぇぇッ!」
水泳部のほのかに足首をがっちりホールドされた陸上部の葵と、胸元に飛び込んできた風紀委員・茜を抱きかかえたまま「おや、僕と一緒に科学部室へデイトかな?」と無駄にイケメン顔を決めている演劇部の薫だ。
「薫様、カッコつけてる場合じゃないです! 早く葵さんを助けて科学部室へ……あっ、んっ、動くとスカートが破れちゃいますぅ!」
「大丈夫、僕の上着を羽織るといい。……ふっ、君のそんな無防備な姿、他の誰にも見せたくないな」
「〜〜〜ッ!!(この人、この状況でなんでそんな台詞が出てくるのー!?)」
カオスを極める教室の中、逃走を図ろうとする人物がひとり。
「(ヤバいヤバい、これは完全に事故! 科学部に殴り込みに行って責任取らせなきゃ……!)」
冷や汗を流しながら、こっそりリアドアから脱出を試みる責任者の恋奈。
しかし、その前に「どっしりとした影」が立ちふさがった。
「恋奈ちゃ〜ん……どこ行くの〜?」
「ひぇっ!? お、お母さん……じゃなくて大野さん!?」
料理部のお母さんキャラ・大野恵美だった。
普段は穏やかな彼女だが、ローションの効果で「母性フェロモン」が暴走。とろんとした目で恋奈を抱え上げると、圧倒的なボリュームのマシュマロバストでその顔をむぎゅっと埋め尽くした。
「はいはい、いたずらっ子にはおしおきのハグだよ〜。よしよし、甘えていいんだからね〜」
「んぐっ!? んーっ!(息がっ! 息ができない! 柔らかいけど窒息するーっ!)」
「ふふふ……あははははっ! 素晴らしい……なんと尊い空間……! 委員長の受難! 王子の抱擁! お母さんの包容力圧迫死! 全てが最高の素材……ッ!」
教室の隅では、膝上で「すやすや……」と無防備に下着を覗かせながら眠るむぎを膝枕しつつ、まひろが鼻血を撒き散らして神の領域の速度で執筆を続けている。
「まひろちゃん、鼻血が出てるよ〜……拭いてあげるね〜」
「触らないでむぎちゃん! 今すごく良いシーン書いてるから! 創世記が生まれてるからぁッ!」
カオス、まさに百花繚乱の地獄絵図(極楽)。
そんな中、廊下からカツカツと足音が近づいてくる。
「ちょっと2B! 隣のクラスまで甘い匂いが漂って……って、何やってるのよアンタたちーーーっ!?」
ドアを勢いよく開けたのは、白衣を着たトラブルメーカー本人、科学部の神崎詩織だった。
手には「試作品・フェロモンキャンディ」の袋を持っている。
教室の惨状を目にした神崎は、数秒固まったあと――ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「……なるほど。『失敗作』だと思って捨てたローション、こんな劇的な効果があったのね。ふふ、最高のデータが取れそうだわ……♪」
「神崎ぃぃぃーーーッ!! データ取ってないで今すぐ消臭剤を撒きなさーい!!」
委員長・凛花の悲鳴にも似た怒号が、初夏の青空へと響き渡るのであった――。
「ちょっと神崎ぃぃぃ! 観察してないで助けなさいよーッ!」
凛花の絶叫が響く中、神崎は眼鏡の位置をクイッと直すと、ポケットからカチカチと怪しげなスプレー缶を取り出した。
「ふむ、安心しなさい学級委員長。この『試作型・消臭中和スプレー』を使えば、ローションの成分は一瞬で無効化されるわ」
「な、なら早くそれを……っ!」
「ただし」
神崎は不敵な笑みを浮かべる。
「このスプレー、有効射程がわずか30センチなの。つまり、私が部屋全員に近づいて至近距離から噴射して回る必要があるわ」
「……は?」
「そして現在の2年B組は、理性を失った肉食獣(女子高校生)たちが蠢くサファリパーク……。丸腰の私が飛び込めば、一瞬で彼女たちの毒気に当てられてミイラ取りがミイラになるのは明白よ」
神崎は白衣のポケットから、予備の白衣を取り出して葵と凛花に投げつけた。
「だから……あなたたち正気度の高いメンバーで『レスキュー隊』を結成し、クラスメイトを一人ずつ正気に戻していくのよ!」
こうして結成された「2B風紀奪還レスキュー隊」。
メンバーは、未だに渚にしがみつかれている委員長・凛花、ほのかを必死に引きはがそうとしている陸上部・葵、そして薫の腕の中で顔を真っ赤にしている風紀委員・茜の3名だ。
【ミッション1:暴走する母性の攻略】
「まずはあそこね! 恋奈を抱きつぶそうとしている大野さんを救出するわよ!」
葵が腕をぐるぐると回して気合を入れる。しかし、大野恵美の「母性フェロモン」は最強の防壁を誇っていた。
「あら〜、葵ちゃんも甘えにきたの〜? おいで〜」
「くっ……! なんという包容力……! 吸い寄せられる……っ!」
「葵さんダメです! 毒気(母性)に呑まれないでください!」
凛花が叫ぶが、葵の足はすでにおぼつかない。
その時、絶体絶命の恋奈(窒息寸前)が最後の力を振り絞って叫んだ。
「お……お母さん……! 今日の晩ごはん、ハンバーグが良いな……!」
「えっ!? ハンバーグ!? じゃあ早く材料買いに行かなきゃ!!」
料理部の本能がフェロモンを打ち破った!
一瞬の隙を見逃さず、茜がすかさず神崎の中和スプレーを大野の顔面に噴射する。
シュッ――!
「はっ……!? 私、なにを……? 恋奈ちゃん、なんでそんなに息絶え絶えなの!?」
「たす……かった……(ガクッ)」
まずは1人救出!
【ミッション2:最凶のオタク&居眠りタッグ】
「次はあそこの隅……まひろちゃんとむぎちゃんだわ!」
教室の隅では、むぎを膝に乗せたまま、神の領域でペンを動かし続けるまひろの姿があった。
「ふははは! 見える……見えるぞ! 委員長とギャルの尊い概念が……っ! 誰にも私の筆は止められない!」
「まひろちゃん、正気に戻りなさい!」
凛花が近づこうとするが、まひろの全身から放たれる「カップリング妄想オーラ」が凄まじく、近づくだけで脳内に過激な百合シチュエーションが直接流れ込んでくる。
「くっ……頭に……渚との怪しいシーンが浮かんできて……顔が熱い……ッ!」
「凛花、諦めて私とひとつになろ〜?」
「渚! ドサクサに紛れて抱きつかないで!!」
苦戦する凛花たち。しかし、ここで思わぬ救世主が現れた。
膝の上で寝ていたむぎが、むくりと起き上がったのだ。
「ん〜……まひろちゃん、うるさくて眠れない〜……」
「ひゃうん!?」
むぎがうとうとしながらまひろの首筋に顔を埋め、甘噛み(?)をした瞬間、まひろのペンがピタリと止まった。
「あ……あわ……あわわわわ……む、むむむむぎちゃんが……私に……ッ!?」
(キャパオーバーにより尊死・気絶)
「今です、茜さん!」
シュッ――!
むぎとまひろの中和完了!
【クライマックス:ラストボス・学級委員長(?)】
順調にクラスメイトたちを正気に戻していき、ついに残るは凛花にしがみつく渚と、薫に抱きかかえられている茜(※スプレーをかける役に集中して自分にかけるのを忘れていた)の2人のみとなった。
「ふぅ……これで最後ですね。渚、観念しなさい!」
凛花が渚の顔にスプレーを向けたその時――
「……えー? 凛花、私を元に戻しちゃうの?」
渚が急に真顔になり、とろんとした瞳で凛花をじっと見つめた。
いつもは派手でからかってばかりのギャルが、至近距離で見せる儚げな表情。
「私ね、このローションのせいだけじゃないんだよ? 普段から……凛花のこと、ちょっと可愛いなって思ってたから……さ」
「えっ……? あ、あの……渚……?」
耳元で囁かれた本気(?)の告白に、超ウブな凛花の思考回路は完全に停止した。
顔がトマトのように真っ赤になり、手に持っていたスプレーをボタリと落としてしまう。
「あ……あの……私……そんなこと言われたら……っ」
「ふふ、引っかかった〜♪ 隙ありっ!」
パチッ(凛花のブラウスのボタンを外す音)
「きゃああああああっ!? 嘘つきー! やっぱりローションのせいじゃないですかーっ!」
「あははは! 凛花ウブすぎて最高〜!」
最後まで弄ばれる委員長・凛花の悲鳴が響き渡り、神崎の力によって無事に2年B組に平和が戻ったのであった――。




