母からの最終メッセージ
母から最後のメッセージが届いたのは、
葬儀の前日の夜だった。
スマホが震え、画面に表示された名前を見て、
私は一瞬、思考が止まった。
――母。
「……え?」
母は、三日前に亡くなっている。
病室で、私の手を握ったまま。
震える指で、メッセージを開いた。
ごめんね
これが最後になると思う
胸が、ぎゅっと縮む。
あなたに、言わなきゃいけないことがあるの
「……今さら?」
そう思いながらも、
続きを読まずにはいられなかった。
私は、ずっと嘘をついていました
あなたのためだと思ってた
でも、本当は私が怖かっただけ
頭に浮かぶのは、
病室での母の顔。
あのとき、母は何か言いたそうにしていた。
でも、結局、言葉にはならなかった。
あの日のこと
覚えてる?
あなたが、
「行ってきます」って言った日
心臓が、嫌な音を立てる。
「……どの日?」
そんな日、いくらでもある。
雨が降ってた
靴が濡れるのを、すごく気にしてた
思い出した。
高校一年の春。
部活の朝練で、早く家を出た日。
私、あなたを引き止めようとした
でも、できなかった
代わりに
「気をつけて」って言った
喉が、ひりつく。
本当は、
行かせちゃいけなかった
あのとき、
家にいさせるべきだった
「……何の話?」
事故?
事件?
でも、そんな出来事、記憶にない。
それなのに、
あなたは帰ってきた
びしょ濡れで
何も言わずに
頭が、追いつかない。
私は、その日、普通に帰宅したはずだ。
私は、
見なかったことにした
見たら、
認めなきゃいけなくなるから
手が、冷たくなる。
だから
何も聞かなかった
その日から
あなたは少しずつ、変わっていった
鏡に映らなくなったこと
写真で端に写らなくなったこと
私だけが、
気づいてた
呼吸が、浅くなる。
でも、
それでもあなたは
私の子だったから
名前を呼んで
ご飯を作って
誕生日を祝った
そうすれば
ちゃんと“いる”ままでいられると思った
最後のメッセージに、
既読がついた。
その直後、
もう一通、届いた。
でもね
もう、時間なの
私がいなくなったら
あなたを
ここに繋ぎ止める人がいなくなる
だから
最後に、伝えます
画面を、強く握りしめる。
おかえりなさい
そして
さようなら
その瞬間、
背後で、病室のカーテンが揺れた気がした。
私は、母のスマホを見た。
送信時刻。
――死亡確認時刻の、二分後。
翌日、葬儀は滞りなく終わった。
誰も、
私の隣に席を用意していなかった。
母の遺影の前で、
親戚が小声で話している。
「……あの人、最後まで一人だったわね」
「子ども、いなかったんでしょ?」
私は、声をかけなかった。
かけても、
誰にも聞こえないと、もう分かっていたから。
母からの最終メッセージ。
あれは、
私を引き止めるための言葉じゃない。
――ちゃんと、送るための言葉だった。
今なら、分かる。
あの日、
雨の中で帰ってきた“私”は、
本当は、
もう帰ってきてはいけなかったのだ。
だから母は、
最後にもう一度だけ、言ってくれた。
「おかえり」と。
そして、
二度と迷わないように。




