第10話
久しぶりに、母と会った。休日の昼、外でご飯を食べるだけの、何でもない約束だった。
仕事の話をすると、言葉が止まらなくなった。仕事量が多いこと。毎日残業で、家に帰るころには何も残っていないこと。転職も、少し考えていること。聞いてくれる人がいるだけで、少し楽になる気がした。
でも、途中で空気が変わった。母の声が、急に真面目になる。この先どうするつもりなのか。やりたいことは見つかっているのか。今の仕事を辞めて、ちゃんとやっていけるのか。
答えようとして、言葉に詰まる。分からない。分からないから、苦しいのに。
心配してくれていることはわかってる。でも悩んでる事に思いっきり踏み込まれると苦しくなる。
さらに、母は続けた。年も年だし、この先のことを考えると不安で。一緒に住むことを提案された。
高齢になると賃貸は契約しにくいから、私が契約者になって一緒に住もうという事だった。
そこから続けて出た言葉。
「仕事してないと賃貸借りれないでしょ?だから仕事辞めるなら新しいところに入社してないと。」
私の意見は、聞かれていなかった。前提は、もう決まっているみたいだった。
頭の奥が、ざわつく。小さい頃、母はいつも忙しかった。話を聞いてもらった記憶も、頼れた記憶も、ほとんどない。それなのに今になって、当然みたいに私に寄りかかろうとする。姉だって2人いる。
なんで。どうして、私なの。
気づいたら、声が少し強くなっていた。そんな簡単に決めないで、と。私の人生なのに、と。
母も黙らなかった。お互い、引くに引けなくなって、言葉だけが鋭くなる。食事は、味がしなくなっていた。
店を出たあと、胸の奥に、重たいものだけが残った。逃げ場がない。そう感じた瞬間だった。




