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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

紅魔と十六夜 ―When The Moon Turns―

掲載日:2025/12/31

はじめに

 この作品は東方Projectの二次創作小説です。一部原作改変や、解釈違いがあるかもしれません。それをご理解のうえでお読みください。

それでは、レミリアと咲夜の出会いの物語を楽しんでいってください。


プロローグ 朔

 ここは幻想郷――人と妖怪が共に生きる世界。「妖怪の山」の麓、「霧の湖」のほとりに、紅色を基調とした西洋館が静かに佇んでいる。大きな時計台を備えたその館は、周囲の豊かな自然に囲まれながらも、敷地内だけは妙に陰鬱で妖艶な空気を漂わせていた。まるで世界から浮き上がっているかのように。こんな不気味な館に住んでいる者は、さも恐ろしい妖怪が異変を起こそうと企んでいるのではないかと思える。だが、全くそんなことはなく、紅魔館の住人はいつものように庭でティータイムを嗜んでいた。

 「今夜は暗いわね。手元がよく見えないわ。咲夜、灯りをつけて頂戴。」

そう命じたのは、吸血鬼にして紅魔館の主---レミリア・スカーレット。

「はい。すぐに。」

応じたのは、完全で瀟洒な従者---十六夜咲夜。人間でありながら、レミリアの従者として絶対的な信頼を得ている紅魔館のメイド長だ。人間と妖怪の主従関係――それは異質でありつつも、この幻想郷では自然な在り方かもしれない。彼女は一瞬動いたかと思うと、最初から持っていたかのようにランタンを取り出し、無駄のない所作で炎を灯した。

「ありがとう。月が出ていなければ星が輝いたはずなのに……曇っていて何も見えないわね。」

レミリアが半ば不満げに呟くと、咲夜は不敵な笑みを浮かべ、冗談めかして言った。

「あの邪魔な雲を消してきましょうか?」

だがその顔は、許可されれば本当にやりかねない気配を帯びていた。

「結構よ。勝手なことをすれば、また霊夢にどやされるでしょうし。」

「左様ですか。」

咲夜はほんの少し落ちたトーンで返した。レミリアは、「やりたかったのかしら?」と思いながら紅茶をすすった。普段は月の明るい夜に庭でお茶するが、今夜は新月。しかも曇天で星も見えず、手元すら怪しい始末だ。気まぐれな選択をしばし後悔して、レミリアは紅茶を飲み干し、カップを静かに卓上へ置いた。

「パチェもいないし、もう飽きたわ。咲夜、中に入りましょう。」

「かしこまりました。」

するとまた、最初から何もなかったかのように食器類は瞬く間に消え、卓上は輝いていた。咲夜はすでに玄関前におり、静かにドアを開けて微笑む。

「中へどうぞ。お嬢様。」

レミリアも微笑を浮かべ、ゆっくりと館の中へ入っていった。

 その頃、館の奥の図書館では、一人の少女が読書に没頭していた。

彼女はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いにして紅魔館の知識。レミリアとは旧友であり、互いを「パチェ」「レミィ」と呼び合うほどの仲だ。

二人はよく一緒にお茶していたが、今夜は新月で暗く、本が読みにくいという理由でパチュリーは断った。すると、廊下から足音が近づいてくる。パチュリーは足音に気づいていたが、視線を上げることもなく読書を続けた。足音は図書館の前で止まり、軋みとともに扉が開いた。

「パチェ。お茶会は終わったわ。暗いこと以外はいつもと変わらなかったわ。」

「でしょうね。」

パチュリーは本から目を離さず、素っ気なく答える。

「どうせレミィも結果は分かっていたのでしょう。」

レミリアは「まあね」と苦笑し、

「でも、やってみないとわからないわ。それに、無駄を楽しんでこその人生よ。」

レミリアが得意げに言うと、パチュリーは鼻で笑った。

「そういえば、咲夜は?」

「新しい紅茶を入れてもらっているわ。」

「そう。」

沈黙が流れる。パチュリーは相も変わらず読書を続けている。だが、レミリアは眉をひそめて頬杖をつき、退屈そうに視線を漂わせていた。

「退屈だわ……。ねぇパチェ、何か面白い話を聞かせて頂戴。」

パチュリーは目線を上げ、眉をわずかに寄せてから、「いつものことね」と言わんばかりに軽くため息をついた。

「レミィは忘れているかもしれないけど、今日は咲夜が従者になってから、ちょうど十年目よ。」

「あら、そうなの?時が経つのは早いわね。」

「レミィが忘れっぽいだけじゃない?」

「永く生きていると、細かい事は覚えていられないのよ。」

「私はほとんど覚えているわ」

「パチェは人間図書館だから、例外に決まっているでしょう。」

二人はくすくすと笑った。レミリアはふと遠い目をして呟く。

「そう……もう十年か。本当にあっという間ね。時が消えたようだわ。」

「変化も慣れてしまえば日常よ。そこからはもう、一瞬。」

「ええ。だからこそ、あの夜はよく覚えているわ。光景も音も、今なお鮮やかに蘇るの。」

――そう、永い人生の中でも、決して忘れることのない記憶。それは、咲夜と出会ったあの日。あの夜も、今日と同じ新月の闇に包まれていた。



1章 黄昏の街

 十年前、ヨーロッパ東部の住宅街。石畳の道には、買い物袋を抱えた者、犬を連れた者、黙々と歩く者が行き交っていた。穏やかな街並みに、ただ一人、異質な影が混じっていた。――初月明日翔うずきあすかである。

彼女は鞄を背負い、重いマントを羽織り、深くフードをかぶっていた。その姿は旅人のようでありながら、どこか人々の視線を拒むような気配を漂わせていた。彼女の正体は悪魔祓い。祈りではなく、血肉を持つ悪魔や妖獣を刃で祓うものである。まだ吸血鬼を狩ったことはない。だが、力の衰えた相手なら問題ない――そう確信していた。 情報を求めて入ったレストランで、彼女は噂を耳にした。山脈近くの渓谷にある廃館。そこに悪魔が潜んでいるという。人影が飛ぶように館へ入っていくのを見た者がいる。肝試しに訪れた若者は、生気を失い、数日後に命を落とした。今では立ち入り禁止となり、誰も近づかない。

「廃館……そこに潜んでいるのね。」

今夜は新月。闇は深く、光は差さない。

「闇が深い……好都合だわ。」

明日翔は、今夜のために準備を始めた。

 


2章 夕闇の銀

 明日翔は暗い宿の一室で、粛々と支度を進めていた。銀のナイフを研ぎ、鎖の強度を確かめ、銃の手入れを施す。やがて懐中時計を一瞥し、ポケットへ収める。

「……時間ね。」

彼女は武器をまとい、音もなく部屋を後にした。

 明日翔は廃館の門前で立ち止まった。

「さて、拝見といきましょうか。」

「貴方、何をしているの?」

明日翔は咄嗟に後退り、迎撃態勢に入った。

「気づかなかった……いつの間に?」

背筋に冷たいものが走った。声をかけてきた者は小さな少女で、音もなく横に立ち、無邪気に微笑んでいる。

「もしかしてお客さん?珍しいわね。」

一見、気品ある令嬢。しかし、こんな時間に少女が一人で出歩くはずがない。ましてや立ち入り禁止の廃館に。

「貴方はここに住んでいるの?」

「そうよ。」

「こんな廃館に?」

「廃館とは失礼ね。立派な私の屋敷よ。」

沈黙が落ちる。少女は不気味な笑みを浮かべ、手招きした。

「立ち話もなんだし、さあ、中へどうぞ。」

明日翔は警戒を緩めず、従うことにした。門は軋みを上げながら閉じ、夜の帳が降りた。



3章 深夜の紅魔館

 「なっ……廃館じゃなかったの?」

門を抜けると、そこには紅色の立派な館が佇んでいた。外から見た時は確かに廃館だったはずなのに。

「だから言ったでしょう。さあ、中を案内するわ。」

得体の知れない存在に、明日翔は一瞬身の毛がよだつのを感じた。しかし、この茶番にもう少し付き合うことにした。

屋敷内は上品でありながら、確かに人が暮らしている温度があった。

「どうやら本当に住んでいるようね。」

「どう?気に入ったかしら?」

「ええ、とても上品で、豪華ね。」

「そう、嬉しいわ。紅茶でも飲みながらお話したいところだけど、生憎うちにはメイドがいないのよね。インスタントでもいいかしら?」

「お構いなく。」

少女はテーブルにカップを置き、インスタントのティーバッグを入れて湯を注ぐ。

「さあ、座ってお話しましょう。」

明日翔はゆっくり椅子に腰を下ろした。それを確認して少女も座る。

「自己紹介がまだだったわね。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主よ。」

「私は初月明日翔。しがない旅人よ。」

「初月明日翔……貴方は日本人?」

「ええ、そうよ。」

「なぜこの地に?」

「まあ……ちょっと野暮用でね。」

「じゃあ、なぜこの館を訪れたの?」

「ただ通りかかっただけよ。」

「ふーん、そうなの。」

レミリアは含みのある笑みを浮かべた。

「じゃあ、日本のことを話してよ。」

「いいわよ。寿司は知っているかしら?--生魚の切り身を酢飯の上に乗せて食べる料理なの。」

「知っているわ。食べたことはないけど、美味しいの?」

「ええ、とても美味しいわよ。」

「そうなの。日本はいつか行ってみたいと思って…」

「ところで……いつまでこの茶番を続けるのかしら?」

「え?」

レミリアは目を丸くした。

「貴方も気付いているのでしょう?私がただの旅人ではないことを。」

レミリアがほくそ笑むと、明日翔はマントの中から銃を抜き、即座に引き金を引いた。

「銃で私を殺そうだなんて……野蛮ねえ。」

レミリアは銃弾を素手で止めていた。

「まあ、こんなおもちゃじゃ殺れないわよね。」

「そんなに焦らないで、楽しくお話ししましょうよ。」

「……私はもう飽きたわ。」

明日翔は懐中時計を取出す。針が止まった瞬間、彼女以外の全てが凍りついた。

「私は時間を支配する。そして、止まった時間の中では、何人たりとも逃れられない。」

四方八方から無数のナイフが放たれる。だが、レミリアに届く直前で空中に静止した。再び懐中時計を掲げると、針が動き出す。

「時は動き出す。」

次の瞬間、ナイフは一斉に突き刺さり、レミリアは血だまりの中に崩れ落ちた。

「案外あっけなかったわね……それほど衰えていたのかしら?」

明日翔が背を向けかけた、その時。

「銀のナイフ……吸血鬼を殺すための武器。並の吸血鬼なら死んでいたでしょうね。でも、私の命には届かないわね」

「チッ……化け物が。」

レミリアは何事もなかったかのように立ち上がった。傷は瞬く間に塞がり、血に染まった姿は悪魔そのものだった。

「貴方も大概でしょう?その能力。人間離れしているわ。どこで覚えたの?」

「さあね。いつから使えるのか、なぜ使えるのかも知らないわ。きっと貴方みたいな悪魔

を殺すために賜ったのよ。」

「そう。とても運命的ね。」

「運命……貴方のそれは、完全でもなければ、瀟洒でもない。下賤なヴァンパイアハンターに殺される運命(さだめ)よ」

レミリアは鼻で笑った。

「運命は自ら切り開くものよ。」

明日翔はナイフを数本投げる。レミリアは手を振るだけで、全てを弾き飛ばした。

「手品はもうおしまい?私をもっと楽しませてよ。」

「お望み通りに。」

「『幻世 ザ・ワールド』‼」

時は止まる。明日翔は鎖を投げ、レミリアの体を絡め取った。逆の手で、数十本のナイフを放つ。

「時は動き出す。」

ナイフが一斉に突き刺さる。だがレミリアは余裕の笑みを浮かべた。

「私を拘束したって無駄よ。こんなもの、いくら刺さろうと痛くも痒くもないわ。」

「でしょうね。」

刃を投げる手は止まらない。その同じ手で銃に銀弾を滑り込ませた。常人ならば到底不可能な二重の動作。引き金が鳴り、弾丸は左胸を撃ち抜き、レミリアの口から鮮血が溢れた。

「ッ……!」

「あら?効いたようね。やはり弱点は心臓。」

「よく調べたものね……」

それでもレミリアの表情には余裕が残っていた。

「次は確実に撃ち抜くわよ。」

「『幻世 ザ・ワールド』‼」

狙いを定め、引き金を引く。

「時は動き出す。」

銀弾は心臓を狙い撃ち、確かに命中した。レミリアはまた血を吐き、鎖がわずかに緩んだ。

「今度は確実に仕留めたはず。」

だが鎖は再び張り詰め、金属音が響いた。

「ッ!まだ生きてるの⁉」

鎖が震え、明日翔の腕を強烈に引き込む。

「引きちぎるつもり?無駄よ。」

余裕を見せた明日翔の言葉を嘲笑うかのように、鎖はさらに強く引かれた。体ごと持っていかれ、足が宙に浮く。

「くッ!」

次の瞬間、壁に叩きつけられる。肺が潰れるような衝撃に、息が詰まった。胸の奥に、嫌なざわめきが走った。

「なんてパワー……どこにそんな筋肉が詰まってるのよ。」

レミリアは鎖を解き、口元に笑みを浮かべる。

「あらかじめ懐にコウモリを忍ばせておいてよかったわ。刺されてばかりじゃつまらないし、そろそろ反撃といこうかしら。」

彼女の手から深紅のエネルギー状の槍が生まれる。

「ハッ……私に攻撃が当たると思ってるの?だとしたら、かなりおつむが弱いのね。」

明日翔は煽るが、レミリアは嘲笑で返す。

「貴方が時を止める前に攻撃すればいいだけよ。」

「『神槍 スピアザグングニル』‼」

槍が空を裂き、鋭い風切り音が耳を打った。「ザ・ワールド‼」

「……確かに速いけど、私には止まって見えるわ。」

明日翔は数歩横にずれ、余裕の笑みを浮かべる。だが――槍は直進するかと思いきや、矛先をねじ曲げて追尾してきた。

「ッ!」

予想外の動きに、明日翔は咄嗟に体を捻り、紙一重で躱す。槍は背後を通り抜け、鋭い風を残してレミリアの手元へ戻っていった。

「なるほど……追尾機能ね。さっきの発言はブラフだったのね。」

「ふふ、まだまだ行くわよ。」

レミリアは再び槍を生み出し、二本同時に投げ放つ。空気が裂ける轟音。二条の紅い閃光が蛇のような軌跡を描き、明日翔を追い詰める。明日翔は身を捻り、足を滑らせるようにして躱す。頬をかすめる風圧に、冷たい汗が滲んだ。

「あら、時間は止めないの?」

「どうせ追ってくるなら、ギリギリで躱すほうが安全だわ。」

言葉に嘘はない。だが、彼女が時間を止めないのは、能力の限界ゆえだった。

 『幻世 ザ・ワールド』には制約がある。

1.時止めは最大十五秒まで(疲労などで短くなる)。

2.連続使用はできず、クールタイムが必要。

3.明日翔の身体に触れている物は止まらない。


 明日翔は槍を躱しながら、思慮を巡らせていた。

「飛び道具は効果が薄い。ナイフのストックも残りわずか。厄介な槍……やはり、この手で直接刺すしかない。だが、あの悪魔に接近するのは危険すぎる。即死させなければ、私が死ぬ……」

胸の奥で冷たい汗が流れる。

思考は迷いを繰り返し、やがて一点に収束した。

――苦悩の末、彼女は意を決した。

 「どうしたの?避けてるだけじゃ私は倒せないわよ?」

レミリアの煽りが響く。明日翔は深く息を吸い、静かに吐き出した。そして、懐中時計を取り出す。

「『幻世 ザ・ワールド』‼」

時が止まる。明日翔は残されたナイフをすべて手に取り、四方八方へ投げ放った。銀の閃光が静止した世界に散り、レミリアを包囲する。

そして――運命の時は再び動き出す。

 


4章 未明の決着

 「ふん、最初と何も変わっていないじゃない。」

レミリアは嘲笑し、飛来する刃を軽々と払い落とす。だがその瞬間、背後から鋭い衝撃が走る。――ナイフが心臓を貫いていた。

「なっ⁈」

「投げたナイフは囮よ。」

「貴方自身もナイフに刺されているじゃない。」

「それくらいの危険を冒さなければ、貴方には勝てなかった。これで終わりよ。」

「そう……お見事ね。でも惜しいわ。」

「え?」

その時、先に投げられていた深紅の槍が、明日翔の右足を貫いた。

「くッ!」

痛みに耐えながら、明日翔は即座に右手へナイフを持ち替え、なおも追撃を試みた。だが、深紅の閃光が明日翔の右腕を吹き飛ばした。明日翔は右腕を抱え、膝をつく。

「なぜ?確かに心臓を貫いた感触があった。」

「自分の弱点くらい、理解しているつもりよ。貴方が刺したのはデコイ。本物は右胸にあるわ。」

「なっ!……そんな……」

その瞬間、さらに二本の槍が左足と横腹を貫いた。

「あああああああ‼クソッ……私は……こんなところで……」

絶望が明日翔を覆う。武器は尽き、歩くことすらままならない。

「そうねぇ……貴方、私の従者になりなさい。これは契約よ。ならないなら殺すわ」

「なっ⁉なるわけないでしょ。お前を……殺らなくちゃ……」

「なぜそうまでするの?貴方を縛るものは何?」

「それが……私の……使命だから……」

「その使命は誰が定めたの?」

「だ……誰って……」

その時、心の奥深くに鎖で固く縛っていた明日翔の記憶が蘇った。


「なん……しい……魔の子……」

「……づくな……怪が!」

「お……能力は……のため……え。」

「……めて……お……さん……おね……い……」

「たくさ……せば……っと、……てくれ……」


「うっ、うぅ……わ、私には……悪魔を……殺す以外の……価値なんて……」

明日翔は頭を抱え、独り言を呟く。

「くだらない。他人が決めた価値でしか自分を肯定できないなんて。」

「でも、私にはそれしか……」

「だから私が貴方に意味を与えると言ってるのよ。」

「お前が……私に?そんなのどうせ、この能力が欲しいんでしょ……」

「確かに強力だけど、所詮はただの人間。私の脅威じゃないわ。それよりもあのナイフ捌きの器用さ。メイドにぴったりだわ。」

「メイド?ふっ、あははははははは――分かった……なる……わ。」

出血で目の前が霞み、明日翔は地に伏した。

「あら、やりすぎたかしら?人間は脆くて手加減が難しいわね。――パチェ!」

レミリアに呼ばれ、人影が近づいてきた。

「はいはい、わかってるわよ。」

遠のく意識の中、明日翔は二人の声をかすかに聞き取った。――もう言葉の意味さえ曖昧に溶けていく。



5章 暁

 紅魔館の一室で、明日翔は目を覚ました。

「私……生きている?」

「ここは……どこ?」

気だるい体を起こし、周囲を見渡す。そこにはベッドと簡素な鏡台しかなかった。

「ただの寝室……のようね。」

明日翔は足をベッドから下ろす。床に触れた瞬間、鈍い痺れが広がった。

「ッ……!両足とも、穴が塞がっている?」

痺れは残るものの、歩けないほどではない。彼女はドアまでゆっくり歩み寄り、右手でノブに触れた。

「……あれ?右腕がある。」

右腕には指先まで確かな感覚が戻っていた。力を込め、ドアノブを引いた。長い廊下に出た。廊下にいくつもの部屋が並んでいたが、人の気配は一切なかった。明日翔は牛歩のように長い廊下を進んだ。足取りは重く、一歩ごとに疲労が積み重なっていく。道中の部屋を一つひとつ覗いていったが、やはり誰もいない。壁に掛けられた古びた絵画や、埃をかぶった花瓶が目に入るが、それらも沈黙を守っていた。やっとの思いで廊下の端にたどり着き、ドアを開ける。すると、かつてあの吸血鬼と死闘を繰り広げた広間に出た。血痕は無く、激突した壁にも傷一つ残っていない。

長い食卓が整然と置かれ、白いクロスは皺ひとつなく掛けられている。煌びやかな装飾はそのままに、今は静けさに包まれていた。椅子は揃えられたまま動いた形跡もなく、燭台の蝋燭もまだ新しい。豪華さはそのままに、広間は静けさに沈んでいた。ただ、微かに血の匂いが漂っている。

「本当にここで戦ったようね。」

明日翔はあの死闘を追憶しながら、玄関を目指した。玄関口にたどり着くと、重々しい扉が佇んでいた。彼女は足を止め、恐る恐るドアを開けた。

すると、ドアの隙間から眩い陽光が差し込んできた。薄暗い玄関から一転して、光は鮮やかに広間を満たす。辺りを見渡すと、さまざまな植物が風に揺れ、まるで舞い踊るようだった。明日翔は思わず涙をこぼす。屋敷に入った時は陰鬱に見えたガーデンが、今は花々が舞い散り、自分を迎え入れている。

「おはよう。調子はどう?」

知らない声で背後から呼ばれ、振り返った。そこには紫髪のパジャマ姿で、分厚い魔導書を抱えた少女が立っていた。

「貴方は?」

「パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。」

「そう、あなたの仕業だったのね。この館が外からは廃墟に見えるのは。」

「なぜそう思うの?」

「門に触れたとき、微かに魔力を感じたの。」

「そう。まさにそのとおりよ。」

パチュリーは無表情のまま答えた。

「――あれからどれくらい経ったの?」

「十五日よ。」

「そんなに……」

「早いほうよ?あの時もう瀕死だったもの。」

「貴方が治療を?」

「ええ、そうよ。」

明日翔はしばらく口を閉ざし、視線を落とした。パチュリーの声は変わらず淡々としていた。

「私はこれからどうすれば……」

「知らない。あなたの自由よ。家に帰るのも、ここに居座るのも。屋敷内は好きに歩き回っていいけど、物は壊さないでね。」

「私を自由にしていいの?また命を狙うかもしれないのに。」

「大丈夫よ。どうせ、そんな力残ってないでしょう?それに、レミィには見えているみたいだし。」

そう言い捨てると、パチュリーは背を向け、屋敷内へ歩み去った。

「待って。その……助けてくれてありがとう。」

明日翔は思わず声を掛けた。その背は止まらず、返事もなかった。ただ、パチュリーの肩がわずかに揺れ、届いているのは分かった。

静けさが戻り、声は空気に溶けていった。

明日翔は、この陽気で心地よい空間に、もう少し浸ることにした。



6章 十六夜

 日は沈み月が輝きだすころ、レミリアが眠りから覚め、三人は広間のテーブルを囲んでいた。レミリアは紅茶を片手に、パチュリーは読書をし、明日翔は怪訝な面持ちで座している。

「なぜ私に自由を与えたの?」

「逆に聞くけど、なぜ逃げなかったの?」

言葉に詰まる明日翔。時間は十分あったはずなのに、なぜか逃げる気になれなかった。……いや、本当は薄々気付いている。人間離れしたこの忌まわしい時間操作能力をレミリアは欲しいのかと思ったが、彼女はメイドが欲しいと言った。明日翔はそれが可笑しくてたまらなかった。

「それじゃ、貴方はこれから私の従者兼メイド。そして、名前は今から『十六夜咲夜(いざよいさくや)』よ。」

「十六夜……咲夜?」

「そうよ。それが貴方の新しい名前。」

「十六夜……咲夜……」

不名誉なはずの響きが、咲夜には不思議と馴染んだ。まるで最初からその名であったかのように。そして同時に、自分の中で何かが変わった気がした。

「さあ咲夜、最初の仕事よ。新しい紅茶を入れてちょうだい。」

「……承知しました。」

咲夜は粛々と紅茶を注いだ。

「ありがとう、それにしても、よく従者になる気になったわね?」

咲夜はわずかに俯いた。その仕草には、言葉にできない影が差していた。

「……少し、私の話をしてもいいですか?」

「……聞かせて。」


 「私の両親はカルトの信者でした。そこは悪魔の存在を酷く信じており(実際にいるけれど)、悪魔は人にも化けると思い込んでいました。罪を犯した人や疑わしい人を『悪魔祓い』と称して非人道的な拷問にかけ、最後には磔にして生きたまま焼き殺していました。

私の能力はある時ふと使えました。自分以外の全てが止まり、奇妙な感覚でした。まだ幼かった私は、それが誰にでもできるものだと思い、何気なく使っていました。最初は一瞬しか止められませんでしたが、使ううちに段々と時間が伸びていき、遂に父が気づきました。

噂は瞬く間に広がり、周囲から忌避の視線を向けられました。大人たちは私を『悪魔の子』と気味悪がり、近所や学校の子供たちは『妖怪』だの『化物』だのと罵りました。それでも両親だけは私の能力を肯定してくれました。「お前の能力はすごいんだ」って、「神からのギフテッドだ」って。私は両親が味方でいてくれるなら、それで良かったのです。ただ、その“味方”が何を意味していたのか、当時の私は知らなかった。

私は父に戦闘と暗殺術を叩き込まれました。体術、ナイフの扱い方、悪魔の殺し方、そして人間の殺し方。血反吐を吐くような訓練で、私は何度もムチ打たれました。「お前は悪魔を殺すために生まれたんだ」って。地獄のような訓練の日々が終わると、私は本格的に『悪魔祓い』の仕事をさせられました。本物の悪魔も何匹かはいましたが、大抵は人間でした。教団にとって邪魔な存在の始末、悪魔だと疑わしい人物の誘拐など。半ば洗脳状態だった私は、命令された通りに使命を果たしていました。多くの人々が私の手によって死にました。本当の悪魔は……私でした。でも、そんな事を考えるほど、私の心に余裕はありませんでした。私の心は真空でした。空っぽなのに、空っぽで満たされているような。

成人したころ、私は突然旅に出されました。「お前の才能をこんな所で腐らせるわけにはいかない。もっと広い世界で悪魔を殺して回れ」と。私はぼんやりしたまま荷物を持たされ、家から追い出されました。皮肉にも、両親が敬虔な信者だったおかげで、私は自由になりました。しばらくしてようやく思考が戻り、これまでやってきたことへの罪悪感が唐突に喉の奥から溢れてきました。内臓をかき混ぜられるような感覚に襲われました。私は月光に照らされた吐しゃ物をそこら中にまき散らし、意味のない喘ぎ声を上げました。もう手遅れなのに。犯した罪は消えないのに。罪の意識に耐えかねて、生存本能からなのか、私は記憶に鍵をかけました。そして空虚な使命感だけが残り、旅に出ました。「悪魔を殺すためだけに生まれた」と信じ込み、それ以外の価値はないと疑わず。

旅の過程で色んな人や悪魔に出会いましたが、どいつもこいつも私の能力を知った途端、態度を変えました。ほとんどは化物だと恐れ慄きましたが、中には私の能力を利用しようとする者も、いくらかいました。誰も私を見ていない。この『悪魔のような力』しか見ていない。

でも、貴方は違った。私をただの人間だと言い、メイドになれと言った。初めて、私自身を見てくれた。それが……たまらなく嬉しくて、可笑しかったんです。」


「罪だの使命だの……人間は本当に陳腐な言葉が好きね。そんなもの、人間が作り出した空虚な幻想にすぎないわ。

今のあなたは十六夜咲夜で、私のメイド。それだけよ。」

「ッ……ふふっ」

咲夜は一瞬目を丸くしたが、すぐに視線を落とし、自分でも驚くほど自然に笑みがこぼれた。胸の奥に絡みついていた銀の鎖が、紅い光を映して静かに解けていく。彼女はゆっくりと頭を垂れる。

「承知しました。お嬢様。」

その声には、これまでのどんな返事にもなかった確かな色が宿っていた。レミリアも紅く細い瞳孔をわずかに光らせ、ゆっくりと立ち上がり、咲夜を見下ろした。

「……ようこそ。紅魔館へ。」

パチュリーはパタンと本を閉じた。

「歓迎するわ。」

十六夜の光が夜に咲き、反転していた。

あとがき

 まずは最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これが私にとって初めての小説で、右も左も分からないまま書き進めたのですが、少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。

この作品では、とにかく“対比”を意識しました。レミリアと咲夜、明日翔と咲夜、新月と十六夜――物語のあちこちに反転のモチーフを散りばめています。

その流れで、咲夜が名付けられる前の存在として『初月明日翔うづきあすか』というキャラクターを作りました。名前の意味は、読んでくださった皆さんならきっとお気づきの通りです。

また、できるだけ原作設定と矛盾しないように『求聞史紀』や原作を見返してみると、紅魔郷の頃の咲夜は今ほどレミリアに心酔していなかったらしいです。そこからどう忠誠心が育つのかを考えるのはなかなか難しく……私の想像力では、この形が限界でした。

今回はレミリアと咲夜の“出会い”までを描いて終わりにしていますが、もし気が向けば、その先の物語にも触れてみたいと思っています。

また、執筆の過程である方にたくさんの助言を頂きました。この場を借りて、感謝の意を伝えます。

改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。またどこかの幻想郷でお会いしましょう。

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