補遺:être-en-soi 前
ぼくたちを勘違いから救ってくれるものは、この世の中にはたくさんある。ぼくたちが永遠の存在ではないことを、それは教えてくれる。どうやって? 壊れそうもないものが壊れることによって。
例えばぼくの腕はもげそうにない。今のところ。朝起きればきっとそこにある。明日も。一週間後も、多分。
ただ、いつかは必ず取れるはずだ。燃えさかる炎の中で肉は炭になり、骨は脆く自重を支えきれずに崩れ去る。かくして腕はもげる。
そういう諸々のことからぼくたちは目を逸らして日々を過ごしている。いいことだよ。それこそがまさに健康というものだから。
でも、不意に世界は人に教える。それが崩れる瞬間が必ず訪れるという明白な事実を。
◆
さて、今ぼくたちの目の前で起こった出来事はそれだ。
ぼくの部屋のリビングで、涼しげな瞳の切れ長な眦を微かに下げて佇む由理くんの姿は、あたかもドラマの1シーンのようだった。あるでしょ、大筋には関わりのない日常の描写なんだけど、そこにおいて人物の内面が強烈に浮かび上がるような、そんなカットが。
「先輩……切れました」
「ああ、うん」
彼は必要最低限の台詞しか吐かない。だからぼくも。
大きな手のひらの上に、小さな黒い、四角い、プラスチックの塊が乗っている。彼が示すそれをぼくは見た。
由理くんの愛用するC社製のデジタル時計は壊れてしまった。ついに。ああ、正確には壊れてはいない。本体は無事だ。でも”腕”が取れてしまったんだ。6時側のウレタンベルトは長年の酷使に耐えかねて、ついに亀裂を全うした。不規則な断絶がそこにある。
「寿命ですかね、これ」
軽く首をかしげ呟く顔に深刻な色はない。
彼は物に何かを重ねたりしない。あるいは”余計な”何かを付与したり。ぼくのようには。
だからこの優美な青年にとって、壊れたデジタル時計はただの壊れたデジタル時計なんだ。中学生の頃から使っていると来歴は聞いていた。でもそれはただの壊れたデジタル時計で、彼は恐らくそれを捨てるだろう。なぜならそれはただの壊れたデジタル時計だからだ。
「ウレタンはどうしてもそうなるよ」
「現代のヴァニタスだ。——この世界は本当に素晴らしいところですよ。ヴァニタスが1000円で買えるんだから」
知子さんに教えてもらってから、ぼくは美術史の本を何冊か読んだ。その中にヴァニタスの説明もあった。静物画の一種で、いわゆる「死を思え」的な寓意を込めたものをそうカテゴライズするらしい。直球では骸骨の絵とか。変化球になるとうっすら腐りかけの果物とか。
「意外だな。きみもそんなことを言うのか」
「ちょっとかっこつけてみました。ただ、真情でもあります。おれはかつて、ある人の骨を見て、人とは何であるかを知りました。そして今、この時計を見て、人とは何であるかをもう一度痛感したわけです」
「どなたかのお葬式で?」
「ええ。おばさんの」
「なるほど。……お悔やみ申し上げる」
かなり前のことであろうとは口ぶりで分かりながら、ぼくは定型句を返した。それが礼儀だ。
「ありがとうございます。でも、本当に、ずっと昔のことですよ」
「そうか。——ところで、きみが知った”人とは何であるか”には興味があるな。何なの? 人は」
町屋由理くんはじっとぼくを見た。ぼくの瞳を。
「不滅の何かを遺し、自身は滅するもの」
「ああ、ああ。理想論だね。多くの人にとって後者しか当てはまらないだろうに」
心に少しだけ、ほんの少しだけさざ波が立つ。それは強者の理屈だ。遺せる者の。
そんなぼくの心情は明らかに返答の空気となって立ち現れた。
「先輩、早計ですよ。何かは遺すでしょう。誰であれ」
「何を?」
「思い出だったり、言葉だったり」
「取るに足りないものを?」
「取るに足りるか足りないかは、それを引き受けた者の価値観に依ります」
その通り。まさに彼の言うとおりで、常日頃ぼくが”公式に”唱える意見そのもの。だけどね、人の心は二重底。結局”遺せない”者として諦めきれない何か——未練をぼくは明らかに秘めている。口では「凡庸を認める」と言いながら。
目の前の青年は凡庸の対極にある。ありながら、ごく自然に「ぼくの”公式発表”」を奪い取る。なんとも不思議なことだよ。
ああ、違う。
不思議なのは「こと」じゃない。ぼく自身の現状だろう。だって、由理くんや女性陣の皆さんは特別な人達だ。本来なら平凡なぼくと仲良くしてくれるような人達じゃない。なのにみんな、ぼくを気にかけてくれる。ありがたいことにね。
そこまで考えたところで、彼の手のひらに佇むデジタル時計が再び視界に飛び込んでくる。
ああ、なるほど。
どこにでも売っている1000円の腕時計だって、巡り合わせがよければ愛されるんだ。
少なくとも由理くんは使った。多分10年以上。愛情の自覚はなくとも行為によって示した。使う、という。日本語ではそういう状態を「愛用」と呼ぶ。
「……それを捨てるかな?」
変なことを聞いてしまった。ぼくのように物に執着しない彼はきっと捨てるだろう。
そんな見通しに反して、答えは意外なものだった。
「なんとかなりませんか」
「なんとかって、何が?」
「これです。直せないかな。時計屋に持っていけばいいのかな……」
傷だらけのミネラル風防を親指で撫でながら、彼は半ば独語した。
「部品を取り寄せることはできるだろうけど、新しく買った方が安くつくし、早いよ」
「それでも」
「なぜ? きみがいみじくも言ったように、それは滅んだんだろう。人がそうあるように」
「だからですよ」
意味を飲み込めず、ぼくは視線で先を促す。説明を。
由理くんは微かに笑った。その口元はね、青年のものでありながら、何やら老成した雰囲気を漂わせていた。
「抗いたいんです。おれはそういうタイプの生き物ですから」
◆
これはぼくの出番だね!
彼がそう望むなら仕方がない。これまで培ったささやかな知見を駆使して、立派に蘇らせてやろう。
腕時計のベルトはバネ棒と呼ばれる伸縮する棒で本体と接合されている。細い金属の棒の両端が伸び縮みするんだ。だから、片端、あるいは両端を専用の工具で縮めてやれば簡単に着脱が可能。Cデジタルも例外ではない。
専用工具——バネ棒外しという身も蓋もない名前が付いてる——は当然持っているので、使い古したベルトを取り外すのは簡単。多分30秒もかからない。
問題は新しく付けるベルトをどうするか。それに尽きる。
というのもね、Cデジタルのベルト接合部分はケース形状がちょっと特殊なんだ。ベルトと時計本体が一体に見えるように、ベルトの本体側終端が完全に覆い隠されている。だから裏を見てみると、バネ棒を通す部分だけが少し幅狭なんだよね。
こういうのは結構面倒くさい。
サイドがケースと沿うように、接合部よりちょっと下の部分は21mm。純正部品の場合ね。つまり、ケース裏に入り込んで見えない18mmの接合部があって、その先は広がって21mmからテーパードされている。
吊るしの革、あるいはラバーベルトを買ってきた場合、その狭くなっている終端部18mmから先端に向けてテーパードされる形になる。汎用品の場合、ケース接合部18mmだと16mmまで絞られていることが多い。これをそのままつけるとどうなるか。分かるかな。ボコッとした本体に比して明らかに細いベルト。見た目のバランスがよくない。
それは気になるね。継ぎ接ぎ感を楽しむのも一つの手ではあるけど、せっかくなら純正風に近づけたい。
実物を由理くんに見せながら説明する。彼はね、普段の”ちょっとだけ”舐めた態度に反して興味深そうに聞いていたよ。
「どうしようか。純正部品を取り寄せることもできる。そういうパーツを専門に取り扱ってる店もあるから。それか、普通の革ベルトをつけてもいい。好みに合うならそれもまた味だよ」
言いながら、ぼくの本心を彼はしっかり把握している。まぁそれもそうだ。いい加減長い付き合いだから。
「でも、先輩としてはその二つの選択肢はお薦めしないわけですね」
苦笑とも呆れとも付かぬ、なんとも表現しがたい声色。
「ああ、まぁね」
「じゃあお薦めを教えてください。おれは信じてますよ。先輩を。より良い道を求める先輩を」
「なんだか重い口ぶりだな」
ぼくもまた苦笑とも呆れとも付かぬ、なんとも表現しがたい声を出した。これでおあいこだ。由理くんはね、ときどき妙に大げさな、意味ありげな台詞回しをするときがある。職業病かもしれないね。
「分かった。じゃあ私のお薦めを言おう。サードパーティ製のCデジタル用革ベルトで行こう。こういうのはね、マス対象の商業ベースに乗ることはほとんどない。だって本体よりベルトの方が10倍くらい高くなるから、一般の人に売れるわけない。でも、”こだわる人”はその限りじゃないんだ。”世界で最も平凡な時計”に個性を持たせることを望む酔狂な人は確実にいる。少数ながら。——それは凄いことじゃないかな。あるいは象徴的な」
「個性を金で買うわけですね」
「……その通り」
まさにその通り。つまり”ぼく”だ。ぼくは買ってるよ。個性を。お金で。
でも仕方がない。結局のところ、それがぼくだ。
「要するにオーダーするんですね」
「いや。オーダーしたら1万円じゃすまない。こういうのは、アマチュアのレザー作家が作ってることが多いんだ。小ロットでね。——もちろんアマチュアといっても物はまともだよ。私も何度か買ってるけど、正直アマチュアだからこその採算度外視なクオリティがあるやつも多い」
ネットの海は広大でね。手芸やレザークラフトを素人が販売するサイトがいくつかある。
正直なところ、銀座にある行きつけのオーダーベルト屋さんにいけば済む話ではある。どんな形のものでも最高の革で、プロ品質で作ってくれる。必要なのはお金だけ。
それはそれでいい。でもね、ことこの時計に関していえばそれは違う。ナイーブなぼくとしては、もう少し手触りがほしい。人の。普通の人の。
「おれのこの時計は、本来の意味でのアマチュアの力を得て蘇ると。それでいきましょう。先輩。気に入りました」
彼の軽やかな同意を得て、ぼくはノートPCのブラウザを立ち上げた。
ぼくと彼の付き合いは長い。ぼくが言いたいことを彼はちゃんと推測してくれる。こんなに幸せなことはないよ。
ここに1人、”ぼく”を見てくれる人が居るんだから。
◆
「町屋さん、いらしてたんですね」
アマチュアクラフト販売サイトを雁首揃えて眺めていたところに、これまた涼やかな、若干低めの女声が投げかけられる。
「お邪魔してますよ、下川さん」
由理くんがモニターから顔を上げ、一言あいさつを返した。
この平和なやりとりはもう平常になって久しいけど、ぼくはいつも感慨を禁じ得ない。例の”有楽町事件”はそれほどにインパクトがあった。
あれ以降、ぼくは女性陣と由理くんが遭遇するのをできる限り防ごうとした。みんな大人だ。馬の合わない相手がいるのなら無理をして顔を合わせる必要はない。仕事の関係者でない以上、面会を強制するものは何もないんだから。
でも、本当に色々あってね。
少し前にぼくは”軽い病気”になって倒れた。結果何が起こったか。「孤独死見守りサービス(人力)」の機能がちょっとだけ強化された。つまり、女性陣のみなさんに合鍵の貸与が為された。
「合鍵があれば、もし”次”があってもすぐに助けられます。兄さんのご迷惑でなければ」
茉莉さんに真顔でこう告げられるわけです。これを断るのはとても難しいよ。だって散々看病してもらった後だからね。ぼくから求めたわけではないとはいえ、事実は変わらない。
で、渡した。
みんなは覚えているかな。中学校か高校のとき、社会の時間に「19世紀の世界」とか「西欧の帝国主義」とか習ったでしょ? あれはこんな風に行われる。アジアの某国が西欧の1国に特権的地位を提供する。すると他の国がプレッシャーをかけてくる。「○○国ばかりずるい! 貴国は我が国を軽んじているのか? ならばこちらも相応の対応を……」みたいな感じで。対応って、大砲を満載した船がたくさんやってくるやつ。
哀れ某国は劣位、圧に抗しきれず、結果として西欧の主要国全てに権益を提供せざるをえない状況に追い込まれる。
みんなに伝えておきたい教訓が一つある。歴史の授業は大切だよ。人生に役立つからね。国家間の関係は個人のそれにも十分応用できる。考えてみれば当然のこと。だって国家もまた個人の集まりだ。
つまり、
「青佳さんばっかりズルい」
「茉莉さんばっかりズルい」
と連鎖していくわけです。
もちろん皆さんとても知的だから、そんなストレートには言わないよ。仄めかし、悲しげな素振り、たとえ話。こういうのが時折挟まれていくことになる。
で、皆さんがね、結構カジュアルにやってくるわけです。
そうすると当然、由理くんと遭遇する可能性も上がる。さすがに合鍵を渡したりはしていないけど、彼、ショートメッセージ一本で気軽に現れるのでね。
この遭遇においてぼくが一番警戒したのは青佳さんと知子さんの反応だった。あの激烈な口論を目撃したんだ。当然でしょ。でも意外なことに、実際に顔を合わせてみると2人ともごく常識的な対応だった。
青佳さんなんか「まぁ! うちの社長といつも仲良くしてくださって、ありがとうございます」とかなんとか、にこやかに言う。この台詞、母親が息子の友達に言うヤツだよね。あるいは妻が夫の友達に。
なんだこれ……。
対する由理くんも穏便に「ああ、こちらこそ、社長にはいつもお世話になっていますよ」とかね。きみはもっと尖った生き物だった気がするんだけど。
知子さんの場合は「せんぱい、町屋さんと何をお話してたんですか?」みたいな感じで会話にがんがん入ってくる。これはあれかな、兄とその友人が屯してるところに混ざりたがる妹みたいな。小説ならこの流れ、妹はその”友人”のことが気になっているパターンだよね。ラブコメ的に。
でも幸か不幸か、現実はもう少し複雑だ。
2人とも目が笑ってないからね。こわいね。
「ところで今日はどうしたの? 何かあったかな」
「例のものが出来上がったので、届けにきました」
「出来たの! それはうれしいな」
彼女は”それ”が格納されているとおぼしき、ちょっと大きめのトートバックを軽く掲げる。
日曜の午後、ゆったりしたワイドパンツとタイトなノースリーブのトップスに身を包んだ彼女は、まぁいつものように雑誌のモデルのようだよ。カッコいい系の。
由理くんと並んで何枚か写真を撮ったら、即席ファッション誌を完成させられそうだ。
そんなスタイリッシュ茉莉さんが持っているのがね、生成りにアルパカのシルエットが印刷されたトート。”例のワイン”を買ったとき、なんかのキャンペーンで付いてきたやつ。使うあてもないので放置しておいたら彼女が欲しがったのであげた。
ああ、茉莉さん秘密情報を一つ教えよう。彼女は可愛いもの好きなんだ。こう見えて。
新進気鋭のぬいぐるみ作家マリさん。
これは冗談じゃないよ。今しがた、彼女はぼくと由理くんが見ていたクラフトサイトにぬいぐるみを出品してる。可愛いのをたくさん。結構な人気らしく、トップページで紹介されたこともある。というか、ぼくが彼女の存在を発見できたのは、時計ベルトを漁っているときに偶然その紹介記事を見つけたからだ。
尋ねてみたら彼女は至極あっさり認めた。ぼくが『地に落ちて死なば』を隠そうと足掻いた無様さとは大違いだね。
で、そのトートからお目当てのものが姿を現す。
かつてぼくと共に在り、今は失われてしまった”いろいろなもの”を詰め込んだそれを、ぼくは今取り戻した。
未練と笑うかな。
いいよ。笑ってくれて構わない。
ただね、今のぼくには必要なものなんだ。
コアラのぬいぐるみが。




