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地に落ちて死なずば  作者: 本条謙太郞


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運命論

 上野駅の脇に広がる広大な空間。美術館や博物館、コンサートホール、動物園。

 恩賜公園と名の付いた一角は、ぼくにとって思い出の場所だ。


 大学に行くのが面倒になった日は、上野駅で途中下車してここを彷徨った。まさに彷徨うという言葉がぴったりくるほどに広大な敷地だからね。

 特に平日は人混みも少なく、とても過ごしやすい。


 あの頃のぼくはクラシックに凝っていてね。密閉型の大きなヘッドホンを付けて外部の音を閉め出したら、ワーグナーを大音量でかけるんだ。

 目は現実の世界を捉え、脳内は理想の世界に占拠されている。官能的ですらある瞬間だった。


 辛いことがあると、大体ここに来て当て所なくふらついた。

 たとえば彼女に振られた日、ぼくは何時間も公園を歩いたよ。目的もなく。美術館でも喫茶店でもどこかに入ればよかったんだろうけど、全くそんな気にはなれなかった。お金もなかったし。

「やっぱりなんか違ったの。ごめんね」

 別れ際の台詞を今でも覚えている。あの体験はぼくに人生の真理を一つ教えてくれた。人は他者そのものを決して見ないという。

 ぼくも彼女も、どちらかが何かをしたというわけじゃない。ああ、風の噂に彼女が間を置かずに他の人と付き合いはじめたらしいと聞いたけど、それは些細なことだ。彼女がどう生きるかはぼくには関係がない。


 その後も女の人と付き合うことはあったから、大学時代の失恋はいわばほろ苦い青春の1ページだ。普段は思い出すこともないよ。彼女の顔さえも、もう忘れかけているくらい。


 でも、ここに来たからだろうね。ふとそんなエピソードを思い出した。


 アメ横から引き上げたぼくたちは恩賜公園の端の方、例の有名な銅像が建つあたりに辿り着いた。


 ぼくは今、ある女の人と歩いているんだ。

 大きめの花柄を抜くように編まれたレースと木綿を組み合わせたノースリーブのトップスに共布のスカート。全て柔らかい白の。

 花柄の空隙からは下に着たインナーシャツのピンクが薄ら覗く。

 そして、驚くほどに硬質の白い肌が、柔和な白布から顔を出す。白のグラデーション。


 アナリース・エストブール。

 24歳のフランス人女性。


 S社の「5」——まさにぼくが今着けているものだ——を着けて、ヘッドホンを着けてとぼとぼと公園を歩き回っていたあの頃のぼくに、今の状況を伝えたら面白いだろうな。

「きみは将来ここを、ある素晴らしいフランス人女性と連れ合って散歩することになるよ。今きみが着けている「5」と同じものを身につけた彼女と」

 ぼくはどう思うだろうか。今よりはずっと素直だったあの頃の自分はきっと喜ぶだろう。どんな因果かは知らないけれど、とにかくその素晴らしい「運命」を。


 心が弱るといつも考えることがある。

 ぼくたちもまた、例の間抜けなアントワン3世と同じ境遇にあるんじゃないかって。全ては定められていたんじゃないかって。

 だってこんなことが起こりうるだろうか。


 ぼくは父の死を受けて会社を引き継いだ。これはまぁ妥当だ。想像しうる。

 自分の実績を作りたくて必死な若社長が、色々な業界の人たちと交流して、結果愚にも付かないCMを作った。そこで駆け出しのモデル由理くんと出会った。あり得ることだね。


 だけどこの辺りから怪しくなってくる。

 由理くんには抜群の文才があって瞬く間に大ヒット小説家になった。うん。彼は凄い才能の持ち主だからそれも分かる。

 でもね。彼の作品を読んでいたフランス人の女の子がたまたまぼくの大好きな時計ブランドの主任時計師の娘で、かつその主任時計師が独立して作ったブランドの役員になって、日本法人の社長になって、ぼくと出会うというのはね。

 しかも、ぼくが遙か昔に彼女のお父さんに語った偉そうな台詞が伝わっていて、ぼくの存在は認知されていた。

 そして彼女はなぜか実際のぼくに好意を持ち、共に出かけようと誘ってきた。

 上野に。


 こんなことが起こりうるだろうか。

 偶然にしては行きすぎている。ここは、こう在るように整えられた世界なんじゃないかと錯覚する。

 随分と都合のいい世界だと思うよ。





 ◆





「こうして歩いていると、ここ最近の偶然の成り行きに驚きます」


 未だ手を繋いだままのアナリースさんにぼくはそう声を掛けた。


「……そうですか?」


 少し怪訝な顔で彼女はぼくを見やる。恐ろしいほどに整った人形のような顔。そこに魂が吹き込まれるとこんな風に変わるんだ。

 表現が難しいな。

 一番しっくりくるのは「隙」だろうか。突然話を振られて隙ができる。一瞬ぽかんとする。その弛緩が彼女の鋭利な美を可愛らしさに転化する。


「前に話したように、あなたと私は全く接点がないはずだった。生まれた場所も生きる場所も全てが遠く離れている。なのに、気がつけば思い出の場所を、今私はあなたと歩いている」

「ここは思い出の場所、なんですね」

「大学時代によく来ました。私は勤勉な学生じゃなかったから、ちょっと学校に行くのが面倒になると大体ここで時間を潰していたんですよ。まさに今のように」


 アナリースさんは左手に持ったアイスカフェラテのストローを銜えながら小さく頷く。そして一口飲んで口を離し、問うた。


「それは良い思い出ですか?」

「さぁ。良いか悪いかは分からない。ただそういう事実を私が覚えているだけで」


 確かに唐突な自分語りはちょっと怖いね。

 公園を無意味にふらついた過去なんて明らかに悲しい話の前触れ感ある。別に何もないんだけどね。


「では、いい思い出で上書きしましょう。私と歩くのはいい思い出ですね?」

「ああ、確かに。それは確かです。この()()に感謝しましょう」


 ぼくは気軽に、ありがちな台詞を発しただけのはずだった。でもアナリースさんはそうは受け取らなかった。


 彼女はぼくの手を引いて大きな木陰に誘い込んだ。そして言った。


『運命じゃないわ。私がそうすることに決めたんですから』

『……決めた? この状況を?』

『ええ。私は待ちません。決して。私はつかみ取ります。——かつて私は待つだけの女でした。「物語」に流されるように生きるのが良いことだと思っていたんです。信じていました。すべてかく在るべくして在ったのだと。でも、それは違いました』

『ああ、うん。……「物語」?』

『ええ。人生は「物語」じゃない。そうしたいと思ったことは絶対にしなければ駄目』


 彼女のフランス語はどんどん早口になっていくね。

 ぼくのヒアリング力は結構ギリギリなので大意を掴むことしかできない。要するに、待たずに行動する、みたいな話なのかな。


 ああ、ぼくが言いたいのはそういうことじゃないんだ。

 待たずに行動した結果、まさにその結果こそが「定められたもの」であるような状態を運命と呼んだ。

 決して認めたくない、でもその非在を証明することもできないもの。一種の形而上学(けいじじょうがく)だね。人間には決して届かない領域。


『同意します。そうあるべきだと私も思います。ただ、私が言いたいのは、その行為が既に定められているような……その……』

『運命論(Le fatalisme)ですか?』

『ああ、それです。言葉が出てこなかった……』


 こういうときアナリースさんの凄さを感じる。

 言いたいことが言えない、伝えられないもどかしさは思った以上に辛い。それを彼女は耐え抜いて生きている。

 まだ年若い、女の子と言っても通じる四肢の中に彼女は凄い力を秘めている。不利を圧してなお自身を伝えようとする意思を。


 だからだろうか。その背景を持って発せられる言葉は、あたかも神託のようにぼくの脳裏に響いた。


『運命論(Le fatalisme)はある種の”あきらめ(Un fatalisme)”です』


 Fatalismeには確かに二つの意味がある。思想用語としての「運命論」。そして日用語としての「あきらめ」。


 不思議と反発する気にはなれなかった。よくある陳腐な台詞だから、あまのじゃくなぼくはこういうとき、すぐに心の中で皮肉を吐くくせがある。

 でも今回は、なんというか反論できない雰囲気を感じるんだ。彼女の全身から。

 この言葉を高らかに叫ぶに足るだけの経験をしてきた。そんな重みを。


『それはあなたの信条(credo)ですか? アナリース』


 credoにもまた二つの意味がある。宗教的信条と世俗的信条。あえてこの単語をチョイスしてみた。

 運命論に対する姿勢は多分にキリスト教的な文脈を含む。彼女が——どこの宗派かは知らないけど——敬虔なキリスト教徒で、その信仰が言わせた言葉なのかもしれない。

 もしそうだとしたら、ぼくにとっては無価値だ。ぼくには信仰がないから。


『いいえ。私の信念(convictions personnelles)です』


 ああ、なるほど。彼女の個人的な考えということか。

 ならばぼくは喜びと共にその励ましを受けよう。


 ぼくたちは互いの選択の結果、ここにいる。それは決して定められたものではなかった。彼女の誘いをぼくは断ることができた。あの(^^)が与える重圧をはね除けてね。

 でもぼくは断らなかった。そこには自由な選択があった。意思があったんだ。


 つまりぼくはアントワン3世ではない。行き先は定められていない。


「ところで……」


 彼女の言葉が日本語に切り替わる。

 ほんわかモードが戻ってきた。

 ぼくはラッキーだ。創作の源泉、ヒロインのモデルがこんなに間近にいるんだから。これはすごいアドバンテージだと思うよ。普通はいないからね、こんな()()()()。現実には。


「ん? どこか店に入って涼みましょうか? 今日は暑い……」

「そういえば最近、とても面白いネット小説を見つけました」



 さて、アナリースさんがはまってる顔文字でぼくの心象を表そう。


 \(^o^)/





 ◆





 上野の老舗洋食屋でちょっと早い夕食を食べた。

 明治とかからある洋食屋って、洋食と銘打ちながらもはや完全な日本食なので、彼女も微かに物珍しげに、かつ美味しそうに食べてたよ。


 ぼくの方はといえば、味なんてほぼ覚えてない。

 ビールを注文しなかったのを褒めてほしい。

 会話がね。きつすぎるんだ。


「ビジネスのことで1つ相談があります」


 彼女がこう切り出してきたとき、心底ほっとした。例のネット小説の話から逃れられるからね。でも、残念ながら彼女はそんなに甘くなかった。


「エストブールにセカンドラインを作ろうと考えています」

「いいと思いますよ。本家は値段的にも生産本数的にも拡大は厳しいでしょうから。いわゆるマイクロインディペンデントブランドみたいにするのかな?」


 有名な時計師がメインラインの他に安価なセカンドラインを別ブランドとして立ち上げることが時々ある。日本にも有名な成功例があるからね。彼女の発想は別におかしいものじゃない。


「はい。デザインはエストブールのイメージを受け継ぎます。ケースはステンレスにして、中には汎用機械を積む予定です」

「どこの? スイスのS社のやつかな? 定番のE社は最近グループ外に出さないから」

「S社も検討しました。でも、プライスゾーンを少しあげたいので……K社のものを使います」


 K社は業界の絶対王者R社とファッションの絶対王者C社を中心に独立系ブランドが出資して作った、ちょっと高級な機械を製作する企業。ただね、一つ問題がある。


「K社! 卸してくれるんですか?」


 お金さえ貰えればどこにでも卸すS社と違ってK社は一部のブランドにしか機械を提供してくれない。K社の機械自体をブランド化しようとしてるっぽい。


「はい。父が話を付けました」


 すごいね。

 まぁ、エストブール氏は人脈あるだろうから、ぽっと出のどこの馬の骨か分からないマイクロブランドとは訳が違う。アドバンテージをしっかり生かしてるな。


「じゃあ実用三針? それかダイバーかな?」


 ステンレスで数を出そうと思ったらステンレスブレスレットのシンプルなフィールドウォッチか、あるいはよりスポーティに振ってダイバーズか。その辺りだろうと予想していた。

 でも彼女の答えは違う。

 まあ元ブランドであるエストブールのイメージを考えれば当然ではあるんだけど。


「ドレスウォッチを作ります」

「K社の機械、入りますか? あれは結構大きいと思うんだけど」

「サイズは40mmにします。薄さは、どこまでできるかはまだわかりません」

「なるほど。じゃあ実用寄りのドレスか。悪くないと思います。売れ筋だ。値段はどのあたりを見ていますか?」

「……日本円だと50万円あたりを」


 数字のところでちょっと考え込む仕草。分かる。外国語って実は数字が一番しんどいからね。慣れるの。


「なるほど。激戦区に殴り込みですね。何もできませんが、私も陰ながら応援しますよ。……ところで相談って?」


 瞬間、アナリースさんの瞳がシュッと細まる。


「実は、その時計の広報としてイメージキャラクターをオファーしたいんです」

「ああ、なるほど! 漫画やアニメのキャラはエストブールよりもセカンドラインの方が合うね。わかりました。由理くんに連絡を……」


 前に断られた時はちょっと残念だったから、念願叶って嬉しかった。グロワス13世がアナリースさんのところの時計を着ける! ぼくの好きな人たちのコラボレーションが実現するのは感無量だ。

 そう思っていたよ。


「いえ。アントワン3世を()()()()です」

「……さっき言ってたその、()()()()()()()()()の? それはやめた方がいい。そもそもアマチュアが書いた趣味の小説でしょう? アニメどころか本にすらなっていない」


 なんというかね、作者云々は置いておいて、本気で止めなければならない。

 これはビジネスだ。いかに創業者の娘とはいえ個人の趣味に走るべきではない。しかも、どう考えても趣味がよくない。


「本? なりますよ?」


 茉莉さんもそうだけど、なんでこんなに自信満々なの?


「いや、まあ、その可能性はあるのかもしれないけど、それにしても地味すぎる。誰も知らない小説のキャラなんて。アナリースさん、私が責任を持って繋ぎますから、『この人を見よ』の作者さんと……」

「皆に知ってもらえばいいんですね? 私も母国の出版社には友達が何人かいますし、()()もたくさんいます。フランス語版を先に出せばいいだけです」


 ビジネスモードの彼女は本当に堂々としている。

 茉莉さんのバリキャリ感とは違う。権限を持った人間の挙動をする。


「それに”例の作品”の主人公はエストブールのブランドイメージに合いません」

「グロワス13世は悪くないと思いますよ。まさにヒーローだ」

「エストブールは、そしてアナリースは英雄を望みません。偽りの英雄を。我々のブランドが考える偉大さと例の作品の主人公は大きくかけ離れています」 

「ではお聞きしますが、あなた方が考える偉大とはどんなものです?」

()()()()()


 即座に答えが返ってきた。

 耐えること。

 なんともコメントし難い。ぼくの沈黙を理解して彼女は言葉を続けた。


「機械式時計の偉大さはその耐久性にあります。大量の歯車を精密に組み込みながら、ずっと動き続ける。どんな時も常に変わらず。たとえ壊れても修理すれば蘇ります。部品がなくなったら新しく作ればいいんです。だから、特殊な工場でしか作れないシリコンのような新素材を我々は採用しません。作られ、治され、そうしてずっと在る。それこそがエストブールの理念です」

「ああ、分かりますよ。それは時計制作の一つの頂点だ。ただ、あなたのお父様はその正反対の複雑機構で名を馳せた方ですよ?」

「だからです。もうその道はやり尽くした。そう父は言いました。エストブールは今後も複雑機構を出しますが、最も注力するのは三針です」


 確かにその通り。複雑機構はブランドの真の実力とは見做されない。その本当の力は三針に現れるというのが業界の定説だ。

 ただ、それはあくまでも複雑系を極めたエストブール氏だから豪語できる話。エストブールの経営陣の1人としてアナリースさんがそれを口にするのはおかしくない。一方、駆け出しの時計師としての彼女はどう考えているのか。


「エストブール氏の考えはよく理解できますが、一つ気になる。あなたはどうなんです? 経営者としてではなく1人の時計師としては。華麗な複雑機構は憧れのはずだ。そうでしょう? アナリースさん」

「私はこれからも複雑機構を作ります。パーペチュアルもトゥールビヨンも。前はそれこそが全てだと思っていました。()()()()()()()()()()への追憶の品として。でも今は、私は平凡な三針を愛します。今の私にはその価値がわかります。未来に向けて生きることの意味が」


 棚に飾るための工芸品を現実の道具に引き戻したいということだろうか。

 ぼくに理解できるのはそこまでだ。


 彼女の気持ちは何となく分かったけど、その危うさへの不安は無くならない。本当に無理筋の話だからね。


 作者としてはもちろん光栄ではあるよ。

 この間、彼女はすごい「ファンアート」を送ってくれた。正確にはぼくがたまたま投稿を見つけただけなんだけどね。驚いたし嬉しかった。

 ただね、ビジネスとなれば話は全く変わる。ぼくは彼女に分かりきった挫折を体験して欲しくない。


 実のところ計画を頓挫させるのは簡単だ。ぼくが原作者なので。オファーを断ればいいだけのこと。

 よくよく考えてみれば、『地に落ちて死なば』の作者への連絡手段は「ノベルライター」のメッセージ機能しかない。電話番号もメールアドレスも載せてない。

 だから、もしエストブール社からメッセージが来たとしてもサクッと断れる。


 こうして落ち着いてみると、そもそも相談の内容が分からない。


「それで、相談とは? そのウェブ小説のアントワンなんとかをイメージキャラクターにすることに対する意見をお聞きになりたいのであれば、もう言いましたね。明確に反対です」


 こういうことははっきり言わなければならない。父が教えてくれたありがたい教訓だよ。言いづらいことこそ明確に言え、とね。


 アナリースさんはぼくをじっと見つめ続ける。

 これはひょっとしたら、ちょっとぼくを見直してくれてるのかな。謎の半無職おじさんだと思ってたけど意外とビジネス分かってるな、って。

 ぼくも彼女を眺め続けた。その宝石のような鳶色の瞳を。

 あ、猛獣って視線を外した途端に襲いかかってくるらしいよ。関係ないけど。


 ふっと彼女の口元が緩んだ。


「作者の方はオファーを受けてくれるでしょうか?」

「さあ、私にはわかりません」


 受けないよ。喉元まで出かかった言葉を押し留めた。


『私は()()()に与しません。つまり、決して()()()()()


 ごく自然に、滑らかに怖いことを言い放つ。フランス語で。

 そしてふたたび日本語に切り替えてくる。


「たぶん受けてくれるはずですね? 作者の方は多分時計好きですから。メインヒロインの描写でわかります」


 舐めるように、彼女の視線がぼくの顔を這い回る。


「エリザベトは可愛いですね? 時計製作が趣味というのもとても独創的です。やっとメインヒロインが登場しました。これからが盛り上がるはずですから、是非読んでみてください」

「そこまで言われるなら。気が向いたら読みましょう」

「アントワン3世にはエリザベトのような女性が()()お似合いです。()()()()()?」


 この最後の疑問形が平常心を削ってくる。


「ああ、まぁ、アナリースさんが望むようになるといいですね。よく分からないけど」


 そう答えるしかない。

 ぼくは彼女が好きだというネット小説のことなんか全く知らないんだから。彼女がそこまで熱を上げているのであれば、変に否定するのは逆におかしいでしょ。


 で、気を抜いたところにまた突然襲いかかってくる。


()()()()()()()?」

「いや、私に言われても分かりません。ただ、アナリースさんがそのお話を最後まで楽しめるよう祈るばかりだ」


 興味なさげにウーロン茶——見た目がビールに似てるからね——を飲むぼくを、彼女の鳶色の瞳がじっと、何かを探るように見つめている。


 そしてごく自然に、さもどうでもいいことの体でさらりと告げた。


「あ、そういえば、最新話の時計の機構説明の記述に、1箇所間違いを発見しましたよ」

「え? どこ?!」


「……」

「……」

「(^^)」

「\(^o^)/」

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