決定論
文章は生き物だ。
それを創り出す人間がそうであるのと同程度には。
つまり、それを完全な管理の下に置くことは不可能。
少し長いお話を書いたことがある人なら分かってもらえるんじゃないかな。作者の意図を越えて登場人物が動き出してしまうことがあるって。
これをどう捉えるかは難しいところだ。
キャラクターに血肉が通った証拠であると好意的に受け止めることもできるし、設定や筋書きの不備としてマイナスの現象と考えることも出来るだろう。
ちなみにぼくは完全に後者だ。
とても苛立っている。
リュテス王国はぼくが創造した世界であり、登場人物達もまた被造物。彼らの行動は一つの予定された「物語」となる。全ては定められている。ただ彼らが知らないだけでね。
彼らが作中で為す選択は全て「そうあるように定められた」ものに過ぎない。
にもかかわらず、今、彼らはぼくに逆らう。
偉大なる創造主に。
当初の構想では、ヒロインの3名はみな彼女達に相応しい「素晴らしい男性」と結ばれるはずだった。
ブリューベルさんはリュテス王国の王位継承権第1位のアクイタニア大公と。ジャスミナさんは国軍の大物デカピア公と。そしてサジェシアさんは小領の次男あたりを婿を取り、ダンジー公国の女公となる予定だった。
なのに今、話はその方向に向かってない。全く以て明後日の、わけの分からない地平を目指して疾走を始めている。
ブリューベルさんもジャスミナさんもサジェシアさんも、なぜかアントワン3世と仲良くなってるんだよね。意味不明極まりない。
冷静に考えてみよう。
アントワン3世は駄目なヤツだ。いっつも気弱な笑顔を浮かべていて、心の中は恐怖と猜疑と不安と皮肉に満ちあふれている。
ぼくが創造した最高のヒロイン達がそんなやつを好きになるわけがない。
あ、政略結婚の可能性もないよ。ぼくが一つずつ丁寧に潰していく予定だから。
ブリューベルさんの場合は、最終的にアントワン3世が退位することによって彼に興味を失い、次の王となるアクイタニア大公(これは叔父さんの若い頃をモデルにした。イケイケの豪腕経営者だ)と結ばれる。
ジャスミナさんはデカピア公(いけ好かないイケメンだ。神楽坂の隠れ家バーでバリキャリ美女とお洒落デートしてるエリート商社マンみたいなやつ)と普通に恋に落ちる。
サジェシアさんは、アントワン3世の権力基盤の弱さと政治能力の低さを見抜いて婚約を取りやめる。
アントワン3世は自身の無能を理解するタイプの少しましな無能だからね。彼が出来るのは自身が身を引き、より有能な人間に任せること。彼が持つ唯一の美点、「身の程を知る」がゆえに。
これこそが、凡庸な者が遺しうる善きことであるとぼくには思われる。
決して後ろ向きな行為じゃない。逃走じゃない。
自分が無能であること、無価値であること、凡庸であることを自覚するのは本当に辛い。人間誰しも「特別」でありたいんだから。
周りを「特別」な人間に囲まれて、その中で「陛下」とおだて上げられて生きてきたアントワン3世はさぞや辛い思いをしただろう。自分もそうありたい、皆から敬意を受けたいと強く望んだことだろう。彼はね、偽りの敬意を「強要」することさえできたんだ。それだけの権力を持っていた。王だから。
でも、彼はその剣を決して振るわず、身の程を弁えて舞台を降りる。王国のため、好きな皆のためにできる唯一のことを為す。
ぼくに言わせれば、彼は偉大な凡人だよ。
なのに……。
ブリューベルもジャスミナもサジェシアも、こいつらは皆駄目なヤツだ。何も分かってない。王の無能力と凡才を知りながらも彼を助けようとするなんて。
彼女達が現代に生きていたら、きっとろくでもない男に引っかかる。断言できるね。駄目男に貢ぐタイプだ。彼女達、ぼくの物語の中の存在で本当に良かったと思うよ。
ダンジー公領への旅の最後、サジェシアと王は婉曲な破局を迎える予定だった。将来的な婚姻の約束——ただし期限も何も決まっていない、いつでも破棄が可能なタイプの——を交わし、二人は別れる。
そのはずだったのに、なぜかアントワン3世がさ、サジェシア姫を首都に連れ帰るという暴挙に出やがった。
なんだこれは。
サジェシアさんは「私は、自分の意思で、陛下をお助けします!」って決め台詞を言い放って、アントワン3世に抱きついたんだ。
これはもうもふもふの友を頼るしかないね。
キャップを開けて一息に飲み下す。
あ、そういえば、最近新しい友達が出来たんだった。青佳さんが買い置きしてくれてるカマンベールチーズ。スーパーで売ってる国産のやつなんだけど、8ピースに切られてて個包装されてるんだ。これと一緒に飲んでる。
結構美味しいよ。
まぁ、美味かろうが不味かろうが、ぼくはこれを友としなければならないよう定められているんだけど。
前に存在を忘れて手を付けずにいたら青佳さんに叱られたからね。
彼女、毎回来る度に残数をチェックしてるので。
◆
さて、こんな状況の中で、ぼくは物語の中にもう一人爆弾を放り込む。
シベール王国の第1王女、エリザベト。
シベール王国はリュテスと東の国境を接する中規模の王国でね。時計産業が盛ん。彼女はお姫様ながらにご当地産業の時計製作を趣味とするちょっと変わったキャラなんだ。
母語はゲルマニオン語ながら、輿入れに際してリュテス語を学んでいる。彼女、リュテス語を話しているときはちょっと天然はいった感じの女の子なんだけど、母語のときは途端に「大人の女」になるという設定。
これは人気出るね! こういう2面性、ギャップは人気出る!
これはあれかな。
ランキングトップ10も夢じゃないか!
あ、ちなみに現状はちょっと悲しい有様だよ。
一時期本当に話が暗かったからね。
まだキャラがぼくの指示通りに動いていた頃、ヒロイン達は皆本来のお相手と接近する場面が多かった。そうすると当然人気は落ちるよね。よく分かる。
たとえ有名人——ユリスさん——が面白いと紹介してくれたって、読者の心は正直だ。つまらないと感じれば読まない。最初は話題性から覗いてくれても、すぐにブラウザのバックボタンを押されてしまう。
正直なところそれで特に問題なかった。
海のものは海に、山のものは山に住まうべきなんだから。
ぼくは深海魚なので、海の底に生きるよ。
そんな人気急落の『地に落ちて死なば』について、面白い反応はやっぱりユリスさんのものだ。
彼、ヒロインに興味ないからね。ひたすらアントワン3世の心内描写について論文めいた長文ポストを繰り返してる。
そして時々発作的に「王には心を許せる平民の友が必要!」みたいなことを差し挟んでくる。
あとはなんだろう。感想欄の様相がちょっと変わってきた。
ヒロイン批判というか、作者批判? こう、登場人物に過度の感情移入、あるいは一体化してしまうタイプの人っているよね。ヒロインの行動も心情も「間違ってる」と結構な長文で主張するものが出てきた。いや、間違いも何もぼくが作者なんだからそういう「物語」なんだ。
ただ、いわゆる「解釈違い」は作者を相手取ってさえバトルになる問題らしいから、そういうものかと静観している。テクスト論的な。
逆にうれしいところがあるとすれば、3人のヒロインいずれもちゃんとファンが付いてくれたことかな。彼女達の心理状態を長々「こうあるはず」と書けるほどに深く読み込んでくれる読者の存在は嬉しい限りだよ。
こういう感想って本当に馬鹿にならない。
それはぼくの心象に無意識のうちに影響を与えている。作者自身考えてもいなかったキャラクターの心情が浮かび上がってくるんだ。
『ブラウネは思慮深く、愛情深く、本質を見抜く女性ですから、実家への影響は当然考慮しますけど、最終的には必ず陛下の元に参ります。真の偉大さがどういうものか、彼女はしっかりと理解しているので』
とか感想が来ると、そうなのか、と説得されそうになる。でもちょっと面白いよね。長々書いてくれた割には『この人を見よ』とキャラ名を混同してたり。まぁいいよ。そういうものだと受け入れよう。
それにしてもアントワン3世意外と人気だな。こいつは本当に駄目なヤツだから、少しでも共感を持ってもらおうとマイルドにしすぎたかもしれない。時々「実はそこそこ有能なのでは?」みたいな感想が来るようになってしまった。
ブリューベルさんとジャスミナさんが王の身の回りの世話をするようになる場面——これは例の暗殺未遂以降、二人が侍女になって働くシーンね——とか、妙に好評なんだよね。「いいね」の数が多い。本来は二人が王のだめっぷりに幻滅していくプロセスのはずだったんだけど、なぜか「陛下かわいい」みたいな感想来る。
かわいくないよ。
かわいいとしたらそれはあれだ。世に言う「キモかわ」みたいな感じだろう。あるいは頭が悪い動物の面白映像みたいな。
辛い。
◆
私生活の方に話を戻そう。
ぼくは上野にいる。
事の起こりはアナリースさんの頼みだ。
東京を案内してほしいという。
ぼくも東京は特定地域しか詳しくないので困った。
困ったというより、断った。
でもね。「知子はよくて私は駄目ですか(^^)」とストレートに言われるとね。
あとアナリースさん、日本の絵文字文化を分かっていないようで、ちょっとニュアンスの異なる「にっこり」マークを付けてくる。(^^)は確かに笑顔なんだけど、実は怒りだったり煽りだったり、結構負のイメージが強いものなんだよ。
ただまぁ、ネット由来のサブカルチャーから生まれた記号はその時代を生きた人間でなければハイコンテクストに過ぎる。そもそも日本語自体がハイコンテクストなのに、それに輪を掛けて含意が多い。フランス人の彼女が分からなくても無理はない。
ただ、取引先とかに使うと不味いから後でちゃんと真相を説明しておこう。
で、上野。
アメ横とかその周辺を散策したいとのこと。
彼女は1年間日本の大学に留学していたんだから、一度くらい行ったことがあるかと思いきや全くないらしい。ぼくなんか授業サボって上野公園でおにぎり食べて、アメ横に掘り出し物探索ツアーをするのが青春の思い出だったくらいなのに。
でも彼女、そういえば日本滞在中は知子さんの家にホームステイしてたんだ。それだと確かに上野には来ないか。
知子さんの家? 松濤らしいよ。
怖いね。
で、アメ横。
毎度のことだけど、アナリースさんと並んで歩くのは一つの試練だ。お忍びで来日したハリウッド女優と通訳スタッフみたいになってる。
「いつみても思います。——日本は街が本当に綺麗ですね」
こういう台詞に生きる世界の違いを感じる。
東京の汚い街トップ3くらいには入る上野を見て「綺麗」って……。
「フランスも美しいイメージがありますよ。私もいつか行ってみたいと思っていた」
「田舎はちょっとだけ綺麗です。でもパリは駄目です」
「それは意外だな。パリは麗しの都。世界の首都なのに」
「……でも、今も昔も汚いです」
ぼくはそこで会話を打ち切る。
これ以上踏み込むとグロテスクな世界が待っているからね。
はっきり言ってアナリースさんは「上澄み」だ。血統も財産も地位もある、明確に上流階級の人間。つまり、街が汚いことを「他者」として論評できる立場にある。最近よく言われる「縦の旅行」が必要なタイプの存在なんだ。
ぼく? ぼくもそうだよ。自覚はある。ただ、社会構造の違いだろうか、彼女よりは若干透度が低いけどね。学生時代は色々なバイトをしたし、社会人になってからもごく標準的な——残業時間を入れれば明らかに標準より低い——給料で一人暮らししてたので。
アメ横の上野側、鮮魚やら何やらをたたき売りしてるあたりを歩きながらそんなことを考えるぼくの手を、彼女がいきなり握ってきた。
前からそうだったけど、アナリースさんはね、予備動作がない。突然来る。やっぱりあれかな。ネコ科の習性なんだろうか。
「離れてしまいますから」
どこかで聞いた台詞。
人混みはいつもぼくの手を不自由にする。
「ああ、確かに。——もう少し進めばましになりますよ。ただその分、道が狭くなる」
露天のところはいいんだけど、高架下辺りの個人商店が密集したあたりに入り込むと一気に窮屈になる。でも今日の目的地はそこなんだよね。
要するに、普及品の安い時計が売っている店に行きたいとのリクエストだ。
それもモールに入っているようなこぎれいなところではなく、いわゆる「マニア」が行くあたり。
海外だと蚤の市とかマニアの交換会あたりと近いのかね。
海外は時計の個人売買が盛んで、そのための掲示板もインターネット黎明期から存在する。そこで取引されるのは高いものばかりではない。100ドル、50ドルのレンジにある品も数多く出品されている。ぼくも昔はよく見てたよ。送料が高いから買いはしなかったけど。
前に話したことがあるかもしれないけど、大学時代、ぼくはこの辺りの怪しげな雑貨屋さんに入り浸ってた。どういうものが売っているかというと国産品の逆輸入版。
これは分かりづらいかな。
日本には世界的に有名な時計メーカーが3つくらいあるんだけど、その全てが商品を「国内向け」と「海外向け」に分けてる。海外向けは高級品じゃなくて、いわゆる発展途上国向けに輸出された安価なものだ。まだ機械式時計が今ほど人気じゃなかった頃のこと、国内向けは電波時計やクオーツが主流で、機械式時計はそのほとんどが海外向けだった。よって、貧乏大学生に手が届く機械式時計となると、その海外に輸出された機械式時計を日本に再び輸入したものしかない。
ただし、安価だからといって軽んじてはならない。ハードな使用に耐えるタフな機械、海外ユーザーの好みに合わせた——つまり日本人にとっては異国情緒溢れる——デザイン。バリエーションも多くて、見ているだけでも本当に楽しいんだ。
ちなみに、ぼくの宝物の一つはこの国産逆輸入品だよ。値段も7000円くらいだった。
「今日のS5も、これから行くお店で買ったんですか?」
アナリースさんがぼくの左腕に巻かれたシンプルな三針時計を眺めながら問う。
彼女も業界人だから当然知っている。この日本が誇るS社の「5」というシリーズ。語り出すとキリがないのでやめておくけど、とにかく偉大な存在だよ。この値段でこのクオリティのものをこれだけ大量に製造することは、他のメーカーには絶対にできない。アナリースさんやお父さんのエストブール氏のような時計師が作る時計が「工芸品」の頂点だとすれば、この「5」は「工業製品」の頂点であると言える。
偉大なる凡庸。その最たるものだ。
「ええ。最近店に顔を出していないから、まだあるか分かりませんけどね」
冗談めかして言いながら、まだあるだろうと確信していた。ここは変わらない。ぼくが大学生の時、すでに何十年も営業していた店なんだから。
◆
人が3人も入れば満員になってしまうほどに狭い店内。高架下の低い天井と合わせて圧迫感——より正確に言えば場末感——がある。
はたして店は昔と変わらずそこにあった。
薄汚れたショーウィンドーの中に色とりどりの時計が並んでいる。一目に素材の安っぽさが分かるような。
俯いて雑誌を読みふけっていた店主のお爺さんは、ぼくたちの姿を認めて顔を上げる。
「Great watch! Made in Japan! Cheap but tough!」
うむ。アメ横。
ちゃんと観光客に最適化されてるね。でもこの適当さを見るに、海外のお客さんそんなに多くは来ないんだろうな。
あとね、Made in Japanじゃないよね、「5」。たしか今のはタイ製だったはず。
アナリースさんはにっこり笑って流暢な日本語で返す。
「ちょっと見せていただいてもいいですか?」
虚を突かれたお爺さんはしばし無言。後に元気よく語り出す。
「是非見てってな。日本土産にちょうどいいよ! それにしてもお嬢ちゃん日本語うまいね。彼氏に習ったの?」
フランクといえば聞こえがいいけど、現代コンプラ的にはアウトもいいところ。気を悪くしていないことを祈りつつ、チラリとアナリースさんの横顔を確認してみると、意外なことに満面の笑み。
「日本語は自分で覚えました。今日は、彼と同じ時計を探しに来ました」
「お、そうかい! そりゃいい。……で、彼氏はどれをしてるの?」
彼氏ってどこにいるんだろうね。イマジナリーな存在かな。
そんなとぼけたことを考えつつ、まぁここにはぼくしかいないのでね。アナリースさんのお茶目な冗談に付き合うことにする。
「ああ、これですよ。もう何年も前にここで買ったやつです」
ぼくは左手を掲げてみせる。なんということはない、微かにCシェイプのケースに銀色の文字盤。特徴的なのは目立たないようケースにめり込む形で設定された4時位置のリューズくらいだろうか。
「そうなのかい、お兄ちゃん。いつ頃?」
「大学生の頃ですよ。多分もう12年くらい前です」
「そうかそうか。立派になったんだなぁ。こんな外人のべっぴんさんを捕まえて」
おじいさん、そういうのいいので、さっさとお目当てのものを出してほしいんだ。余計なこと言うのやめて欲しい。あなたの前にいる「外人のべっぴんさん」、オーストリア貴族の末裔だからね? やめてね、本当に。外交問題になるから。
「彼のと同じものがほしいです。ありますか?」
アナリースさんも妙に「彼」を強調していくスタイル。真面目な雰囲気なのに意外とお茶目なところがある。
「ああ、これねぇ。お兄ちゃん知ってる? この『5』、最近廃番だよ? ほら、S社色気出してるでしょ。ブランド再構築とか言って」
「話題になってましたよね。でも1年くらい前のことだから、ストックあるんじゃないですか?」
「あるにはあるけど、引きもおおくてねぇ。昔みたいな値段じゃ買えないよ」
東京には珍しい値切りタイムが始まる。
「いくらですか?」
「2万」
「2万! 『5』が? それはやり過ぎでしょう。ネット最安で1万2千円くらいでありましたよ?」
「ああいうのは駄目だ。素人さんが検品もせずに入れてる。その点うちは……」
正直2万だろうが3万だろうがよかった。でもね、素人だと思われるのはしゃくに障る。ちなみにぼくの隣でほんわかムード出してるアナリースさんなんて、機械を1から設計して製作する本物の時計師だからね。
「なるほど。なるほど。それは分かりますよ。時計は信頼できる目利きから買うのが一番ってことはよく分かってます。だからここに来たんじゃないですか。それを2万は……」
ぼくたちの丁々発止の商談を尻目に、彼女は目の前に出されたお目当ての「5」を腕に当てたり耳に当てたり——振動数を聞くために——といじり回している。
そしてポツリと呟いた。
「やっぱり『5』はすごいですね。とても綺麗。マジックレバーの仕組みも最初に勉強したときは感動しました」
マジックレバーというのはS社が開発したゼンマイの自動巻き上げ機構のこと。今となっては古典だけど、シンプルで部品点数が少なく巻き上げ効率も高いという画期的なシステムなんだ。
「……お嬢さん、詳しいね」
「時計のこと、ちょっとだけ勉強しましたから」
これは伝説のあれだね。有名なOSの開発者が、そのOSを「ちょっと分かる」って書いたTシャツを着てカンファレンスに出て話題を攫ったやつのバリエーションだ。
「今のご時世、こういうものの分かったお嬢さんは珍しい。見上げたもんだ。しかも彼氏とお揃いを着けたいなんて健気じゃないか! よし、じゃあ1万だ。1万でいい」
こういうものだよ。時計界隈は男社会なのでね。ちょっと女の人が興味を示すとすぐこれだ。お姫様扱いする。
で、おじいさん、1万にしてくれるのはありがたいんだけど、なんでぼくに請求するのだろうか。
分かるよ。分かる。
ここまで健気な彼女、しかも外人さん、しかも超美人と付き合っている以上、ぼくが払うのは規定事項なんだろうね、この店主にとっては。
実際は彼女ではないんだけど、それを言ったところで始まらない。
アナリースさんはもうニコニコだからね。買ってもらう気満々だからね。
いいよ。プレゼントしよう。
「5」の良さを分かち合う同志に。
◆
会計を済ませるぼく。ぼくと同型のシルバー文字盤を手に入れてご満悦のアナリースさん。
彼女は店を出たところでおもむろにリストショットを要求してくる。
S社のエントリーモデル(逆輸入)を身につけた男女の腕。初々しいね。大学生かな?
で、知子さんと同様、撮って即誰かに送信する。
まぁ彼女の場合友達も業界関係者の可能性が高いから、皆「5」の偉大さをよく分かっているはず。存分に自慢してほしい。
「お友達に?」
「はい。お友達に。——”彼からプレゼントをもらいました。お揃い(^^)”って。自慢しました」




