青、黒、灰褐色のコンポジション 1
かつて、ぼくは車が好きだった。
もうこの段階でげっそりするかな。
田舎の中小企業の三代目、車好き。ありがちだね。何も反論できない。まさにそれがぼくだ。
で、色々乗ってみた。2シーターのスポーツカーも大きなSUVも豪勢なセダンも。国産車も外車も。
その上で思うのは、車って本当に多様な意味を含んだ物体だということ。乗り心地や運転の快感——駆け抜ける喜び的な——といった肉体的なものから始まって、威圧と富の誇示みたいな社会的なものに至るまで、「車が好き」の一言は重層的なフレーズであるといえる。
ここでぼくが正直者であることの証を見せよう。
ぼくはこれらの意味を全部ひっくるめて肯定する。決して前者だけじゃない。後者もまた魅力の一つだった。コンビニの駐車場で見知らぬ人に声を掛けられて、写真撮っていいですかって聞かれるの、まぁ嫌ではないよね。
そんなわけで色々乗ったんだけど、結局自分には向いていないことに気づいてしまった。
ぼくは根本的に、車は好きだけど運転は好きではない。
サーキットを走れる車も荒野を走破できる車も、結局使うのは家と会社の往復だけ。ドライブに行けばいいのにってよく周りの人から言われたけど、もう高速に乗る時点でしんどい。それどころか駐車場から車を出すのすら億劫。
後ろ向きが過ぎると自分でも不思議に思って原因を色々考えてみたら、辿り着いた結論は「漠然とした不安」だった。
車って常に事故を起こす可能性があるでしょ。
自分が注意すればいいという問題ではない。どれほど安全運転を心がけても防ぎきれない偶然の不幸がある。自分が怪我をしたり死んだりする可能性はあまり考えなかった。他者を傷つけてしまう不安の方が大きかったように思う。あるいは同乗者を。
そんなことは滅多にないって頭では分かっているんだけど可能性はゼロではない。常に頭の片隅に「ひょっとしたら」を抱える時間はあまり快適なものではなかった。
これ、実はドライバーの模範的な姿勢かもしれないね。運転免許センターで表彰してほしい。ちなみにその甲斐あってかゴールド免許です。
今乗っているのは大きめのSUV。
イギリスの車でね。これも矛盾の塊なんだよ。
本来は荒れ地を行くために設計、製造されたはずなのに、現在ではラグジュアリーセダンと同じように使われてる。
デザインもどう考えてもアドベンチャー向きじゃない。東京のど真ん中が一番映える。なのに性能的には結構な水深の川を渡ったり急傾斜の崖を登ったり出来る……らしい。試したことがないので分からないけど。
速度もかなり出るよ。エンジンが無駄に大きいからね。
ぼくはこういう不可思議な道具が好きだ。明確な目的を持ったツールのはずが、様々な外的・内的要因を経て謎の進化を遂げ、全くの別物になっているような。
とても人間っぽい。
でも人間に特有の不気味な、ぐにゃぐにゃした存在の感触がない。そういう乾いた独特さがぼくには合ってる。
◆
うちの最寄り駅、改札を出てロータリーに着いた知子さんを拾った。
彼女は真っ白な、恐らく綿のブラウス——というよりもメンズのオックスフォードシャツに近い——を肘下まで軽く腕まくりして、ほとんど黒に近いネイビーのニットタイを締めている。そして薄いグレーのフレアスカート。足下は少し踵の高い、レースが足首まで覆う黒のヒール。
前回会ったときの彼女は良家のお嬢様だったけど、今日はスクールスタイルというかプレッピーというか、そういう方向に振っている模様。
ただ、スカート生地の柔らかな質感と、豪華な艶が一目で分かるフェミニンな黒いハンドバッグゆえに、全体的に見てちょっと大人な雰囲気を醸し出していた。
前に銀座の某高級ファッションブティックに行った話をしたと思う。あの時も想像していたけど、やっぱりそうだね。
彼女、あそこの上顧客だ。
バッグの事なんて全く知らないぼくでも知子さんの持っているそれ、見たことあるよ。ちょっとキルトっぽい幾何学模様の縫い目が入ったヤツ。
で、車に近づいてきた彼女は最初後部座席のドアを開けたんだよね。そして一瞬固まって、ハッと気づいてドアを閉め、助手席の方に乗り込んできた。
ここだけの話ちょっと面白かった。「あっ」って硬直するところも、何事もなかったように次の行動に移るところも。
「この車は多分、後ろの方が乗り心地がいいよ」
ちょっとからかい混じりに第一声を掛けた。
本当のことだ。ぼくは自分で運転するけど、一般的にはショーファー用途にも使われる車なので。
「いつものクセが出ちゃいました! でも今日は乗り心地よりせんぱいの隣を優先です」
家族で車に乗る時って、お父さんが運転してお母さんが助手席、後部座席に子どもって位置取りが多い気がする。運転が父母で逆転することはあるかもしれないけど、子どもは大体後ろ。
ほのぼのするな。
「女の子」って感じで。
そんなわけないよね!
明らかに。
彼女の家の車、運転手はお父さんじゃないよね。その道のプロの方だよね。たぶんドアの開け閉めもしてもらってるよね。
怖いね。
「それは光栄だな。——安全運転で参りますのでご安心ください、お嬢様」
冗談の流れを続けたぼくに、隣席から上目遣いの彼女が微かな笑みを見せる。
「ええ。では、よろしくお願いしますね」
取り澄ました素振りでそう返しながら。
悪戯っぽく、あえて大仰に。
問題は、その台詞が全くもって言い慣れた雰囲気を秘めていることだ。
「ところで、向こうに着くのは多分お昼くらいになるよ。こっちに帰ってくるのは17時か18時だけど、時間は大丈夫かな?」
「大丈夫です! 家族にも今日はちょっと遅くなるって言ってきましたから」
ん? ならないよ?
「それはよかった。ただ、家には20時に帰れると思うから、それほど遅くは……」
「夜ご飯食べますよね! 私、色々調べてきました」
「こっちで食べるの?」
「はい。もちろん!」
決定事項感ある。
美術館への送迎要員くらいに思っていたから夕食とか全く考えていなかった。
「なるほど。……ああ、念の為に1つ聞いておきたいんだけど、今日のこと、ご家族にはなんて伝えたのかな」
「? お友達とちょっと遠い美術館に行ってくる、って」
「お友達」
「はい。お友達です」
「そのお友達が私であることは?」
「言っていませんけど、……でも分かっていると思います!」
あ、うん。
分かってらっしゃる。
なるほど。
これ、絶対に、断固として日が変わる前に帰さなければいけないやつだ。幸いこの車には室内を記録するドライブレコーダーも付いてる。
何かあったときは頼むぞ。被告側の証拠として大活躍してほしい。
実際のところ、いくら名家のお嬢様とはいえ彼女は成人済みの21歳。現代日本に生きる女子大生だ。ドラマとかで描かれる典型的箱入り娘のように私的な付き合いを制限されることはありえない。誰と会おうが自由だし、恋愛だってするだろう。それが一時的なものにしかなり得ないことを彼女は理解しているはずだから。そう教育されているはずだから。だから問題はない。
「家」として気にするのはお相手があまりにもふさわしくない場合くらいだ。薬やってるチンピラとか犯罪者とか。
「あまりにも」の範囲がそこまで行くのなら、ぼくは余裕でセーフということになるね。こちらにも社会的立場があるから別れさせるときも話が早い。大人対大人、会社対会社の交渉ができる。そう思っているんじゃないかな。
でも大丈夫。
そもそも付き合ってないので。
「2時間くらいかかるから、途中喉が渇いたりしたら遠慮なく言ってほしい。コンビニに寄るからね」
「ありがとうございます」
彼女は軽くまくった袖を下ろしながら快活に答えた。
女の人は日焼け予防大変だよね。
◆
ぼくの車は運転席のメーターのところが全面液晶になっていて、そこにナビの地図を写すことができる。この形式は賛否両論あるようだけど、ぼくは比較的好みだ。使い勝手ゆえではない。
なんというか、ただ地図が好きなんだ。
子どもの頃はよく地図を描いてた。
最初は県や日本全体のものを写していたんだけど、そのうち自作しだした。それっぽい輪郭を描いて、山や川を設定していく。この山は昔は火山で、とか、学校で習う地理の知識を総動員して作る。街も村も、なぜそこにあって主要産業はどういうもので、と理由付けをしながら置いていく。
ロマンがあるよね。現実には存在しない世界を人は頭の中に作ることができる。これほどに生を実感させる行いはない。
実家を探せば小学生のぼくが創造した世界の地図がどこかに眠っているはずだ。
ちょっと笑ってしまうんだけど、実はその地図、例の『この人を見よ』のものと似てるんだ。それもそのはず、由理くんの作品は地理的な土台を西ヨーロッパのそれに依っている。ぼくも当時、それを念頭に作ったんだろう。小学校高学年でちょうど習うあたりだからね、ヨーロッパ。似るのは当たり前だ。
結局の所、ぼくも——そして彼も——完全な「世界創造」は為しえない。先人が作りだしたものに何かしら各人固有の色を乗せていくだけ。他の全ての学問と同じく。あるいはこの世の全ての営みと同じく。ぼくたちの創造は常に二次的なものだ。
でもそれは恥ずかしいことじゃない。富士山の高さを1mmでも高められたとしたら、それはまさに偉業だよ。雲を抜け天を衝く山の頂だって、元を辿ればこの1mmの積み重ねなんだから。
とはいえ、ぼくのこの密やかな楽しみは中学に入ったあたりで終わってしまった。
もう誰もそんなことをやらなくなってしまったから。
友達は部活やゲームに夢中で、ぼくも自然とそうなった。つまり、他者の存在が自身に与える影響が格段に大きくなってしまった。
言葉を替えようか。
ぼくは成長したんだ。
◆
交通量の多い国道を離れると景色は途端に緑で溢れる。夏の木々が世界を占領する。車道は片側一車線になり、人類の領域を繋ぐか細い糸になる。
「島津さんには珍しい光景かな?」
窓の外を熱心に眺める彼女に話を振った。
「はい。東京も実は結構緑がありますけど、それは全部人の手で完璧に整えられたものですから。こういう景色ってなかなか見ることはできません」
こういう景色。
これもまた十分に人の手が入ったものだ。木々の枝葉が道路を覆わないように年に何回か剪定を入れている。制御された自然。
「郊外は大体これだよ。自然は東京ほど強くコントロールされてない。でも意図してではないよ。ただ整備の予算がないから間隔が空いて、草の生長が早い夏場は押され気味になる。自然に」
「『管理された偶然性』ですね!」
「ブーレーズ?」
「はい」
「そうかもしれない。時々思うよ。これは私たち人間そのものだって。肉として、物質としての無秩序と整然とした理性がどう折り合いを付けるか。理性一本で勝負しようとして敗北した末に、人は譲歩した。ああ、それよりも、理性のみで構築される理想の世界に息苦しさを感じたのかな」
「ちょっと通俗的な解釈ですけど、言われてみれば私たちも時々かき乱してほしいときがありますね。ちゃんと生きる毎日の中に、変な偶然が欲しいことって。せんぱいはどうですか?」
「私は……どうだろう。そもそもちゃんと生きていないから、逆に理性のみで生きたいよ。偶然は怖い。この世界にある本当の偶然は、全く管理されていないから」
こんな辛気くさい話をするのもどうかと思う。ただ、心底本音だ。
ぼくは「偶然」が怖い。
突然降りかかってくるものはとにかく恐ろしい。
前職の時からそうだった。大事なプレゼンの日にいきなり同僚が風邪で休むとか、予定されていた広告が何らかの不具合でちゃんと出てないとか。そういうのが時折あった。何度も繰り返していくうちに怖くなる。「次も偶然何かが起こるんじゃないか」って。
その心性は現在の立場に至っても変わらない。突然悪いこと——大口の取引相手と切れるとか、会社のキーマンが引き抜かれるとか——が起こる可能性に常に怯えている。そんなことありえないって分かっているのに。
可能性がゼロでない以上それは起こりうる。
「じゃあ、せんぱいの理想の世界は決定論ですね」
彼女は愉快げに笑いながら言った。センターコンソール——運転席と助手席を別ける——の革張りを指でなぞりながら。
「多分ね。全部決まっていたらいいと心から思うよ。それを前もって教えてくれていたら、なおありがたい」
「——本当に、それがいいですか?」
夏の昼間、世界を塗り替える通り雨のように、彼女の語調は真剣なものに変わる。
「うん。……と、言いたいところだけど未練があるな。未練というか、手放したくないものがある」
彼女の人生はその大半を恐らく「前もって教えられた通俗的な意味での決定論」に依っている。名家に生まれた以上、それは避けることができないものだ。名家とはとても言えないけど、家業を持つ家に生まれたぼくだってそれは似たようなもの。
つまり、将来は大体決まってる。
「それは何ですか?」
「分かってるだろうに。——意思だよ。私は選択したい」
小難しい、カンヌ映画祭とかに出展される映画の一シーンみたいな、そんな場面だ。彼女の行動もまた、まさにそのもの。
そっとね、右の手を重ねたんだ。シフトレバーの上に置かれたぼくの左手の上に。
「私も」
なんだこれ……。
この流れ、これから心中に向かうカップルの会話かな?
残念なことにこの車の中にはそういった類いのことに役立ちそうなものは乗せてないけど。
彼女は言った。
「せんぱい。これからは知子って呼んでくださいね? ちゃんと」
◆
小休憩で入ったコンビニ。
各自諸々済ませて、ぼくはミネラルウォーターを、彼女は玄米茶を買った。渋いね。でも一方でソフトクリームも買ってた。
そして今、コーンの部分をちょこんと両手で持って舐めてる。
本人には言えないけど、小柄な体と深い茶色の髪が相まって、その姿はリスみたいでちょっと可愛い。本人には言えないけど。
「ところでせんぱい、その時計、この間行ったB社のやつですよね?」
「うん。その通り。こういうちょっとしたお出かけにちょうどいい。いいところの時計って基本ドレスウォッチだから取り扱いに一々気を遣うんだ。だからもう少しラフに使えるものをって要望が顧客から出て、こういうのが生まれた。ラグジュアリー・スポーツっていうんだけど……知子さんが着けてるそれも?」
道中ぼくは島津さん呼びを何度か繰り返し、その度に断固として矯正され、今ようやく滑らかに名前で呼ぶようになった。
なんだこの可愛らしい生き物。
さっきまで心中間際のカップル感出してたくせに。
「はい! 見てください! 父に買ってもらいました!」
身体をよじり、ぼくに左腕を差し出してくる。右手にソフトクリームを持ちながら。
ああ、うん。
彼女が車に乗ったときから気づいていたけどね。
ぼくが付けているシリーズの色違いだね。
ぼくのはPGにスレートグレーの文字盤、彼女のやつはWGブルー文字盤だ。
一回り小さいレディースも設定があるのにあえてメンズサイズを選ぶのがオシャレな彼女らしい。
最近の流行だからね、ビッグサイズ。大きい時計を着けることで逆に腕が細く見えるという視覚効果を狙ったもの。なるほど。
それにしても、こういう時計をポンと娘に買ってあげるって、ちょっと一般常識から外れているように感じられるよね。
でも、これもあまり詳しく言うとあれだけど、日本には——世界中に——ほら、ちょっとやっかいな税金があるから。親から子へ財産を移すときにかかるやつが。
で、そういう諸々の絡みもあって結構あることのようだよ。特に換金性の高い、税金のかからない生活動産のプレゼント。たとえば彼女がお父さんから買ってもらった時計はブレスレットまで金無垢なので、今の金相場だと素材の価格だけで相当な額になる。
ただまぁ、彼女の家の場合その程度は焼け石に水だろうから、言葉通り単なるプレゼントなのかもしれないね。
「とてもいいね。今日の格好とよく似合っていると思う」
本心からの言葉。
白とネイビー、明るいグレー。黒。この抑えた色彩の中に彼女の時計は見事にはまっている。
「そうだ! せんぱい、せっかくお揃いですから、記念に写真を撮りましょう?」
「いいけど……。じゃあ、一度車を降りないと」
二人で肩を寄せ合って自撮りみたいなものを想像していた。この車はだいぶ横幅があるので、座席に座ったまま1画面に収まるまで近寄るのは難しい。
正直外は結構暑いから面倒くさい。拒否するほどでもないけど。
「違います。手を出してください!」
食べ終えたソフトクリームの包装をコンビニのビニール袋にしまい、彼女は再び左腕を突き出す。右手にはスマホを構えて。
「リストショットするの? あまり面白くないんじゃないかな」
友達や家族に見せるとして、時計と腕だけの写真なんて普通の人には面白味も何もない。喜ぶのは煮詰まって固体化しつつあるようなタイプの時計好きだけだ。
「だめですか? せんぱい。アナとは撮ったのに……」
アナ。
彼女の親友アナリースさんの愛称だね。
まぁ、友達だから当然例の写真見てるよね。タイムラインに流れてきたんだろう。
「いや、いいよ。もちろん」
ぼくは左腕を差し出して、彼女のシャッターに身を任せた。
知子さんはスマホを素早く操作し、一段落ついたところで満足げにぼくに向き直る。
友達に送ったのかな。
まぁ、彼女の友達ってお金持ちばっかりだろうから、そういう写真も飛び交うんだろうね。
普通だったら嫌みというか自慢の極みだ。数百万円するわけで。
でもそれが全く普通の世界がある。
ちょっとした小物——キャラもののポーチとか——を手に入れて「かわいいでしょ」って報告したようなものなんだろう。
怖いね。
「みんなに見せびらかしちゃいました!」




