人間的な
女はその長い生涯の中で数限りない後悔を経験してきたが、精神の最奥までも苛むものは2つしかない。
1つは夫を殺したこと。
そしてもう1つは、夫と共に死ななかったこと。
ブラウネ・エン・フロイスブルは22から26の年まで、4年をかけて夫を殺した。
正確には見殺しにした。
夫が苦しんでいることは分かっていた。十分に、実体を錯覚するほどに確固とした手触りをもってそれを感じていた。
懊悩の根源を理解することはできない。夫と彼女は別の存在である以上、真の相互理解に辿り着くことは決して叶わない。
だが推測することはできる。比較的精度の高い予測を立てうるほどに、彼女は夫と親密な関係を築いていたのだから。
女が26の年、夫は自らを殺した。そして王となった。
偉大なるルロワの主、大陸一の騎士、枢密院主催者、サンテネリ国王、サンテネリの男になった。
彼女は夫の中で息絶えた何かに憐憫の情を抱いた。心を痛めた。だが、一方で、喜びがあった。サンテネリ女を愛し、庇護する偉大なサンテネリ男の誕生に対して。
ブラウネ・エン・ルロワは45の年に夫と別れた。
正確には彼女が着いていかなかった。
寝台の中で干からびた醜い肉体。錯乱の叫び。命乞いの哀願。全ては汚らわしく、偉大な王の最後には相応しくない、人間的な、あまりに人間的な姿である。人でありながら人ではない、サンテネリ王国の象徴たる夫の死に様は。
彼女は自身の肉体の中に夫をかき抱き、恍惚の絶頂にあった。彼はもはや王ではなく1人の男——人間的な、あまりに人間的な存在に過ぎなかったからだ。彼女は一人の人間を独占した。
夫の死の翌日から、あるいはその直後から、彼女の頭の片隅には常に一つの思いがあった。
——なぜ共に生を終えなかったのか。
答えは明白であった。女にはしなければならないことがあったのだ。彼女が生んだ二人の子ども。息子と娘を守らなければならなかった。
それはまことに人間自然の姿である。
母が子を守るということは。
しかし、女としての彼女は常に後悔を抱き続ける。
なぜ共に死ななかったのか。
人間にとって死は唯一の特権である。そこには他者が入り込む余地はない。それをともに貪ることは恐らく人生における最大の喜悦となるであろうことは彼女には分かっていた。夫を見殺しにした若かりし頃の喜びを遙かに凌ぐ、脳を焼き切る幸福になろうと。
だが彼女は生き続けた。
ブラウネ・エン・ルロワはまことに立派な女性である。
個人の意思を捨て、社会が彼女に要請するもの——義務を果たすことを選んだ。
それはつまり、亡き夫グロワス・エネ・エン・ルロワが24の年に為したのと同様の選択であった。
◆
「身勝手で本当に申し訳ないけど、お見合いの話は白紙にしたい。——近い将来、私は会社を手放す。つまり、あなたが望むであろう生活を私は提供できない」
一片の誤魔化しもなく、嘘もなく、卑怯もなく、男がその言葉を告げたとき、それを受け止めた青佳の胸骨の狭間、身体に遍く血を送る心臓はその豊かな乳房を食い破り、露わにならんばかりに踊った。
喜びという言葉では表現しようがない。それは大願の成就である。
会社を手放す。
その行為が可能な世界が存在し、そこに自身が在ることを彼女は至上の歓喜とともに自覚する。
会社という枠の中で男がもがいていたことをブラウネは十分に理解していた。青佳の記憶を通して。
——この人は、こんなちっぽけな商会一つをすら重荷と感じているのですね。
失望はない。それはむしろ男の平凡さ、つまり彼女の幸福の表れである。
サンテネリにあっては王国を背負った男は、この世界においてはシュトロワの、あるいは彼女の故郷モンフェルの小さな植木屋と変わらぬ商会一つ背負うことができない。
——なんと素晴らしいことでしょう。わたくしはこの方を、殺さずに済む。
かつての彼女、若き侯爵令嬢たる彼女であれば、侮蔑をすら投げかけたであろう。覚悟のない、惰弱な男であると。しかし現在の彼女にとって覚悟など何の価値も持たない。それは既に見飽きたものなのだから。
——楽しく生きましょう! 毎日笑って、毎日踊りましょう!
偉大なる王妃であったブラウネは困窮を知らない。歌劇や小話の中に出てくる貧民の暮らしは文字通りお話に過ぎない。ゆえに不安はなかった。
どんな貧乏も耐えられる。
女が自覚しえなかったことがある。
それはつまり、日本人として生きた若い女性の感覚と自身のそれが別ちがたく結び合っているという事実だ。会社を手放したとて男には財産がある。株も家も、本人は嫌がるかもしれないが、いざとなれば処分できる趣味の品も。慎ましく暮らせば普通の生活は十分可能であろう。その事実をブラウネは意識すらしなかった。ごく当たり前の「前提」なのだから。
——ブラウネ! ブラウネ! 何を恐れることがある! 世界の全てがきみを苛もうとも、私が付いている。このサンテネリ王グロワスが!
テレビから流れる音声は不快でありながら、ある種の心地よさもあった。
彼女はこの作品『この人を見よ』を知ったときから、まことに興味深くその推移を見守っていた。
誰が作ったのか。第一の興味はそれだ。それが誰であれ、自身と同じ境遇にある者が存在することの明白な証であるのだから。この作品の存在を把握するがゆえに、茉莉とアナリースの存在もまた彼女は大した驚きもなく受け入れた。
『この人を見よ』の存在は福音である。自身の体験——サンテネリを生きた女が日本に存在するという——が唯一の事例ではないことの証明として。それはつまり、夫が日本に存在することの強力な傍証でもある。目の前に座る男が。
一方で話の内容は陳腐極まる。
評価できるのは2点だけだ。
主人公グロワス13世の外面的な偉大さについてはとてもよく書けている。そして自身の似姿たるブラウネ姫もまた。
純粋可憐にして知略に秀でた美姫。何よりも「王に最も寵愛された姫」という設定が彼女のお気に入りだった。ブラウネの中でそれは事実であったのだから。
この作品を書いたのは恐らく「お友達」の誰かではなかろうと彼女は確信していた。王の心情に対してこれほどの無理解があろうはずがない。「お友達」であれば。
その感情描写の浅薄に比して、王の思想や行動については理解が深い。妻や子ども達、あるいは一部の重臣にしか明かすことがなかった王の「志向」をこの作品は見事に描いているのだ。当然のことながら作者は自分ではない。そして「お友達」でもない。ならば重臣の誰かであろうか。しかし、それにしては事実関係がお粗末に過ぎる。重臣の誰が父を逆臣と見做そうか。内部にいた者であればそのような勘違いをするはずがないのだ。
あるいは、全てがただの妄想、でっち上げに過ぎないのではないかと考えたこともある。卑小な売文屋がでっち上げたお涙頂戴のほら話ではないかと。例えば例の『流浪王』——グロワス14世のエストビルグからの逃亡を面白おかしく描いた歌劇のような。
だが、それにしては現実との整合性が高すぎる。グロワス13世という不世出の偉大な王とそれを支える貞淑で純真、有能な美姫という二人の登場人物は全く以て現実の存在なのだから。彼女はそう考えた。
——いずれにしても、もし仮に作者にお会いすることがあればお礼を申し上げなければなりませんね。そして罰も与えねばなりません。その不敬に対して。
◆
「まぁ! では慎ましく暮らさなければなりませんね。こう見えて私、家事は結構得意なんですよ? ——社長」
彼女の言葉には一片の憂いも、不安も、嫌悪も含まれていない。男はその事実に困惑を隠せぬまま、難しい表情で黙り込んだ。
そして苦し紛れに、的外れに答えた。
「ああ、うん。それはそうだね。でも、分かっているかな、三沢さん。私はもう、この前のように服を贈ることはできなくなる。この部屋だって、じきに売りに出してしまうだろう」
「ではどこに住みましょうか。そうだ、お食事の前に本屋さんに寄りませんか? 住宅情報誌を見に」
「……」
再び男は口を閉じる。想像を大きく外れた現実に直面したとき、即座に適切な反応を示せる者はそれほど多くはない。男はその他大勢であった。
「それに……私はもう社長じゃなくなる。あなたは私を社長とは呼べない」
彼の会社を退職した青佳にとって男は社長ではなかった。この会話の前から既に。ゆえにその呼称はただの残滓に過ぎない。
「では、なんとお呼びしましょうか。——陛下、とか?」
名前をそのまま呼べば良いと分かりながら、女はあえて冗談を飛ばした。それほどに彼女は上機嫌だった。
男の心内を見通せぬほどに。
「三沢さん! ——その呼び方は冗談でも辛い。今のぼくには」
男が大声を発するのを見たのは初めてのこと。ブラウネの意識ではない。青佳の記憶の中にも終ぞ無かった。
不意に起こった感情の隆起を間近にして、女は呆気に取られ、やがて居住まいを正した。両手を膝に置き、じっと眺める。男の顔を。
それはとても懐かしい風情だ。
かつて彼女は見たことがある。光の宮殿の執務室で、夕方の光を背に、震える手でワイングラスを持ちながら、怯えと怒りをたたえた男の姿を。
心ない悪童に虐められて縮こまる子犬のような姿を。
だから彼女は答えた。
「ではこう呼びましょう。あなた、と」
激発があった。
尻尾を丸めてうずくまる子犬とて、限界を超えれば吠える。
「これから、いつどんな場所でも、ぼくを”あなた”と呼べるか? 青佳さん。——全てを投げ捨てた、何も持たない、何も誇れるものを持たないこのぼくを!」
——ええ。もちろん。わたくしはあなたの持ち物などいりません。わたくしは欲深い女ですから。付属品など欲しくありません。本体が欲しいのです。
欲しいものは一つしかない。
だから女は迷わなかった。
「あなたが望まれるならば、いつ、どこでも、青佳はそうお呼びします」
台詞には一毫の迷いもない。
マンションの窓から指す西日が彼女の顔を照らし綺麗な陰影を作る。その様はまるで女王のようだ。芋虫よろしくソファで身体を震わせる男などよりもよほど、彼女は堂々としている。彼女は強い。
「その言葉の意味を理解しているか?」
「もちろんです」
「では、ぼくが本当の意味で全てを手放したとしたらどうだ。——あなたは誤解しているかもしれないが、ぼくは何もかも、文字通り、ぼくの持つ全てを手放そうとしているかもしれない」
半ば叫びに近い男の言葉を受けてなお、女は動じなかった。必要が無かったのだから。
「それで何が変わるんでしょう。ここ日本では、あなたが何者であっても呼び名を変える必要はありませんね。『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する』と。私はそれを学びました。——ですから、私はあなたを”あなた”と呼びます」
奇妙なオブジェを見るかのように男は怪訝な視線を発した。事は綺麗事ではなく抽象的な概念でもないのだ。
「なぜそう言える? それはただの理想論だ。ぼくは本音を話してる。つまり、もう一度言う。あなたに釣り合うものをぼくは何も持っていない。青佳さん。……ぼくに何を見ている? 多分あなたが見ているのは幻だ。本当にたちの悪いものだよ」
「なぜそう言えるんですか? あなたは私の心を何も知らないのに」
「知るわけがない。きみとは長い付き合いだが、お互いに好意が生まれるような関係じゃなかった。それがいきなり変わった。ああ、きみが変わった。なぜか? ぼくはそんなに自惚れていないよ。優秀で皆に好かれていて、とても綺麗な若い女の人が、ぼくに好意を見せる理由は一つしかない。……それを分からないほどぼくは自惚れていない」
男がこれほどまでに勢い込んで語ることは滅多にない。しかし今がその時だった。始め勢いよく弾けた言葉は、紡がれる糸が細るように薄くなり、やがて消え入った。
彼女は明白な喜びと共に彼の独白を聞いた。
——優秀で皆に好かれていて、とても綺麗な女。きっとあなたは好いてくださいますね。その女を。
状況は喜劇めいたものとなる。
一対の男女の、とりわけ愛を巡る深刻な姿は傍目には喜劇と映るものだから。
「……ぼくは、惨めだな」
「好意の理由が分からないからですか? それなら私も惨めです。私が何かのためにあなたに好意を持っていると、あなたに思われていることが。とても」
「なるほど。なるほど。じゃあ、理由はない、と」
「はい。あなたが王様であれ社長であれ下男であれ、私はあなたに好意を持ちます」
不思議な言葉を聞きつけて、男は気の抜けたように笑った。
それは諦念と疲労の発露である。
そして極微量の、希望の。
「下男。……すごい言葉を使うね」
「まぁ! きっと昨日読んだ本のせいですね。そういうシーンがあったんです」
「……」
「ところで、ちょっとお腹が空いてきましたね。 本屋さんに行って、それからお食事をしましょう。——あなた」




