この犬め というと典型的なのは?
「……ねえ、あの……」
掛け布の端を親指と人差し指で摘む。洗い立ての綿の匂いが、指の熱にほのかに立つ。喉に言葉がつかえて、呼吸が細く乱れた。
「ん、なんだ?」
彼はそれ以上、言わない。喉の奥で笑いを噛み殺すように肩をわずかに揺らしながら、視線だけをこちらに留める。壁の向こうで秒針が小さく刻む。
――な、なんで……黙ってるの。
いつもみたいに茶化してくれたら楽なのに。黙って待たれると、胸の奥が勝手に熱を持つ。
「……わたし、あの……し、し……」
唇の端が震える。摘んだ布が指に食い込む。息の合間に、彼の低い鼻息が聞こえてきて、落ち着き払った余裕を感じる。
「……しよ」
彼の喉仏がひとつ上下し、目がやわらぐ。ランプの傘を手の甲で軽く押して光を落とすと、影の中で静かに腕をひらいた。その仕草は、まるで散歩帰りに寝床を占める犬のように大きく、安心感に満ちていた。
「……やっと言えたな」
低い囁きが耳をくすぐる。近づいた体温に包まれて、指の力がふっと抜け、布がするりと滑り落ちる。
「いいのか」
「……うん」
頬に触れた手は骨ばっているのに、掌は驚くほどあたたかい。髪、頬、肩――軽い場所から、順に。呼気が首筋にかかるたび、背中のこわばりがほどけていった。
――……まったく、この人って。大きな犬みたいに余裕で構えて。背中にまわされた腕の重さまで頼もしくて、これじゃわたし、子猫みたいにされるがままじゃない。
なんだか癪だわ。
こんどは、不意をついて爪でも立ててみようかしら――そのとき、この犬はどんな顔をするのかしら。
典型「この犬め」=従順/下僕/欲望丸出し。
この描写:「犬」=余裕・頼もしさ・包容力。ヒロインは子猫=されるがまま。