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ヴィルとユベルとカテリーナと

時系列 

 本編より二十年以上前


登場人物

 ユベル・グロンダイル

 ヴィル・ブルフォード

 カテリーナ・ウイントワース


若き日の出会いと三人の関係形成

ユベル

 リーディス王国軍の銀翼騎士団右翼翼長。高い責任感と完璧主義で常に自ら前線に立ち、心身を削って任務を遂行する。表面的には冷静だが、内側には焦燥と孤独を抱えており、無理を押し通す危うさを持つ。


ヴィル

 当時二十代、右翼翼長副官。放浪の末に軍入りした叩き上げで、実務能力と行動力に優れる。ユベルの危うさをすぐに見抜き、「この人を支える」という意識を強く抱くようになる。夜食や茶を運び、マッサージや愚痴聞きなど、仕事外でも支える存在に。


カテリーナ

 十代半ばで情報部に所属した有能な若手。知恵が回り、物怖じしない性格で、時にずけずけ物を言う。年齢差や立場を超えて二人と行動を共にし、悪友のような距離感に。ユベルに恋慕を抱きつつも、ユベルとヴィルの間に流れる空気の特別さを敏感に察知し、複雑な感情を抱く。


ヴィルとユベルとカテリーナと


時系列


 本編より二十年以上前


登場人物


 ユベル・グロンダイル


 ヴィル・ブルフォード


 カテリーナ・ウイントワース


若き日の出会いと三人の関係形成


ユベル


 リーディス王国軍・銀翼騎士団右翼翼長。責任感と完璧主義が行き過ぎるあまり、常に自ら前線に立ち続ける男。外から見れば冷静沈着だが、その内側には拭えない焦燥と孤独が沈殿しており、心身を削ってでも任務を遂行しようとする危うさを抱えている。


ヴィル


 当時二十代の若さで右翼翼長副官。長い放浪の末に軍に身を置いた叩き上げで、実務能力と現場での勘に優れる。出会ってすぐにユベルの危うさを察し、「この人を支えねばならない」と強く心に決める。夜食や茶を運び、疲れた肩を揉み、愚痴を聞き、仕事の外側にまで手を伸ばして彼を支え続ける存在となる。


カテリーナ


 十代半ばで情報部に抜擢された有能な若手。頭の回転が速く、年長者にも臆せず物を言う性格で、気づけば二人と肩を並べて歩いているような少女。ユベルに淡い恋慕を抱きながらも、ユベルとヴィルの間にだけ流れる空気の特別さを誰よりも敏感に感じ取り、嫉妬と諦めが入り混じった複雑な感情を抱くようになる。


藍色の静寂


 羽根ペンを握るユベルの指先が、紙の上でかすかに震えていた。


 卓上のインク壺に逆さまに映る横顔は、濃い隈に縁取られ、魔道ランプの煤けた灯りの下で、焦点だけが頼りなく揺れている。


「……あと三件」


 掠れた独白は、自分を叱咤する鞭のように小さく響き、紙をめくる乾いた音にさえ押し負けそうだった。


 疲労の匂いが染みついた空気の中、耳に届くのは羽根ペンが羊皮紙を擦る、かすかな音だけ。


 扉が、軋んだ。


「茶だ。冷める前に飲め」


 肩越しに差し出された湯気が、ほんの一瞬、ユベルの眉間の皺を緩める。熱い茶葉の香りが、インクと紙の匂いに混じって漂った。


「ヴィル、仕事は終わったのか」


「帳簿なら昼間に片付けた。量は少ないが、数字が並ぶと頭が痛む」


「また端数を切り捨てたのか……。いいから置け。礼は言わん」


 ヴィルは素直に湯呑を置き、音を立てないように回り込み、固く張った肩へ親指を沈める。


「ッ……だから余計なことをするなと言った」


「おまえがこわばっていると、兵まで固くなる。……俺のためだと思え」


 反論しかけた唇が、すっと閉じられた。


 瞼がゆっくりと降りる。指圧の確かさを知り尽くしているがゆえに、抗う理由を一つずつ手放していく。


 肩の奥で、固まっていた筋肉がようやく溶け始めていた。


崩れる砦


 午前二時。


 外の闇は窓硝子にべったりと張り付き、書類の山だけがランプの光に白く浮かんでいる。ユベルの瞼はとうに限界を越え、最後の一行を書き終える前に、机の上へと静かに伏した。


「……またか」


 呟きと同時に外套を剥ぎ取り、落ちかけた身体を抱き起こす。


 意識は朧でも、体は素直にその支えを受け入れた。脚にかかる重みが、かすかに熱い。


 寝台までのわずかな距離で、靴が手際よく抜かれ、第一ボタンが外される。指先に触れる布は冷たく、下にある肌だけが熱を帯びていた。


「昨日より軽い。……昼を抜いただろ」


「副長のくせに、細かい」


「細かくしないと、おまえが死ぬ」


 濡らした蒸し布が首筋をなぞり、白い肌に滲んでいた紅潮を静かに攫っていく。湯気がふわりと立ち、かすかな薬草の香りが、冷えた室内にやわらかく広がった。


 ユベルが目を閉じたまま動かないのを確かめ、ヴィルは寝台の傍らに腰掛けを引き寄せる。


 膝に足を乗せ、足裏からふくらはぎへと掌を滑らせ、冷えを追い払うようにじんわりと熱を込めた。


「……ん」


 漏れた息の深さに合わせて、力加減を微調整する。


 強張っていた筋がほぐれるにつれ、呼吸は少しずつ静まり、やがて寝息が穏やかな波のように落ち着いたころ――


「……いつも、任せっぱなしで悪い」


 とぎれとぎれの寝言が、暗がりにほどける。


 思わず指が止まり、夜の静寂が胸の奥でふくらんだ。鼓動の音だけが、耳の内側でやけに近く聞こえる。


「謝るくらいなら、頼れ」


 言葉は届かない。


 毛布を肩まで掛け直すとき、口元にだけかすかな笑みが浮かび、それもすぐ、ランプの影に溶けていった。


扉の影


 部屋を出ようとしたとき、通路の曲がり角に若い騎士がふたり、壁にもたれてひそひそと囁き合っているのが目に入った。石床の冷たさが靴底越しにじんと伝わってくる。


「毎晩、副長が翼長の部屋に泊まり込みだって」


「そりゃ……そういう仲だろ」


「やっぱり? だから翼長は独身貴族なんだ」


「じゃなきゃ、この時間に男の部屋から――あっ」


 闇の奥から長身の影が現れた瞬間、ふたりの背筋が石像のように固まった。足音が途切れ、廊下の空気がぴんと張り詰める。


「……消灯時刻はとっくに過ぎている。明日の巡察は倍だ」


「失礼しました!」


 慌てて小走りに去っていく背を見送りながら、ヴィルはひとつ肩を竦め、静かに扉を閉じた。


 誤解――それでユベルの肩に乗る余計な問いが一つ減るのなら、悪くない。


 けれど背中越しに、眠る翼長がどこか安堵したように微笑んでいる気がして、胸の奥に温度だけが静かに残った。


静けさの行き先


 夜明け前。


 まだ薄闇の残る自室で、ヴィルは苦手な帳簿をもう一度広げた。窓枠からしみ込んでくる朝の冷えが、指先を少し痺れさせる。


 数字の列が滲むたび、幻聴のように「また間違ってる!」という声が蘇る。


 それでも、ペンを置く気にはなれなかった。


――自分にできることは少ない。


 だからせめて、彼が抱えた空白をひとつでも埋めたい。


 たとえ明日、訂正印で真っ赤にされようとも。


 紙面に、藍色の静寂が少しずつ沈んでいく。


 ユベルという砦を支えるための、名もない礎石として。


 誰かの隣に在ると決めた以上、名も形も要らない――その感覚だけが、やけに確かだった。


◇◇◇


 陽がまだ白い息の中に溶けている頃、廊下の先に細い影が一つ立った。


 肩に藍染めの薄手のマントを掛け、髪先に夜露を抱いたままのカテリーナだ。


 丸い銀縁の眼鏡の奥には、硝子細工のように整った顔立ち。


 口をきかなければ、絵画から抜け出した姫君のよう――口をきかなければ、だが。


「……また泊まり込みか。あんたも好きだねぇ」


「翼長に倒れられては困る。副長としての務めだ」


 歩調を崩さずそう答えると、彼女はすっと真横に並び、冷えた硝子のような視線を横顔に寄越す。マントの裾が揺れ、藍の布に染み込んだインクと薬草の匂いが、朝の冷気の中でかすかに香った。


「ねぇ、どうすれば、あの顔を私に向けさせられると思う?」


「……顔だと? 話しかけりゃ、向くだろ」


「とぼけないで。ユベルがあんたに笑う時の顔よ。全然違う。特別なんだ」


「はぁ? 何を言っている」


「思い出すたびに苛々して……昨夜なんて眠れなかった」


 足が半歩だけ止まる。


 袖口越しに視線が絡む感覚があり、丸いレンズが朝の淡い光を鋭く弾いた。


「俺には意味がわからん。そうは思わない」


「あんたはわからないだろうね。鈍感で馬鹿だし。けど……私には、わかる」


 吐息が耳朶をかすめ、眼鏡の奥の瞳が射抜くように刺さる。


 その温度に、昨夜の湯気や寝息が、胸の奥でじくりと疼くように蘇った。


「……くだらん詮索はやめろ。俺とユベルはただの仲間だ。お前もその一人だろう」


「だって、あんたは――」


 その先を飲み込んだ唇が、意味ありげに緩む。


 丸いレンズの縁だけが光を残し、彼女はくるりと踵を返した。


 残された空気には、藍染めの布から移ったような、微かな藍の香りが滲んでいた。


◇◇◇


 カテリーナ視点追補


 昼間の会議で、私は彼の隣に座る。


 丸いレンズ越しに覗いたユベルの横顔は、昨夜の温もりをまだ抱いていた。


 わかる――額の皺が、ほんのわずかに伸びている。


 あの硬い肩も、今朝はどこか力が抜けている。


 誰がそうさせたのかなんて、言うまでもない。


 羨ましい? ええ、そうよ。


 私がどれだけ言葉を尽くしても、あの笑みは向けられない。


 あの人にとって私は、からかい半分に肘で突く相手でしかない。


 でも、彼は違う。あの強面の砦を、ためらいもなく支えられる。


――あの笑顔を、私に向けさせる方法?


 簡単じゃない。だから聞いたの。


 答えなんて、最初からわかっていた。


 彼はあいつしか見ていない。


 だから私がすべきことは、間に立って、ときどき揺らすこと。


 そのときだった。


 議長の声が途切れる一瞬、ユベルが視線を横に滑らせ、隣のヴィルを見た。


 刹那、口元がわずかに緩む。


 その笑みを受けたヴィルの表情は変わらない――けれど、私の胸の奥に、冷たい棘がひとつ、静かに沈んだ。


 ねぇ、ヴィル。


 私はあんたが羨ましい。


 ――きっとこの先も、あの人の隣に立つのは、私じゃなくてあんたなんだろうね。


◇◇◇


会議後の廊下(ヴィル視点)


 議場の扉が静かに閉まり、人のざわめきが石壁に吸い込まれていく。


 石造りの廊下には、やがて靴音だけが残った。窓枠から差し込む昼の光が、床の一部を白く照らしている。


「……助かった」


 背後から呼び止める声。


 振り向けば、書類を抱えたユベルが、少しだけ肩を落として立ち止まっていた。紙束の端がわずかに震えている。


「何がだ」


「おまえが横にいてくれると、変な沈黙が生まれない」


 それだけ言って、小さく息を吐く。


 胸の奥に溜めていた何かを、ほんの少しだけ吐き出したような音だった。


 光の射し込む窓辺で、彼は束の間、まっすぐに視線をこちらへ向ける。


 昼の陽が瞳に映り、口元がわずかに緩んだ。


 昨夜、寝息の合間に見せたあの柔らかさと同じ温度が、その笑みに宿っている。


「……昼は食ったか?」


 問いかけると、ユベルは肩を竦めた。


「おまえこそ」


 すれ違いざま、袖がかすかに触れる。布越しに伝わる体温が、一瞬だけ指先に残った。


 その短い接触を、なぜか忘れたくないと思った。


二〇年以上前のユベルとヴィル — 肉体ではなく魂の伴侶

 若き日のヴィルとユベルは、軍の右翼翼長と副官として行動を共にし、任務と私生活の境がほとんどないほどの密な時間を共有していました。


ユベルの危うさ

 ユベルは過剰な責任感と完璧主義を抱え込み、心身を削っても周囲を守ろうとする人物でした。無理を押し通す危険な働き方は、常に破綻の予兆を孕んでいた。ヴィルはそれを間近で知り、ただの部下や友人ではなく、「この人を支えるためにここにいる」という意識に至る。


魂の伴侶的な結びつき

 物理的な恋愛関係はなかったが、行動や感情の呼吸は完全に噛み合い、互いの思考や体調を言葉にせずとも察するレベルに達していた。「藍色の静寂」に描かれたような、無言のまま介抱する時間は、この時代に幾度も積み重ねられたものの延長線上にある。


その二人の間にあったカテリーナの複雑な思い

 当時まだ十代だったカテリーナは、情報部の有能な若手であり、理想を語り合う仲間として、二人と共に行動することが多かった。彼女はユベルに恋慕を抱き、同時にヴィルとも悪友的な関係を築いていたが、ヴィルとユベルの間に流れる空気の特別さを敏感に察していた。


外から見える「特別」

 ユベルがヴィルに向ける微笑みや、二人だけで通じる言葉の端々。自分には向けられないそれらは、カテリーナにとって羨望と嫉妬の混ざった感情の源だった。


ユベル失踪後の空白

 突然の失踪は三人の関係を断ち切り、カテリーナにとっては「答えの出ない問い」を残す。以降ヴィルと会っても、その間にユベルの影が横たわり続け、気安さは失われていった。


ヴィルの経験が後のミツルへの対応を可能にした理由

 ユベルの危うさと、それを支えるために必要だった“距離感と手の差し伸べ方”を、ヴィルは若い頃から実地で学んでいた。そのため、その娘ミツルと関わるようになった時も、彼女の危うさ(自己犠牲・責任感・無理の積み重ね)に対して、過干渉にならず、しかし必要な時にはためらわず踏み込むという対応が自然にできた。ユベルにしてきたこととほとんど同じ手つきであり、その自然さこそが、ヴィルのミツルへの信頼の形でもある。


第四章でミツルを見たカテリーナの感覚

 ミツルの顔立ちはユベルとはまったく似ていない。それでも、カテリーナは会った瞬間に「あの二人だけの空気」を感じ取る。


 仕草、視線の送り方、呼吸の間合い——そうした非言語的な部分に、自分がかつて間近で見てきたユベルとヴィルの呼吸の一致が重なった。


 特にヴィルがミツルに向ける時の眼差しのやわらぎは、ユベルにだけ向けられていたものと同じ質を帯びている。それは本人たちが否定しても、カテリーナには“見えてしまう”領域。この直感は、彼女の過去の痛みと羨望を呼び起こし、ミツルへの態度にも微妙な棘や揺さぶりとして現れる。それは「藍色の静寂」の翌朝、ヴィルに投げかけた挑発的な問いにも通じている。


時系列

1. ユベル失踪前

カテリーナは10代半ばの若手情報部員。聡明でずけずけと物を言う性格で、20代のヴィル、30代のユベルとよく行動を共にしていた。ユベルは国の未来を憂い、カテリーナと情報面で協力。カテリーナはユベルに恋慕を抱くが、彼は政務や軍務に没頭して応えない。ヴィルは二人の仲を取り持とうとするが実らず。


2. ユベル失踪と関係の断絶

ユベルがメイレア王女を拐い突然消息を絶ち、お尋ね者に。ヴィルは独自に捜索のため騎士団を離れ、各地を放浪。カテリーナも軍を抜け情報屋として動くが、ユベルの足取りは掴めなかった。ヴィルと王都で再会することもあったが、会話の背後には常に「ユベルの影」が横たわり、かつての気安さは戻らない。


3. 二十年後の手紙

ヴィルからの手紙が届く。内容は衝撃的だった。


ユベルの死。

その娘ミツルの存在。

その母が攫われたはずのメイレア王女であること。


カテリーナは二重の衝撃を受ける。さらに追伸で、


「ミツルには、俺たちが大好きだったあいつの魂が受け継がれている」


と記されており、胸に波紋が広がる。


4. 再会と初対面(玄関)


西の町外れ・第六地区の住宅街で、ヴィルがミツルを伴ってカテリーナの家を訪れる。玄関先で厳しさと呆れの混ざったやり取り。ミツルを「こんな小さな子を」と呼びつつも、ヴィルが「俺の大事な仲間」と言うのを聞き、条件付きで受け入れる。


5. 食堂でのやり取り

食堂でカテリーナが杯を揺らしながら、ヴィルに「今夜はずいぶん静かじゃないか」と問いかける。ヴィルが「昔を思い出してな……」と答えると、会話は自然とユベルを含む三人の過去に触れる。ミツルが勇気を出して「付き合っていたとか…」と尋ね、カテリーナがむせる場面は、読者に二人の距離感と親密さを印象づける。


ヴィルが「あの頃は俺も若かった。お前も、

《《あいつ》》もな……」と口にし、カテリーナも「楽しかったさ…」と懐かしむ。カテリーナは最後にミツルに向かい、「あんたの素性は手紙で分かってる。家に帰ってから話そう」と告げる。


6. 室内での対話リビング

本や書類に囲まれた部屋で三人が腰を下ろす。ミツルがウィッグを外し、黒髪と瞳を見せる。カテリーナはメイレア王女の面影を認めつつ、「ユベルには似ていない」と言う。視線は容貌ではなく内面を探っている。ミツルが「父は間違いなくユベル・グロンダイル」と断言し、カテリーナは「いいね、その強さ」と応える。ヴィルも「剣を交えた俺が理解している。その意志は確かに受け継がれている」と断言し、カテリーナと共にその強さを認める。


カテリーナは「知らない方が幸せなこともある」と前置きし、ミツルは「すべてを知る覚悟があります」と応える。三人の間に、覚悟と信頼が芽生える。


カテリーナは二十年の空白と未練を抱えたままミツルを受け入れた。容貌は似ていなくても、「ユベルの魂」が息づいていることを直感で感じ取っている。三人の間には、過去の絆を継ぐ新たな関係が静かに形を取り始める。

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