離宮・午後のサロン
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元ネタ
外は冬の日差しが傾きかけ、庭の薔薇垣に淡い橙が射し込んでいる。
銀盆に載せた茶器の前で、ヴォルフが無言のまま茶葉を計っていた。慎重に指先の感覚で葉の硬さを確かめる。その真剣さに、思わず口元が緩む。
――……酒飲み剣士だった頃から、そうだったけど。
ひとつひとつの仕草は無骨なはずなのに、どこか色っぽくて、目が離せなくなる。
「それにしても、あなたがお茶にこだわるようになるなんて、信じられないわ」
からかうように声を掛けると、彼は淹れたばかりの紅茶の湯気から、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「俺だってやりゃあできる。それに――レズンブールがどこで聞きつけたのか知らんが、こう言ってきやがった。『酒を止めたなら、茶など嗜んではいかがかな』と」
「それで?」
「最初は断ったさ。だが……しつこくてな。仕方なくやってみることにした」
わたしは笑いをこらえきれない。彼の言う「仕方なく」という言葉とは裏腹に、その蒸らす手つきは驚くほど丁寧で、真剣そのものだから。
「へぇ、その割に、ずいぶん熱心みたいだけど?」
「奴に言われたんだ。『陛下に喜ばれますぞ』……とな」
「まぁ……」
胸の奥が、ぽっと温かくなる。レズンブール元伯爵は、すべてお見通しなのね。
「ポットも茶葉もあいつに押し付けられた。ご丁寧に手書きの指南書まで」
「さすが伯爵先生ね。あなたも、彼の生徒になったというわけだ」
「うるさい。これは奴からの挑戦状みたいなものだ。数字では逆立ちしても勝てんから、せめてこれで唸らせてやれば、俺の勝利だ」
「はいはい。仲のいいことで」
「よくない」
むっと唇を尖らせながらも、どこか楽しそうだった。
公には水と油と評される二人が、こうして密かに気脈を通わせている――その事実が、この離宮の冬に、また一つ、温かな灯を増やしてくれるような気がした。