表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テスト  作者: ひさち
14/16

力士に抱っこしてもらうと元気に育つ的

 視察の昼下がり、潮風に磨かれた小さな港の集落。

 まだ夫婦になって日が浅いのだろう、若い二人が三か月ほどの赤子を胸に包み、わたしたちを呼び止めた。


「巫女さまと騎士さま、どうかこの子に祝福をお与えください」


 夫の声はかすかに震え、妻は唇を結んだまま、瞳だけ真っ直ぐ。

 神格化されるようなことは、本当は避けたい。けれど、湧き上がる気持ちは抑えられない。

 頷いて両手を差し出す。晒を透ける陽が白く揺れ、布ごしの体温は湯気の消えかけたミルクみたいにやわらかい。頬をかすめる産毛に胸がきゅっと疼き、遠くの波音がふっと薄れた。


 隣でヴォルフが身を屈める。目尻の皺がほどけ、海の色を含んだ瞳が小さな拳を追う。


「どれ、俺にも抱かせろ」


 低い声に滲む嬉しさに、思わずためらう。


「……大丈夫?」


「何が」


「剣しか握ったことのない、そのごつごつした手で」


 視線は、革と風雨で鍛えられた彼の掌へ。節張った指、古傷の白。

 彼は鼻で笑って手袋を外した。

 

「ふん、見ていろ」


 硬いはずの掌が、薄氷をすくうみたいに静かな弧を描き、赤子を受け取る。

 顔がくしゃりと歪み──次の瞬間、甘い吐息とともに、彼の胸で落ち着いた。


「……軽いな。羽みたいだ」


 囁きは潮に紛れ、わたしの鼓動だけがはっきり聴こえる。

 小さな爪が布をきゅっと寄せ、彼は肩の力をそっと抜いた。


 母親は両手を口に当て、泣き笑いのまま立ち尽くし、義父は無言で額に手を当てる。

 祝詞を胸の内で噛みしめ、一歩進んで掌を重ねた。洗った網と花と乳の匂いが、真昼の光に混ざる。


「剣は力で握るものじゃない。……そう言わなかったか?」


 胸に息づく赤子を見下ろしながら、ヴォルフが低く言う。


「それとな、“昔”、戦地で拾った赤子の面倒を見てたこともある」


「うそ……そんな話、初耳よ」


 こぼれた声に、白壁の光がきらりと跳ねた。

 彼は一拍置いて、赤子の背を指の腹でそっと撫でる。思いのほか、優しい手。

 

「俺としては面倒で仕方なかったが……ユベルの命令には逆らえんからな」


 苦笑。風の熱が少しほどける。


「それで……でも、なかなか堂に入ってるわ。一端のお父さんみたい」


 言った途端、彼の頬に薄い朱。

 

「……う、うるさい」


 視線を逸らしながらも、抱き方はいっそう確かになる。


「だからだ。生まれてくる子の世話は、俺もやるから。がんばるから」


 胸の奥で、潮騒よりもやわらかな音が重なる。


「ふふ、ありがとう」


 小さく囁くと、赤子がくすりと寝息を漏らした。真昼の光は白く、祝福は静かに結ばれていく。


 面と向かっては絶対言えない。けど、やっぱり彼は“大きな犬”だ。

 包み込むようで、笑っちゃうくらい真っ直ぐで、隣にいると安心してしまう。


――……だめだ、想像するだけで笑える。

 

 そんなこと、本人には絶対言えない。

 でも、胸の奥でそっと呟く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ