力士に抱っこしてもらうと元気に育つ的
視察の昼下がり、潮風に磨かれた小さな港の集落。
まだ夫婦になって日が浅いのだろう、若い二人が三か月ほどの赤子を胸に包み、わたしたちを呼び止めた。
「巫女さまと騎士さま、どうかこの子に祝福をお与えください」
夫の声はかすかに震え、妻は唇を結んだまま、瞳だけ真っ直ぐ。
神格化されるようなことは、本当は避けたい。けれど、湧き上がる気持ちは抑えられない。
頷いて両手を差し出す。晒を透ける陽が白く揺れ、布ごしの体温は湯気の消えかけたミルクみたいにやわらかい。頬をかすめる産毛に胸がきゅっと疼き、遠くの波音がふっと薄れた。
隣でヴォルフが身を屈める。目尻の皺がほどけ、海の色を含んだ瞳が小さな拳を追う。
「どれ、俺にも抱かせろ」
低い声に滲む嬉しさに、思わずためらう。
「……大丈夫?」
「何が」
「剣しか握ったことのない、そのごつごつした手で」
視線は、革と風雨で鍛えられた彼の掌へ。節張った指、古傷の白。
彼は鼻で笑って手袋を外した。
「ふん、見ていろ」
硬いはずの掌が、薄氷をすくうみたいに静かな弧を描き、赤子を受け取る。
顔がくしゃりと歪み──次の瞬間、甘い吐息とともに、彼の胸で落ち着いた。
「……軽いな。羽みたいだ」
囁きは潮に紛れ、わたしの鼓動だけがはっきり聴こえる。
小さな爪が布をきゅっと寄せ、彼は肩の力をそっと抜いた。
母親は両手を口に当て、泣き笑いのまま立ち尽くし、義父は無言で額に手を当てる。
祝詞を胸の内で噛みしめ、一歩進んで掌を重ねた。洗った網と花と乳の匂いが、真昼の光に混ざる。
「剣は力で握るものじゃない。……そう言わなかったか?」
胸に息づく赤子を見下ろしながら、ヴォルフが低く言う。
「それとな、“昔”、戦地で拾った赤子の面倒を見てたこともある」
「うそ……そんな話、初耳よ」
こぼれた声に、白壁の光がきらりと跳ねた。
彼は一拍置いて、赤子の背を指の腹でそっと撫でる。思いのほか、優しい手。
「俺としては面倒で仕方なかったが……ユベルの命令には逆らえんからな」
苦笑。風の熱が少しほどける。
「それで……でも、なかなか堂に入ってるわ。一端のお父さんみたい」
言った途端、彼の頬に薄い朱。
「……う、うるさい」
視線を逸らしながらも、抱き方はいっそう確かになる。
「だからだ。生まれてくる子の世話は、俺もやるから。がんばるから」
胸の奥で、潮騒よりもやわらかな音が重なる。
「ふふ、ありがとう」
小さく囁くと、赤子がくすりと寝息を漏らした。真昼の光は白く、祝福は静かに結ばれていく。
面と向かっては絶対言えない。けど、やっぱり彼は“大きな犬”だ。
包み込むようで、笑っちゃうくらい真っ直ぐで、隣にいると安心してしまう。
――……だめだ、想像するだけで笑える。
そんなこと、本人には絶対言えない。
でも、胸の奥でそっと呟く。