狐と灯火
むかし、谷あいの村に一本の灯火台がありました。夜ごとに燃える炎は、谷を渡る者の道しるべとなり、村を守る誇りでした。
けれど一匹の狐が言いました。
「炎は強すぎる。このままでは森が焼ける。わたしが止めねばならない」
狐は顎を高く上げ、灯火台を見下ろすように睨みました。実際には塔の方が高いのに、その姿はあたかも「自分のほうが上」だと示す仕草でした。仲間の獣たちはその声に耳を傾け、やがて火は弱められました。狐は胸を張り、尾を振り、谷を救ったと誇りました。
――だが時が経ち、炎はとっくに小さくなり、灯火台は古びていました。
それでも狐は薄笑いを浮かべて、塔を見据えました。
「炎はまだ潜んでいる。あの塔を信じる者は敵だ。わたしは犠牲者だ。わたしを応援してくれる声がある」
仲間が「もう火は消えた」と告げても、狐の耳には「おまえを陥れようとしている」としか聞こえませんでした。遅れて現れても、狐は決して頭を下げず、謝ることもなく尾をひと振りして済ませました。まるで「皆が自分に合わせて当然だ」とでも言うように。
狐の言葉は、やたらと回りくどいものでした。
「そのような危険が」「そのように燃え広がる」
核心はぼやけ、責任も煙のように漂うだけでした。
語るとき、狐の視線は塔でも獣たちでもなく、いつも足元の影に落ちていました。けれど締めくくりのときだけ、急に顔を上げ、月を仰ぎ「わたしはやり遂げた」と言い切ります。その目は対話ではなく、どこか遠くの幻に向けられていました。
夜の風が吹くたびに、狐には喝采が聞こえました。ざわめく葉音は観客の拍手に思え、空き地の影は観客席に見えました。狐は胸をそらし、尾を大きく振りながら叫びます。
「わたしは戦う! わたしは負けない!」
しかし灯火台には、もう炎はなく、塔の上に降りているのは星の光だけ。狐の声は山の闇に吸い込まれ、誰にも届きませんでした。