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テスト  作者: ひさち
11/16

無題

――どうして。


 どうしてわたしは、あんなことを言ってしまったのだろう。


 かつて、大切なものを幾度も取りこぼしてきた。

 その記憶が、理屈を越えてわたしの口を動かしたのだ。


 知識ではわかっている。

 けれどあの瞬間だけは、頭より先に心が祈ってしまった。

 ひとしずくさえ零れ落ちないで、と。


 愚かだと自分でも思う。

 恥ずかしくて、顔を上げられない。

 それでも、あふれ出た声は本当の気持ちだった。


 問い詰められるかと息を詰めたのに、彼はなにも言わない。

 ただそっと笑って、黙って包んでくれた。

 圧することも、急かすこともなく。


――どうして。


 なにもかも見抜いているくせに、追い詰めようとはしない。

 わけのわからない願いさえ、そのまま赦してしまう。


 情けなくて、涙が滲む。

 でも、そんなわたしを抱きとめてくれる人は、どこにもいなかった。


 ……本当は知っている。

 わたしが怖いのは、零れることそのものじゃない。

 「失う」ことだ。


 だからこそ、ほんの少しの間でも、幸せを手放したくなかった。

 掌に掬った水のように、零れる前に抱きとめていたかった。


 それが愚かでもいい。

 祈りのように震えた声は、涙とともに彼の胸へ届いてしまった。

 ……それでもいい。


 怖くても、恥ずかしくても、わたしはやめられない。

 欲しい。欲しくてたまらない。

 あなたといる未来も、温もりも、すべて――ぜんぶ、失いたくない。


 そして、彼の腕の重みを感じながら、わたしの呼吸は次第に落ち着いていく。

 高鳴っていた脈も、ようやく静けさを取り戻して。

 その安らぎの中で、愚かな祈りごとが、そっと眠りに変わっていった。

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