猫と犬
――観察者の私の日記より
早朝 薄朱の庭
黒猫のミツルは、まだ花弁の露が乾ききらぬ芝をすべるように歩き、離れのテラスで伸びをした。
土の匂いに紛れて、ほの甘い葡萄の香がふっと漂う。昨夜、ラブラドールのヴィルが転がして遊んだ実が、草むらに残っているのだ。
ミツルはその実を爪先でそっと転がす――「……あなた、また散らかして」とでも言うように。
そこへ大きな足音。
ヴィルが駆け寄り、鼻先で実を拾い上げ、申し訳なさそうに尻尾を振る。
黒猫は小さく尻尾を揺らすだけで赦しの合図。二匹は鼻先を触れ合わせ、朝の確認儀式を終える。
午前 書斎の陽だまり
私が机に向かう傍ら、ミツルは窓辺のクッションで丸くなり、ヴィルは部屋の入り口に伏せている。
ページを捲るたび、紙が擦れる乾いた音に耳を揺らす黒い三角。
ヴィルは時折、低く喉を鳴らしながら――まるで「ちゃんと見守ってる」と呟くかのように――視線だけでミツルを包む。
猫は気にも留めないふうで、しかし彼が視線を逸らすと、細い尻尾で書斎の空気をなぞり、所在を示す。
触れず、離れず。けれど温い気配が細い糸のように部屋を満たしている。
夕暮れ 回廊のすれ違い
西日が石畳を黄金色に染める頃、二匹は別々の方向から廊下を歩いてきた。
ミツルは足取り軽く、影を伸ばしながら。
ヴィルは巡回を終えて戻る逞しい歩幅。
すれ違う瞬間、猫は一瞬だけ踵を返し、犬の前脚に柔らかく頬を擦りつける。
ヴィルは驚いたように瞬きを二度。けれど何も言わず、ただ尻尾を一振りして、そのまま通り過ぎる。
廊下には淡い薫風。藁の匂いに、まだ昼の陽射しを抱いた石の温度が混ざり合う。
夜半 寝室の静けさ
火を落とすと、館は遠い潮騒のような沈黙に包まれた。
ミツルは窓辺で月を見上げ小さく鳴く。満たされているのに、どこか胸が疼く夜の呼吸。
そこへヴィルがそっと近づき、言葉の代わりに大きな体を弓なりにして円座を作る。
黒猫はためらいもなく、その内側へ滑り込み、柔らかな胸に顔を埋める。
犬は深い溜息とともに前足を軽く回し、猫の細い身体を抱き留めた。
鼓動と鼓動が重なり、外の風音が遠退く。
私は戸口で灯を掲げ、その光景を一瞬だけ胸に焼きつけ――そっと扉を閉じる。
今宵もまた、猫は犬の胸で眠り、犬は猫を包み込む。
朝になれば、ふたりはたぶん離れて目覚めるだろう。
けれど、節目ごとに交わされる儀式の温もりは、陽射しや雨音よりも確かに、あの二匹をつなぎ止めている。