毒も蜜も喰らわば皿まで
俺が冒険者登録をして早二月半。
今日も依頼を受けるべくギルドに出向いたが、いつもは多くの人で賑わっているはずのギルドが何故か閑散としていた。
不思議に思って辺りを見回していると受付にいたミアに呼び止められ、マスラルが俺を呼んでいると告げられる。特に何かをやらかした覚えはないけど、一応案内のミアに続いてギルドマスター室に向かう。
部屋の前まで来るとミアは扉だけ開けて俺に入るよう促し、自分はそのまま扉を締めて去っていってしまった。通されたのはいいものの、当の呼び出した本人がまだ来てない。呼び出すんならちゃんと居てくれよな。
ふぅ、と溜め息を付いて俺は勝手にいつもの応接用のソファに腰掛ける。
思い返せばこの二ヶ月半はずっと忙しかった。
1日に2件ずつCランクの依頼をこなしてきた俺は1ヶ月弱でCランクに昇格。その後1日1件のBランク依頼をやり遂げ、今ではBランク冒険者まで上り詰めた。
ランクが上がるごとに依頼達成で貰える報酬も上がっていくから、今の俺、実は割と小金持ちである。
相変わらず住んでいるのはギルド直営の宿の屋根裏部屋だけど、あそこは他の部屋より広いし、片付けてくれたお礼とか言って無料期間が終わった後も安く貸してくれてるから、俺としてはわざわざ別の場所に移動する理由もない。
ここは食費払えば三食ついてくるしかなり好条件な所だと思う。いつもありがとな、おばちゃん。
ちなみに俺の昇格スピードだが、マスラル曰く早い方なんだとさ。これでもかなり飛ばしてきたイメージあるから驚きだ。今のところの最速は現在Sランク冒険者のソフィアって人らしい。噂によれば“叡智の魔女”って呼ばれてるとか何とか。
Sランク冒険者で思い出したけど、フローラに依頼していた超絶回復能力を持つ薬草―――確かパナケイア草だっけ? のポーションの錬成は無事完了して先日、完成品が三本届いた。
随分時間がかかったなとは思ったけど、その分報酬は無しでいいって言うんだからありがたいもんだ。てっきり「パナケイア草をもう二本寄越せ」くらいは吹っ掛けられると思ってたからな。
だけど困ったことにそれを渡したい人物が実家に帰省したきりまだ帰ってこない。幸いこのポーションに使用期限的なものは無いらしいから良かったけど。
彼の同僚の方が言うにはもうすぐ帰って来る予定らしいけど、実際の所はよく分からない。こればかりは気長に待つしかないな。
「おう、待たせたな」
扉が豪快に開け放たれ、その手にいくつかの書類を携えたマスラルが俺の前にズシンと座る。
「それで、今日は何の件で俺は呼び出されたんですか? 先日の取引でなにか不備があったとか?」
「いいや、フローラも自分がアレを錬成できる事自体に喜んでたみたいだからそこは問題ない。んでだ、早速本題に入ろう。まずこれを見てくれ」
前振りもなしにマスラルがスッと差し出してきたのは「第100回 武王祭」の文字がデカデカと書かれたチラシのようなもの。
「これは………」
「知ってるかもしれんが、今年はここオリージネで記念すべき第100回目の武王祭が開催されるんだ」
「いや、全く知りませんよ。なんか街に先週より人が多いなとは思いましたけど、もしかしてそのせいだったりします?」
「………本当に武王祭を知らないのか?」
ひらひらと手を振る俺を前にマスラルが目を丸くしながらきょとんとした顔をする。
「はい」
「ハァ、君はもう少し周囲の様子を気にしたほうが良いと思うぞ? まぁいい、武王祭ってのは三年に一度開催される、世界中の強者共が己の強さを示すために集い、闘う武闘大会だ」
武闘大会ねぇ………せっかくここでやるなら見に行こうかな。世界中から猛者共が集まるなんて滅多にないことだろうし。
「面白そうですね。ちなみにいつやるんですか、これ」
「今から1時間とちょっとで予選が始まるぞ」
「じゃあ今から行っても多分観客席いっぱいじゃないですかー」
「ハハッ! キョーヤ、ここで嬉しい知らせがあるが聞くか?」
「もしかして優先席のチケットとかです?」
「惜しい! 俺が君に渡すのはこれだ」
「えーと、予選特別参加チケット(選手用)………ん? 選手用?? あの、マスラルさん、これ渡すの間違えてません?」
「いや、これであってる。この大会に君には選手として出てもらおうと思ってるんだ」
「え、は、はぁぁぁあああ!?」
あまりの突然な宣告に思わずガタンとソファを揺らして立ち上がる。
「まぁまぁ、落ち着け。実はこれには表立って言えない話があるんだ。それも君にすごく関係のあることでな」
「……取り敢えず聞きますよ」
何かやらかした記憶はないなと首を傾げつつ、俺は大人しく元の位置に腰を下ろす。
「フゥ、キョーヤ、この赤い数字がなんだか分かるか?」
四半期会計帳簿と題された資料の一番上に書かれている赤色の大きなマイナス表記。その額なんと−1000万ネカー。そのせいで合計収支が大きくマイナスに傾いている。一体何したらこんなに赤字になるんだか。
「凄い額なのは見て分かりますけど、詳しい項目は黒塗りになってるんで分かりませんよ」
「そうだな、ならこうしよう」
その内容を明かすべく、マスラルは項目の部分の黒塗りにされたシールを優しく剥がす。
「あっ…………」
広がる沈黙。そこに現れたのは非常に見覚え、いや聞き覚えのある文字配列。
「何か申し開きはあるか?」
「いや、でも、これに関しては仕方がなかったと言うか、何と言うか……」
「ほう? だからこれは自分に全く関係のないことだと」
「そうではなくてですね………」
「こいつのせいで今ギルドはかなり厳しい状況になっているのはこの合計収支を見てもらえば一目瞭然だと思うが、これをたった1日で手っ取り早く黒字に戻す方法があるんだ」
「………ほう?」
「なーに、至って簡単なことだ。武王祭は選手が強さを競うその裏で、選手に金を賭ける賭博も合法的に開催されている。そこで君が出て優勝でもしてくれれば、ギルドは一気に黒字になるってわけだ」
「それ、何か規制とかに引っかからないんですか?」
随分と八百長チックな臭いがするのは気の所為だろうか。
「俺を誰だと思ってるんだ? そんな調整、ペンの一本あれば事足りる」
堂々とした不正宣言。いいのかよ、支部とはいえ一ギルドの長がそんなこと言っちゃってさ。
「正直、君は腕っぷしの強さだけで言えば、今回出場する選手の中でもかなり上位に食い込める、いや、優勝も夢じゃないくらいの実力はある。だからこその頼みだ。この提案を受けてはくれないか?」
もとよりこの多額のマイナスの要因は例の二ヶ月半前にやった第一級特別契約魔術にある。俺のせいって言えば、そうかもしれない。でもだからといって、こんな限りなく黒に近いグレーなものに手を貸していいもんなのか?
いや、待てよ。ここは発想の転換だ。どうせ危ない橋を渡るなら俺にだって利益が出たほうがいいってもんだ。
「―――マスラルさん、その賭けって出場者本人でもできるんですか?」
「本来ならできはしないが―――ほら、ここにいるだろう? 便利な代理が」
親指でトントンと自分の胸を叩くマスラル。
―――オーケーオーケー! やる気エンジン全開だぜ!!
「いいですね、その提案、乗りましたッ!」
立ち上がって互いの手をギュッと握りしめ合った俺達の目には最早、比武を楽しみにする純粋な思いよりもむしろ、その後にもたらされるであろう潤沢なネカーしか映っていない。
ナビさんの大きな溜め息が聞こえた気がするけど、多分幻聴だろう。




