隠す気のない隠し事
キョーヤがここを去ってからしばらく経ったが、いまだこの心臓は強く波打ったままだ。
世界中を旅してきた俺でも見たことがないこの花―――気になって調べてみたら、限られた環境かつ限られた条件でしか咲くことのない幻の薬草、「パナケイア草」というものだった。
現在万能薬として知られている「エリクサー」。
これの元となるのは「エリクシール草」という薬草だが、これは年に数回、しかもたとえ見つかったとしても状態が良くないものが大多数。
それ故、実際にエリクサーの原料として使用できるのはほんの僅かなものしかない。
それに加え、採集してからすぐに調合を始めないと崩壊してしまうという厄介な特性のせいで、エリクサーの完成品を目にすることは俺の立場でもかなり珍しい。
まぁ仮に完成品ができたとしても、貴族連中が己の万一のために買い込むせいで市場には一切と言っていいほど出回りはしないけどな。
だが、キョーヤがしれっと亜空間から取り出したパナケイア草はその良い状態で採取されたエリクシール草の何倍もの回復効果を持つらしい。
歴史上過去に何度か時の権力者が使用したという記録が残っているだけで他に資料は何も見つからなかった。
なぜそんな代物が一介の冒険者の手にあるのかは全く想像がつかない。
昨日俺は、『魔力転換』のスキルの習得方法を教えてもらった代わりに、彼ととある契約を結んだ。
“この部屋でキョーヤと俺の二人きりで話した時は、それが如何なる内容であろうと外部に漏らすことを禁じる”
“ここで彼がどんな物を見せようと俺はそれに対する質問をしてはならない”
といったものだ。
そんな制約をわざわざ結ぶなんて、余程隠したいことがない限りそこまでするまい。
多分あいつはすっとぼけて隠したつもりになっているが、俺には分かる。彼がどこからやってきたのかが。
渡されたこの白銀に輝く花と彼自身からほのかに漂うドラゴンの魔力。そして極めつけはあの花が“一切の加工ができない”状態のものだったことだ。
まるでその花自体の時間が完全に停止しているかのようなあの感じ―――たった一度だけだが身に覚えがある。
―――時空龍ゼロノス。時と空間を司る最強のドラゴン。
以前、とある迷宮を踏破した際に最後の転移トラップに引っかかって飛ばされた先が彼の時空龍の目の前だった。
出会ってから元の場所で目覚めるまでの記憶は何故か曖昧で詳しく思い出せないが、あの今にも口から心臓が飛び出しそうな程の威圧感はこれから先も忘れることはない。
そしてその時空龍と対峙した時に感じた、自分以外の周りのもの全てが停止しているような感覚。それと非常に似たようなものをこの花からも感じる。
それはそんな花を軽々しく手に入れられる環境に彼が居たということを示している。
つまるところ、キョーヤが彼のドラゴンの領域、“龍獄の杜”で過ごしていた可能性がある、ということだ。
古の文献であってもその名が数度しか上がっていない“龍獄の杜”という謎に包まれた場所。
もしそれが事実だとしたらキョーヤの発言にも色々納得がいく部分も多い。
だがそれを彼に伝えてしまうと、俺は一気に疑いの目を向けられ信用をなくすかもしれない。
だから今はこのままでいい。いつか彼自身が俺に話してくれるその日まで。
◆ ◆ ◆
「お待たせしました! こちらが報酬の64800ネカーです」
「ん? なんかさっき言ってたより多くないか?」
「薬草の高騰が続いているらしくて、一束700ネカーで買い取っていただけたんですよ! だからキョーヤさんには一束600ネカー換算で報酬をお渡しできることになったんです!」
「本当か!?」
「はい! それと報酬なんですが、こちらすべて一括で現金で受け取られますか?」
「その言い方だとまるで、そうじゃない方法もあるみたいだな」
「そうですね、ギルドに預けておくということもできますよ。そうしたら残高がギルドタグに記録されるので、必要な時に世界中どこの冒険者ギルドでも手数料なしで引き出すことができます。
これのおかげで重い硬貨を持ち歩かなくて済むようになったと、かなり好評なシステムなんですよ! よかったら試してみますか?」
なるほど、簡易的な銀行みたいなもんか。まぁ、これもまた「古の賢者が〜」ってパターンだなきっと。
でもやっぱり、ギルドタグのことといい、この銀行システムといい、街並みの景観に比べてやけにシステムだけは少し先を行ってるっていうか、そんな気がする。
余程頭が良かったんだろうな、その古の賢者とやらは。どんなツラしてるかは知らんけど。
「せっかくだし、それでお願いするよ。でも手元に少しは残しておきたいから………そうだな、今回は50000ネカー分だけ預ける」
「ありがとうございます! では残りの14800ネカーをお渡ししますね」
カウンターの上に並べられていくシルバーとブロンズの硬貨。
正直なところ、こっちの世界に来て通貨をマジマジと見るのは何気に初めてなもんだからどれがどれだかよく分かんねーな。
『なぁナビさん、硬貨の種類って分かるか?』
『最小単位は10ネカーです。
1枚あたりの金額は、
青銅貨が10、小銅貨が100、大銅貨が1,000、
小銀貨が5,000、大銀貨が10,000、
小金貨が100,000、大金貨が1,000,000
という感じになってますね。
あとその他にも白金貨、王貨といったものがありますけど、なにせ額が1000万と1億ですから、まずもって普通に生きていたらその硬貨を目にすることはないと思いますよ』
『その大とか小とか付いてるのはコインの大きさか?』
『そうですね。ほら、今並べられてる中にも同じ銅色の硬貨であっても大きさが異なるものが見えますよね? あの大きい方が大銅貨で、小さい方が小銅貨です』
『なるほどな、オーケー助かったよ』
『いえいえ、これが私の本分ですから!』
なんかちょっと嬉しそうだなナビさん。
「はい、ではこちらになります。大銀貨1枚と大銅貨4枚、それに小銅貨8枚ですね」
「おぉ〜、なんかこれでやっと俺も“冒険者”になったんだって感じがするな」
「ふふふ、似合ってますよ、冒険者! それでは、ギルドタグをこちらにかざしてください」
首からぶら下げた赤色のタグを指定された台の上へと乗せる。すると、「D×1」という表示がピコンという音とともに浮かび上がった。
「えっとミア、この数字は………?」
「タグの持ち主が達成した依頼の数ですね。キョーヤさんの場合は今日初めてDランクの依頼を一件達成したので、それが表示されたんですよ」
「へぇ、これで達成した件数とか確認できるんだな」
「はい! キョーヤさんは現在Dランクなので、あとDランクの依頼を99件、もしくはCランクの依頼を50件達成することで自動的にランクアップできますから、頑張ってくださいね!」
「ちなみになんだけど、そのランクアップについて何をどれだけ達成したらいいかが書かれたものとかあったりする?」
「こちらですね。そちらも持ち帰っていただいて構いませんので、宿に着いてからでもゆっくりお読みください」
何やら色々図表付きで細かく書かれた紙。あとでじっくり目を通すとしよう。
「分かった。あ、それとミア、俺また明日ここ来るつもりなんだけどさ、時間あったらでいいんだけど何か良さげな依頼があったら見繕っておいてくれたりってできる?」
「もちろんできますよ! 私はキョーヤさん専属なので、割と他の受付嬢の方たちよりも言い方はアレかもしれませんが……暇なんですよね」
「ハハハ、そっかそっか。じゃ、頼んだ!」
―――この後、颯爽と去ろうとしたものの、そもそも報酬の硬貨を入れる財布を持ってなかったことに気づいて、革製の巾着袋を1000ネカーで購入し、ミアが笑いを堪えきれずに吹き出すのはまた別のお話。
【各ランク昇格条件】
※()内は達成までにかかる平均期間
G→F:
「Eランク依頼×20(1ヶ月〜2ヶ月)」
F→E:
「Eランク依頼×50(2.5ヶ月〜5ヶ月)」
E→D:
「Dランク依頼×30(2ヶ月〜)」
D→C:
「Dランク依頼×100 または Cランク依頼×50(1年弱)」
(Dランク依頼×2=Cランク依頼×1に相当。組み合わせ可)
―――ここまでは依頼達成数のみで評価。
以降は模擬戦闘試験が追加される。
C→B:
「Cランク依頼×80 または Bランク依頼×40」
(Cランク依頼×2=Bランク依頼×1に相当。組み合わせ可)
かつ
「Bランク冒険者(下〜中位)との模擬戦闘において引き分け以上の戦績」
B→A:
「Bランク依頼×60 または Aランク依頼×30」
(Bランク依頼×2=Aランク依頼×1に相当。組み合わせ可)
かつ
「Aランク冒険者(下〜中位)との模擬戦闘において引き分け以上の戦績」
A→S:
「Aランク依頼×100 または Sランク依頼×10」
(Aランク依頼×10=Sランク依頼×1に相当。組み合わせ可)
かつ
「Lv100の大台突破」
かつ
「Sランク冒険者(同系統)との模擬戦闘において引き分け以上の戦績」




