その契約、何人たりと干渉を許さず
「待たせたな」
何やら高級そうな服を身に纏った、身分が高いであろう人達を三人連れて、マスラルが部屋に入ってきた。
片眼鏡を掛けた老紳士に、こちらを品定めするかのように目を向ける赤い長髪の女。あともう一人は何だ? 少年っぽい見た目だけど、その割にやたら場数を踏んできたようなオーラを感じる。
彼らの腕の中からは、大きな紙を丸めたような筒や、バスケットボール大の玉に脚が四本付いた機械のような物が顔を覗かせている。
「そちらの方たちは……?」
急いでソファーから立ち上がった俺は、気をつけの姿勢のままマスラルに尋ねる。
「こちらは商人ギルドオリージネ支部、上級魔術施行官の方々だ」
「ご紹介にあずかりました、私は契約魔術施行官のエフィシスと申します。以後お見知り置きを」
老紳士が流れるような美しい所作でお辞儀をする。
「君がマスラルのオジサマに無理言って一特魔術を要求したって青年? どんな太々しい野郎かと思ってたけど、中々可愛げのあるお顔じゃなーい!」
そう言って俺に近づいてきた彼女は、表情を覗き込むかのようにその細い人差し指で俺の顎を軽く上に持ち上げ、満足そうにふふっと笑った。
「…………」
赤毛の女は初対面だけどもう既にヤバい感じがするし、隣の少年っぽいのはこっちめっちゃ睨んでくるし、エフィシス以外マトモな奴いねぇのかよ商人ギルド!!
「アクシア、彼をからかうのは止めなさい。そしてキリトは挨拶くらいしっかりしなさい。非公式とはいえ、これは重要な案件なのですから」
エフィシスに窘められると、アクシアと呼ばれた赤髪女はやれやれといった表情で話し始める。
「軽く自己紹介をしておくわね、私はアクシア。今はエフィシスの補佐をやってるわ。そしてこの子は―――」
「大丈夫です、アクシア様。俺が自分で言います」
アクシアが紹介してくれようとしたところを遮って、エフィシスがキリトと呼んでいた少年が、ツカツカと俺の前までやってきて下から顔を睨みつけるようにして口を開く。
「俺はアクシア様の護衛兼、最も忠実な下僕のキリトだ。アクシア様に初対面で顔を触られたからって良い気になるなよ、クソ野郎」
親指で首を掻き切るような動作。こいつ、俺のこと煽ってるつもりか?
「こらっ、キリト!」
「へっ、こんなやつ知るかよ!」
エフィシスの注意を全く聞き入れる様子もなく、キリトは俺を睨んだままアクシアの隣に戻った。
「まったく………キョーヤ様、我が商会の者が失礼いたしました。この者たちは後程私めが厳しく叱りつけますので何卒この場ではご容赦下さい」
「いえいえ、自分も契約魔術を施行していただく身ですのでお構いなく」
「ありがとうございます。では、早速準備の方に取り掛からせていただきますね」
そう言ったエフィシスは、腕に抱えた筒状の巨大な羊皮紙を机の上に広げる。
「おぉ……!」
円や楕円、多角形などが複雑に組み合わさった魔法陣のような図形とその周りには見たことのない文字。
これが“魔術の術式”ってやつか……細部に至るまで物凄く丁寧に描かれたこの術式、最早芸術レベルだな。
「キョーヤ様は魔術の術式を見るのは初めてですか?」
「え? いや、まぁここまで規模が大きいものは初めてですかね」
危ない危ない、ボロが出かけたぜ。
「確かに第一級特殊魔術ともなれば、通常の上級魔術と比べて最低でも倍以上の情報が組み込まれていますからね。……ちなみにキョーヤ様はこちらの魔術を使って一体どのようなお話をなさるのですか?」
「えっと―――」
「エフィシス!」
静観していたマスラルが突如、少し怒気を含んだ声でエフィシスの名を呼んだ。
「お前には俺とキョーヤの契約内容に干渉する権限があるのか?」
一瞬の沈黙の後、エフィシスが深々と腰を曲げ、俺に頭を下げた。
「申し訳ございません。私としたことがつい、興味が勝ってしまいまして……」
「いやいや、そんなに頭を下げなくても………」
「キョーヤ、それではダメなんだ。商人、そしてその中でも特に重要な契約を司る魔術の施行官として、こいつは絶対に踏み込んじゃならない領域に踏み込もうとした。場所が場所なら首が飛んでもおかしくはない」
「クビになるってことですか?」
「いいや、文字通り、頭と胴が泣き別れになるってことだ」
「―――!? その発言だけでですか?」
「当然だ。逆に考えてみろ、もしここが王の目の前だったらどうなっているかを」
「王様の密約内容を知ろうとする……重罪、ですかね?」
「そうだ。しかも今回はただの上級契約魔術じゃないから尚更だ。エフィシス、施行官とはどう在るべきか言ってみろ」
「は、はいっ! 施行官は、己の感情に左右されず、顧客の利益と秘密を守り、依頼された魔術の施行を他の何よりも優先します!」
「その通りだ。それでお前が今キョーヤにしたことはどうなんだ?」
「顧客の利益と秘密を守ることに反します」
「そうだよな? 今回はキョーヤが許しているからこれ以上強くは責めないが、本来なら商人ギルドのマスターを呼ぶ案件になりかねないことを覚えておけ。そして勿論、そこの二人の教育もだ。分かったな?」
「はいっ!!」
うわぁ、マスラル恐ぇ………何ていうか威圧感? いや、一ギルドの長としての貫禄か。本来なら被害者的立ち位置にいるはずの俺でもかなりビビった。
「よし、キョーヤ、早速始めるぞ」
「あ、はい!」
俺はマスラルの顔色を窺いながら説明をするエフィシスに従って、術式上の所定の欄に自分の名前を記入し、その中央に血判を押した。
「ありがとうございます。これですべての準備は完了いたしました。最後に契約内容の確認ですが、
・集音、録画機能のある魔道具の使用を禁ずる。
・防音結界内で見聞きした内容は、情報提供者の同意無く外部に漏らすことを禁ずる。
・同内容を契約締結後、記憶を頼りに情報として記録することを禁ずる。
・キョーヤはマスラルのいかなる質問にも正確に答えなければならない。
・防音結界内でのあらゆる戦闘行為を一切禁ずる。
・万が一上記五つの条項を何らかの手段を用いて破った場合、その者は即刻死に至る。
という条件で間違いないでしょうか?」
即刻死に至る、ってやっぱりすげぇ厳しい条件だよな。ナビさんから事前に聞いてはいたけどさ。
「うむ、問題無い。キョーヤもこれで構わないか?」
「あ、はい! それでお願いします!」
「かしこまりました。では契約を発動させていただきます」
一礼してから術式の真ん中に手を置いたエフィシスは何やらブツブツと呪文のようなものを唱え始める。すると、黒いインクで書かれていた術式が手が置かれた場所を中心として徐々に赤く染まっていった。
「………我らが創造神よ、この契約をしかと見届けたまへ! ―――契約発令!!」
最後の一文を力強く強く唱えると、全体が真っ赤に染まった術式が描かれた紙がボゥッと一瞬で燃え、代わりに俺とマスラルの心臓どうしを結ぶような赤黒い鎖が形成された。
これ触れんのかな? あ、ダメだ、普通にすり抜けたわ。
「ハァッ、ハァッ………では、この後すぐに、アクシアが防音結界を構築いたしますので、我々が部屋の外に出ましたらお話を始めて下さい。終わりましたら、廊下で待機している私達にお声がけ下さいね」
魔術の施行に全力を注いだからか、エフィシスは肩で息をして、その疲労が顔に浮かび出ている。
程無くしてアクシアが持ってきた魔道具で防音結界を構築し、商人ギルドのメンバーは全員ギルドマスター室から退室した。
ここには再び俺とマスラルの二人きり。さぁ、情報開示の時間だ!




