神なる龍を超えるは真なる強者 其の四
次第に晴れていく砂塵。薄水色の結界の中から、かなり前方に僅かほど視えるゼロノスの姿。どうやらかなり後方まで吹き飛ばされたみたいだ。
『ご主人様、ケガは無いですか!?』
「ギリギリな、またこいつの結界に助けられちまったぜ」
左手に握る鮮変萬果の鞘を見つめながら感謝を述べる。
『キョーヤ、ちょっと手上げてー』
「ん?」
今まで俺の肩の上に乗っていたプニタが、俺の上半身を包み込むように薄く広がる。
『ボクは物理攻撃は全く効かないから、こうすれば鎧代わりになると思うよー!』
「いいじゃん、プニタ! 最高だ!」
改めて俺の格好を見れば、中々酷いもんだなこれ。
袖の半分千切れた上着に、破れてハーパン化したズボン。靴に至っては擦り減りまくって底がペラッペラだ。
『でも気をつけてね。魔法攻撃は普通に効くから、絶対に防ぐか避けるかしないと危ないよー』
あの攻撃を防ぐ? ムリムリムリ、跡形もなく消し飛んで終わりだぜ。
「………気合と根性で全力回避するよ」
『ほう、我が攻撃をすべて回避してのけると? ………いいだろう、遊びはここまでだ。跡形もなく消し炭にしてやろう』
この遠距離でも俺の言葉が聞き取れたのか、それに反応したゼロノスの語気が強まる。
スッとこちらに向けられるゼロノスの左手。よく分からないけど、胃の中を引っ掻き回されるような、何かとてつもなく嫌な予感がする。
だが、それが何か判明する前に事は進む。地面に複雑な紋様の橙色に発光する魔法陣のようなものが、俺を中心に展開された。
『―――龍唱《地噴》』
魔法陣の放つ光がどんどん眩しくなって―――
『ご主人様! 今すぐ大量の水を地面に撒いてください!!』
脳内に響く、鬼気迫るナビさんの声。
俺は言われるがままに、真上に生成したいくつもの巨大な水球を自分自身にも被るように一斉に落下させる。
本来こんなに大量の水を浴びたら肌は湿る。だけど、その湿り気すら感じる前に体表の水分がカラッと無くなった。
液体の水の瞬間的な蒸気への変化。この場に立つ危険をいち早く察知した俺は、ナビさんの指示が出るよりも早く前方へと駆け出す。
『前に向かって走っ―――そう! そのまま、急いで!!』
地の底から吹き出すような熱気に大量の水が一度に触れればどうなるか。
―――当然、水蒸気爆発が発生する。
背後から押し寄せる爆発的な熱風に吹き飛ばされながら、鮮変萬果の結界に身を包まれた俺はゼロノスのいる方に向かって思いっきり転がり進んだ。
振り返れば、煮え滾るマグマが結構な高さにまで噴き出しているのが目に入る。あのままあそこにいたら、まず間違いなく死んでただろうな。
「というかナビさん……分かってて敢えて爆発起こしたな?」
『はい。ただ前に走り出すだけでは魔法陣の効果範囲から抜け出す前に燃え尽きますし、爆風を利用して前に進んだほうが助かる可能性が高かったからです。本来は事前に説明すべきでしたが、急を要したため仕方なかったんです』
「なるほど、確かに一理ある。でもその余波で俺が大ダメージ負ってたかもしれねーじゃん?」
『あー、それは多分大丈夫だろうと思ってのことですよ。物理的な衝撃からはプニタが守ってくれますし、それ以外は剣の結界で防ぎきれそうじゃないですか』
「きれそう、ってめっちゃ不確定要素じゃねーか!」
『ちゃんと確証はありましたよ。なんせその結界、ゼロノスのブレスを防ぎきった代物ですよ? たかが熱風や爆発に耐えられないわけないじゃないですかー』
まぁ、これだけの衝撃を受け止めても未だヒビ一つ入ってない様子を見るに、まだまだ使えそうだ。でもいつか限界が来るかもしれないし、なるべく頼らないに越したことはない。
『寸でのところで耐えたか。それだけの物言いをする力はあるということだな。
良いぞ良いぞ! 久方ぶりに“戦闘”というものをしてみるのも面白い』
燃える宝玉のような眼が生気を取り戻したようにギラリと光を放つ。
『多重龍唱《冥星》《征雷》』
俺の背後の何も無い空間に、突如として黒い魔法陣とともに出現した真っ黒な球体。そしてゼロノスの眼前に黄色い魔法陣を背にしてバチバチと音を鳴らしながら収束する、青光りしたあからさまな電気エネルギーの塊。
二つともゼロノスが何か唱えた後に発生した、複雑な魔法陣を伴うものだ。まず間違いなくさっきのマグマ爆発級の威力のモンが来るに違いないだろう。
今にもこちらに向かってぶっ放されそうな電気の塊はさて置き、後ろの球体は何なんだ? 正体が分からなきゃ対処の仕様がない!
『ご主人様! 魔法陣が発光しま―――』
ナビさんが報告し終える前に、俺はその黒い球体の正体を理解させられる。
周囲に存在するものを悉く、ものすごい速度で吸いこんでいく黒い穴。光さえ脱出できそうにないソレはまさしく―――
「ブラックホールか!」
流石にホンモノだったらとうにこの周囲の空間が捻じ曲がって吸い込まれて、発動したゼロノスも無事じゃいられないだろうからコイツは「簡易版」ブラックホールといったところかな。
一瞬で消え去った地面の範囲を見るに、黒球を中心とした半径3mほどが確殺領域で、その外部のモノはとてつもなく強い引力で領域に引き摺り込まれてしまったら最後、即座に吸い込まれて消えるって感じの仕組みだろう。
破天丸の使ってた“滅光”とやらもこんな感じだった気がするけど、アレをさらに凶悪にしたモンって印象だな。
俺は幸い、黒球が出現した地点から軽く10mは離れているから地面に突き立てた鮮変萬果に両手で捕まっているだけで引き摺り込まれずに済んでいるけど、この状態がいつまで続くか分からないこの状態では俺の方が圧倒的に不利な状況にある。
徐々にパラパラと消えていく地面の縁が俺の足元に迫ってくるようで生きた心地がしない。迂闊に立ち上がればこの凄まじい吸引力で体が持っていかれるだろうし、今俺にできるのはここにうずくまること、それだけだ。
―――バチバチッ!
戦闘中、如何なる場合でも敵から目を離してはいけない。相手の一挙一動を見逃さないようにするためだ。見てさえいれば即座の対応も可能となり、勝率もとい生存率も僅かながらに上がる。
だが逆を言えば、目を離し、意識が逸れたが最後。その一瞬の隙が命取りとなる。
乾いた地面に滴り落ちる紅い鮮血。
痛みを感じる前に目に飛び込んでくる、己の身体が消失したという現実。
脳の理解が追いつく前に、俺は鮮変萬果を握る左腕に覆いかぶさるように倒れ込む。
『キョーヤ!』
『ご主人様!!』
右上腕を中心に、一瞬で消し飛んだ首から下の右上半身の肉体。切り離され、その場に残った右手首も、程なくして握っていた鮮変萬果の柄から剥がれ落ち、地面に転がる。
ゼロノス、俺、ブラックホールが一直線に並んでいたあの状況は全てこのためのものだったんだ。あの青白い稲妻をブラックホールに吸い込ませることで方向を指定し、着実に俺の肉体を射抜くための布石。
やられたな。ボヤける視界でもハッキリと分かる、この傷じゃもう助からない。聖魔法の回復もここまでのものは治せはしない。
………俺はここまでなのか?
破天丸との約束もまだ何も果たせてない。外の世界を旅して、呪いを破壊して、幸せになる―――まだ何一つ達成できてねぇじゃねーか。命を賭して救ってもらったのに、この結果はあんまりだ。
力の抜けた体がブラックホールの引力に耐えきれず、空中にふわっと投げ出される。
チクショウ、走馬灯すら流れやしない。クソが………
ああ! 俺にもう一回チャンスを寄越せよ! そしたら鬼だろうが龍だろうが、何だってブッ倒してやる! 俺の征く道に立ちはだかるものは全部薙ぎ倒す!
こんなところで終わってたまるかッ………!!
◆ ◆ ◆
決意も虚しく、ガクリと頭をもたげた京也の体が黒球の確殺領域の一歩手前に迫る中、その体表にパチリと弾ける小さな黒い火花。
鬼神の黒き稲妻は己の限界を超えてなお、超越を願う強い意志に呼応する。




