あたたかな風に乗って
「…………ハッ!!」
慌てて目を覚まし辺りを見回すも、そこにはただ閑な森が広がっている。周囲の木が何本も薙ぎ倒され、地面は抉れ、風通しがかなりいい。
「俺……確か破天丸の左手から出てきた龍の顎みたいなのに呑み込まれて……」
ふと後方から視線を感じて振り向くと、すぐ側の折れた木にもたれ掛かって座っている黒鬼の姿が目に入る。
「―――ッ!!」
すかさず戦闘態勢に移るべく構えようとしたが、全身の力がフッと抜けてそのまま地面に座り込む。
「目覚めたか小僧。まぁ落ち着け、そんなに殺意をこちらに向けるな。俺はどの道、ここからもう動けないのだから」
「……俺はお前に殺された、いや今こうして生きてるから殺されかけた、が正しいか。いずれにしろそんな奴の言葉を信用できるはずがないだろ?」
「ハッ、殺すどころかお前を助けたのは俺だぞ」
「何を冗談言って…………」
「お前は感じないのか? 何か憑き物が取れたかのような開放感を」
胸に手を当ててじっとすると、少し身体が軽くなったような気がする……かもしれない。
「…………確かに感じなくはないけど、これがお前と何の関係があるって言うんだよ」
「いいか小僧、よく聞け。今お前の魂には四つのとてつもなく強力な呪いが掛かっている。元々は五つだったが、俺がその中の一つを完全に破壊したのだ。そして―――」
俺は破天丸の話を遮るように右手を前に出す。
「ちょ、ちょっと待て。全く状況が理解できない。そもそも魂に掛かってる呪いって何だ? そんなの聞いたことないぞ?」
「どうやら、お前は生まれたときから既に呪いに掛かってたようだからな、無理もない。何か神に恨みでも買うようなことをした覚えなどはないのか?」
「いや全く……」
これでもこの18年間、天に恥ずべき行いはしていない自負がある。
「そうか。だが神のような上位の存在が相当な恨みを込めて呪ったような規模だったぞ。
ちなみにだが、今回俺が破壊したのは【愛滅の神呪】。お前が何者からも愛されることがなく、世界の全てに嫌われた存在として、人の温もりを知らぬまま死ぬことになる運命を強制する呪いだ」
「そんな呪いがあんのか!? しかも俺の中に?」
「実際あったのだから、あるとしか言いようがないだろう」
「というか、そもそもどうしてお前が俺の魂の呪いを破壊するなんて経緯になったんだよ?」
ハァと息を吐いた破天丸は順序立てて、素直に己が知っていることを全て打ち明けた。
その惨憺たる状況は息が出来なくなりそうな程酷く、正直聞いているのが辛くなるようなものだった。
「……何で俺を助けたんだ? 放っておいてお前一人だけ逃げ切ろうと思えばできたはずだろ?」
語られた事実に驚きを隠せず、俺は破天丸に詰め寄る。
「いや、暴走したお前から完璧に逃げ切れる余裕は正直言ってそこまでなかった。いっそ、呪いを破壊して暴走を止めてから殺せばいいと思っていた。
だが、お前の精神世界の中でお前の記憶が呪いを通じて俺の中に流れ込んできた時、俺は心の底からあの呪いを破壊しなければならないと思ったんだ。
まぁ、そのおかげでこんな風体になってしまったがな」
徐々に崩壊していく己の体を見ながら破天丸はそう告げる。
破天状態でのみ使える最終奥義―――絶天。
それは冥鬼としてのポテンシャルを余すとこなく出した破天の状態で、その溢れんばかりの力の全てをただ一撃のために集中させるための奥義。
鬼の最上位種族である冥鬼の生命力、魔力、詰め込めるものは全て詰め込んで一撃と為すその技は、神にさえも届き得るものとなる。
しかし、その代償で肉体は完全に崩壊し、魂さえも輪廻の輪に戻ることはなくなる。限界を超えた先で更に強さを求めたが故の代償である。
「お前にそこまでする理由はあったのか?」
崩れゆく破天丸の正面に俺は胡座をかいて座り込む。
「あぁ、あったさ。それに、俺はこの何も無い退屈な場所に1000年もいて飽き飽きしていたところだしな。こうして終わりを迎えられるのも悪くない」
後悔の念など全く無い、澄み切った眼をした清々しい笑顔で破天丸は応える。
「でも……」
「関係ない。お前は何も気負う必要はない。俺が好き勝手にやったことだからな」
すると、ふと思い出したかのように破天丸は腰に差してある戦変蛮禍に手を伸ばし、目の前に突き立てる。
「お前にこれを託す。俺の先祖代々受け継がれてきた妖刀だ、大切に使えよ」
「こんな禍々しい刀をどうしろっていうんだよ……」
「いいから一回手に取ってみろ」
こんな触っただけで呪われそうな刀なんか正直このまま放って置きたいところだが、一応命の恩人 (?)的な破天丸の頼みだ。
まぁ、自分で助けておいて今更呪い殺すなんてことはしないだろう。
恐る恐る手に取ってみると、見る見るうちにその不気味さが消え、むしろ神々しい雰囲気を纏い始めた。
「ほらな? それがその刀の本来の姿だ」
【冥鬼:個体名“破天丸”より『戦変蛮禍』の譲渡を確認。それに伴い、其の銘が『鮮変萬果』へと転じます】
【妖刀『鮮変萬果』の所有者がへと変更され、『鮮変萬果』が個体名“荒木 京也”に帰属化されます】
「す、すげぇ…………!! んおっ!?」
「ハハ、頭の中にそいつの使い方が流れ込んできただろう?」
流れ込んできた大量の情報に気を失いそうになりながらも、なんとか耐えきる。
「痛てて……こんなすげぇ刀、俺なんかが貰っていいもんなのか?」
「構わない。何れにしろ俺が消滅したらここに残されたままになるのだから、どうせならお前に使ってもらった方がそいつにとっても良いだろう」
建前ではない、本心から来る言葉だ。ここで断っては、折角の好意を無下にすることになる。
「わかった。それなら有り難く受け取らせてもらう」
「あぁ、そうしてくれ」
互いに口を噤み、しばしの間、場を静寂が支配する。
何か話さないといけない、その思いが俺を突き動かした。
「……なぁ、お前本当にこのまま消えちまうのか?」
「そのようだな。こればかりは最早どうすることもできまい。それと、最後に伝えておくことがあるからよく聞いておけ」
その言葉に俺は黙って頷く。
「直に俺は、魂ごとこの世界から消滅する。
だが、その後おそらくここに宝玉のようなものが残されるだろう。そしたらそれを喰らえ、必ずだ。
さすれば、その玉に封じられた俺の冥鬼としての力がお前に受け継がれ、お前はより強くなれるはずだ。
まぁ安心しろ、喰って体に多少の変化が起こりはするだろうが、痛みはあれど死にはしない」
身体の崩壊が進み、色々な所がひび割れて今にも砕け散りそうな破天丸が満足そうに笑う。
「キョウヤ、決して人からの愛を忘れるな。お前はこの先、俺の分まで幸せに生きてくれ、絶対に!
そのためにも世界を旅し、様々な手立てを見つけて、お前の魂の呪いを破壊しろ。お前が今度こそ良い縁に恵まれることを陰ながら祈っている―――」
その言葉を最後に、破天丸は光の粒となり消えていった。自由であたたかい風の中に。




