全てを断ち斬る刃
―――時は移りて現在。
(…………しばらく寝ていたのか。懐かしい夢を見ていたような気がする)
欠伸をした破天丸の目から涙がつうっと零れ落ちる。欠伸にしてはやけに大粒の涙が。
破天丸は珍しく自分で散歩でもしようと起き上がる。しかし、足元がふらつきその場に倒れ込んだ。
(おいおい、まだあの小僧の分解が終わってないのか? かれこれ一刻などとうに過ぎているぞ? 一度腹の中を覗いてみるか)
破天丸は胡座を組み、呼吸を整えて目を瞑る。意識を肉体から抽出し、自らが喰らったモノが分解されている腹の中に精神体として進入する。
「なっ!?」
そこで目の前に広がる光景に、破天丸は言葉を失った。
「どうなっているのだ、あの小僧の体が全く分解されてない……だと?」
本来ならばもう何も残っていないはずの空間に、傷一つない京也の体が浮遊している。体を分解しようとひっきりなしに黒い靄が京也に近づくが、どれも見えない壁のようなものに弾かれて体まで辿り着くことができていない。
「あれは結界か? なんでこの空間でそんなものが張れる? この空間はあらゆるものを解析し、そして分解するところだぞ!?」
だがここで一つの可能性が破天丸の頭を過る。
「……あの小僧、もしかして俺より上位の存在の依代か何かなのか?」
龍喰で喰らって分解することができるのはあくまでもこの世に存在するものに限られる。
神と称される者や世界に存在しないものは、喰らうことはできても分解することはできない。
「だがもし本当に奴が神の依代だとしたら、あまりにも弱すぎる。そんな奴を神が自分の写し身なんかに選ぶわけないだろうし…………」
すると突然、京也の体が得体の知れない黒い繭のようなものに包まれた。それを見た破天丸は一目でその正体に気づく。
「なるほど、そういうことか! この規模と密度のものは初めてだ!!」
破天丸は急いで京也の体を黒い繭ごと現実世界に吐き出し、自分も精神体から現実の肉体の方へと意識を移行する。
繭に包まれた京也の体が破天丸の右手に出現した穴から外に飛び出し、それと同時に黒い繭が崩壊する。
崩れた繭の中からは、その眼の黒白は反転し、先程喰らった時とはまるで別人のようなオーラを放つ京也が現れた。
「GIYAAAAAAAAAAAAAAAaaaa!!!!!」
生きるもの全てに恐怖を与えるかのような絶叫が森に響き渡る。
「とんでもない邪気だな。この俺が気圧されてしまいそうだ」
破天丸をじっと睨む京也が、風魔法で作った刃を超高速で何枚も連続で撃ち出す。素早く抜刀した破天丸はその全ての斬撃を余裕を持って払い落とし、そのまま距離を詰める。
「最早今の状態の貴様を侮りはせん! 全力で殺す!」
京也の異変の理由に気づいている破天丸はそれが如何程に恐ろしい存在なのかを知っている。
かつてこの森で今の京也と似たような状態のモンスターと戦った際、破天丸は魔龍の宝命核を喰らってその力を吸収したにも関わらず、危うく負けるところまで追い詰められたことがあった。
しかも京也のそれからは例のモンスターの何倍も強い邪気を感じる。
「―――凍壊ッ!!」
黒い刃が薄い水色で包まれたような色に染まり、京也の首元に迫る。
「鮮変萬果」が「戦変蛮禍」に転じた影響で、白銀の刃だった時に使用できた魔力を使用する技が今の黒刃では使用が困難になっている。
困難というのも、使用できないことはないが、その分消費魔力も大きくなり、技の威力も下がってしまうのだ。
だがこの凍壊は接近戦においては唯一無二の威力を誇るため、多少無理をしてでも放つ価値がある。
そして今、全てを凍らせる冷気を持つ刃が京也の首に当た―――
―――ガギィィインッ!!
まるで金属同士が激しく衝突したかのような音が響いて戦変蛮禍が撥ね返された。
「クソッ!!」
京也の首に迫った戦変蛮禍は、首元に突如として出現した紫色の保護膜のようなものに阻まれてその刃が首に届くことはなかった。
「我が眼前の敵よ、【捻れろ】」
空間歪曲の龍言が発令される。
破天丸はかつて自分がそうしたように、京也も自ら手足を切り落とすと考え、即座に次作に打って出る。
「GRYUUU!!!??」
破天丸の予想通り、京也は風の刃で瞬時に右腕と左足を切り落とした。
「ここだっ、灼烈ッ!!」
赤黒い刃が傷口からその肉体を灼き尽くさんと迫る。だが―――
「おいおい、冗談はよしてくれ。俺でさえそんな超高速での再生は中々に厳しいというのに」
刃が届くまでの、そのほんの僅かな時間で完全に再生した右腕が刀身をいとも容易く弾き返す。
危うく刀が手から離れるところだったが、ギリギリのところで踏みとどまり、即座に京也から距離をとる。
(だがこれで分かった。こいつには龍言なら効果がある。本来なら多用は避けたいところではあるが、やむを得ん。
だが何で攻めようか。傷を作る方法は多くあるが、その後一瞬でその傷口に攻撃を与えなければならない……
斬兇は広範囲用だし、染呪は今のこいつ相手には全くと言っていいほど効かないだろう。
ならアレしかないか。この技を解禁するのは、彼の神龍と闘った時以来。あの時は半端で終わったが、今の俺ならきっと成功する、いや、させる!)
鋒を天に向け、上段の構えを取った破天丸は決意を固めるべく深呼吸をする。
「我が眼前の敵よ、【止まれ】」
「我が剣よ、【万物を断て】」
唱え終えた破天丸の鼻と口から血がドッと吹き出す。
本来なら不可能なはずの龍言の二重掛け。禁忌を犯した者には天罰が下される。当然その反動ダメージは測り知れるものではない。
だが、最後の技を撃ち出すまで破天丸は止まらない。
理に従い、漆黒の刀身がさらに昏いオーラを纏う。刃に宿った破壊の力は、主の敵を滅するまで消えることは無い。
己の持つ全ての力を乗せて破天丸は刀を握り、迫り来る京也に向かって振り下ろす。
「―――絶征ッ!」
この世の万物を断ち切る刃による渾身の一撃が、京也の首元に確かに叩き込まれた。




