本当にツイてない転生
「一晩そこで反省していろっ!!」
怒りで顔を赤くしたクソ親父に、俺は裸足のままベランダに蹴り出される。ベランダの内壁に打ち付けられた背中と蹴られた脇腹がじんわりと熱を帯びる。
毎度毎度キレるとすぐこれだ。全く堪ったもんじゃない。
この家での俺の立場は奴隷に近い―――いや、奴隷と言い切っても過言ではないと思う。常に両親の顔色を窺って、持ち上げて、時折今みたくサンドバックならぬ人間バックになる生活。返事は常に「はい」か「ごめんなさい」の二択だけで、それ以外の言葉を発せば拳が飛んでくる。
逃げられるもんなら逃げ出したい。
当然、警察や児相にも相談した。でも彼らは決定的な証拠がなければ、一時保護をするだけでまたここに戻される。たった数日の猶予が与えられたとしても元に戻ったら前よりキツイ制裁が待ってる。そうなるくらいなら黙って耐えてたほうが幾分マシだ。
しかもなぜか昔から俺には、いくら酷い怪我をしても驚くほど早く綺麗さっぱり治ってしまう変な体質が備わっている。それを良いことに、年々ヤツらは俺をサンドバッグならぬ人間バックにする度合いが増してきてる。本当に質が悪い。
こんなクソ環境で何年も暮らしていると、たまに「ここで死んだら楽になれるんじゃないか」という衝動に駆られることもある。
だけどそこで投げ出しちまったら、奴らに負けた気がするんだよな。
俺が18になって誰にも縛られなくなったとき、ここから出ていって幸せになって、それで初めてヤツらを見返せる。だからどんなに辛くても人生投げ出したりはしない。
ここまで10年以上耐えてきたんだ。今更たかが一晩、ジメジメのベランダ生活なんて大した事ない。「命大事に」だ。
……それにしても今が夏で良かった。冬だったら割とマジで凍死もんだからな。去年の冬とかはもう本当に酷かった。手足が寒さで悴んで段々と感覚がなくなって……
待て待てなんか変な思考のスイッチ入りかけたぞ? 良くない良くない、綺麗な星でも見て気分転換でもしよう。
うーん、空一面の雲ッ! 本当にツイてないな!!
「はぁ、誰でもいいから俺のことを解放してくれ……」
ベランダの手すりに背をもたれかけ、仰け反るように星一つない空を仰ぐ。
その願いが天に届いたのだろうか。
ぐるりと世界が回った。一瞬のことだった。
僅かな浮遊感の直後に全身に走る強い衝撃。
後頭部から首筋にかけてジワッと広がる熱い感触。
喉と胸が互いに吸い付いたような感覚だ。呼吸ができない。四肢の感触もまるで無い。指の一本すらピクリとも動きやしない。
イマイチ状況が把握できてないが、視界の端にベランダが映っていることを鑑みると、おそらく俺はあそこから落ちたんだろうな―――それも仰向けに。
普通の人なら、自分の胸の高さぐらいある手すりから落ちたりはしないだろう。
だが俺には小学生のときにつけられた大変不名誉なあだ名があった。
"不運の象徴"
じゃんけんに参加すれば必ずと言っていい程、一人負け。
野球をしていれば隣のコートでプレイしていた人のバットが何故か飛んでくる。
信号を渡れば結構な確率でトラックが突っ込んでくるし、強風の日はよく看板が顔面目掛けて殺意を込めた挨拶をしにきてくれる。
今日だってどこからか飛んできた丸鋸のギザ歯が腕を掠めたくらいだ。
当然俺の近くにいれば巻き添えを食らうわけで、そのせいか俺に友達と呼べるような関係の人間は一人もいない。―――まったくひどい話だ。
あぁ、思考がまとまらない。意識が遠のいて行ってる。
俺、まさかこのまま死ぬのか……? 何も成し得ないまま死ぬのか? 自由になる前に死ぬのか? ―――そんなの許されていいはずがねぇだろ!!
というか、予め死ぬって分かってたんならあのカス共もどうにかして巻き添えにしてたぜ? 死なば諸共だ。笑顔で地獄行きの特急列車に乗ってやるよ。
おいおいおい待てよ、待ってくれ。
この虐待紛いな仕打ちにずっと耐え続けてきたんだぞ、俺は! その報いがこれか!! こんなのあんまりじゃないか!
クソ……もう駄目だ、視界が霞んできた。意識が……飛ぶ……
「ふーむ、ギリギリってところかのう? しっかしどうなっとるんじゃ此奴の身体は……儂の力でもほとんど干渉ができん」
白い髭の爺さん……? あの世の使いか何かか?
「呪われし魂を持つ少年よ、今度は異なる世界で自由に生きてみないか?」
薄れゆく意識の中、老人に何か話しかけられた気がしたが、もうそんなことどうでも良くなっていた俺は適当に首を縦に振った。
◆ ◆ ◆
―――っ!!
眩しい光に目が眩む。
死んでない……? まさか、あの状況から助かったのか?
スーッ、ハーッ、オーケー呼吸はできる。指も動くし、四肢の感覚もちゃんとある。これと言った痛みも無いし、どうやら本当に生きてるみたいだ。
むくりと上半身を起こし、辺りを見回すと、そこには白一面のだだっ広い空間があるだけで人の気配は一切しない。明らかに病院って雰囲気ではないし、これが俗に言うところの「あの世」ってところなんだろうか。
「おぉ! 気がついたか!」
誰もいないと思っていた背後から声が飛んできて、俺は慌ててその声の主の方を振り返る。
「さっきのお爺さん……?」
声の主は意識を失う直前に見たような気がする老人だった。
「驚いているようだね? まぁ無理もない。荒木京也くん、お主は……」
「―――!? すみません、ちょっと待ってください。何で俺の名前知ってるんですか? 俺名乗ってませんよね?」
「だって儂、神だもん!」
自称:神のお爺さんがドヤ顔でサムズアップしてる。本当なのかめちゃくちゃ怪しいな。
「しかしまぁ、お主はとてつもない苦労をしてきたようじゃのう……」
仮にこの爺さんが本当に神様だとするのなら、俺の今までの人生の道のりを覗き見ることだってきっと容易いんだろうな。まぁ、見たところでなんの面白味も無いつまらないモンだとは思うけど。
「そうですね。というかここ病院ではないっぽいですし、やっぱり俺もう死んだ感じですか?」
「うむ、間違いなく現実世界でのお主の“肉体”は既に死んでいるのう」
「……やっぱりそうですか」
この空間に来たときから何となく予想はついていた。いや、そもそもあの容態で助かるとは思ってもいない。
でもどうしてだろうな、死んだことについて何故か嘘みたいに冷静な自分がいる。普通は死んだ事実を突きつけられて尚、意識を保ってしまっているのなら、恐怖や不安、未練や後悔に心が支配されてひどく動揺したり、自暴自棄になったりしてもおかしくはないと思う。
体感としては深い眠りに落ちたような感覚だったからかもしれない。生きたまま焼かれるような酷い苦しみを伴って死んだわけでもないし、そこまで強い印象は残ってない。
兎にも角にも、どうやらアレで俺の人生は終わったらしい。なんつー惨めな死に方だってんだ。どうせなら、ベタではあるかもしれないけど事故から誰かを守って死ぬみたいな方が格好もついただろうに。
「それにしても、まさかあんなに呆気なく死ぬとは思わなかったですよ」
「……お主の不運のせいじゃな」
「神様なら俺の不運くらいどうにかしてくださいよー」
「神といっても色々おってな、儂は世の特殊な事情を持つ魂の輪廻を司る “転生神” なんじゃ。残念ながら魂に結びついた命運までは干渉できんのだよ」
魂レベルで俺は不運だと。もしかして俺が不運なのって生まれながらに決まってたってことなのか?
「それで京也くん、お主は神を信じるかね?」
「昔は信じてましたよ、それなりには。でも、いくら祈っても不運だし、親はクズだし、挙句の果て“不運の象徴” だなんてあだ名もつくし……ここでお爺さんを目の前にしてなかったらきっと今でも信じてなんかいなかったでしょうね」
「“不運の象徴”かのぅ、それはまた中々……」
「え、なんて?」
「いやいや、なんでもない。それで京也くん、急な話でアレなんじゃが、今からちと残酷な話をお主にしなければならない。覚悟を決める時間も取ってやれなくてすまないが聞いてくれるかの?」
「……はい、大丈夫です」
実質聞かないという選択肢が無いこの状況。俺は少し緊張した面持ちで固唾を呑む。
「ありがとうな。回りくどい言い回しは性分じゃないから始めに言わせてもらうが、お主はもう……今まで暮らしていた世界には戻ることはできないんじゃ」
「なんだ、たかがそんなことですか」
「たかが、じゃと!? お主今儂が言った意味がわかっておるのか? もう二度と元の世界の人達に会えないということじゃぞ?」
「はい、勿論分かってますよ」
“あなたは想定より早く死んでしまったので、普通の人より長く地獄で苦しんでもらいます” 的なことじゃなければ大丈夫だ。
クソ共に散々苦しめられてきたのにここから先ももっと苦しめって言うんなら流石にキレてたかもしれないけど、それ以外なら何だって大歓迎さ。
「お主……これは何と言うか、儂の胸倉掴んで怒鳴り散らしてもよいレベルの話じゃぞ? そんなに淡々と受け流して良い話でもないと思うんじゃが……」
「俺にとってはその程度の話なんです。元より元の世界に友人と呼べる人間なんざ一人もいないですし、自分の帰りを待つ人もいませんしね。
それに、お爺さんが間違って本来死ぬべきではなかったはずの俺を殺してしまったとかそういう訳じゃないですか。だから俺がここにいるのだって奇跡のようなものなんですよ」
「奇跡、かのう。そこで提案なんじゃが、これまでとは文化も常識も全く異なる世界―――すなわち『異世界』に興味はあるかね?」
「あります! 行かせてください!」
「随分と迷いがない返事じゃな。本当に元の世界に未練などはないのか?」
「やりたかったことを上げればキリが無いですけど、それ以上にアイツらがいる世界に戻るなんて想像しただけでも反吐が出ますね。もし仮に戻れると言われても断ってたと思いますよ」
これは本音だ。俺が至って冷静に死んだことを受け入れてる主な理由でもある。
やりたいことがいっぱいあったとは言っても、アイツらから離れられることの方が余程俺にとっては価値がある。元の世界に戻されるくらいなら今ここで死んだほうがマシってくらいにはそう思ってる。
「ホホホ! じゃが、儂は一言も行かせてあげる、とは言っとらんぞ? 興味があるか、と聞いただけじゃ」
なんだろう……一回このニヤニヤ笑ってる爺さんの顔、引っ叩いても罰当たらない気がしてきた。
「期待させといて酷いじゃないですか」
「いや別に儂も意地悪したくてそう言ってる訳ではないんじゃ。普通なら、お主のいた世界から向こうの世界に行くときには何かしら特殊なスキルという異能のようなものが自動的に付くんじゃ。じゃが……」
言葉を濁した爺さんを見て、俺の脳裏に嫌な予感が走る。
「どうしたんですか?」
「言いにくいんじゃが……お主にはそういった類のスキルが、今の所一個もないんじゃ!」
やっぱりな。そんなことだろうと思ったよ。ホントにつくづく運がねぇ。
「そこを神様パワーでどうにかしたりは……??」
「無理じゃ」
ハイ、即答。そこはせめて少し言葉を濁すとかさ、そういう配慮はないんですかね? いやまぁ、神様が下々の民たる人間にそんなことは考えないんだとは思うけど。
「……もう一度聞きます。本当に何も無かったんですか?」
「うむ」
「本当の本当の本当に??」
「こちらが強制的に付与しようとしてもなぜかお主の魂に拒絶されてしまってのう。儂とて、付けてあげたい気持ちは山ほどあるんじゃが」
俺はついに神にまで見捨てられたのか。またこれも不運っていうのなら大概にしてほしいぜ、まったく。
「―――んぉ? 待ってくれ、一つだけ付けられたぞ!?」
まさかの事態によってできた重苦しい雰囲気を打ち破るようにお爺さんの声が広い空間に響く。
「本当ですか!?」
これじゃよ、と言って神様が見せてくれたスキルは、“苦痛耐性” というものだった。
これだけじゃ良いんだか悪いんだか、分からないような名前だ。
「この“苦痛耐性”ってどんなスキルなんですか?」
「うーむ、まぁ簡単に言えばあらゆる苦痛における耐性が得られるというスキルじゃ」
「それって超レアスキルですよね?」
「いや、実際そこまでの効力はないし、ただネガティブになりにくいというだけで、そこらの人が大抵持ってるような代物じゃ」
コモンスキルぅぅ!
グッバイ、俺の楽しい異世界生活―――何となく想像つくぞ、これ多分、始まった瞬間に森とかでモンスターにばったり遭遇して、すぐにぶっ殺されてまたここに戻ってくるやつだな。うん、きっとそうだ。
「もうスキルは諦めますよ……代わりにステータスとかどうにかなりませんかね?」
「……すまんのう、何故かお主のステータスはポイントが割り振れないんじゃ」
スキルがあるんならステータスだって存在するだろ、という推測のもとダメ元で言ってみたんだが、どうやらステータスもしっかりあるらしい。ただこれも俺のはいじくることができないらしいが。
ハハハ………もう終わりだコレ。
俺、前世で大罪かなんか犯しでもしたのか?
七つの大罪を極限まで犯しまくったとか?
それとも神様の逆鱗にでも触れたのか?
ハァ、今そんなこと考えても仕方ない。重要なのはどう打開策を見つけるかだ。
「じゃあ、向こうの世界の一般人同等のステータスでスタートするってわけですね?」
「……向こうの世界にはお主がいた世界にはない“魔力”という概念があってのう。一応向こうの世界に渡る人にはここに来る際に魔力を自分の身体で生成する器官が備わるんじゃが、何故かお主にはそれもないんじゃ」
つまりパンピーより弱い状態から始めろってわけですかい。
「……もう出だしから完全に詰んでません?」
「……」
「……」
はいそこ、目を背けないっ!!
その後もいくつか問答を交わし、少し分かったことがある。
これから行く世界は、まだ魔王とかそういう感じの敵はいないらしく、割と平和な状態であること。
そして俺は今の肉体を保ったまま転移するような形で向こうの世界に行くということだ。幼児として生まれ変わることもできるらしいけど、それだと今ある記憶を失う可能性が高いらしい。そういう訳だから、もちろん反対させてもらった。
魔王とかがいないなら、なんで俺が転生できるのかとも聞いてみたけど、のらりくらりはぐらかされて明確には答えてもらえなかった。
まぁでも、転生の機会をもらえただけ良いってもんだろ。深く考えすぎないほうが良い気がする。その事実だけをありがたく受け取ろう。
「おっ、そろそろ時間のようじゃ。向こうの世界に行く準備はよいか?」
何も良くねぇよ!と叫びたい気持ちを抑えつつ、冷静に僅かな可能性について思考を巡らせる。
「あ、一つだけいいですか?」
「ん? 言ってみたまへ、可能な限り叶えてやろう!」
「向こうの世界の言葉を理解できるようにしてください」
流石に参考書も何も無い中で一から言語を習得するのは鬼畜すぎるし、これくらいの手当はあっても……
「何じゃ、そんなことか? それなら心配いらんぞ。それはスキルではなく、『加護』に当たるからのう」
取り敢えずは一安心だな。というか、加護は普通につくのね……じゃあなんでスキルはつかねぇんだよ。
「あと……できれば過ごしやすくて、モンスターとかもいない、平和な場所に送ってください!」
「うーむ、それは保証できん! 行った先でお主に幸あらんことを。それでは、転送開始!!」
爺さんがパチンと指を鳴らすと俺の足元が明るく光り出す。
このときの俺はまだ浮かれていた。
思春期男子なら誰でも一度は夢見る異世界転生。前世では不運だったけど次の世界ではきっと楽しく生きていけるんだって。
それがまさか、初っ端からあんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
字数が少し多めになってしまってごめんなさい(._.)
基本、本作は一話当たり2000〜3000を目標に書いております。一話を短時間でサクッと読めるのが売りです。
次話もよろしくお願いします!!




