黒き破滅、贄を欲す
穿天丸が連行され、群衆の熱は徐々に冷めつつあったが、ここでふと一人がある疑問を呈する。
「獅子丸さん、もし奴のせいで本当に魔龍が復活したら俺達はどうすればいいんでしょう?」
「何か備えておくべきこととかってありますかね?」
「いっそ早めに避難しちゃいましょうよ!」
襲われる前にこの村を離れるべきだ、という声がちらほらと聞こえ始める。
「それはならんな、まだ魔龍が復活したと決まったわけでもあるまい。先程の爆発だって穿天丸の自作自演かもしれんしな」
獅子丸は避難という言葉にいち早く反応し、その可能性を潰す。獅子丸にとってこの村は穿天丸の父から奪った村長の座で、自分自身は何もせずとも贅沢ができる素晴らしい環境なのだ。
自身には行政の才が無く、先代と全く同じように村の運営をしていただけ。ましてや、洞窟の中にあった綺麗な水晶体のようなものを少しずつ売り捌き、その儲けを懐に入れて贅沢をしている獅子丸にとって、この村から離れることは自らの破滅につながりかねない。
だからたとえ魔龍がこの村に現れようとも、村民に何かしらの言い掛かりをつけて供物にすることでその脅威を免れようと画策していた。たった今、都合よくその一人を捕らえたわけだが。
「獅子丸さん!! あっちの空を見てください!! ドス黒い雲がこちらに向かって来てるように見えませんか?」
「むっ……」
どう見ても普通の雨雲ではない黒雲が、その通った道にある命をすべて奪いながらこちらへ近づいてくる。木々はみるみるうちに枯れ果て、地面はひび割れる。穿天丸が言っていたことが現実となってしまった。
「村長! もしかしてあれ……」
「あの裏切り者のせいで魔龍が本当に復活してしまったのかもしれんな」
「えぇっ!? そんなぁっ!!」
「私たち一体どうすればいいのよ……」
「ふざけるな、なんで俺達がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!」
躙り寄る未知の恐怖に晒された民衆の間に不安と怒りが入り混じった声が広がる。
「皆の衆、ここにいる者は一旦我が家の敷地内に入りなさい。さすれば一時の身の安全は保証できるだろう!」
獅子丸の宣言を聞いた民衆が一斉に屋敷内に入る。だがこれも、供物として差し出せる者たちを取り逃さないための獅子丸の策であることなど、ここにいる者は誰も気が付かない。
空が瞬く間に黒雲に覆われ、黒い雷が村の至る所に落ちた。
各地で悲鳴が響く中、それを全て掻き消すような雄叫びが淀んだ空気を震わせる。
黒雲の中からゆっくりとそれは地上に向かって下りてきた。
山ひとつはありそうな巨大な躰。
頭部にそびえる金色の双角。
見るもの全てを射殺すような視線を放つ真紅の瞳。
何もかもを食い千切らんとする獰猛な牙。
首には一筋の光さえない漆黒の宝玉。
そしてそれを守るかのように鋭い爪を備えた腕が胴体から伸びる。
背に靡く金色の毛は全身を覆う黒鱗によってその絢爛さがより一層際立っている。
千年の時を経て、この地に再び魔龍が降臨した。すべての命あるものに平等に死と破滅をもたらす破壊の権化の再臨である。
挨拶代わりの一発とでも言いたいのだろうか、軽く放った咆哮で山が一つ消し飛ばされた。
『あの忌々しい戦いがもう千年前のこととはな。我が眠りについていた間に随分時が経ってしまったようだ。そうだ、せっかくだしまたアレをやってみるのも良いな』
魔龍は大きく息を吸い込み、村のどこにいてもその声を耳にする全ての人の鼓膜が破裂してしまいそうな大声量で叫ぶ。
『聞け、愚かな者どもよ! 今から一刻以内に我のに上質な供物を二匹献上しろ! 少しでも遅れればここら一帯焦土にしてくれる!!』
理不尽な命令をするだけして、魔龍は再び黒雲の中にその姿を隠す。
いきなり現れた厄災が生贄をすぐに用意しろと言ってきたこの状況、当然鬼たちは混乱に陥る。
「私はまだお腹の中に子どもがいて……」
「俺ん家だってまだ生まれたばっかりの子がいるんだ! 生贄なんかになってたまるかっ!!」
「なぜそんな目で儂を見るんじゃ。爺なら老い先短いし、いなくなっても問題無いってか? それを言うならそこの死にかけの病人でよいではないか!」
「ちょっと!? この人は死にかけなんかじゃありません! 思い返して下さい、あの龍は“上質な供物”って言ってたんですよ? 尚更病人なんかでは駄目に決まってます!
それに、こんなときに率先して他人を差し出そうとするあなたの方がこの中で一番不要だと思いますよ?」
「何じゃと!?」
誰が生贄になるか、もしくはされるかで村民が激しく言い争う中、獅子丸が口を開く。
「皆の衆、静まれい!!」
屋敷中に響いたその声に、言い争っていた村民たちも一旦落ち着きを取り戻す。
「良いか? お前たちは忘れてしまっている。儂らが誰を一番にあの魔龍に差し出すべきなのかを。そもそもこの元凶を作ったのは誰だ? 祠を破壊して魔龍を復活させたのは誰だ?
……そう、今この地下で捕らえているあの裏切り者に他ならない!!」
「そうだよな、獅子丸さんは俺達を守るって言ってくれたもんな! 俺達を差し出すなんてことはしないさ!!」
「それにあの裏切り者が一番適任だよねぇ? 獅子丸さんに嫌がらせしようと祠を壊したせいでこうなったんだし」
「さっさと穿天丸の野郎を連れて来い!!」
見事にハマった。
正当な理由で邪魔な穿天丸を始末でき、その上民衆からの支持もさらに上がる。これぞ(非道)策士獅子丸の手腕である。
「でも獅子丸さん、魔龍は二人供物にしろって言ってませんでしたか?」
「あぁ言っていたとも。だが安心したまへ、勿論策は練ってある。一家の主の責任は、その家の者全員の責任と昔からよく言うしなぁ」
獅子丸は後ろに控えている部下たちに振り向いて伝える。
―――あいつの嫁を連れてこい、と。




