完璧レジ打ちと不穏な兆し
「いらっしゃいませ。お次の方、どうぞ」
乾いた声が、今日も正確に雑貨屋《よろず屋亭》に響く。店の奥で商品を並べていた店長が、その声を聞いて小さく唸った。
「今日も朝から景気がいいねぇ、リリア」
レジに立つ少女、リリアは、くるりと振り返ってにこりと微笑んだ。朝日に照らされたその顔は、ほんの少し幼さを残しているが、すでに職人の域に達したオーラを放っていた。彼女の指が魔導レジの鍵盤の上を舞う。ピッ、ピッ、タンッ――まるで音を奏でるように、正確無比な打鍵音と共に、金額が表示されていく。
薬草、ポーション、簡易防具の修理キット。駆け出しの冒険者が、わずかな小銭を握りしめながら会計を済ませていく。
「はい、お会計、銀貨三枚と銅貨七枚になります。お釣りは銅貨三枚です」
リリアは迷いなくお釣りを差し出し、冒険者は「あんたんとこのレジ係はいつも正確で助かるぜ!」と笑いながら店を出て行った。
彼女の仕事は、いつだって完璧だ。商品の入れ替わりが激しい雑貨屋で、在庫の数を頭に入れ、どの商品がどこにあるか正確に把握する。客の顔と、彼らが普段何を買い、どんな話をしたかまで記憶している。だから、彼女のレジは、この町の誰のレジよりも早く、正確だった。店長が時折ぼやく「在庫が合わない」なんてことも、リリアがレジに立ってからは一度もない。それは、まるで彼女の頭の中に、この世界のあらゆる物の流れを記録する巨大な帳簿が存在するかのような正確さだった。
今日もまた、冒険者、商人、主婦、そしてたまに現れる「なぜかいつも大金を払う顔色の悪い男」など、様々な客が入れ替わり立ち替わりレジにやってくる。リリアは一人ひとりに、完璧な笑顔と、最高の接客を届け続けた。
そんな日常の片隅で、小さな異変が起き始めていた。冒険者ギルドの掲示板に、遠方の森で薬草が枯れているという、見慣れない報告が貼り出されたり、店に買い付けに来る薬師が「どうも最近、土の力が弱まってる気がするんだがねぇ」と呟いたりする。しかし、リリアはそれらを、特に気にする様子もなく、いつものように冷静に、そして完璧に業務をこなしていた。彼女の視線は、ただ、目の前のレジと、客の顔に注がれているだけだった。