始まりのダンジョン
始まりのダンジョンという名前で、一般に知られているダンジョンは存在しない。
俺たち勇者パーティーが最初にアタックしたダンジョンをそう呼んでいるだけだ。戦いの中での戦略や連携も知らないまま、挑んだのでかなりボロボロにされたのを覚えている。
そんな中で、互いに喧嘩や話合いを何回も重ねてやっと仲間と呼べるパーティーになり、ダンジョンボスを打ち倒せた。俺たちにとっては思い入れが深かったので、呼び名を付けることまでしたのだ。
思い出を語る時は必ず話題に上がるし、互いにあの時の事でずっと根に持っている事もあるぐらいには俺たちに影響を与えたダンジョンだった。
今は地形が変わるぐらいには年月が経っているので、探し出せるのかを少し心配した。ただ、ダンジョンの近くに目印になるぐらいに巨大な樹があったので、それを目印に探す事にする。
とりあえずは王都の現在の地図を元にして、大まかな方向へ向かう。また行商の馬車を捕まえて、相乗りさせてもらった。二日を掛けて移動した先で行商の馬車と別れ、一番近くの集落で話を聴き込むことにした。
たまたま見かけた畑を耕す農夫に大きな樹を知らないかと聞くと、変な顔をされた。
「お前、アレが見えないのか? というよりも世界樹を知らないのか?」
そうして、農夫が指差す先を見ると、枝葉の一本一本が、森の木一本の大きさぐらいはありそうな巨木があった。
詳しく話を聞かせて欲しいと言うと、教えてやるから代わりに少し手伝えと言われた。久しぶりに鍬を握って耕していると、実家でやっていた頃が懐かしくなって、農夫がそれ以上はいいと言い出すまで、やってしまった。
農夫が弁当を分けてくれるというので、一緒にサンドイッチを頬張りつつ世界樹について教えて貰えた。
農夫曰く、あれは樹齢600年になろうとする巨木で、根本にあると言われているダンジョンの影響で巨大化し続けているらしい。そして、“世界樹”という名前は、どこぞの賢者様が付けたらしい。
ふと、昔、ガルマと賭けをしたのを思い出す。
伝説でしか語られることのない“世界樹”は本当に存在するのかを、言い争ったことがあった。何が切っ掛けだったかも忘れたが、売り言葉に買い言葉で、賭けをすることになった。
「僕はある方に賭けるよ」ガルマは何でも賭け事にしたがる所があった。
「だから、それが伝説の世界樹だってどうやって証明するんだよ」
「そんなもの、それを多くの人が世界樹だって信じていれば、それは世界樹でしょ?」
「違うだろ…」
「違わないさ。とある樹を、世界の皆が世界樹だと言っていて、君一人が違うって言っても、おかしいのは君の方になるんだよ」
「それは屁理屈だ。それにどう転んでも俺がそんな極端な異端になることなんてないだろ」
「なら、ない方に賭ければ?」
「俺はないとは言ってないんだが…、ある事を証明できないだろって話であって…」
「証明できないってのは、無いという意味ではないの?」
「お前は有って欲しいのか、無くていいのか、どっちなんだよ?」
「僕は、信じているんだ。だから、ある方に賭ける。それだけさ」
「ガルマと、この手の話をしようとした俺が馬鹿だった。いいさ、俺は無い方に賭ける」
「じゃあ、負けた方は好きな娘に告白しないといけないってのは、どうかな?」
「ふざけんな。お前に有利過ぎるだろうが、」
確か、旅路にどうしても船を使わないといけなくなって、暇な船の上で、ガルマと話した内容のような気がする。
「マジでずるいな」思い出しながら、思わず口に出た。賢者様の命名に逆らえないだろ。
ニヤニヤしているガルマの顔が思い浮かぶようだ。あの本でもこの事はわざと黙っていたな。
ああ、負けでいいさ。それに告白しないといけない奴には、一番会いたいんだ。
また、農夫曰く、世界樹にはドラゴンが巣を作っており、誰も近づけないと言われているとのこと。ただ、不思議と人間に危害を加える事はないとも言われているらしい。
本当なら近くの家畜に多少の被害があってもいいはずだが、世界樹の近くのドラゴンは軒並み、人に害をなすことはなく。寧ろ、森で迷った子供を助けた事があるとの噂もあるぐらい人と共存しているらしい。
なら近づいても問題ないのではないのかとは思ったのだが、ダンジョンに近づこうとしようとする者に関しては、容赦がないのだと。
「一人で攻略するのは無理かもな…、誰かを頼るか?」
ギルドに相談するか? いや、目的を説明できない。それにドラゴンとの戦いを想定すると募集されるランクが高くなる。報酬を用意するのも無理だな。
ただ偵察ぐらいなら一人で行けるはずと判断して、まずはダンジョンの入り口を目指すことにする。無理なら方法を考える。
「怯むな、俺は魔王を倒した勇者パーティーの一員だぞ。一人でも数体のドラゴンの相手なら余裕だろ」
そう鼓舞して、一歩を踏み出した。