第191話 シミュレータとランニング
「チキショウ!あと少し!ああ、今回はアタシのミスだ!済まねえ!今回ばっかりはどうしようもなかった」
かなめの叫び声がハンガーにこだました。誠もカウラもそれぞれ05式のシミュレータから身を乗り出してぶんぶんと腕を振り回して悔しがるかなめを見つめていた。
「そうね、かなめちゃんのミスだわね。あそこであの距離を当てるからかなめちゃんは一番狙撃手なんでしょ?それとも二番狙撃手の私にその地位を譲る?いいわよ、いつでも引き受けてあげる」
今日は予備パイロットのアメリアもシミュレータの訓練に参加していた。たまにしか参加しない割に、アメリアのシュツルム・パンツァー操縦の腕前はかなめに匹敵するものだった。
「アメリア!オメエだって進行プランを完全に中佐に読まれてたじゃねえか!でかい口を叩くのは姐御の鼻をへし折ってからにしろ!そうしたら認めてやる」
ハンガーの真ん中にオペレーションシステムを模したテーブルに座ってアメリアがニヤニヤしながらかなめを見上げていた。タレ目でにらみつけようとしたかなめにアメリアが大爆笑していた。
「これでも実戦経験はテメー等の想像を超えるような数こなしてるんだ。そう簡単に貴様等に追いつかれるわけにゃーいかねーんだよ。一応、東和陸軍アサルト・モジュール部隊の教導官を勤めてたわけだかんな。アタシがそうあっさりと負けたらこれまでアタシに教えを乞うた教え子達に顔が立たねーや」
そう言ってランはの姿は何度見ても小学生低学年のなりにしか見えなかった。
「クバルカ中佐の読みは凄いですからね。完全に神前を無力化なんて。こちらも神前に頼り過ぎました。反省することの多い模擬戦でした」
元気そうに叫ぶとカウラはそう言ってほほ笑んだ。
「それだけテメー等が神前に頼りすぎた戦術を立ててるってこった。ちゃんとテメーの世話も焼けねー奴は戦場じゃ邪魔になるだけだぞ。神前はアタシから言わせればまだよちよち歩きの赤ん坊だ。オメー等の守りが無けりゃあ戦場であっという間に袋叩きにされる。得意の『光の剣』も使う間も無くな」
そう言うとランもエレベータでシミュレーションの戦闘記録を取っているサラとパーラのところへと向かった。
「まったくなりはロリなのにでかい口ばかり叩きやがって」
ぼそりとかなめがつぶやいた。当然のようにランは鋭い目つきでかなめをにらめつけた。
「おい、さっきは負けたのは自分のせいだって言ったな?じゃあグラウンド20週して来い!アタシはサイボーグだろうが容赦しねーかんな!生体部品が減る?結構じゃねえか、金ならあるんだろ?交換してもらえ。そんな自分の不幸に甘えんじゃねー!見てて腹が立つ!」
ランの目の前で「ロリータ」と「幼女」は禁句であった。誠も軍事機密らしいので深くは詮索していないが司法局機動部隊二代目隊長クバルカ・ラン中佐の幼い姿について口にするのは事実上のタブーとなっていた。
「おい、アメリア。おとといの続きはどうしたんだ?あれじゃあ中途半端だろ」
ランがそう言ったのに誠は驚いていた。おとといまで隊全体を振り回して魔法少女モノなのか戦隊モノなのか、あるいはロボットモノかもしれない自主制作映画を作るべく走り回っていたアメリアが何も言わなかった。それはいかにも不自然だった。
昨日は編集を買って出たアメリアがずっと会議室のモニターに向き合って画面の修正作業をしていたらしい。
「ふっ、さすがに積極的かつ強気な戦術を本分としているクバルカ・ラン中佐。遼南内戦で『人類最強』と呼ばれたのも頷けるわね。誰かと違って」
「余計なお世話だ」
アメリアが不敵な笑いを浮かべながらそう言うと新藤がすかさず口を挟んだ。
「いやあ、そんなに力まなくても……」
つまらないものに火をつけてしまった。ランは慌ててそう言ったがすでにアメリアはギアを切り替えてオタクで痛い本性を現そうとしているところだった。
「知らねえよ、アタシは!それじゃあランニング!行ってきます!」
かなめはアメリアのごたごたに巻き込まれるくらいなら走っている方が良いと言うことで逃げ出そうとした。
「逃げるんじゃねーよ!ランニングは中止だ。テメーはアメリアに協力しろ。これは上官命令だ」
ランニングと称してそのまま逃げ出そうとしたかなめをランが押さえつけた。誠とカウラは仕方が無いというようにすでにシミュレータの撤収を始めたアメリアを生暖かい目で見つめていた。




