第141話 お約束と言えばお約束
『黒板ねえ……地球じゃモニターを使って授業をしてるんだよな。まあ、東和はどこまで行っても二十世紀末の日本を再現した国だから。映画を見てる人も東和人だから自然に受け止められるだろう』
東和の二十世紀へのこだわりにツッコミたい衝動に駆られる自分を抑えて誠はアメリアの後姿を眺めた。
『おい、神前』
出番の無いかなめが呼びかけてきた。
『東和もまだ甲武みたいに黒板使ってるのか?』
かなめは甲武育ちなので東和の事を良く知らないので誠に尋ねてきた。
『東和は二十世紀に拘る国なんで法律でそう決まってるらしいんですよ。甲武も黒板なんですか?活字の読めない西園寺さんの事だから寺子屋みたいに一人一人筆で書いてると思ってました』
かなめの筆文字は黒板では再現できないだろうことを思い出して誠はそう答えた。
『甲武を舐めるな!甲武は『大正ロマンの国』だ!黒板くらいある!まあ、アタシは黒板の字が読めなかったから成績は最悪だったけどな』
『なるほど』
納得したようにそう言うとかなめは黙り込んだ。10問の数式を書き終えたアメリアは満面の笑みで振り向いた。
「じゃあ、この問題を誰にやってもらおうかしら?」
アメリアがこう言うと一斉に手を上げる子供達。だが、小夏は身を縮めてじっとしていた。
「あら?小夏ちゃんどうしたの?」
ポロリとアメリアがそう言うと周りの生徒達が小夏に目を向けた。
「あ!こいつ計算苦手だからな!」
「そうだよ!南條は数学できないからな!」
二人の男の子がそう言って笑った。それを見て怒ったように頬を膨らませた小夏が手を上げた。
「そんなこと無いよ!先生!私を指名してください!」
勢いよく立ち上がる小夏にアメリアは困ったような顔をした。
「良いの?本当に」
「大丈夫です!」
そう言うと小夏はそのまま黒板に向かった。背の小さい彼女は見上げるようにして一番最初の数式を見つめた。そしてゆっくりと深呼吸をした。
『これって設定上は苦戦するはずだよな。アイツは神前と同じで典型的な理系脳だから簡単に解いちまうぞ。そしたら後々設定と矛盾することになるんじゃねえのか?』
『そうですね……でも小夏ちゃんはいつも月島屋でお客さんの相手をして空気を読むのを覚えてますから。僕よりは上手く数学苦手キャラを演じられると思いますよ』
かなめの言葉に誠も余裕を持って小夏の方を眺めた。いわゆる鶴亀算の書かれた黒板の文字を凝視する小夏。彼女はゆっくりとチョークを手に持った。
『分かるものを分からない演技をするのは難しいだろ?あの雌餓鬼にそんな器用なことが出来るのか?』
小夏の動きが止まったのを見てかなめの口が重くなる。
しばらく経つ。そしてチョークを手にした腕を持ち上げる。
『大丈夫なんだろうな』
小夏は一瞬だけ黒板に触れたがすぐに手を引っ込めた。
『おい!』
その姿に誠とかなめは同時に突っ込みを入れていた。
誠は黒板の前で困った顔をしている小夏を見て問題を読み始めた。答えはすべて5。第一問さえ分かれば他の問題もすべて答えられるものだった。
だが、小夏は困った顔でアメリアを見つめた。誠はここまではおバカキャラを上手く演じている小夏に感心していた。
「あらー南條さん、分からないのかな?」
アメリアは冷や汗を流しながらヒロイン南條小夏役の小夏を見つめる。小夏はすぐに隣にあった椅子を指差した。
「先生!届かないからこれを使って良いですか?」
「良いわよ!」
さすがにこの問題が分からないわけが無いだろうとアメリアはほっとしてそれを許可する。小夏はそのままその椅子を運んでくると一番上の問題の下にそれを置いた。
小夏はそのまま問題と見詰め合った。
『アメリアが簡単すぎる問題を出したから怒ってるんじゃねえの?アイツにもプライドくらいあるだろ?叔父貴と違って』
かなめはそう言ってあまり仲の良くない小夏を気遣った。
『アメリアさんはラスト・バタリオンだから学校とか行ったこと無いですからね。先生がどういう物かはたぶんアニメでしか知らないと思いますよ。でも、ロールアウトした時から大学の数学科でやるような高等数学がスラスラ解けるんですから。ある意味羨ましいですけど』
小夏はしばらくうなった後、すらすらと答えを黒板に書き始めた。あまりにも自然に書き続ける様は最初から答えなど分かっていたというようにしか見えなかった。
『あーあ、不自然。これまずいんじゃないですか?』
小夏が楽しげに中学生としては結構難しい数式の答えを書いていく有様に誠は呆れた。
『所詮は中学生だ。分かる答えは書きたくなるんだろ?あれだけためたから勉強ができないキャラはクリアーしたんだぞってな感じで』
かなめはそう言って乾いた笑いを漏らした。そのまま小夏はすべての解答に5と言う数字を書き込むと意気揚々と自分の席に戻った。
「凄いわね小夏ちゃん!全部正解よ!」
アメリアは明らかに不自然な小夏の行動をとがめるわけにも行かず歯が浮くような白々しさでそう言ってのけた。
「すげー南條。お前いつ勉強してたんだ?」
「何よ!あなた達が勝手に思い込んでいただけじゃないの。ねえ、南條さん」
明らかに小夏の間違いを期待していた男子に言い返す女子。いかにも中学校の教室の雰囲気が出来上がって誠はなんとか胸をなでおろした。




